歩み寄るのは、少しずつ
昼前にたどり着いたのは小さな村で、村に見合った小さな宿が一件あるだけだった。
「バーナー、どうするのだ?」
「なに、問題はないさ」
見上げた雷斗の頭をグシャリと撫で、迷いなく宿に向かうとその腕にイフリートを出した。気ままに毛繕いをしている使い魔を見て受付の女性が目を丸くし、微笑みかける。
「フフッ、今朝方の可愛い使い魔ちゃんのご主人様ですね。十名様、三部屋をお取りしていますよ」
「使い魔での予約を受けてくれてありがとう、予定よりも大分早く着いてしまったが、大丈夫だろうか」
「こんなに小さな村の宿ですから、旅の方も少ないんです。こちらにどうぞ」
どうやら、イフリートを使いに出して宿の部屋を先に取ってくれていたらしい。興味深そうにイフリートを見ている受付嬢に、バーナーがイフリートを肩の上に止めてやるととても嬉しそうに瞳を輝かせる。
「イフリート、しばらくそこで休んでな。オイラ達は先に部屋に行かせてもらうぞ」
『ピャッ』
モゾリとカウンターの上に体を落ち着かせたイフリートは、短く鳴くと目を閉じ、眠る体勢に入ってしまい。
美代はそんなイフリートの体を一撫でするとバーナーに連れられて部屋に向かうのだった。
一室に集まった一行は、ダークとバーナー、シャドウが頭をくっつけあって部屋割りを決めているのを待っていた。美代たちはバーナーに、ボンドッツ達はダークとシャドウに異を唱えるつもりはないらしく、彼らの相談が終わるのをのんびりと待つ。
そうして、決まった結果。
・バーナー、ダーク、美代、ブラック
・リン、ブルー、スノー
・雷斗、ボンドッツ、シャドウ
ということになった。
話がまとまり、一息ついたと判断したのか。バーナーは空 魔 箱から地図を取り出すと床に広げ、現在地に指を置いた。
「今日、明日はゆっくり体を休めよう。十分に疲れを癒したら今度はこの町に向かう、その後はこの方角で進んで行けば、何かがあった時に対処が楽になるからこっちに行きたい」
「ホウ、ト言ウト?」
「前に話したと思うが、オイラは同盟五か国……あぁ、この地図で言ったらここだな。
パクスを中心にしておおよそ東西南北、レイリア、サピロス、スラマグドス、アダマース。それぞれパクス兼レイリアで、役人を取りまとめるパクスの護衛長ルビー。国営闘技場の主であり国王の側近、役人を務めるサファイア。王族直属の魔導指導者であり、同じく役人の魔導班を務めるエメラルド。国境門、番人の頭であるダイアモンド。
オイラはこいつらと、仲良くさせて貰っているんだ。そしてパクスの女王からは、力が及ぶ範囲ならば力添えをいただけると、約束を貰った」
不敵に笑っているバーナーに、よくよく考えればこの男、とんでもないツテがあると苦い表情を浮かべてしまった。そんな美代を不思議に思ったのだろうか、ブラックがヒョイと体を抱えあげて膝の上に座らせる。
「ナルホド、故ニ、コノ領土ニ沿ッテ進ムノダナ」
「あぁ。そうすれば面倒事に巻き込まれそうになったとき、宝石たちに堂々と振れる。サファイアなんかは喜んで首を突っ込んでくるだろうよ、あの脳筋女」
「バーナー酷い」
眉を寄せながら言った彼に、思わず突っ込みを入れてしまった。他の面々も苦笑していて、それでもなんてことないようにバーナーは肩をすくめている。
「今から自由時間で、太陽が真上に来たくらいには戻ってきてから昼食。そのあとはまた自由時間、村の屋根で陽が半分隠れたくらいには戻ってくること。じゃ」
ポン、と彼の両手に出て来た小袋は、見覚えがあった。受け取ってみれば案の定、金貨が入っている。
「欲しいものはそれで買ってくれ、もし足りないようであれば相談するように」
と、渡していって、手元に四つ残った。バーナーは首をかしげて顔を上げ、少し離れた場所に居る彼らに声を掛ける。
「ボンドッツ、リン、ダーク、シャドウ。お前らも」
「……え?」
「えっ」
「ウン……?」
「あー、えっと、ボクは大丈夫、かな?」
とりあえずシャドウには軽く手を上げて応え、戸惑っている三人に、バーナーはポイポイと小袋を放り投げた。慌てて受け取る彼らは、手元にあるそれとバーナーを交互に見ている。
「沐浴ばかりだったから、風呂に入りたければ大浴場がある。もし大浴場が行き難いなら、村から少し離れた場所に作ってやろう」
「つ、作るってなんです……?」
「バーナー君、お風呂って、作れるものなの……?」
「あ、切り株で作ってくれたやつ! 私そっちがいい!」
手を上げて主張してみれば、バーナーはすぐに了承してくれた。リンもそれに便乗し、後ほど浴槽の作成から見学会を開くことが決まる。
「じゃあ、とりあえず解散」
バーナーがパチンと手を叩いたのを合図にしたように、ブルーが雷斗とリンの手を引いて部屋を飛び出し、一瞬呆けたボンドッツが慌てて三人を追いかけていき。
そんな四人の背中を見送って、一行は微笑むのだった。
「――お、お帰り。なにかいいものが……買えた、みたいだな」
美代がブラックと散歩に行き、スノーはシャドウを抱えてお昼寝を始め、暇を持て余していたダークとバーナーが組み手をしていた時、ブルーに連れられて宿を飛び出した四人が帰ってきた。両者はいったん手を止め、彼らに視線を向けて柔らかく微笑む。
リンの頭には、新しいバンダナが巻かれていた。
「宿まで来る途中の店にね、可愛いのがあったんよ! はよう行かんと、なくなってしまう思うて!」
「まったく……。リン達を引きずるように走り始めたので、何事かと慌ててしまったではないですか」
「リンにピッタリやろう? もともと、お星さまのバンダナをしてたやん。黒い色になってしもうたけど、お月さまとお星さまがすごくかわいいやろ! なー、ボンドッツもそう思うやろー!」
黒地の布には満天の星空が描かれて、真ん丸お月様がその星空を邪魔しないよう、それでも存在をしっかりと主張するように浮かんでいるのがわかった。頭に巻いてしまっているので全体図は見えないけれど、リンの嬉しそうな顔を見ればすぐにわかる。
それはきっと、すごくきれいで、可愛くて、見た目のとおり彼女によく似合っているのだ。
「わ、私に振らないでください……!」
「ブルー君、ありがとう。えっと、このバンダナ……洗ってから返すね」
「そのままでもええよ? バーナーとダークはなにしてたん?」
リンからヒョイとバンダナを受け取って雷斗に渡し、それを巻いてもらいながら顔を上げた。わずかに頬を赤くしているバーナーは額から流れてきた汗を手の甲で拭い取り、息も乱さず、汗ひとつかいていないダークにチラリと視線をやる。
「魔術なし、剣術なしの組み手に付き合ってもらっていたんだ。……素手でも、かなりの実力者だなぁ」
「何ヲ言ウ。オ前ガ手加減ヲシテイルセイダロウ」
「いや、加減をしてるつもりはないんだけどな?」
「モット戦エルダロウニ、下手ニ遠慮ヲシテイル所ガアルヨウダ」
「うーん……自分じゃ、わからないなぁ」
深く息を吐き出して地面に腰を落とし、何度か拳を開閉して頭を掻いた。そんなバーナーの肩口を励ますように叩いてから、会話の最中にずっと見上げてきていたブルーの頭に手を乗せる。
「オ昼ゴ飯マデハ少シ時間ガアルゾ。モウ少シ、遊ンデオイデ」
「はーい! 雷斗、行こ!」
キュッと気持ちよさそうに目を閉じていたブルーは雷斗の手を引き、再び走り出していた。その背中を見送る様にリンとボンドッツが残り、バーナーがチラリとダークを見上げる。
言いたいことがわかったのか、ダークは小さく頷いて一歩下がった。
「ボンドッツ、あの鉱石はまだ他に持っているのか」
「なんです、突然」
「大事なことだ。オイラは他の罪に関してはどうにかしてもみ消すことも出来るけれど、それに関してだけは見逃せない」
ギラリと鋭い瞳を向けられて、ボンドッツは肩を跳ねながらも海洋石と封雷石を取りだした。三つずつあるそれを布越しに受け取り、そのまま袋の中に仕舞いこむ。
「もう、それを使う意思はありませんよ。それとも信用なりませんか?」
「言っただろう、負の遺産を……使用目的で所持するものに与えられる、罪を。ボンドッツ、負の遺産というのは魔力により生命そのものの構造を変えてしまったもの。その技術、物品全てを指す。これも、その一つなんだ」
浮かべていた皮肉めいた笑みが、スッと削げ落ちた。二重の布越しでもその鉱石による影響があるのだろう、疲労が見えるバーナーに、ダークがそっとその袋を回収する。
「はるか昔。お前たちが信じるか信じないかはわからないが、世界が一度終わる前。海洋石は海中族を、封雷石は紫電族を使い、魔力でその体を弄り、解体し、火炎族や雷雲族の特異能力を殺すために作られたものなんだ。……それに、オイラ達に向けてこの鉱石を使う、っていうのはな」
座っていたはずのバーナーが、瞬きの間にボンドッツを地面に組み伏せ、その首筋に短剣を突き付けていた。リンが口元に手を運んで止めようとすれば、ダークが静かに制する。
ボンドッツも目を丸くして表情を歪めていくが、苦しそうなバーナーを見て、静かに彼の言葉を待った。
「こういうことなんだ。あの鉱石は、武器と同じ。オイラ達にとって、それを使われるということは、お前を殺そうとしていると言われているようなもの。……だからあの時に聞いただろう? オイラ達にこの鉱石を突き付けて使用する意味を、解っているかって」
「……私の答えは、どうだったのですか」
「不正解だった。から、オイラは大人しくしていた」
「もし、正解だったなら……」
「あぁ。悪いが、お前を殺していた」
スッと細められた目に、コクリと息を飲んだ。短剣を引けばボンドッツが体を起こし、その手を握って立ち上がらせる。
「……ですがあなたは、あの時捕えられていたでしょう?」
「お前の目の前で、鉄鎖を外していたんだけどな? 相手を拘束するなら関節は完全に殺せ、出来るならば身ぐるみはがして最低でも下着だけにして吊るすくらいはしないと、簡単に抜けられるぜ」
ポンポンと頭を撫でれば、不服そうに払われた。両袖を合わせてムッとしたまま軽く頭を下げると、そのまま宿の方に歩いて行ってしまう。
リンも慌ててそれを追いかけていき、バーナーは肩をすくめた。
「場数なら、オイラも負けないはずなんだけどなぁ」
「一応、アヤツノ方ガ年上ダカラナ」
「あぁ、なるほど」
どうやら、年下の自分に子ども扱い染みたことをされるのが嫌らしい。
気を付けなければと思いつつ、さてどう接していこうかと首をかしげ。散歩から帰ってきたブラック達と、そろそろお昼だろうと雷斗に手を引かれて戻ってきたブルーに向けて緩く手を上げるのだった。
受付嬢が話していた通り、あまり旅人の利用客はいないらしい。食堂に居たのは自分たちだけで、注文した料理に舌鼓をうつ。
「んー、ボンドッツもご飯は食べられるん?」
「なんです、急に」
「昔あったこと、教えてくれたやん。ご飯食べられるのかなーって思うて……」
「少量でしたら。お話しした通り私は中途半端なんです。食物は取れるし、消化吸収も出来るけれど、それは全て運動エネルギーに変わります。……こんな体ですので、成長はいたしません」
返事をする声は、幾分低いものになっていた。リンが服の裾を引っ張れば冷たく光った瞳を一度閉じ、深く息を吐き出してから目を開ける。
「それで? あなたこそ、なんですその食事の少なさは。共に旅を始めてからも、魚介類を主に食べているようですが、もう少し食べた方がいいのでは?」
「これでも、お肉や野菜は食べれるようになった方なんよー。そもそも海中族は海のもんしか食べれんの」
「うわあああああああああああ!」
ほわほわと柔らかい表情を浮かべながら、躊躇いの欠片もなく出身一族を漏らしたブルーの口を慌てて抑えれば、彼はキョトンと目をしばたかせた。バーナーは額に脂汗を浮かべながら周囲に視線を送り、恐る恐る、ボンドッツ達を振り返る。
「……えっ」
「なんよー、バーナー。ボンドッツ達ももう友達やろう? いつまでも嘘にしておくのはイヤやぁ」
「ブルー、嘘と秘密は別物だ……!」
「えぇっ? うそだ、なんでその一族が地上に」
「お前たちはバーナーの口説き文句を忘れたか? 異物同士、共に来いと言っただろう。……その子が吐いてしまったんだ、私も吐いてやろう」
「おい、雷斗!」
「私は雷雲族だ。本来ならば空気の重さと濃さのせいで、地上では生活できん一族の出身だ」
少しのハーブと塩のみで味付けされた鶏肉をフォークに刺したまま、頬杖を着いた雷斗に、バーナーは机に突っ伏すと頭を抱えた。彼からわずかに感じた熱気はどこかで感じたものと同じで、恐らくイフリートに周囲の索敵を頼んだのだろうと、美代は凍り付いたこの場の空気に苦笑する。
「う……嘘だ。だってあなたは、詠唱をしていた……」
「悟られんようにするためだ。地上の者は……全てとは言わないが、信用ならん。当然だろう? 地上の者がどれだけ、我らを奴隷として迫害してきたか」
するりと上着を脱ぎ捨てた雷斗に、美代は目を丸くした。口元に冷たい笑みを浮かべ、冷めた目でボンドッツ達に左腕を見せつけるよう突き出す。
「雷斗さん、他に人がいないからといって服を脱ぐのは……」
「五つか六つの時に、大勢の地上の者から抑え付けられ、短剣で抉られながら刻まれた刺青だ。こう言えばこれが指す意味、解るだろうか」
冷たく言い放つ雷斗の指先は、微かに震えていた。ブラックが晒しているそれを隠すよう自身のコートで包み込めば、大きく息を吐き出して、上着を着始める。
「だがな。刻まれた忌まわしい文字を、このように別の形に変えてくれたのも地上の者だった。一歩間違えれば私も、お前たちと同じところにいただろうさ。……何も変わらん、異物としてな」
突っ伏しているバーナーをチラリと見てみれば、上目遣いで恨めしそうな視線を送ってきた。美代が目を覚ますまでの間、出身一族を隠し通してくれた彼には申し訳ないと思うけれど、キョトンと首をかしげているブルーを思えばこれでいい。
人懐っこく、疑うことを知らないまっすぐな彼が好奇の目を向けられる必要はない。好奇と畏怖の目は、自分とバーナーが引き受ければいい。
不安そうに眉を寄せているブルーの頭を撫でてやれば、甘えるように掌へ頭を押し付けてきた。それが微笑ましくて、唸り声を上げるバーナーに対する苦笑も消えてしまう。
「本気で頼むぞ、ボンドッツ、リン。他言無用だ、絶対にだからな。火炎族なんかはどうでもいい、こいつらの出身だけは知られたくないんだよ」
突っ伏したまま懇願するように言ったバーナーへの返事はなく、わずかばかり苛立ってしまった。顔を上げて鋭く見上げれば、あるのはボンドッツの絶望的な表情。
「わ、私は……本当に、あなた方を……殺めかけて、いたのですね」
「雷 撃ごとき私にかかれば玩具同然だ、あの時は反応が遅れてしまっただけさ」
「だ、大丈夫よボンドッツ! 雷 撃からは雷斗が、電撃からはブラックが守ってくれたから!」
唇を戦慄かせながら俯くボンドッツをブルーが励まし、リンが泣き出しそうになっているのを雷斗が眉を寄せて宥めているのを見ながら。
美代は食べきれなかった食事をブラックに渡し、机に頬杖をつくのだった。




