スラマグドスへ
翌朝。
首都の門前には、左頬に青あざを作ったバーナー、仏頂面のボンドッツ、申し訳なさそうにしているダーク、僅かばかり緊張した面持ちの雷斗、そんな面々をキョトンとして見渡すブラックがいた。
五人の前には額にガーゼを張り付けたサファイアが腕を組んで立っており、その隣には苦笑した美代がいる。
「ねぇねぇ、せめて怪我を治してから行かない?」
「サファの方は名誉の傷だ、いらんだろ。オイラは道中ブラックに頼む」
「まぁ、昨晩の試合は国王陛下も随分と楽しんでおられたからな。気を付けて行けよ」
「サファこそ美代たちのことを頼んだぜ。このメンバーなら五日もあれば着くだろうし、帰りもあっという間だ」
「あいつの体力のなさ、舐めるなよ……?」
「こっちにゃ規格外がいる」
自分のことを言われたと判ったのだろうブラックが口を尖らせ、美代が近寄ってポンポンと体を撫でた。言ってしまえば瞬間移動術を使えるダークと自分もそこそこ規格を外れているのだろうが、バーナーからすればブラックほどはないようだ。
本当はブルーも、自分も男だから一緒に行く。とギリギリまで言い寄って来たのだが、バーナーとサファイアから「色々と面倒だから留守番」と説き伏せられたのだ。今頃はふて腐れてリンやシャドウ、スノーと一緒にいる。
なにが面倒なのかは説明をしてくれず、理由は解らないままだ。それでは彼も納得がいかないのは当然だろう。
「では、健闘を祈る」
「あいよ」
ひらりと手を振り、歩き始めたバーナーの後について、一行も進み始めるのだった。
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「バーナーさん、すみません。私たちのせいで、こんな……」
「いや、全然。あいつ、ただオイラをパシッただけだぜ」
肩を落とすボンドッツに、バーナーは頭の後ろで手を組みながら振り返った。昨晩の嫌がり様はどこへやら、けろりとしている。
「ダガ、死ヌゾ、ト」
「オイラの脇腹がな」
「……脇腹?」
「あんにゃろー、何度言っても突っ込んでくるんだよな。人は体の構造上、脇からの突進に弱い。そうだろうよ、骨がなくて筋肉で内臓を支えているところだぞ。他と比べて強いわけがない」
まさか命の問題ではなくて体の部位的な話だとは思いもせず、ダーク達は言葉を失っていた。それに気付いているのかいないのか、バーナーは再び前を向いて歩きだす。
「お、男だけで行けと言うのは?」
「本当ならボンドッツも留守番をしててほしかったんだけど、まぁお前は変 幻 偽 視がうまいからあいつを除けば大丈夫だろ。お国柄、珍しい物への食いつきが半端じゃないんだ。
リンとシャドウは間違いなく囲まれるし、ブルーはバレたら悪気なく実験台にされる。美代も、人非ざる者だと言っていただろう? オイラはあいつを見世物にするつもりはないからな。
それにサファは、美代の体の弱さを知っている。ただでも野営が続いた後だ、城で休ませてくれるだと。あいつもそんなにひどい奴じゃねえよ?」
拍子抜けしたのか、緊張していた彼らの表情が一気に緩んだ。皆の気持ちが落ち着いたのがわかったのだろう、ブラックもほわほわと笑っている。
「いったい、どんな国なのだ?」
「……好奇心の塊が集まる国。魔力や魔術、魔道具の作成に対しての熱意が凄まじいところだな。知ってるか? オイラ達が普段何気なく使っている空 魔 箱、魔力だけで行われていたあれを術として完成させ、一般に普及させたのはスラマグトスの連中だ」
「ナント……」
「魔道具も、ブラックを除けば作成はあそこの連中が最速だろうよ。オイラの知り合い……今から会う魔方陣の作成者は、十分で作る」
「若干、人間を辞めつつありません? それ」
思わずと言ったところなのだろう、呆れたような声で言ったボンドッツに、バーナーは肩を揺らして笑った。普段ならば連れている彼の相棒も、置いてきた理由がなんとなくわかる。
彼は大事な使い魔を、見世物にしたくなかったのだろう。
「じゃあ、スラマグトスまで、サッサと進もうか」
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「――子供ばかりでの旅か、辛いだろう」
「だが子供と言えど、入国税は払ってもらわねばならん。この先は王都である」
「そしてそこは、世界のために魔術を研究するところ。入国税は、研究の糧となる」
「一人二百ガロン、さぁ、払えるか」
地上からでは高さを測りかねるほどにそびえる壁を見上げていれば、杖を持った二人の兵士から声をかけられ、バーナーを除いた一行はようやく壁から目を離すことが出来た。気付けばバーナーが目を細くしながら腕を組み、先頭に立っている。
にも関わらず、兵士の視線はダークに止められていた。
「悪いことは言わん。観光気分ならば立ち去れ」
「先導も大変だろう。しかし見逃してやるわけにもいか」
「おらよっ」
言い終える前に、バーナーが両腕でやっと抱えられるほどの袋を投擲し、まともに受けた兵士が潰された。唖然として動きを止めたもう一人の兵に接近すると鎧の胸部が凹むほどに拳を打ち込み、杖を膝でへし折り、こめかみに青筋を立てながら地面へと体を叩きつける。
突然何をするのかと目を丸くして見ていると、彼の表情は苛立たしそうに歪んでいた。
「随分と奢りたかっているじゃあないか、門番ども。貴様らが言う子供に、こんなにも簡単に攻め落とされておいて」
「小僧、何を……!」
「てめぇらのボスに伝えろ、紅蓮が来たと。中には入らせてもらうぜ、きっちりかっちり千ガロン、五人分は出したからな」
倒れる門番に指を突き付け、ズカズカと門をくぐっていくバーナーを慌てて追いかけて服の裾を掴んだ。ポケットに両手を突っ込んで不機嫌そうに眉を寄せている彼に、コクリと喉が鳴るのがわかる。
そんな雷斗を安心させるよう、頭に乗せられた手に少しだけ緊張がほぐれたが、慌ただしい門の付近を振り返った。
「いいのか、バーナー」
「いいんだよ。門番たるもの、見た目で人を判断してどうする。だからこんな風にあっけなくやられるんだ、良い薬だろうよ」
「紅蓮のぉぉぉぉぉぉ!」
聞き覚えがある声と共に、弾丸のごとく突進してきた小柄な姿により、話しをしていたバーナーの体が真横に吹っ飛んで行くのを直視してしまった。あまりに不意打ちだったそれに彼は民家の壁へと強かに叩き付けられ、低いうなり声を上げている。
どうにかこうにか体を起こしたかと思えば突進してきた女性の首根っこを掴んで引きはがし、ギリギリと眉を寄せていた。
「おーちーびー……!」
「珍しいじゃない! スラマグトスに来るなんて、門番の兵隊さん達に聞いて飛んで来たんだよ!」
「お前、わざとだろ」
脇腹を抱えながら立ち上がり、ポイと女性を放り投げれば彼女は身軽に着地した。それからようやく周りに目を向け、キャッキャと嬉しそうな声をあげる。
「久しぶりー! と、初めましてー!」
「エメラルド殿!」
「ハ、初メマシテ……」
「魔導学校から抜け出して来たよー! 授業なんて、後回し!」
「おい、第一継承者が泣いてるぞ、今ごろ」
「あ、あなたどこから現れたんです!」
ボンドッツの戸惑いは至極当然で、気配に敏いバーナーやダーク、ブラックでさえ反応することが出来ないままに、バーナーの事を抱き飛ばしたのだ。エメラルドはキョトンとしてボンドッツを見つめ、パッと目を丸くする。
「転移の魔法陣をいろんなところに置いてるんだよー、王城にも学校にもね! 移動したい、あるいはさせたいポイントを魔力で指定すればひとっ飛び!
ねー、きみはなんで変 幻 偽 視を使ってるの? 魔道具でしょ? あ、あたしの名前はエメラルド! こんなでも、二十二歳なんだからね!」
「暇そうじゃねぇか、おチビ。そのままサピロスに拉致されろよ」
「えー? なんかあったの?」
再びヒョイと抱えあげられ、エメラルドは小首を傾げてバーナーを見上げた。じとりと湿った瞳にますます首をかしげていくが、ニカリと口を開けて笑う。
「きゃーさらわれるー」
「棒読みか」
「サファがあたしを呼ぶってことは、転移の魔法陣になにかあったんでしょ? 紅蓮の、旅路はよかったの?」
「鉱石の無許可破壊とサファへの業務妨害、魔方陣の破壊に対する罰でお前をサピロスまで護衛して連れて来いだとよ。建前ってーのは必要だろ」
「そうねー。仲間だからお咎めなし、じゃあ示しがつかないもんねぇ」
子供を抱えあげるようにされていたエメラルドは体を振るとあっけなくバーナーの手を逃れ、顔を強張らせているボンドッツに近寄った。彼は咄嗟に距離と取り、呼吸を荒げている。
それでも彼女はひるむことなく近づいて行き、ボンドッツの手を素早く取った。空 魔 箱からエペを取りだし、柄に指を掛けていた彼は痙攣したように肩を跳ねあげ、瞳を揺らしてすがる様、ダークを見上げる。
「紅蓮の、この子」
「もう一人いる」
「……クズが。こんなことに知識を使うなんて。人のために使うべき過去の遺産と知識を、傷付けるために使うなんて! ねぇ紅蓮の、いつの日かこんなことをした人、殺しちゃってよ」
ギラギラと輝くグレーの目は刃物のようで、先ほどまでのお茶目な様子は欠片も残っていなかった。囁くように言った言葉は彼女に似つかわしくなくて、雷斗は息が詰まるのを感じる。
「これは役人としてじゃなくて、あたし個人からの依頼。紅蓮の悪魔、断ってもいいんだよ?」
「……いつか機会があれば。お前の依頼を受けるとしよう。ならば、賞金稼ぎ、紅き死神、紅蓮の悪魔からの頼みだ。いつの日か遺産の研究を成し遂げて、治療法を生み出してくれ」
「うん。そのためにもあたしは、命が尽きるまで研究をし続けるよ。……あ、ごめんねー! びっくりさせちゃったでしょ!」
力一杯に握っていた腕を慌てて放し、エメラルドはボンドッツの顔を覗きこんだ。先ほどまでの凍った瞳はどこへやら、幼さが残る顔に戻っている。
その落差に戸惑いながらも、背丈が変わらない彼女に焦点を合わせて頷けば、満足そうに笑っていた。
「そう言えば紅蓮の、バンダナの子は?」
「サピロスに置いてきた。この辺の盗賊……強盗団はオイラを悪魔と呼ぶだろう?」
「命が惜しくないんだろうねぇ。あたしだったら即座に逃げるよ」
「まったくだ。最も、意味をなさない御守りほど性質が悪いものはない」
「ザコだってことでしょ。あいつ、たしかあんたの縄張り内に入ってるよ」
「マジかよ」
いったいなんの話やら。二人の話題の人物がブルーだということは解っても、意図は全く読めなかった。ブラックをチラリと見上げてみても、心眼を使う気はないらしくキョトンと見返されてしまう。
「じゃ、ここで待っててー! サピロスに出張することを第一継承者に伝えてくる!」
「おう、頼んだ。なに、行きも帰りも一瞬だ」
ニヤリと笑うバーナーに首をかしげ、知的好奇心を刺激される予想が出来たのだろう目を輝かせながら、エメラルドは再び姿を消していった。ボンドッツを振り返れば怯えるように手首のブレスレットへ視線を落とし、ダークの傍に寄っている。
「バーナーさん、彼女は」
「前に言ったろ。王族直属の魔導指導者であり、役人の魔導班を務めている奴だ。あいつの知識への欲は、他者のためにある。
……怖がってやるな、あれはあれで、魔力の強さに宝石たちと会うまでは孤独に育った。それを掬い上げたのがルビーだ。……ああ見えてこいつら全員、何かしら抱えているのさ」
「おまたせー! じゃあ紅蓮の、よろしく!」
姿を消した場所から再び現れ、バーナーの懐に飛び込もうとして抱えあげられていた。それはそれで満足なのだろう、キュッと楽しそうに目を閉じて、体を揺らして笑っている。
「早かったな。泣いてなかったか?」
「先生が自由すぎる! ってめっちゃ叫んでた」
「だろうよ。ブラック、頼んだ」
「ん」
『我汝に命ず 場を歪め 我が願いし場所へ 連れて行け』
バーナーの意図をきちんと掴めたのだろう、詠唱を略することなく唱え、自分たちを取り巻いて行く魔力に目を輝かせているエメラルドに微笑みながら。
一行はサピロスへと向かったのだった。




