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冒険記  作者: 夢野 幸
記憶編
67/138

ボンドッツとリンの話


 兵士長を先頭に歩きつづけ、補整された道に入ると同時にリンの表情がますます強張っていった。リンが不安そうにしていた時、いつも傍にいたボンドッツは父親の隣を歩いて振り返ることもなく、美代が彼女の手をそっと握る。


「リン、大丈夫?」

「……小さな国だよ。ここは、セデールは周りの国と比べたら、小さな国。でもね、笑い声がたくさん聞こえる……いい場所だったの、それなのに、どうして」


 道端に座り込む人々の表情は疲れ果て、歩いているこちらに好奇心の欠片もわかないのだろう顔を上げることもなく、身なりも薄汚れていた。

 王都から歩いて四時間程度でたどりつく森の近辺までを、敵国に堕とされているのだ。希望を持て、と言う方が酷なのだろう。


「国の人たちは、これだけ……?」

「シャダッドに連れて行かれたのだ。奴らは領土内の村や集落を襲い、子供たちを中心に攫った。男たちは八つ裂きにされ、女たちは……」

「父上、それ以上は」


 鋭いボンドッツの声に、口をつぐむとわずかに振り返った。伏せられている目は悲しげで、息を吐き出すと再び正面を向く。


「すまない。気持ちがいい話ではなかったな」

「……ごめんなさい。あまりにも、無神経な質問だった」

「ここに居る民は、どうにか避難して来た者たちだ。住む場所など新たに建てられる状況じゃない、だからこうして……」

「大丈夫! この国は負けないよ、だって私たちが来たんだもん」

「……そう言ってもらえると心強い」


 返された弱々しい言葉は、こちらの言葉を信用していないことが十分にわかるものだった。美代はキュッと眉を寄せてリンの手をきつく握り、青白くなっている彼女を覗き込んで首をかしげる。


「ところでさ、リン。エレクサンドラ・ドゥ・ラストって言うのがリンの名前なの?」

「うん、そうだよ。お父さんやお母さん、お城の人からはサンドラって呼ばれてたの」

「ごめんね、話しがすごく変わるんだけど……なんでリン? なんでボンドッツ?」


 なにを思い出したのだろう、クスリと笑ったリンに、美代は目をしばたかせた。前を見てみればボンドッツは苦い表情で振り返っていて、両袖を合わせると歩幅を狭めて美代の隣まで来る。


「何度訂正しても、言えなかったんですよ」

「うん?」

「シャド『ウ』、ダ『ア』ク、ボ『オ』ド『オ』ン。の、音が伸びるところがうまく発音できず、挙句の果てに、ボードオン・アスカが短縮されて『ボドス』と覚えられてしまいまして。それからなぜか、ボドツ、ボンドス、ボンドッツと移り変わって落ち着いてしまったのです」


 と、ボンドッツはブラックの事をチラリと見上げた。見られた本人はキョトンとしていたが、ダークからまでも苦い笑みを浮かべられて頬を膨らませている。


「オレのせいなの?」

「えぇ、間違いなくあなたのせいですからね。どれだけ頑張っても言えなかったので、ボンドッツで諦めました」

「ボクの事はシャドって呼んでたし」

「ワシノ事ハ、ダクダク、ダッタナ」

「あたしも、なんだかんだ、レンって覚えられちゃって。なんとなくそれじゃあ男の子っぽくてイヤだったから、リン」


 そう言って四人に見られたブラックは口を尖らせ、拗ねたように眉を寄せた。そんな彼を見て笑顔を浮かべるみんなに、美代も小さく笑う。

 戦場にいるというのに、笑えるだけの余裕がある。それだけでも、強くなれるような気がした。


「お前たち……状況をわかっているのか、この国はもって後、一年か二年だろう。中途半端な気持ちでいるのならば、去った方がいい」

「ピリピリすんなよ。言っただろ、戦局をひっくり返してやるって」


 いつの間にかイフリートを肩に乗せているバーナーが、両手にポケットを突っ込んだまま答えた。兵士長はこめかみに青筋を立てて拳を握り、それ以上は何も言わず足早に歩き始める。

 ハッと顔を上げたボンドッツが慌てて追いかけて行くけれど、速度は上がっていくばかりだ。


「父上、待ってください!」

「いつまでも子供気分でいるんじゃない、この国の存続が掛かっているのだぞ。自覚せよ、ボードオン。兵士長の息子として兵士の訓練を受けるはずだったお前は、受けないままに戦場に立つことになるだろう。

 さぁ、まもなく城に着く、貴様の剣と命を陛下に捧げよ」

「! 御意に!」


 剣と命を捧げろと言う父に、躊躇いなく返事をしたボンドッツ。

 そんな彼に目を丸くしながらも、美代は正面に見えてきた城門を見上げてコクリと息を飲むのだった。




 城の中に入り、門が閉じられ。

 美代は静かに、バーナーの腕を掴んでいた。


「大丈夫か」

「……私は、平気だよ。ブルーは」

「ブルーのことは私が連れて歩く。……なに、一度はこれよりも酷いところを歩いた」


 廊下の所々が赤く染まり、うめき声が聞こえ、生臭い風が取り巻いている。そんな城内にバーナーはわずかに眉を寄せ、ダークが剣の柄に手を運んだ。


「藍ののヤツ、何があと一年か二年で落ち着く、だ。一年ももてば……十分すぎる」

「口を慎め。彼らは必死に戦った、大切な者を守るために、この国を守るために」

「さて、その中で何人が命を落とし、何人が後遺症を残したのか。……もうまともな戦力はいないんだな」

「小僧……!」


 兵士長がバーナーの胸倉を掴み上げ、牙を剥いた。使い魔が声高らかに鳴いて威嚇を始めたけれど静かに制し、手首を優しく掴む。

 その一点に全体重をかけるようにして下方向に腕を払いのけ、バランスを崩した兵士長の襟首を掴むとそのまま関節を取り床に押し付けた。彼が腰に下げている剣で怪我をしてしまわないように蹴り飛ばすと、目を剥いている兵士長の耳元に口を寄せる。


「言っただろうが。火炎族は世死の時代に、戦奴にされていたと。火炎族が居るだけで勝敗は簡単に引っくり返るんだ。……ガキだからと舐めるなよ、弱い奴が粋がって強がるのが一番気に喰わねぇ」

「き、さ、ま……!」

「国がそれを行えば、民は苦しみ疲弊していく。兵士は無意味に消費され、命を散らせていくんだ。それを美談にするな胸糞悪い、兵士長のてめぇでさえ本気の欠片も出さないオイラにあっけなく倒されるほど、ガタガタじゃねぇか。

 いいか、何度でも言うぞ。オイラの仲間の国だ。敗戦一歩手前から、勝利の旗を掲げさせてやる。そのためにはてめぇが、オイラ達を信じろ」


 バーナーは体の上から降り、立ち上がるのに手を貸してやると階段の上へ目をやった。

 そこに見えるのは仰々しい扉、レアの城と違って悪趣味に感じてしまうほどに豪勢なその扉の向こうが、きっと玉座だ。


「……たとえ城の主が、オイラ達を信用しなかったとしてもな」

 



 兵士長が扉を開いた先に、一人の老人がいた。一人が座るには大きすぎるイスにゆったりと腰を降ろすその男性は顔を上げ、ピクリと眉を動かす。

 立派な白いひげがわずかに動き、ヒュウと空気が鳴った。


「ドゥクス・アスカよ。その者どもはなんだ」

「お、お父さん」


 門の前で膝をついた兵士長と、その隣で同じように頭を下げたボンドッツの後ろで、リンが震えた。

 父と呼ばれて目を剥いた国王は半ば立ち上がって彼女を凝視しているのがわかった、何となくつっ立っているのも気になり、ボンドッツに倣った方がいいのかと美代も膝を折りかけたがバーナーに止められて、リンと国王の事を見る。


「……まさか。いいや、あの子はもう……」

「国王陛下。エレクサンドラ様と我が愚息は、生きておりました」

「サンドラ、サンドラなのか!」

「お父さん!」


 兵士長、ドゥクスとボンドッツを身軽に飛び越え、玉座を駆け上がると国王に飛び込んだ。

 国王は呆然としたままその場を動かず、それでも腕は自然とリンを抱きしめるように動かしている。


「お父さん、お父さん!」

「まさか、戻って来るとは思わなかった。お前が帰って来るとは思わなかった。サンドラよ、お前が消えた七年の間に、我が王妃は亡くなってしまったのだぞ」

「ボードオンが一緒だったから、生きていられたの。あそこにいる人たちが助けてくれたから、無事でいられたの。だけどもう、お母さんには会えないのね。寂しいよ、お父さん」


 ボロボロと大粒の涙を流すリンの事を一撫でし、国王はゆらりと立ち上がった。体を優しく押し返して玉座から降り、足音もなく近寄ってくる。

 美代たちには目もくれず、国王は腰を落とすとボンドッツの頬を片手で包み込んだ。ビクリと肩を震わせて伏せかけた顔を無理やりにあげさせれば、冷たい瞳が光る。


「よく戻った、ドゥクスの息子、兵士長の息子よ。この国の状況はわかっているか」

「……隣国、シャダッドとの戦争中。セデールが誇る森まで侵略され、王都まではまもなくと」

「あぁ、その通りだ。兵士長の息子、ボードオンよ。国王の私が命ずる、兵士として戦え」


 ドゥクスの背中がわずかに震え、ボンドッツが目を見開いた。微かに聞こえた舌打ちは、バーナーのものだろうか。


「多くの兵が命を落とし、四肢を失い、深く傷ついた。もはや我が国でまともに戦える兵は、ほとんどおらん。尖兵となり敵地を走れ、殲滅し、我が国の領土を奪い返すのだ」

「……ぎょい」

「待て待て、オイラ達を無視すんな」


 返事をしかけたボンドッツの体をヒョイと抱えあげ、ブラックに向けて放り投げながら、殺意を隠すこともなく吐き捨てたバーナーの事を国王はにらみ上げた。リンが慌てて玉座から降りてくるのが見え、美代が手招きをして抱きとめる。


「なんだ、貴様たちは」

「お父さん、待って! この人たちはあたし達の事を助けてくれたの、恩人なんだよ!」

「バーナーさん、何を! ちょっとブラック、放しなさい!」

「オイラ達は、ボードオンとエレクサンドラの友人だ。此度の戦争の状況はすでに知っている、微力ながら助太刀しようと参ったまでさ」


 なにが微力かと、白い目をしながら見上げてしまった。ジタバタと暴れるボンドッツを苦も無く抱え続けているブラックに、腕を組んで射殺さんばかりに睨みつけるバーナー。そんな二人の形相を見せないよう、リンの頭を胸元に押し付けて優しく撫でた。


「敵の数、分布、陣営、戦闘時の特徴。それから自国の兵力。知りえる情報を全て渡せ、この戦争に勝つ気があるのであればな」

「小僧、今の内ならばその無礼な口の利き方を許してやろう。こうべを垂れよ、私はこの国の権力だ」

「知ったことかよ。オイラは絶対君主の国は大っ嫌いだ。それでもボンドッツとリンの故郷だからと、手を貸してやると言っている」 


 そう言ってバーナーが視線を向けたのは、玉座の両脇に控えている二人の兵士だった。玉座の外で聞こえていたうめき声とは違って、傷一つない様子の彼らにバーナーはますます表情を歪めていき、その殺気に硬直してしまっているブルーの手を引くと彼の事も包み込んでやる。


「何の情報も渡さず戦地に送り、無意味に戦力を削って国を明け渡すような戦略しか建てられないわけでは、あるまいよ?」


 それは明らかな挑発で、国王は青ざめた。ボンドッツも唇を戦慄かせてブラックの腕から降りようとますます暴れていき、ドゥクスの肩が小刻みに揺れている。


「どこまで調子に乗る、小僧?」

「オイラはお前の国の民じゃあないからな。どこまででも」

「あくまでも、仲間のために戦う、って申し出ているだけだからねー。別に私たちは私たちで勝手にやってもいいんだよ? ま、敵と味方の区別がつかないから、うっかり全滅させちゃうかもしれないけどね」


 本気ではないことは解りきっているけれど、バーナーに続いた美代の言葉に、リンまで青ざめてしまっていた。


 このメンバーならば、出来ないこともないから恐ろしい。


 長い静寂の後、息を吐き出したのは国王だった。相変わらず冷たい瞳をこちらに向け、二人の兵に合図を送る。


「そこまで大口を叩くからには、セデール国に勝利を与えてくれるのだろうな?」

「そのつもりさ」

「よかろう! 兵士長、貴様が知りえる限りをこいつらに教えよ、明朝に兵として進軍し、その手に相手国の首を持ち帰るのだ。

 もはや武器をまともに握れる兵はドゥクスのみ、どいつもこいつもボロボロだ、先の戦いでもそやつが敵将を討てただけよ」


 踵を返して玉座へと向かいながら、国王は嘲るように言い放った。ギリリと奥歯を噛みしめる音は、ボンドッツの父が発したものか。


「……あぁ。そこの子供とバンダナの子、そして小娘よ。お前たちが兵として戦えるとは到底思えん、故にここへ残るがいい」


 優しい言葉とは裏腹に口元には冷たい笑みが浮かんでいて、それを見たバーナーが表情を強張らせた。そんな彼の表情に、美代も体を緊張させる。


「さぁ、食事にしよう。窮地に陥り、脱落の危機に瀕している我が国を救ってくれる勇敢な者共に与えられる限りの料理を運ぶのだ」


 玉座一杯に響き渡った拍手と共に、給仕の女性たちが現れて。

 なんとなく居心地が悪いままに、美代たちは促されるよう食事を取るのだった。




「ボンドッツ、ボンドッツ」


 七年前から何一つ変わっていないらしい、それでも埃ひとつ落ちていない自室に弱い笑みを浮かべながらベッドに座り込んでいれば訪れた来客に、ボンドッツは彼女を中に招き入れた。


「あぁ、エレクサンドラ様。なんとお美しい、王妃様のドレスですね」

「んもう! 止めてよボンドッツ、恥ずかしいんだから!」


 頭部のバンダナはそのままに、桃花色のふんわりとしたドレスに身を包んだリンは頬を膨らませ、頭を下げかけたボンドッツの肩をペシンと叩いた。キョトンとして顔を上げる彼にますます、ムッと眉を寄せ、ベッドの上に身を投げる。


「え、エレクサンドラさま」

「リ、ン!」

「いや、それはブラックが名前を言えなかったからつけたあだ名のようなもので」

「リン。リンって呼んで。お願いじゃないよ、めーれー!」

「……はい。リン」


 両足をバタバタとさせながら言うリンに、ボンドッツは肩を落とした。呼べば満足そうに微笑んで彼の腕を掴み、自身の隣に引き倒す。


「どうしたのです、リン。国王陛下の元へ行かなくても?」

「……いいの。長く、シャドウ様たちと一緒に居たからかなぁ。……なんとなく、お父さんのことが、好きになれなくて」

「滅多なことを言ってはなりません。あなたはいずれ王女として婿を迎え入れ、この国の主を支えていく存在なのですよ」

「ボンドッツは、それでいいの?」


 寂しそうなリンの言葉に、すぐに返事をすることが出来なかった。

 腕で顔を覆いかくすようにうつ伏せになっているため、彼女の表情はわからない。


「……リン、私はこの国では一介の兵士で……いいえ、正式には兵士ですらなくて。本当ならば今、城内に留まる事も出来ない地位しか持たないのです」

「関係ないよ、だってあたしの幼馴染なのに」

「いいえ、セデールでは血筋と地位が全てです。……父上は、バーナーさんと?」

「うん、ダークも一緒。ねぇボンドッツ、雷斗君もお城に残っちゃダメかな。きっと辛いよ、苦しいよ」

「雷斗さんの手を汚すようなマネは致しませんよ、汚れ役を彼に押し付けるわけにはいきません。賞金稼ぎのバーナーさんや、ダーク達には協力していただきたいですけれどね」


 バンダナをそっと外し、耳の裏を掻くように頭を撫でていれば、リンからの返事がなくなった。顔を覗きこんでみれば眠ってしまっているようで、クスクスと笑い声を上げてしまう。


「おやすみなさい、リン。……美代さんたちの事は、お願いいたしますよ」


 起こしてしまわないように優しく手を取り、気持ちよさそうに眠るリンの掌へ触れるだけのキスを落とした。ふにゃりと微笑んだように見えたのは気のせいだと思って。


「……本当に、お願いいたしますね。もし彼女たちに何かがあったら、私はあなたの父君を、許せそうにないのです」


 冷たい光をわずかに瞳に乗せ、ボンドッツはリンを横抱きにすると、柄の宝石に触れたのだった。



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