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冒険記  作者: 夢野 幸
記憶編
61/138

人非ざる一族


 その日の内に魔方陣は修復され、夕食を共にし、翌日に送り届けてからようやく、バーナーは自由の身になれた。城を出るときには国王からは名残惜しそうに見つめられたが、サファイアに尻を蹴飛ばされて書斎に引っ込むのを見た時には目を丸くしたのを覚えている。

 今日の分の公務が終わっていないからと城の外に出してもらえなかった彼の表情は、なぜだろう、宿題を終わらせるまで遊びに行かせてもらえない子供の様で、笑うのを堪えるのに苦労した。


 そうして結局、見送りに来てくれたのはサファイアだけだった。


「それじゃあ、これからの旅路も気を付けろよ」

「色々と世話になったな。お前もあまり、無理をするなよ」


 バーナーとサファイアの会話もたったそれだけで、歩き始めた彼に置いて行かれないよう慌てて追いかけた。美代もペコリと頭を下げ、続いて行こうとし、手を取られて振り返る。


「お嬢。不器用な弟を頼んだぜ」

「サファさん……。はい、これからもバーナーと仲良くお願いします、お姉さん」

「くくっ、妹分まで出来た気分だ。ありがとうよ、美代」


 ポンポンと頭を撫でられたかと思えばクルリと体の向きを変えられて、ポンと背中を押された。

 言葉数が少ないのはきっと、昔からの知り合いで、長く話さなくても分かり合えるのだろう。


 それを少し、うらやましいと思ってしまい。

 ゆるりと首を振ると、美代はみんなの後を追って走り始めた。




 訓練での筋肉痛か、痛い痛いとすぐにうずくまるブルーを雷斗が背負い、体調が悪かったということも即座にばれてしまっていた美代も問答無用でブラックに抱えあげられて進んでいた時。

 自分たちを取り囲むように、魔力が渦巻いたのがわかった。それぞれは即座に武器を構えて互いの背を守る様に円陣を組み、鋭い目付きで警戒する。


 ゆらり、ゆらりと、蜃気楼の中を歩いているように揺らめく姿を見て、美代はブラックにきつく抱きついた。


「……魔族」

「魔族……! なんで、こんなところに……!」


 コウモリのような翼を持ち、獣のような耳をした、つい先日保護した魔物の様な姿をしたものと、額に一本の角を構え赤黒い肌をしたもの。二つの異形が現れて、バーナーが呟き、雷斗が悲鳴のような声をあげた。二人の魔族はそれを気にするようでもなく、紅い瞳を光らせて小さく笑う。


「……なるほど。確かに」

「オイラ達に、何用か。人目に着けば、面倒な目に遭うのはお前たちだぞ」

「お前たちに興味などない。オレ達が、用があるのは」


 スッと視線を動かした彼らに合せ、その先を追ってみれば、ブラックが震える美代を必死に魔族たちから隠しているところだった。ギラリと血の色の瞳で魔族たちを睨みつける彼に、異形は小馬鹿にするよう、鼻で笑う。


「そこの、長髪の男だ」

「ブラック……?」

「あぁ。ある方の命だ。……命を貰う」

「やってみろよ!」


 口早に術を唱えて煙幕を広げると、美代にコートを優しく巻きつけて翼の魔族へと一足に接近した。右手に構えた剣を鋭く振るがそれは避けられ、間髪入れずに剣を分けると左手を突き出す。

 追うように右へ左へと攻撃を繰り出していくブラックに苦笑し、バーナーはもう一人の魔族へと目を向けた。


「カウンツが向こうとやりあうなら、オレはこっちで足止めをしておこうかな」

「なぜブラックを狙うか、は聞かないが」

「ソウ簡単ニハ、ヤラセンゾ」


 前に出ようとした雷斗を後ろに追いやり、飛んで来た火球を片手で握りつぶした。ボンドッツやリンのことはダークが背に庇っているようで、スノーはシャドウがしっかりと魔 弾 盾マジア・シルトを張っていることを確認する。


「ダーク、オイラは魔術を使わん。こいつらを頼んだ」

「馬鹿ヲ言エ、オ前ガ退ケ」

「イヤだね!」


 拳に炎を纏わせて一人で魔族の元に突っ込んでいくバーナーに、ダークは盛大な舌打ちを漏らして自身の背後を見る。


「ボンドッツ、リン! 美代殿達ヲ守レ!」

「わかった!」

「了解!」


 呼ばれた二人はすぐに魔 弾 盾マジア・シルトを展開し、不安げに眉を寄せるブルーを安心させるよう頭を撫でる。

 そんなブルーは、怯えるように震えている美代の事を優しく抱きしめ、戦っている三人を遠く見つめていた。


「ボ、ボンドッツ」

「守られているばかりでなるものか。私も戦える!」

「何をおっしゃいます。魔族が相手では、単なる足手まといですよ!」


 炎の柱を建て、剣を突き出し、口角を吊り上げながら戦っているバーナーのフォローをするよう、魔族が繰り出す魔術を相殺している、表情を歪めるダーク。

 相対する魔族は剣を手に、炎を纏わせた遊炎と涼しい顔で鍔迫り合いを行っていて、自身を取り巻く炎を受け流しているようだった。どうにもバーナーの表情は楽しげなものではなくて、引きつっているために、口角が上がってしまっているようだ。


 そして翼の魔族は、ブラックの猛攻を受けて目を白黒させながらも剣劇を見事に槍でさばいていた。


「ブラックの剣劇を……あぁにも、受けられるなんて」

「ボンドッツ、シャドウ様ぁ! 魔 弾 盾マジア・シルトだけじゃ無理だよ、どうしよう!」

「落ち着いて、リン。ボクも重ねてかけよう、大丈夫、バーナー君の炎はこちらまで来ていないし、ブラックなら魔族に負けるわけがないよ」




 槍の魔族は頬の傷からドロリと闇を流しながら、髪の毛を逆立たせて眼光を鋭くするブラックに半ば目を閉じていた。多少息が上がっているこちらに対し、魔術の詠唱も早く二刀流で猛攻をかけてくる男は、顔色一つ変わっていない。


「やっと所在がつかめたと思ったら、こんな大人数でいるなんてな。だけど見かけ倒しか」

「何を言ってんだ。お前はオレ一人に、もう片方は二人に苦戦してるじゃないか」

「はぁ? チチェが、苦戦してる? よぉく見てみろよ、お前のお仲間さんを」


 嘲笑うように肩を揺らした翼の魔族に、わずかに目を丸くしてサッと背後を見た。

 ほとんど聞き取れないほどに短い詠唱で放たれる術を必死に受け流すダークに、頬や首筋から血を流し、顔を強張らせているバーナー。

 ボンドッツやリン、シャドウはダークが受け流しきれなかった術を打ち消すのに翻弄され、魔 弾 盾マジア・シルトの中にいる美代たちも顔色は芳しくなかった。


「……てめぇら!」

「悪いな、命令は絶対なんだ」

「オレが狙いだって言ったな、ならオレだけを狙えばどうだ!」


 ブワリと揺れ動く髪に翼の魔族は体を吹き飛ばされ、その隙にとブラックはバーナーの元へ足を踏み出した。息を上げている彼の体をダークに向けてポンと押し、角の魔族の剣を左腕のみで受け止める。


「おいおい……カウンツとやりあってたんじゃ、ねぇのかよ!」

「消されたくなけりゃあ退けよ。美代も怯えてる、バーナーのこともこんなに傷つけて、ダークやみんなの魔力も削っていって。……オレが我慢できているうちに、失せろ。みんなに血生臭いところは見せたくない」

「言いやがる、半端者が……」

「あかん!」

「あっ!」


 ブルーの声、雷斗の声。鋭く息を飲む、いくつかの音。


 それらと同時に体を突き飛ばされて、ブラックはその不意打ちに地面へと叩き付けられていた。なにが起きたのかも理解できないままに顔を上げれば鮮血が頬に飛び、喉の奥が痙攣したのがわかる。

 先ほど吹き飛ばした魔族、カウンツが何かしらの術を仕掛けてきていたらしい。詠唱も魔力も解らない間の出来事で、なにが唱えられたのか、判別はつかない。

 それでも今、目の前で、倒れているブルーの脇腹から多量の血が流れていることだけは確かだった。


「ブルー!」

「たすけ、られて……ばっかは、イヤやから」

「なんて無茶を……!」


 ダークに支えられていたバーナーがブルーに手を伸ばしたその時。

 研ぎ澄まされた殺意が空気に溶け込んでいき、ヒクリ、ヒクリと喉を鳴らして声もなく涙を流すブルーを抱きかかえるように庇いながら、それを生み出している人物に目を向けた。

 普段と違って座った目は感情を宿さず、ひたとカウンツの事を見据えていた。蠢く髪の毛は普段のそれよりも数倍は勢いを増していて、薄く開かれた唇からは冷たく吐息がもれだしている。


「ブルーさん!」

「ブルー君、しっかりして!」

「シャドウ、治癒術リペイを頼む!」

「ブルー、ブルー。口を開けて、血を吐きだして。喉に詰まらせちゃう、だから……!」

「……許されると、思わないでね」


 言葉だけで温度が格段に下がったのを感じ、バーナーは呼吸も薄くシャドウから治療を受けているブルーを背に隠しながら、ダークの腕を掴んでいた。

 魔族の方も異変に気が付いたのだろう、得物を持つ手が緊張し、視線を交わしあったのがわかった。カウンツがチチェに接近したとほぼ同時に魔力が漂うのを感じて、ブラックは口角を歪めると双剣を持つ手を固める。

 一歩踏み出そうとして服の裾を引かれ、冷たく振り返った。


「ブラック、魔族は放って置いて、逃げるなら逃がして! それよりもブルーを!」

「美代……」


 二人の魔族が姿を消す瞬間、カウンツの方が目を剥いたような気がした。美代は反対にスッと目を半ば閉じて睨みつけながら、ブラックを引き留める手を放さず、髪の毛を優しく抑え付ける。

 数回撫でつけてやれば、少しは落ち着いたらしい。蠢く髪の毛はストンと落ちて瞳にも光が戻り、それと同時に血塗れのブルーの傍に慌てて膝をつく。


「ブルー、大丈夫か!」

「大丈夫だよ、傷はすっかり治したから。今は、気絶しているだけ」


 シャドウが落ち着かせるよう肩に座り、頬を撫でれば、長く息を吐き出して緊張を解いたのがわかった。顔色を悪くするダーク、目の下にクマを作り、汗で服を湿らせているバーナーを見て眉を寄せ、唇を引き締めて拳を震わせる雷斗の頭に優しく手を乗せる。


「……バーナー、ここから一番近い人里はどこ?」

「……魔族が出てくるのであれば、あいつらがあまり入って来ないような場所が良いだろうな。なら、歩いて二日くらいのところに、町がある」

「二日もかかるなんて!」

「落ち着け」


 取り乱すブラックの頭を軽くはたき、ブルーの体を抱え上げようとすれば、横からサッと攫われた。血の気を失いますます肌を白くするブラックにため息を漏らして、辺りを見回す。


「……一応、万が一にもないとは思っているが、聞いておく。魔族にケンカを売ったことは?」

「そんな命知らずなことするものですか」


 パチリと視線が合ったボンドッツに訊ねれば、即答された。それもそうだと緩く目を閉じ、心配そうに眉を寄せている美代の事を優しく抱きしめる。


「どうして魔族がブラックを狙うのかはわからない、ってことだな。これからは順番で夜の番をやろう、今日はオイラがやる。明日はボンドッツと雷斗、二人で頼んだ。村の中に入ったらダークに頼もう、今後どうするかを考えて、そこで正式に夜の番の順番も決める」

「バーナーヨ、今宵ハワシガ。オ前ハ疲レテイルハズダ」

「この程度、少しすれば回復する。それよりも今日は歩くぞ、運がよければ集落に入れるかもしれない」


 ブルーを横抱きにしたままでいるブラックの背を緩く押し、顔色を悪くしている雷斗の肩を優しく叩いて、キュッと眉を寄せている美代の頭をグシャリと撫でた。ボンドッツやリンの表情は怯えているようではなくて、大丈夫だろうと判断して立ち上がる。


「さぁ、行こう。こんなところで立ち止まっていても仕方がない、オイラ達が今できることは進むことだけだ、使命を忘れるな、生まれた意味を忘れるな。特異能力一族として異様な力を持った理由を無碍にすることは、許されないぞ」


 パンッと、心臓にまで響いて来るほどに大きな拍手を一度だけ鳴らすと、雷斗がビクリと肩を跳ねた。ハクリ、ハクリと声もなく口を動かしたが深くうつむいて拳を握り、小さく頷く。


 幾分顔色は悪いが、美代もバーナーの腕を引いて頷けば、彼は細く息を吐き出した。

 そうして全員の表情を見て、歩き始めるのだった。


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