挑むは仇
「バーナー、起キロ!」
「バーナーさん、バーナーさん大丈夫ですか!」
声をかけても体を揺らしても目を覚まさない彼に、ダーク達が顔色を変え始めた頃。
ようやく薄く目を開き、緩慢に周囲を見始めた。ふるりと身を震わせてから体を起こし、目を伏せたまま背中を丸めるような背伸びをしている。
「……ダーク、ありがとう。一晩、すまない」
「イヤ、ソレハ大丈夫ナノダガ……。ドウシタノダ、何ガアッタ?」
「大丈夫。……早く潰そう、そして戻ろう。あちらが心配だ」
昨日と変わらず表情筋が仕事をしていないにも関わらず、彼からは底抜けの怒りが噴き出しているようだった。いったい何があったのか、ブラックの手を借りながら立ち上がる彼はたき火を蹴散らし、空を仰いで、雷斗に視線を送った。
「雷斗、雲で王都への道を塞げ。ドゥクス、ボンドッツ。零した奴を頼んだ。ダーク、ブラック、存分にやれ」
短いけれど、わかりやすい指示だった。ドゥクスを見れば肩をすくめていて、一昨日と昨日の事でなにを言っても無駄だということをわかったのだろう、その作戦に従ってくれるらしいことがわかる。
「森には入れない。……殲滅する」
雷斗は、空から雲をありったけかき集め、ブラックの指示のとおりに、灰褐色の壁を建てていった。森を囲うように作られた壁は一か所だけ、進軍ができる通路を作っている。
敵を正面にして前方にダーク、ブラック、バーナーの三人が立ち、残りの三人が後方に構えた。
「……うん、敵の部隊がすごく混乱してる! 回り込んで入ろうとしていた奴らもいるみたい、どうしよう、向こうにはオレが行く?」
「回り込んでいるのは、ここの反対側か」
「そう。人数は少ない……えぇっと、たぶん……え? 十人、くらい? どうしてそんな少ない数で回り込もうとしたんだろう」
「行く」
眉をひそめたブラックに、短く答えたのはバーナーだった。真剣な眼差しに、髪の毛を一本抜くと首をかしげる彼の手首に巻いてやる。
「送ってあげることはできないけど、帰ってくるときにはこれを使って。オレの魔力をたどってくれば、瞬間移動術で飛べるから」
「わかった。ここは頼んだ、二人でも大丈夫だろう」
問いかけてはいるけれど、疑問は欠片も持っていないような声音だった。頷いてやれば迷うことなく駆けだしたバーナーの背を視線だけで見送り、だんだんと見えてきた軍勢に口角を上げる。
「ダーク、バーナーが存分にやれって言ってたけど」
「アァ。ボンドッツトドゥクス殿ノ仕事ヲ、一切合切、奪ッテヤロウ」
「聞こえていますよー。少しは回してくださいよー。ヒマなのは嫌ですよー」
恐らく向かってきているのは、二千人近くの軍勢。それなのにボンドッツから出てくるのは、呑気な声。
「ナニ、見学デモシテイロ」
「父上、私もあちらに行っていいですか?」
「ボードオン、隊列を乱すな」
「はぁい」
つまらなさそうに口を尖らせ、それでもエペを構えながら正面を見据え。
大剣を双剣に変えたブラックと小太刀を軽く振っているダークの背に、唇を薄く開いて笑うのだった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
森の木々の枝を伝い、高く跳びあがったかと思えば地面に着地して、幹を縫うように走り抜ける。
ドゥクスから聞いたシャダッドとの国境とは反対側にいる分隊、それも一つだけ。その配置と少なさに、なぜだか胸騒ぎが治まらなかった。魔力と炎が高まっているのも相まってか体が芯から熱く、吐息と共に火を吹きだしてしまいそうなほどだ。
(何かある。シャダッドという国には、何かある。……利になるならば奪えばいい、害になるなら消せばいい。それを判断するのは、自分ではないけれど)
普段ならばもっと早く翔けていけるのに、今はこれ以上の速さで進めないのがもどかしかった。呼吸を乱してしまえば恐らく、崩れてしまう。
己の誇りにかけても、この戦いに負けるわけにはいかないのに。この程度で壊れてしまうほどの力では、ないはずなのに。
「城でなにかがあった。許すものか、絶対に」
呪詛のように言葉を吐き出していれば、熱気を感じて足を止めた。体を半分突き抜けていった巨大な炎の珠に、目を丸くするとその発射元を探す。
魔力の類を察知することはできなかった。ならば、先ほど通った炎はいったい、なんだ?
「……貴様らに問う! シャダッドの者か!」
「なっ! その格好は、まさか火炎族か!」
「問いに問いで応えるか、痴れ者が!」
牙を剥き、腕に炎を纏わせると、身構えた兵士たちの頭上を悠々と飛び越えて最後方に立っている男の目前へと着地した。体勢を整える時間すらもったいなく、男の喉元を引っ掴むと腕力のみで地面へと叩き付ける。
一応、頭部を打ち付けないように注意はしたけれど、そのほかの部分への意識はほとんどなかった。鎧が凹むけたたましい音に鼓膜を殴りつけられて、顔をしかめる。
「兵士ども、動くな。生き地獄を味わいたくなければ、動くな。……生きているだろう、この程度で血を吐くな。意識はあるだろう、答えろ。貴様らは、シャダッドの者か」
「そ、うだ……!」
「先ほどの炎はなんだ。魔術ではない、そんな詭弁はいらん。純血の火炎族はすでに、ただ一人。忌まわしい男の血を引く混血が、二人。……それ以外に、操れる者はいない」
首を掴んだ男の傍にしゃがみ込み、見下すように睨みつければ、背後で動く気配があった。ポツ、ポツと炎を生み出してやれば怯んだようで、口を薄く開いて笑う。
「……答えぬならば、当ててやる。火炎族は、捕え難い。だが、相対する一族……銀世界の者は、環境さえ目をつぶれば容易い。貴様らは、負の遺産を、その知識を所持しているらしい。
禁忌を犯したか。魔力をもって銀世界の者を解体し、力を反転させ、炎を繰る力を得たか」
喉の奥で低く笑えば、眼下の男が鋭く短剣を振るってきた。血反吐を吐きながらも反撃をしてきたその闘志に感心すると同時に、こちらの考えが合っていた証明だと受け取る。
体に触れる直前に刃は水のように融けて空中で球体になり、凝固して腹の上に落ちてきた。それを見た男は絶望的な表情になり、口の端を吊り上げて冷たく笑い始めた火炎族に血の気を失っていく。
「……愚かな。さぁ、こちらは一人だぞ、向かって来てみよ偽 物 共」
「ひるむな! かかれっ……ぐ、がっ! があああああああ!」
「ひぃっ……ひぃい!」
首を掴まれていた兵士の腹部が裂け、臓物が炎と共に噴出した。口元は笑っているのに目は微塵も笑っていない男はゆらりと立ち上がり、叫び声をあげながら地面を転げまわって、裂けた腹から焼け焦げた腸をこぼれさせている兵士に興味もなさそうな視線を送る。
「正面から向かった貴様たちの国の者は、我が仲間が尽く滅ぼす。さぁ、来い!」
咆哮と同時に目と鼻の先で熱が高まり、避ける暇もなく爆発が起きた。爆 舞にありったけの魔力を込めたような威力であるそれは、全身を炎で覆いつくしてしまい、弾かれたように兵士たちが炎の珠を次々にぶつけていく。
「憐れな。先に、この男を楽にしてやろうとは、誰も思わぬか」
体を炎に飲みこまれながらも、陸に打ち上げられた魚のごとく、びくり、びくりと痙攣するだけになってしまった男に憐みの視線を向けたことは解った。ゆらりと腕を動かせばそれに従って炎が動き、ひん死の男へと射出される。
いったいどれほどの火力を出せばそうなるのだろうか。骨の髄までを灰に変えられた物体は、風へと流されて一切を残さず消えた。
「お前たちのような粗悪品を生み出すのに、どれほどの命を犠牲にした。どれほどの銀世界の者と、人族を殺した。シャダッド、貴様らはこの世界の全ての者にとって、敵となった、慈悲はない」
「オレ達だって、なりたくてこうなったわけじゃないさ……!」
突き出された剣を蹴り上げて、向かって来た男の首に向けて拳を突出し、的確に喉仏を砕いた。喉元を抑えて悶絶し始めたそれを蹴り飛ばせば別の男が剣に炎を纏わせて振りかざしたのを、上回る火力で腕を包み込んで握りこむ。
「狂王が民を使い、女子供を城に連れ去り! 自国の軍事力拡大のために! 魔力で体をいじくり回した!」
握った剣がドロリと崩れ、柄を伝ってゆっくりと流れていった。柄を持ったままでは危険だと判断したのだろう兵士が咄嗟に手を放し、蹴り飛ばす。
顔面に向かって飛んで来たそれを腕で払えば、その瞬間に多方向から得物を突き出されていた。体の奥深くまで刺さったように見えた刃にシャダッドの兵が口角を緩め、着物の男の表情を見て笑みを殺す。
「貴様らはそれを、黙認していたのか?」
剣は一本も刺さっておらず、先端が粘土のように潰れてしまっていた。掌には汗が滲みだし、指先に力を入れられないほどに体が震えるのがわかる。
「黙認し、従い、生贄を捧げていたのか?」
「っ……王の、命には、逆らえない……!」
「数年前の実験後、幼い子供の方が改造をしやすいことがわかり、王は国の子供たちを連れ去った。兵士たちの前ではオレ達は無力だった!」
「もうシャダッドはガタガタだ! もう、オレ達が助かるには奪うしかなかった!」
「王を討とうとは、思わなかったか」
両掌に炎を浮かべて消してを繰り返す男の声は、憐みを含んでいた。一人を灰に帰し、一人の喉を潰し。
恐らく、やろうと思えばここに居る全員を容易く始末できるだろうこの青年は、ただ憐れんでこちらを見ている。
「無理だ……。カラクリとの融合と、動物との融合に成功してしまった王は、合成生物を生み出した。あれには勝てない」
「奪われる方が、悪いんだ。これ以上自国の犠牲を出さないためには、弱小国から奪ってしまえば……!」
「奪われる方が悪い、と。そう言ったな」
目の奥に、炎が宿った。ジリ、と後退していくけれど、背後に熱気を感じて足を止める。
この青年が出せる炎は、自分たちが扱えるそれよりも遥かに上をいくのは嫌でも理解させられていた。
「ならば。今から奪われるお前たちも、お前たちが悪いということだ」
「くそ! オレ達を舐めるなっ……」
「苦しまずに、眠ってしまえ」
と、掌の炎を大きくして、それが消えた瞬間。
膝から力が抜けていき、同時に急激な眠気に襲われていた。何が起きたのかと周囲を見てみれば他の兵士たち、自分と同じく魔改造されて炎を操る力を持った同士達も倒れている。
「なにを、した……!」
「魔力で周囲に壁を作り、炎を燃やしただけだ。鉄をも一瞬で溶かすこの火力、繰り返し使えば、魔力の壁の内側で、お前たちは生きられない」
ならば、どうしてお前は無事でいられるのかと、腕に力を込めた。
けれど指の一本すらも動かすことが出来ずに、瞼を閉じないよう必死に震えた。貪るように空気を肺に入れ、霞む目で黒い着物の青年を見上げる。
「……最期に聞いておく。真似事は、火炎族だけか」
「……そう、だ。オレ達は、成功体。あとは、合成生物と」
「幼い二人の、被検体だけか。……もう眠れ」
もう一度だけ、線香花火のようなか弱い火を指先で起こしたとき。
言葉もなく目を閉じたその男に、魔力で作っていた壁を消し去った。なだれ込んでくる空気に炎の風を当てれば爆ぜそうになった空間が落ち着きを取り戻し、細く長く息を吐いていく。
倒れている男たちが鼓動を止めている事は、火を見るよりも明らかだった。
「……哀れな子らよ。火炎族と同じ弔いだ、許せ」
一人、二人と炎に包まれていき、三人、四人が灰となり森の中へと流れていった。左手首に巻かれているブラックの髪の毛が風に揺れ、半ば目を閉じてしまう。
「あちらももう、終わっているだろうか。……戻ろう」
と、ブラックの魔力を追いかけ、その場から姿を消してしまった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
べちゃべちゃべちゃ。
雨上がりのぬかるみを歩くような音を響かせて、長髪の男が周囲を伺っていた。森を囲う灰褐色だった壁はそのほとんどを血に染めて、所々にはぶよぶよとした緋色の何かがこびりついている。
不意に、背後に気配を感じた。ざわりと髪の毛を蠢かせながら振り返り、パッと表情を明るくする。
「バーナー! 無事だったんだな!」
「……すごい光景だ」
散らばる肉片、歩けば主張してくる硬い何かに、絨毯のように敷き詰められる臓物の数々。
刀傷が刻まれた原型を留めている死体と、原型を留めていないぐっちゃぐちゃになっている死体と、目を剥いた苦悶の表情を浮かべて胸元やのど元を掻き毟っている死体。
誰がどれを作り上げたのかは、おおよそ予想がついた。
「こっちは終わったよ、今はオレとダーク、ボンドッツで周りを確認してた」
「ドゥクスと、雷斗は?」
「万が一のために雷斗はまだこの壁を作ってくれてて、ドゥクスは守りに着いてくれてる。そろそろ、合流しようかと思ってたところだったんだ」
「わかった。行こう」
「父上、こいつらは民間兵だったんでしょうか? あまりにも弱すぎる」
「いや、ボードオン、そうではない。お前たちがあまりにも、力を持ちすぎているんだ」
死体をつま先で扱うボンドッツをそっと止め、ドゥクスは雷斗の事を振り返った。雲の壁を維持してくれている彼は顔色を悪くして肩で呼吸をし、それでも目を見開いて支え続けている。
ダークやブラックの戦闘力に対してはもはや、突っ込む気すら起きなかった。軍勢のほとんどを相手に出来ていたあの二人が人間なのかどうかも怪しく思い、ほとんど出番がなく振るうことも少なかった剣を鞘に仕舞う。
それよりも気にかかるのは、戦闘が終わった後に苛立ちながら、生死の確認のため。と死体を切っ先で弄り始めた息子の事だ。
敵兵の一人が、壁が雲で出来ていることに気付き、雷斗の存在と彼の出身一族の事を叫んだ瞬間。
自身の隣で控えていたはずの息子がその兵士にエペを突き出して喉を掻ききり、稲 妻 刃と疾 風 斬を複合させたような術でそこら一体の敵軍を切断と同時に焦がしつくした。そして敵が混乱している最中に前衛二人が畳みかけ、何が起きたのかを頭が理解する前に涼しい顔をしたボンドッツが隣に帰ってきて。
『あなたの一族を知った者は全て消します。苦しいだろうけれど、もう少し堪えてください』
と。心の底から雷斗の事を安心させるように、呟いたのだ。
(この子はもう、私が知らない子だ。遠く巣立ってしまった、私の手元には置いておけない子になってしまったのだ)
「もう、この辺りには敵はいないみたいだよ」
「フム、バーナーモ無事ニ戻ッテキタナ。ドゥクス殿、コノママ進軍シ、敵国内ニ入ロウカ。国ノ頭ヲ捕ラエテシマエバ、コチラノモノダ」
全員が集合して来たのを確認し、雷斗はようやく雲を消した。崩れ落ちる体を支えたのは暗い表情をしているバーナーで、浮かぶ汗を袖で優しく拭うと躊躇わずに背負う。
「……交戦していた敵から聞いた情報は、道中話すことにしよう。ドゥクス、ここからシャダッドの王城まではどれくらいだ」
「進軍すれば恐らく、三日でたどりつけば良い方だろう」
「ほう。ならば一日だ」
ニヤリと笑ったバーナーに、ダークとボンドッツが口角を上げた。何か嫌な予感でもしたのだろうか、微かに身を引いたドゥクスの体をヒョイと担ぎ上げたのは、この中で一番背が高いブラックだ。
「お、おい!」
「オレ達は場所を知らないから、道案内は頼んだ」
「三日以上はかかると言っただろう!」
「ワシラガ駆ケレバ、一日サ」
「イヤだ待て降ろせ! こんな年齢になって抱えられたくない!」
「諦めてください。行きますよ」
ジタバタと暴れるドゥクスはブラックにより押さえつけられ、ぐったりと疲れた表情を浮かべながらも強制的に肩に担がれたまま。
シャダッドへの道を言葉なく刺し示す彼と共に先頭へ躍り出たブラックの後を追い、それぞれは走り出した。




