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冒険記  作者: 夢野 幸
第二章 白い柱、蘇生への物語
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闇の中で


 ――気がついたらここにいた。

 確かに目は覚めているのに、周りは何も見えなかった。上も下も右も左も、前も後ろも真っ黒で。自分がどこから来たのかも、どうしてここにいるのかもわからない。

 どうしようもなくて、止まっているわけにもいかなくて、あてもなく足を進めていった。どれだけ進んでも暗闇だけど、ただなんとなく歩いて行く。

 

 不意に、声が聞こえた。とても寂しそうで、悲しそうな泣き声。

 思わず駆け足で向かってみると、この暗闇以上に暗い『なにか』がそこにいた。


(なんで泣いているの?)

(怖いの)

(なにが怖いの?)

(……ひとりぼっちが、怖いの)


 それは、震える声でそう言った。


(暗いのが怖い)

(光がほしい)

(ひとりは怖い)


 そう言ってさめざめと泣く『なにか』を包み込むように腕を伸ばせば、それは驚いているようだった。


(私もだよ、暗いのは怖い、ひとりは怖い)

(だから、私が一緒にいてあげる)

(……本当に?)

(うん。だからもう、泣かないで。光はあげられないけれど、もう寂しくないよ)


 優しく抱きしめながら声をかけると、辺りがだんだんと明るくなってきた。泣いていたそれがもぞりと動き、今度はこちらに抱き着いてくるような感覚がある。


(眠たいよう)

(眠ってていいよ)

(……ありがとう)


 暗いそれが、ドロリと体に溶け込んで来た。ごくごく自然に、不快感の欠片もなく。

 その瞬間。暗闇がパッとはじけ飛び、その眩しさにきつく顔を覆ってしまった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 最初に見えたものは太い木の幹で、両手で目を擦ると大きく背伸びをした。背骨がゴキリとこれまでに聞いたことがないような音をたて、低く短いうなり声と共に体を丸める。

 いったいここがどこで、どんな状況なのかが全く分からず、ゆっくりと体を起こした。見上げた夜空は、満天の星空。


「わぁ……きれい」

「だれだ、寝つきが悪いのか」


 普通に話したつもりなのに喉から出たのはひどくかすれた声で、まるで自分の物ではないようだった。心配そうに寄ってきたバーナーに手を上げようとして、グシャリと地面に倒れ込んでしまう体に目を丸くする。


「うえぇ……?」

「えっ……な、み、美代!」


 目を剥き、膝をつくと顔を覗きこむようにして肩を掴んで来た彼に美代は少しだけ眉を寄せた。バーナーの声に驚いたのだろう、ブラックや雷斗、遅れてブルーやスノーが体を起こしているのが見える。


 その向こう側、少し離れた場所にはリン、ダーク、ボンドッツ、シャドウがいて、美代はコトンと首をかしげた。


「バーナー、痛いよ。どうしたの?」

「美代、起きたのか! よかった、どれだけ心配したと思っている!」

「なにが……? えっと、ここはどこなの、どんな状況?」

「……美代、自分の身に起きたことは覚えているか」


 探る様に尋ねられ、美代は静かに目を伏せた。その反応の意味を深く問うことはせず、バーナーはガシガシと頭を掻くと、辛そうに伏せた瞼を震わせる美代の体を抱きしめる。


「キャバシュグアルって魔物にお前を奪われて、取り返して。お前はな、十日近く眠り続けていたんだ」

「……なんですと……?」


 詳しく話を聞く暇もなく、ドスンと脇腹に強い衝撃を受けて、以前にも同じようなことがあったなぁと苦笑しながらも、抱き着いてきた人物に視線を落とした。バンダナが見えると予想していたけれど、実際に見えたのは鮮やかな緑色の頭髪。


「っ……! みよ、さ……!」

「あ、あらあら……。ボンドッツ、どうしたの? 泣かないの、ほらほら、少し力を緩めて? ちょっと、美代さん絞められすぎて口から何かが出てきそうよ」


 カタカタと震えているボンドッツの肩を優しく押し返し、背中を丸めて地面に突っ伏すよう、それでも美代の服の裾を放さないままに嗚咽を上げる彼に眉を寄せた。

 まさが最初に突進してくるのがボンドッツだとは思わずに予想した姿を捜して、バーナーの背中越しに向こう側を見てみた。ポロポロと涙を流すブルーが中途半端に腕を上げたままポカンと口を開けており、抱きついてくる気満々だったんだなと苦笑する。


「よかった、よかった……! 起きなかったから、私が、あの日、あなたを……連れて行ってしまって! ごめんなさい、全然知ろうとしなかったのに、それなのにあなたは、私たちを助けてくれた。何もできなかったのに、あの時、私は何も……!」

「ぼっ……ボンドッツずるい!」


 我に返ったブルーの声が聞こえた直後、今度は背中に衝撃を受け、耐えられずに倒れ込んでしまった。弾かれた様に顔を上げたボンドッツから体を支えられ、背中を濡らす雫にどうしようもない声が漏れ出ていく。


「あー、あー。バーナー! へるぷみー!」

「大人しく泣かれてろ」

「はくじょうものー! うん? うわああ! えーっとほら! リン! おいでおいで、仲間外れにしないから!」


 見開いた目から静かに涙を流し、こちらを凝視しているリンに手招きをしてみれば、ブルーのバンダナを巻いている彼女も転げそうになりながら駆けて来た。こちらは腕に泣きつかれ、困ったようにそれぞれを見上げる。


「……みんな、いいの?」

「どうしたのだ、美代殿」

「私は、ここにいてもいいの? だって、覚えてる。おぼろげにだけど、何があったのかを覚えてるよ。……あんなにも堂々と、誰のことも信じられないって、信じるのが怖いって言い放った。私は、人非ざる者だって……白状したんだよ。ここにいるべきっじゃっ!

 うおおおおおおお! ごめんごめんごめん待って待って撤回するから! 吐く、吐く! 潰れる! ちょっバアアアアナアアアアアアア!」


 青ざめたブルー、恐怖を瞳に乗せたボンドッツ、ますますしゃくり上げて勢いよく首を振るリンの三人から同時に力一杯抱きしめられ、言葉を続けるどころではなくなった。かろうじて自由な右手で精いっぱい助けを求める美代に思わず吹き出せば、少し離れた場所からも小さく吹き出した声がする。

 振り返れば、旅の仲間に誘ってからはほとんど表情を変えず、沈んでいたダークが必死に顔を背け、口元を手で押さえているのが見える。


「オイラが何を言うまでもなく、だな。美代?」

「うぅう……。起き抜けにとんでもない目に……」


 両脇に手を差し込んでヒョイと抱え上げれば、真っ赤にした顔を腕で隠し、唸るように小さく呟いた。

 どれだけ顔を隠しても、隠せていない耳まで赤く染めている彼女に、バーナーは柔らかく微笑む。


「ほら、あいつにも顔を見せてやれよ」

「うう……?」


 だれのことかを訊ねる前にポイっと放り投げられて、地面に着く前に受け止められ、呆然と見上げた。受け止めた本人もまさか投げられるとは思っていなかったのだろう、目をまん丸にしたままに美代のことを見つめている。


「ブラック……」

「美代……。もう、大丈夫なのか? なんともない?」

「あ……うん。えっと、ブラック……」

「美代が無事なら、それでいい。それ以外はいらない、何もなくていい。……起きてくれて、本当によかった……!」


 こみ上げて来るものを堪えられなかったのだろう、ブラックは美代の体を抱きしめ、肩口に額を押さえつけながら声を詰まらせた。そんな彼に美代も首筋に顔を隠すよううずめると、落ち着かせるよう、柔らかく背中を叩く。


「……ごめんなさい。みんな、ごめんなさい。私のこと、ずっと黙ってた。きっと、拒絶されると思ってたから、だから……夢うつつの中で、人じゃない言葉を話したんだろうなって思うと、恐ろしくて仕方がなかった。両親から聞いていたから、そんなときには、不思議な言葉を話してるって」


 腰を降ろしたブラックの膝の上に抱きかかえられながら、美代はポツンと漏らした。本当に微かな声で、一行は息を殺すようにして彼女の声に耳を傾ける。


「それに……周りが怖くて、どうしようもなく一杯一杯になったとき、いつも近くに居てくれた人たちがいなかった。……私のことを、自分でも自分が何なのかもわかってないこんなにも気持ちが悪い子を、無条件で愛してくれた人たちと、会うことが出来なかった。

 それが、心臓を裂かれるみたいに辛くて……ううん、こんなのは言い訳だ。ただ私が、みんなを信じるのが怖かった。ただ、それだけなんだ」

「……美代は、シャロムの人間じゃ、ないんだな」

「……わからない。もしこの世界が、シャロムとニルハムしかないのならば、私はきっとシャロムの人間じゃないんだと思う。

 だけど、この世界でも、私と同じ言葉を話す人たちはいなかった。それなら私は、なんなんだろうね」

「美代さんがいた世界、シャロムのことは、バーナーさんから他言無用を条件に教えていただきました。あなたはあの世界で、いったいどんな生活を送っていたのですか」


 キュッと、美代が作った拳に力がこめられた。ブラックが俯きかけた美代の目元を隠すように手を置いて、困ったようにボンドッツのことを見る。


「美代、まだすごく疲れてる。もういいよ、今はもう、辛かったことを思い出さないで。だからボンドッツ、みんなも。とりあえずまだ休んでいよう」

「そう、だな。明日は予定通り、この先にある村の中に入りたいと思う。出来るだけ屋根の下で休みたい、オイラ達は構わないけど、美代はそんなに体が強くない。少しでもゆっくり休ませてやりたいんだ、それでも大丈夫か」


 バーナーが声を掛けたのは、表情は多少良くなったものの、相変わらず少し離れた場所にいるダークだった。彼は左目をわずかに見開いて、美代の傍に居るボンドッツやリン、ブラックに視線を止める。

 彼にとっての定位置なのか、肩の上に座っているシャドウにそっと手を伸ばした。


「ワシハ、ソレデモ構ウマイ。ソノ子達ガソレデ良ケレバ、従オウ」

「私は、大丈夫ですよ」

「あたしも。美代ちゃんたちがいてくれるなら、怖くない」


 答えたボンドッツとリンにダークは微笑み、バーナーの事を見た。それにうなずくとそれぞれが抜けだした毛布の抜け殻を一度回収し、またそれぞれに配り直す。


「ダーク、ここは頼んだ。目が冴えたついでに少し出かける、朝まではまだ時間があるからみんなはまだ休んでいなさい、朝までにはちゃんと戻る」


 相も変わらず、父親のようなことを言う。

 そんなバーナーに安心感を抱きながら、美代は疑問を持つ時間もなくブラックから毛布の中に引きずり込まれ、そのまま再び眠りにつくのだった。

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