なりたい強さ
疲れた体ではそう距離を歩くことも出来ず、結局野営をすることになってしまった。簡単な食事を終えるとバーナーはイフリートを頭の上に乗せ、木に寄りかかって目を閉じる。
(魔族のやつら、オイラとの戦いで……少しも、力を出さなかった。あれだけの炎を出したのに、力を、出し切ったつもりなのに)
膝の上で握った拳が震え、奥歯が砕けんほどに喰いしばれば、使い魔が心配するように頬へと体を寄せてきた。安心させるように背中を撫でてみても、主人の心が乱れているのでは炎から生まれた彼が落ち着くはずもない。
「ごめんなぁ、イフリート……。オイラはもっと強くなるよ、強くなる。あいつらを守れる炎になる。今はまだ弱いオイラだけど、こんな不甲斐ない主人について来てくれるか?」
『ピャッ』
当然だ、と言わんばかりに短く鳴いたイフリートに口元を緩め、少し離れた場所にいる仲間たちへと視線を移したのだった。
胸元を静かに上下させながら眠っているブルーの傍に胡坐をかいて、力なくうなだれる雷斗の背を見ながら、ボンドッツは緩く目を閉じてため息をついていた。魔 弾 盾を張り続けていた後の徒歩のせいだろう、ぐっすりと眠っているリンの頭をするりと撫でて、隣に腰を落とす。
「ご安心くださいな。シャドウ様とブラックが唱えた、完 全 治 癒ですよ。傷跡すら残さないほどの威力なんですから、明日にも目を覚まします」
「……動けなかった」
「え?」
「カウンツという魔族が術を唱え、ブラックを狙った時。私は、動けなかった。ブラックに声をかけることも、庇うことも。飛び出したブルーを止める事すら、出来なかった」
震える唇で、消え入りそうな声で。カタカタと小刻みに身震いしながら、雷斗は漏らした。顔色はひどいもので、青白いのを通り過ぎて土気色になっている肌に、ボンドッツは目を伏せながらも彼を温めるよう柔らかく抱きしめる。
「そのせいで、ブルーはあんな大怪我をしてしまった。私が、動けなかったから……!」
「あのですねぇ。あれは、動けなくて当然なんです。ブルーさんのあれは強さでも勇気でもなんでもない。単なる無謀だ」
「その無謀さすら、私にはなかった!」
「落ち着きなさい、今日は皆さん疲れています。肉体的にも精神的にも、起こしてしまいますよ。それに魔族が狙っているのはあのブラックです、そうそう簡単にやられません、彼を守りたいと思うならば、私たちは私たちの身をキチンと守ることが出来ればいいんです」
目尻一杯に涙を溜め、それでも零してしまわないようにと瞼を痙攣させている雷斗の頭を優しく撫でれば、彼は身を捩るようにしてその手から逃げた。グッと息を詰まらせて空を仰ぐと大きく息を吸い、目元を腕で乱暴に擦る。
「イヤだ。守られてばかりだ。バーナーからもブラックからも、私よりも幼い……美代殿からも。強くなりたいと思う気持ちは確かなのに、本当なのに。強者を前にすると、どうしても恐ろしいんだ。」
「雷斗さん。あなたが言う強さとは、一体なんでしょう」
落ち着いた問いかけに、雷斗はようやくボンドッツの事を見た。彼はきつく眉を寄せながら目を伏せており、どんな夢を見ているのかふにゃりと微笑んだブルーの体を、トントンと優しく撫でている。
「他者を傷付けることで大切な何かを守ること? それは……私たちがやっていたことと、なんら変わりません」
「それでも、何も守れないよりもマシじゃあないか!」
「マシなものか。それに自分が傷付くことで誰かを守ることも強さではないと、私は思いますよ」
「……ならば、お前が思う強さとはなんだ、ボンドッツ」
「心、ですかね」
たき火の傍で美代に膝枕をしたまま眠るブラック、バーナーとは反対側で、小太刀を抱えるようにして木に寄りかかるダーク。そして、スノーを抱えて眠るリンを見回していくボンドッツの瞳は暖かなものだった
「あんなにも非道なことをしてきた私たちを……いいえ、私の事を。あなた方はこうして、受け入れてくれたじゃあないですか。あなた方は十分に、十分すぎるほどに強いんだ。
だからこそ、強者が前にいた時に怖いという。あなた方の力では、必ず相手を傷付けることになると、わかっているから」
「……そんなこと」
「だから私は、あなた方にはそのままでいてほしいと思うんです。他者を殺めたことがないあなた方が、わざわざ汚れる必要がないでしょう? 相手がなんであろうと」
話し声のせいかモゾリと身じろぎをして薄く目を開いたブルーに、雷斗はそっと顔を覗きこんだ。焦点が合っているようではなくて、掌で目元を覆ってやれば大きく息を吐き出して再び眠りに落ちた彼に弱々しく微笑む。
「あなた方は安心して自身の身をお守りください。すでに私の両手はどす黒く染まっていますし、そもそも魔族を相手に出しゃばれるとは思っていません。先ほども言った通り狙いがブラックならば、出る幕もないと思いますよ。……本気で怒った彼を相手に出来る者がこの世にいるとは思えませんから」
幾分かトーンが下がった声に首をかしげれば、ボンドッツはゆるりと首を振った。雷斗の胸元を軽く押して毛布を投げつけ、自分もごろりと横たわる。
「悩まずにサッサと休んでしまいなさい。誰しも、急には強くなんてなれないんです。今はキチンと休んで疲れを癒すのが、最善だと思いますよ」
「……ありがとう、ボンドッツ」
返事はなく、代わりに寝息が聞こえた。それに口の端を緩めてブルーの隣に横になり、長く息を吐き出す。
「……わからなくなったなぁ。私が求めたい強さとは、なにか……」
横になってしまえば、気付かないうちに疲れていたのだろう瞼が異様に重たく感じ、思考に霞がかかっていって。
その眠気に従うよう、雷斗も毛布を被るのだった。
ポロポロと頬を流れる水滴に目を覚まし、雨でも降って来たのかと空を見上げても、雲一つない満天の星空があるだけだった。ならば頬を濡らすこれはなにかと指先を走らせれば出どころは目尻のようで、ようやく涙であると理解する。
「美代殿、ドウシタ?」
「あ……ダーク。ううん、なんでもないよ」
驚きながらも手の甲で拭っていれば、心配そうに声をかけられた。座ったまま自分に膝を貸してくれていたブラックも、何となく足が軽くなったことに違和感があるのだろう、眉を寄せて手がさまよう。
優しく握ってやれば落ち着いたようで、表情が和らいだ彼に微笑んでしまった。
「泣イテイルノカ……?」
「なんでだろう、なにか、夢を見ていたんだろうけど……。覚えてないんだ。だからどうして涙が出たのかもわからない」
「……ソウカ」
「ねぇ、ダーク。どうして魔族は、ブラックを狙ったのかな。私の周りにいる人たちはみんなみんな……傷ついて、いくのかな」
「美代殿?」
「よくわからない。どうしてなのか、わからないんだけどね、魔族の二人が来たとき……すごく怖かったんだ。寒くて体の震えが止まらなくなって頭痛がひどくてっ」
ポツリポツリと紡ぎながらもふるりと身震いしている美代に、ダークは自身の膝にかけている毛布を彼女の肩から掛けてやった。驚いたらしく勢いよく顔を上げた美代の目を覆い隠すように掌を額に優しく押し付け、くしゃりと頭を撫でつける。
「今ハ、眠ッテシマイナサイ。ブラックノ強サハ、ヨク知ッテイルダロウ? コノ子ハ負ケナイヨ」
優しいテノールの声が耳に心地よく、美代は小さく頷いて大きくて暖かい手をそっと握った。そうすれば再び頭を撫でられて、それがまた気持ちよくて、ゆっくりと目を閉じていく。
「守リタイ者ガ出来タコヤツハ、何者ニモ負ケン。ユックリ、オヤスミ」
「……ありがとう、ダーク。おやすみなさい」
目を覚ましたすぐは体が冷たくて震えていたのに、ダークの手が温かくて、気が付けば夜の寒さも気にならなくなっていて。
美代は再び、ブラックの膝枕を借りるように、横たわるのだった。
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「ブラック……降ろして?」
「ダメだ」
「自分で歩けるから、恥ずかしいし」
「ダメ。まだ、ショックが抜けてない」
「ば、バーナー」
「ブラックに賛成だ。まったく、動けなかったオイラが言うのもなんだけど……なんて無茶をしやがる。心臓が止まったかと思ったぞ」
翌朝、最後に目を覚ましたブルーにみんなが心配して詰め寄り、ボンドッツが説教しかけたのを止めた美代と口論になりかけ、慌ててバーナーとダークがなだめ。
とりあえず近くの人里を目指そうと進み始めた瞬間、ヒョイとブルーを横抱きにして何食わぬ顔で歩き始めたブラックに、抱え上げられた彼が赤面してしまっていた。助けを求めたバーナーも眉を寄せていて、雷斗に目を向けても首を振っている。
「美代はん……!」
「うんとね、諦めよう」
両手で顔を覆ってブラックの胸元に押し付け、コートをグイグイと引っ張るとすっかり隠れてしまった。耳まで赤くしているのを見るにとても恥ずかしいのだろうけれど、経験上こうなったらブラックは意地でも降ろさない。
「バーナー、今日中に着けそう?」
「……厳しいかもしれないなぁ。オイラが知らない間に、集落か村が出来ていれば別だけど」
口を尖らせながらもコートの中に潜りこんだブルーのことをキチンと支え、手を伸ばしてきたスノーのことも肩にちょこんと座らせた。彼はそのまま美代にも視線を落としたが、思わず首を振る。
少し落ち込んだようにも見えたが、三人同時に抱えて移動するのはいくらなんでも負担になるだろう。
「美代殿?」
「いや、大丈夫だよダーク! あ、何だろうすごくいい笑顔!」
「前言撤回しようか、頑張ればたどり着けるな」
「言外に私が足を引っ張るって言わないで!」
ニコリと微笑むダークに手を振っていればバーナーが呟き、美代は仕方なく背負われることになってしまった。ブラックがなんとなく恨めしそうに見てきているように感じるけれど、気にしないふりをして肩口に額をうずめてしまう。
「リンは大丈夫ですか」
「うん、あたしは平気! あ、だけど疲れたら舞 空 術を使ってもいいかな?」
「その時は私も一緒に使いますよ」
どうやらこのまま進んで行くことが決まったらしい。
これ以上の抵抗も抗議も無駄だと早々に諦め、何となく諦めきれずにいる、ブラックのことをジットリと見上げているブルーを見て思わず苦笑を漏らし。
ブラックやバーナーとはまた違う、温かい背中に目を閉じるのだった。




