向かうは戦地
朝早く。
美代は半ば目を閉じ、表情もなく腕を組んだまま、城門の傍に立っていた。
門の中に居るのは、ブルー、シャドウを抱えたスノー、リン。そして外に居るのは、ドゥクス、ボンドッツ、火炎族の衣装を身にまとったバーナー、ダーク、ブラックに雷斗。
たったの六人で、最前線に送られようとしているのだ。
「ボンドッツ……ちゃんと帰ってきてね。絶対よ、絶対なんだから!」
「えぇ、もちろんですよ、リン。安心して待っていてくださいね」
「……頼んだぞ」
腕に止めたイフリートを美代の肩に移し、呟くように言いながら触れる程度に撫でてきたバーナーに頷くと、彼女は使い魔の嘴の下をくすぐった。
イフリートへの言葉なのか、自分への言葉なのか。それはわからないけれど、しっかりしなければならないのは確かなのだ。
「おじさんも、無事で!」
「ドゥクス・アスカ。王女様の願いにかけて、必ず敵を屠り戻ってまいります」
剣を目前に構えて膝をつき、わずかに頭を下げたドゥクスの表情は険しいものだった。
きっと、六人だけで、それも半分以上が子供たちだけで戦地へと送られようとしていることに胃を痛めているのだろう。
だからこそ。美代は余裕の笑みを浮かべて、片手を上げた。
「気を付けて、やり過ぎないようにね?」
「フフ、敵方ノ動キ次第ダナ」
「美代、手加減できなかったら……ごめん」
「んーん、ブラック達が無事なのが一番なんだから。こっちの事は心配しないで」
「では行こう。……進軍だ!」
勢いよく立ち上がって歩いて行くドゥクスにボンドッツが続き、ダークとブラックがそれを追いかけ、バーナーが美代の事を再度撫でると歩き始めた。泣き出しそうなブルーのことを優しく抱きしめて、瞼を震わせているのは雷斗だ。
「泣くんじゃない、ブルー。大丈夫だよ、私たちは必ず迎えに来るから」
「雷斗、無理せんといて。戦争なんて……怖いよ」
「なぁに、考えてみろ。ボンドッツは無論、バーナーとダークとブラックがいるんだぞ。相手が可哀想だ」
真顔で放たれた言葉にブルーが小さく噴き出すと、雷斗もようやく笑みを浮かべた。頬に残る涙の筋を強めにこすり、遠くなっていく五人の背中を追いかけるように駆け出していく。
六人の姿が見えなくなるまで見送って、美代はリンとブルーのことを抱き寄せた。プーッと頬を膨らませているスノーの事も片手で肩の上に乗せ、苦笑しているシャドウと視線をぶつけて笑う。
「それじゃあ、私たちもお城に戻ろう。雷斗が言った通り、人数的には六人だけど戦力は百人力、千人力でしょう? ちゃんとボンドッツやリンの仇を討って、帰ってくる」
「……美代はんも雷斗も、なにげに失礼なこと言うてるよー?」
「うん、知ってる」
クスクスと笑えば、釣られるようにリンとブルーも笑った。
俯き加減に笑っていた二人には見えていないだろう。美代が浮かべた笑みは、ひどく歪んでいたことに。
「ブルー、お城の中では大人しくお部屋にいようね。少し窮屈だろうけど、我慢してよ」
「え? どうして?」
「どうしても。……バーナー達が、安心して進軍できるように」
首をかしげながらも頷いたブルーに、美代はスノーを肩に乗せたまま彼と彼女の手を引いて、城へと向かって行くのだった。
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ドゥクスの後を追って歩いている最中、ブラックは怯えたようにバーナーの事を見ていた。城を出た時からほとんど表情が変わらない彼は、視線も気に留めないようにして足を動かし続けている。
「えっと、バーナー……? すごく、怒ってる……?」
「……なぜ?」
「なんだか、普段と違い過ぎて……」
「ブラック、バーナーさんの怒りはもっともですよ。国王陛下がその態度を持って、私たちの事を信用していないと示したのですから」
「ボードオン、黙って進みなさい」
「いいえ、黙りません」
真正面から反抗してきた息子に、ドゥクスは思わずと言った風に彼の事を二度見した。エペを鋭く振るい、飛んで来た羽虫を斬り捨て、短く息を吐き出している。
「父上。もし万が一、城に残った彼女達の身に何かがあったら……私は陛下を、城の者を……無能な貴族騎士連中を許せそうにないのです。
その時は私の事を、全力で止めてくださいね。まぁ恐らく、私以上にその状況を許せない方がここに居ますけれど」
「お前は、国王陛下を侮辱するのか」
「えぇ。私やリンの恩人を、恩人たちの大切な人を人質にしたこと。これだけは、許せません」
ボンドッツの言葉にブラックが目を剥いて、雷斗が鋭く息を飲んだ。ほぼ同時にドゥクスの事を睨みつけると彼は足を止め、わずかに振り返る。
「ボードオン……」
「敗北した時、敵前逃亡した時。美代たちは、殺される」
「バーナー、気付イテイタノカ」
「大丈夫、美代も気付いている。成すべきことを成せば、問題ない」
表情を変えずに淡々と話すその様に、ブラックが背中を震わせてダークを見た。ゆらり、ゆらりと静かに揺れる一族衣装が、普段の彼とは違うことを示しているようで尚更に恐ろしい。
「とりあえず、森へ向かう。敵と当たれば、それでよし。当たらなければ、夜を待つ」
「頼リニシテイルゾ、バーナー」
コクリと小さく頷いてドゥクスを見つめ、無言のままに進むよう促した。剣を握ったまま、息を吐き出して再び歩き始める。
目指すは昨日の森。六人は目つきを鋭くし、ただ足を前へと進めていったのだった。
最前線だろう森に入った瞬間、目前で黒い着物が翻り、ダークは目を丸くしてその布を視線で追った。誰にも何も言わず、一瞬で最高速度を出したらしい彼の姿はすでに点で、思わず舌打ちを漏らしてしまう。
「ドゥクス殿、ソチラハ頼ンダ!」
「ま、待て! 進軍している最中に、勝手に行動する奴があるか!」
「アレヲ一人デ行カセル訳ニモ、イカナイダロウ!」
と、それ以上の問答は無駄だと言わんばかりに追いかけて行ったダークに対して、ドゥクスはため息を漏らしながらも剣を構えた。
「仕方がない、あちらに敵がいるようだ。進行方向を変える……」
「父上、挟み撃ちをされたら厄介ですよ」
「んー、ボンドッツ、向こうに十人くらいと、あっちに二十人くらい居るみたい。オレがあっちに行こうか?」
「では、私と父上で向こうに行きますね。雷斗さんはブラックについてあげてください」
「ボードオン、何を勝手に決めて!」
「この七年間。私とリンは……兵の訓練すらも生ぬるい、悪夢のような生活を送ってきました。そこで培った力を、お見せ致しましょう?」
ボンドッツの冷たい笑みに、ドゥクスがわずかに怯んだように見えた。すでにブラックは雷斗を連れて姿を消しており、エペをしまうと細く息を吐き出していく。
「それに。元々、六人で一国に向かっているようなものです。……一人で一部隊を相手に出来なければ、死ぬのはこちらですよ」
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森の木々をすり抜けるには、忌々しいと思ってきた成長できない小柄な体が便利で、ボンドッツは舞 空 術を使いブラックが示した方向へとただ飛んだ。
昨日、父親と再会した時にあった『仕える国王に認められたい』という思いはすでに、欠片もない。仲間を人質に取られた時点で、そんなものは綺麗に消え失せた。
「サッサと片付けて、城に戻ってやりますよ。あなた方なんて障害にすらなりえないのですから」
「なんだこの小僧!」
「おい、後ろにいるのは兵士長じゃねぇか!」
「あの厄病神か、だが二人なら安い!」
「殺せ!」
臆することもなく正面から向かって行ったために、距離がある段階で鎧を着こんだ男たちに気付かれた。口の端が歪んでいるのが自分でもわかるけれど、それを抑え込むよりも湧き出てくる殺意を抑制する方が大変で、エペの柄を掴むと一度だけ瞬きをし、突き出された剣を紙一重で避ける。
「まずはお一人」
避けたと同時に突き出していたエペが、正面の男の喉を鎧のすき間から貫いていた。横なぎにして男からエペを抜くと首が半ば斬れ、そこから噴き出した血によって繋がっていた部分もちぎれてしまう。
ゴトリと頭部が地面に跳ねると、ようやくその体が傾いた。まさかこんな子供に、あっけなく命を奪われるとは思っていなかったのだろう。動きを止めてしまっている男たちに笑いかける。
「いいのですか、敵国の方々。ここは戦場ですよ? その隙が、命取りとなるのです」
『赤き深淵よ 黒き紅よ 我が前の者 等しく滅ぼしたもう その代償 我が紅き通貨なり』
詠唱をしながら地面に降り立つと体を低くして、掌を正面に向けた。その延長線にあるのは男たちの膝の下、先頭の男が瞬間に青ざめて何かを叫ぼうとしているけれど、もう遅い。
「斬 裂 血」
「っぎゃああああああああああ!」
「足が! 足があああああ!」
「この、このガキがぁあああああああ!」
「なんです、騒々しい。足の一本や二本でそんなに泣きわめいてみっともない」
「……お前、は」
返り血で全身を真っ赤に染めたボンドッツが眉を寄せていれば震えた声が聞こえて、振り返った。叫びながら足を掴んで来た男の頭部を自然な流れで踏みつけて、ギリギリと体重をかけていく。
「いかがいたしましょう、父上? 慈悲を与えますか、尋問いたしますか?」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
「ちくしょう! このクソガキがぁ、殺してやる!」
「お静かに願います、私は今、父上と話をしているのですから。これならシャドウ様から静 寂を教わっていればよかった」
爪を立てられて、ため息交じりに足を動かして喉元に置くと躊躇いなく踏み抜いた。ゴクン、という鈍い音が耳の奥に響き渡り、頭部を踏まれていた男が動きを止める。
「あぁ、でも、尋問をしようにも死なれては困りますね。とりあえずは止血をして差し上げましょうか」
「ボードオン」
「はい、火 舞 蛇」
地面に転がる男たちの膝下を、心臓の脈に合わせてトクトクと血が流れていた傷口を、炎の蛇が撫でていく。人肉が焼ける吐き気を催す臭いが辺りを渦巻く中、息子の表情を見てドゥクスは唇を戦慄かせた。
傷口を焼かれる敵兵の悲鳴を聞いても、わずかに眉を寄せているばかりなのだ。
「ボードオン、もういい」
「さて、あなた方。別に訊ねなくてもいいことなのですが、念のためにお聞きしておきますよ。この森にいくつ部隊を送り、ここからシャダッド国までの間がどんな部隊配置になっているのか。お答え願いますか?」
「いでぇええええ!」
「あづいっ……いてぇよおおおおお!」
「オレの足が! 足、足!」
「……到底、会話になんてなりませんよねぇ」
倒れる兵隊たちと視線を合わせるよう地面にしゃがみ込んでいたボンドッツは、呆れたような白い目をするとしまっていたエペの柄に手をかけた。肩に置かれた手を優しく払いのけ、鞘からゆっくりと抜いていく。
「あなた方にばかり時間をかけるわけにもいかないので、この辺で失礼いたしますよ。……残りの命、せいぜい苦しんでくださいね」
口の端を歪めたような笑みを浮かべ、ボンドッツは膝下を失い地面に転がるしか出来ないでいる兵士たちに、切っ先でわずかな傷をつけていった。血の気を失っている兵士長の腕を軽く引けばビクリと体を跳ねあげて、ムッと口を尖らせる。
「こんなやつらは放って置いて、みなさんと合流しましょう」
「おまえはいったい……この七年間、どんな生活を送ってきたのだ……」
「……昨夜はゆっくり話が出来ませんでしたからね。今宵にでも、お話しして差し上げますよ」
「この者たちは、どうする」
「弱っている者ならば一時間もしないうち。元気な者でも、二日もすれば勝手に死にます」
クツリと笑い、エペを鞘に納めながら歩き始めたボンドッツの後を追いかけるようドゥクスも歩き始めた。
敵兵たちの苦しげなうめき声を、耳に焼き付けながら。
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とりあえず皆と別れた場所まで戻ってみれば、相変わらず無表情のバーナーとどことなく疲れた顔をしたダークがいた。ブラックと雷斗はまだ戻っていないようで、ボンドッツはひらりと手を振る。
「そちらはいかがでした?」
「ワシガ追イツイタ時ニハ、コレガ殲滅シ終エトッタ」
「……雑魚。手ごたえがない」
「戦勝一歩手前、王都までもう間もなく。ということで油断しきっていたんでしょうねぇ。私としては、早くブラックに戻ってきてほしいところなのですが」
「血ミドロダナ」
苦い顔を浮かべながら自身の体を眺めまわし、顔色を悪くしている父親に小さく微笑んだ。そんなドゥクスを見てダークは眉をひそめ、ボンドッツに近寄ると首根っこをヒョイと掴み上げる。
「命ヲ刈ルノハ、戦争中ダカラ仕方ガナイトシテダ。オ前、マタ弄ンダナ?」
「えぇー? ただ相手方の戦略をお尋ねして、お答え願えなかったのでそのままにしてきただけですよ」
「ワシノ、目ヲ見テ、言ウテミヨ」
格段に低くなった声に、抱え上げられたボンドッツは静かに視線を斜め下へと向けて行った。パッと手が離されて地面に着地し、正面から覆いつくされるのを甘んじて受ける。
「ワザワザ聞ク必要モナイ戦略ヲ、答エヌ事ヲ解ッタ上デ聞キ、答エナカッタカラト、何ヲシタ?」
「両足を斬っちゃいました」
「他ニハ」
「……フィア・マッシュの毒を使いました」
「えげつない」
無表情のバーナーが即座にツッコミを入れ、同じく無表情になったダークがギリギリとボンドッツの事を締め上げた。
フィア・マッシュ。紅い色をしたキノコでその毒性は強く、わずかに摂取しただけでも重度の嘔吐や下痢をもよおし、続いて手足の痺れやめまいが訪れて最終的には呼吸困難に陥ってしまう。
本来ならば触れただけでも皮膚がただれる代物だが、ボンドッツは肌が機械化している。大抵の毒物を、扱えてしまうのだ。
腕をタップして抜け出そうとしているけれど力比べでは勝てず、フルフルと体を震わせながら下へ脱出した彼は白い目から逃げるよう顔を逸らした。それからダークを見上げ、キッと目つきを鋭くする。
「そ、そういうダーク達はどうだったんです!」
「全部焼いた。灰は森に流してきた、木の栄養になる」
「……うっわぁ」
「あ、みんないる」
と、戻ってきたのはブラック達で、雷斗の青ざめた顔を見てブラックに視線を集中させれば、彼はコトンと首をかしげた。
「殺してない」
「いやいや、じゃあ雷斗さんの顔色はどう説明するんです!」
「確かに、殺してはおらんのだ……。念動力でひと纏めにし、歪 舞 地を幾重にも唱えて土の中に閉じ込めてしまった。あれは、恐らく、人族では出られない」
「生き埋め?」
バーナーの言葉に、ダークが頭を抱えてよろめいた。体を支えてやれば苦々しい表情で口の端を痙攣させ、ボンドッツとブラックの事をギロリと睨みつける。
「オ前達。命ヲ奪ウナ、トハ言ワン。ダガ、遊ブナ、悪戯ニ苦シミヲ与エルナ。……他者ヲ嫌ッテイルノハ、重々承知シテイル」
「殺るなら殺る。中途半端は、あまりよくない」
二人からの叱責に、ボンドッツとブラックは口を尖らせ、頬を膨らませた。年上の二人が行った幼い子供の様な仕草に、雷斗が笑いかけるのを咳払いで誤魔化している。
それらを見てもドゥクスは、今度は小言を漏らさなかった。
「シテ、ブラック。他ニハ居ルカ」
「……うん、この森の中にあと三組。そして森を抜けた向こう側に、たくさんいるみたい」
「向こう側は、放って置く。森の中の三部隊を、消す」
サラリと言いのけたバーナーに、各々はうなずいて。
ダークの指示に従い、散らばった。
パチパチと薪が爆ぜる音が夜の静寂に響き渡る中、ドゥクスはどこまでも暗い目でボンドッツの事を見つめていた。
ブレスレットを外した、鉄の肌をした彼の事を。
「……だから、お前は。八つの頃から、見た目がほとんど変わらないのだな」
「……すっかり、化け物でしょう?」
「化け物なものか。例えお前が醜い魔物に変えられてしまったとしても、私の息子だ」
両手を広げたドゥクスにボンドッツは目を丸くして、顔をクシャリと歪めてしまった。躊躇いながらも父の懐に収まっていく彼を微笑ましく見つめ、木に寄りかかってぼんやりとたき火を眺めているバーナーの隣に腰を降ろす。
「ドウダ?」
「森の中には、もういない。随分、舐められている。外には、炎が……二十と少し、三十はない」
「ソウカ。……大丈夫カ、奴ラガ負ノ遺産ヲ持ッテイルヨウナラバ、海洋石モ」
「心配ない。でも、少し休みたい」
糸がプッツリと切れてしまったように、肩に頭を乗せてきたバーナーにダークは目を見開き、瞬きすら忘れて雷斗の事を凝視した。雷斗もポカンとしたまま、目を閉じて静かに肩を上下させているバーナーの事を見つめている。
よほど疲れていたのだろうと、ゆっくりと体を倒してやろうとすればむずがるように眉を寄せ、ますますダークに身を寄せていった。普段の彼を考えれば、想像もつかない行動だ。
「ダーク、大丈夫か?」
「ワシハ、構ワンノダガ……。フフ、コノママ休マセテヤロウ。明日ハ、頑張ッテモラワネバナランカラナ」
それはきっと、戦いが本格的なものになるということを、言っているのだろう。
コクリと生唾を飲みこめばダークが優しく微笑んで、緩く腕を伸ばしてきた。動き辛いだろう彼に近寄ってみれば頭をそっと撫でられて、大きく息を吐き出していく。
「休ミナサイ。夜番ハ、ワシラニ任セテ」
「……ありがとう。おやすみ」
呟けば、ヒョイとブラックからコートを放られて、苦笑しながらも包まる様にしてたき火の傍に横たわるのだった。




