故郷
「……ブルー、寂しい?」
「うーん……。寂しいのは、寂しいよ。でもワイには、せないかんことがあるから」
結局、町を出る直前まで軽口の叩きあいや小競り合いをしていたバーナーとヘリュウを引きはがすようにして出発した一行は、どこか元気がないようなブルーに視線を止めていた。
美代がそっと訪ねてみれば首をかしげ、それでもまっすぐに前を見る彼の横顔は、普段と比べて凛々しいものがある。
「兄ちゃんもね、危ない旅なんなら、ここに居てもいいんよーって言うてくれたんよ。でもワイはガーディアンで、一緒に行かないかんって伝えたら、少し寂しそうだったけど頑張ってきぃって。応援しとるよって。だから大丈夫!」
「……そっか」
手を伸ばしてみればグリグリと頭を掌に押し付けてくる彼に小さく笑い、地図を広げながら先頭を進んでいるバーナーに目を向けた。いつもより難しい表情をしている彼はダークと何かを話しているけれど、あまりにも小声で内容はわからない。
「……仕方がないか」
「遠回リヲシテ人里カラ離レ過ギルヨリ、突ッ切ッタ方ガ良イ。戦争ト魔族、ドチラガ厄介ダ?」
「……力量的には、魔族の方だな。わかった、そうしよう」
羽根に目を向ければほのかに光っていて、風に耳を澄ませればそんな会話が聞こえてきた。
ヘリュウが、近くで戦争があっていると言っていた。その近辺を通るか、遠回りをしてケモノ道を進むのか。と、いうことだろうか。
「みんな、聞いてくれ。藍の……町長から聞いたところ、オイラ達が進もうとしている先の国が戦争をしているらしい。
本当だったらそんなところ願い下げで、回り道をして行きたいんだが、人里が極端に少なくなる。そうすると今度は魔族の問題が出て来るんだ」
「ダカラ……戦争地帯ヲ、突キ進ム。幸イ、地図ダケデ見レバ、ソシテワシラナラバ、六日カ七日走レバ抜ケラレソウダ」
「前提として、美代、ブルー、スノー、リンが誰かに抱えられることにはなるけどな」
「はーい、戦争地帯はどの辺で、どことどこが戦ってるんですかー」
ピッと手を上げた美代に、バーナーとダークは顔を見合わせた。ゆるりと首を振ったバーナーにダークがうなずき、困ったように眉を寄せる。
「詳シクハ判ランノダ」
「藍のも、完全に把握していたわけじゃあないみたいでな。言われたのは、オイラの足で五日もあれば抜けられる、ってことだけだった。迂回すれば恐らく、十日以上はかかるだろう」
チラリと足元のスノーを見てみれば小さく首をかしげていて、とりあえず二人がどこかで嘘を吐いたらしいことは解った。地図を見せてくれないのも、そう言うことだろう。
「ブラックハ美代殿ヲ、ワシガブルーヲ」
「リンはオイラが、スノーはボンドッツが抱えてくれ。シャドウは、もし万が一戦火に巻き込まれそうになったとき、頼んだ」
「わかったよ。……出来れば、やっぱり、迂回したいけど。アダマースまで人族で三日かかる距離を一晩で行って帰ってきたバーナー君でさえ、十日以上もかかる距離だったら、そっちの方が危ないものね」
バーナーの瞳を覗き込むようにして言ったシャドウはまるで、隠し事は通用しないよ、と言っているようだった。
シャドウが行ったことが本当であれば、先ほどの計画にも待ったをかける必要があるだろう。
「バーナー、危険だけど、やっぱり私たちも歩いて行く」
「美代、何を言って」
「シャドウの話しだと、バーナーは一晩で人族の六日分を進めたわけでしょ。なら一日だと十二日分?
それだけでもバカげた話しだけど、その足で五日かかるんなら人族だと六十日分なのよ。言ってる意味は解る?」
「美代、オレ達は大丈夫だよ。雷斗の事だって、疲れたらオレが抱えられる」
「そういう問題じゃないの。無理だ、っつってんの。さっきの計算は不眠不休での、常に全力で進んだ場合で考えた時の計算だ。大雑把な計算にはなるけど、人族で十日かかるところを一日で行こうとする計算になるんだよ、ぶっ倒れるつもり?」
美代の言葉に、ブルーとリンも目を丸くして勢いよく首を振っていた。バーナーからは恨めしそうに睨まれるけれど、あまりにも無理があり過ぎる計画に、美代も鋭く睨み返す。
「バーナー、ダーク。私たちも子供じゃない、ここまでこうして旅をしてきて、あなた達ほどじゃないけれど……危険なことも乗り越えてきたつもり。だから無理をしようとしないで、私たちを汚いものから遠ざけようとしないで。ちゃんと、私たちの事も仲間に入れて」
腕を組んでまっすぐに見上げてくる姿に、バーナーは言葉を詰まらせた。ポンと背中を叩かれて振り返れば、弱々しい笑みを浮かべるダークがいて、長いため息と共に頭を掻き毟る。
「美代の気持ちはわかった。ブルーとリンはどうなんだ」
「戦争は怖いけど、みんなが無理をするのはイヤだよ。あたしだって、ボンドッツ達と一緒に生活して来たんだもん、大丈夫だよ」
「ワイも、平気よ」
「バーナーヨ、ワシラノ負ケダ」
喉の奥でクツクツと笑うダークの脇腹を軽く小突き、仕方なく頷いた。ボンドッツとブラックは渋い顔をしているけれど、抱えられる側が抱えられる気がないのであれば、どうしようもない計画なのだ。
「綺麗なもんじゃないぞ。覚悟しろ、お前たちの想像よりも、恐ろしいものを見るかもしれないからな」
「覚悟の上だよ。行こう、バーナー」
「……わかった」
苦々しい笑みを浮かべてしまった彼に、美代はニヤリと不敵な笑みを浮かべると心配そうに眉を寄せるブラックの背を力強く叩き。
前へと進んで行くのだった。
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順番に夜番をし、バーナーとダークが進行方向を決めながら歩いていると、とある森にたどり着いた。見た目は普通の森と変わりないけれど、目を凝らしてしまえば木の幹にはどす黒い何かが付着していて、木の根元や草の影には打ち捨てられた武器の破片が光っている。
「……ここ最近で、戦線が変わったところみたいだな。今日はこの森の中で休んで、明日の早くに抜けるよう」
「ぼ、ぼんどっつ」
掠れているリンの声に振り返れば、血の気を無くした彼女が何かに怯えるよう震えながら、ボンドッツの腕にしがみついていた。キュッと唇を引き締めたまま目を見開き、握った拳を小刻みに揺らす彼は、微動だしていない。
「二人とも、どうしたんだ」
「……バーナー、さん。わがままを、聞いて頂いても、いいでしょうか」
「大丈夫なのか、何があった」
「ここ……気付かなかった、いいえ、気付きたくなかった。ですが」
ふらりと足を進めたボンドッツに着いて行くよう進んで行けば、巨木があった。二人は震えながらその根元に座り込んで息を飲み、ボンドッツが苦しそうに顔を歪め、リンが彼に頭を押し付けながら大粒の涙を流していく。
そこには、短い文字が刻まれていた。
『えれくさんどら・どう・らすと』
『ぼーどおん・あすか』
と。
「セデール国……。嘘だ、どうして、こんなことに……!」
「ボンドッツ……ボードオン! 負けちゃうよ! みんなみんな、死んじゃう! こんなところまで攻め込まれてて、王都なんかもうすぐそこなのに!」
「まさか、二人の、故郷なのか」
「そこに居るのは、何者だ」
鋭い殺気に警戒する時間もなくて、何者かに馬乗りにされると同時に切っ先が首筋に当てられたバーナーは小さく舌打ちを漏らした。ズシリと全身にかかる体重のとおり筋骨が発達しているらしい、鎧を身にまとった男性は目を血走らせ、誰かがピクリとでも動けば彼の命を狩れるよう剣を持つ手に力を込める。
「……どこの国の者共だ、隣国の偵察部隊、というわけではなさそうだな」
「あー、何気に一番困る質問だな」
皮一枚、剣がかすめているにもかかわらず、呑気な声を出したのはバーナーだった。
出身地どころか種族が違って、それもあり得ない一族が地上にいるのだから返答に困るのは当然だ。さてどう答えようかと思っていれば土を踏みしめる音がして、視線だけでそちらを見る。
「ちちうえ……?」
「……!」
男性が弾かれたように顔を上げ、その反動のせいかわずかに肌が切れて血が流れた。動揺しているらしい男の下から這い出てくればブラックが慌てて治療術を唱え、瞳を揺らすボンドッツの事を見つめる。
「ぼ、ど……?」
「ちちうえ……! 父上!」
「ボードオンなのか……!」
男性が剣を投げ捨てると同時にボンドッツが懐へ飛び込んでいき、きつく抱きついた。愕然とした様子で緩々と小さな体を抱きしめる男性は、ボンドッツとリンを交互に見つめ、見る間に目を丸くしていく。
「まさか、エレクサンドラ様!」
「ボンドッツ、ボードオンのおじさん! わかってくれたの? こんなにも、こんなにも変わってしまったあたし達のこと、わかってくれたの!」
そう言ってボンドッツの隣に並ぶよう抱き付いていったリンのことも、男性はしっかりと抱き留めていた。震えている手で、それでも力強く。
年相応に成長しているリンと、年不相応に小柄なボンドッツの二人を抱きしめたまま彼はホロホロと涙を流していた。その様子を見てバーナーはダークに視線を送り、ダークがシャドウに目を向ける。
「もう、もう死んでしまったものだと……そう思っていた。お前たちがいなくなってから、七年も経つのだぞ。どうして戻ってきたんだ、なぜ今、帰って来たんだ。こんなにも、国が、辛い時に……!」
「わた、わたくし達は、隣国に……連れ去られて、実験台にされたのです」
「ボードオンは、カラクリとの融合に、あたしは……動物との、融合に。使われて、人じゃなくなって、異形の者に、させられちゃって……!」
「なんとか逃げ出したのに、石を投げられ、棒で打たれ……化け物だと言われ、続けて」
「怖かったの……! 国に帰るのが怖かった! だからもう、帰れないんだって! 化け物になっちゃったあたし達は、人間とは一緒にいられないんだって!」
「途方に、くれていたときに……あの方々に、助けられたのです」
振り返ったボンドッツの視線を追いかけ、男性は二人の体をおろすと地面に立膝をついた。そのまま深く頭を下げた彼に、バーナーは頬を掻いてしまう。
「先ほどの無礼、お詫びいたします。我が国の王女と愚息を……ありがとうございました」
「いい、いい。戦場だと分かったうえで、旅のために突っ切ろうとしているんだ。……さて、ボンドッツ……いや、えーっと、ボードオン。言いかけたわがままを、まだ聞いていないぞ」
促したバーナーに目を丸くし、伏せ、隣に座っているリンに視線を送った。彼女も同じようにこちらへ視線を送っていたようで、小さくうなずく。
「リン……エレクサンドラ。あなたは、彼らと共にお行きなさい」
「何を言うの、ボードオン。あたしにとっても、故郷なんだよ、大切な国なんだよ。それに、あたしだって魔術は使える」
「なぁにを二人で盛り上がってるのさ」
いったいいつの間に回り込んでいたのだろう、後ろから肩に腕を回しながら抱き付かれ、勢いよく振り返れば美代がいた。ニカリと歯を見せながら笑う彼女にボンドッツは首を振り、胸元を突き飛ばすようにして距離をとる。
「いけない、あなた方には使命があるのでしょう。こんなところで足止めを受ける必要はありません」
「バカだなぁ。こんなところで仲間を二人置いて進んで、もし万が一何かがあったら私たちは一生後悔するよ。それに仲間を放ってでも行かないといけないほど大切なものなのかね、バーナー?」
「いいや。確かにオイラ達には使命がある、だけどな、ボンドッツ。困っている家族を放ってはおけないさ、お前たちだってそうだろう? 反対の立場ならどうしたよ?」
グッと言葉に詰まったボンドッツに、バーナーは小さく笑うと意見を求めるようにみんなを振り返った。
もちろん、二人を見捨てる者などここにはいないのだ。
「旅の方々。お気持ちはありがたいが、あなた方は幼く見える。……こんな場所は早く通り抜けてしまいなさい、ここはもう、シャダッドの手に堕ちた」
「王都が近いのだろう、このまま攻め込まれて土地を奪われるのか。それを是とするのであれば、オイラ達は口を出すまい」
腕を組んで眉を寄せながら言えば、男性の顔から血の気が引いた。下げていた頭をゆらりと上げて射殺さんばかりにバーナーを睨みつけているが、そんな視線を鼻で笑う。
「本来であれば国と国との戦いに出るのは、一族の矜持に反する。戦奴とされていた時代を思い出すとのことでな。
だけど仲間の出身国となれば話は別だ。火炎族最後の純血、バーナー・ソラリア。望むのならば、戦局をひっくり返してやろう」
「一人デ格好イイ事ヲ言ウナ。ボンドッツ、リン。ワシラマデ突キ放ス事ハ、ナイダロウ?」
「助けてほしいんだろ、嘘つき。オレに隠し事は出来ないからな」
ダークとブラックが即座に続き、ボンドッツはきつく口を閉じた。そっとリンに裾を引かれて肩を跳ね、父親を見上げると深く息を吐き出していく。
「父上、兵士長様。彼らは強いですよ。我が国に勝利の風をもたらしてくれる存在です」
「ボンドッツ!」
「リン。バーナーさんがおっしゃる通り、反対の立場で考えてごらんなさい。……どうします?」
首を振っていたリンはヒクリと喉を鳴らし、俯いてしまった。
そうして顔をあげた時、彼女の表情は鋭く、瞳は輝いていた。
「……助ける。絶対に」
「ならば、私たちも助けてもらいましょう。えぇ、それがきっと、本当の意味での仲間になるということです」
「ボードオン、何を言っている。この者たちは此度の戦争には無関係だ。一兵士でもない貴様が勝手なことを言うのは許されんぞ」
「無関係ではございませんよ。戦争国がシャダッドなのであれば、火炎族の彼は特に」
「……お前たちを攫い、そうしたのがその国か」
冷たい笑みを浮かべ、小さく頷いたボンドッツに、バーナーの視線が凍った。雷斗もダークもわずかに殺気を漏らし、ブラックの髪の毛がザワリと蠢く。
自分たちが知らなくて彼らが知っているということは、スラマグトスへの道筋で何かがあったのだろう。美代はそう結論付けて、ボンドッツの父親、兵士長を見上げた。
「兵士長さん、私たちは頑固だよ。これ以上の討論は無駄だと思う」
「それにボンドッツの話が本当ならば、オイラはとある人物から受けている依頼がある。無関係じゃ、なくなったな?」
ニヤニヤと笑みを浮かべている二人に、兵士長は大きなため息を漏らした。隣に座るボンドッツの頭をグシャリと力強く撫でつけて、立ち上がると直角に腰を曲げて頭を下げる。
「我が国を、助けてほしい」
「あぁ。……とりあえず拠点に案内してくれ、連日野営続きで、オイラ達は大丈夫だけれど、この子達は疲労している」
「わかった。こちらだ」
と、先ほど放り投げてしまった剣を拾い上げて腰に下げ、ボンドッツとリンの背中を軽く押しながら兵士長は歩き始めた。




