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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
52/138

新しい旅路の始まり

 背に強い衝撃を受け、ボンドッツはつんのめりそうになったのをかろうじて堪えた。

 誰だかはわからないが、恩師を助けてほしくて美代を連れ出した結果、こんなことになったのだ。彼らの怒りはもっともであり、何をされても文句は言えまい。

 そう思い、緩く瞼を閉じれば、今度は服を引かれた。じんわりと暖かく湿っていく背中に目を丸くして振り返ると、グイグイと頭を押し付けてくる姿がある。


「よかった……! だって美代はん、なにも言うてくれんのよ。なにがあってこうなったのかは全然わからん、けど、美代はんが無事でよかったよぉ……!」

「ほらほら、ブルー。こちらにおいで、ボンドッツが困惑しているだろう」


 雷斗がしがみつくブルーを優しく引きはがして抱きしめれば、グスグスと鼻を鳴らしながら雷斗の胴にきつく抱きついていっていた。その頭にはバンダナが無く、ふとリンの事を見る。


「ブルー君、ありがとう。このバンダナ……返しておくね」

「いいよぉ、だってリン、怖い言うてたやん。新しいの買うまで使っときぃ」

「……ありがとう。だけどね、返せるうちに返しておきたいの」


 意味をうまく汲み取れず、顔を上げれば、寂しそうに耳を伏せるリンがいた。ダークとシャドウが離れた場所に立ち、ボンドッツも静かに足を運んでいる。

 受け取ろうとしないブルーの頭にするりとバンダナを巻いて、リンもボンドッツの後を追って彼の腕に掴まっていた。


「どこに行くんだ」

「ソウサナァ。例エ曇リガ晴レタトテ、ワシラノ罪ガ拭エルワケデハナイダロウ」

「いろんな人をたくさん傷つけて、迷惑をかけて……命を、奪ってしまうことさえあった。それも全部、ブラックを傷つけられて……人を恨んで憎んで、そこを魔物に付け込まれたボクの責任だ」

「シャドウ殿ノ悪イトコロダ。ナラバワシハドウナル? 正気ヲ保ッタママニ、コヤツ等ヲ止メラレナカッタノダゾ」

「……ふふ、ごめんね、ダーク。うん、だからね、これからは人目につかないところで生活しようと思うの。本当なら、行くべきところに行って罪を償った方がいい。というのはわかってる」


 バーナーは動揺しきって青ざめているブラックを見上げ、目をまん丸にしてますます涙をこぼすブルーの頭をクシャリと撫でてやり、雷斗に視線を止めてうなずいた彼に口の端を緩めた。スノーは小首を傾げたまま変わらず足にしがみついていたが、パッと表情を明るくするとバーナーから離れて雷斗の傍に寄っていく。


「だけど……ボク達はみんな、異物だ。人里に下りれば、裁きを受けるどころでは」

「そんなら同じ異物同士、オイラ達と行かないか」


 シャドウの言葉を遮り、バーナーはニィッと口角を上げた。突き出されている腕を見た彼は明らかに戸惑っていて、ボンドッツやリンも信じられないものを見るような目でその手を凝視している。


「行けないよ。だってボク達は、きみ達をどれほど傷つけたか……」

「バカ言え。お前らが言う傷つけられた方が誘ってんだ、そんな断り方があるかよ」

「それに言った通り、ボク達は他の人とは明らかに違うんだ。見た目も、魔力も異能も。怖がられる」

「おう、火炎族を目の前にしてよくも言えたもんだ。怖がられ忌まれる一族、人間部門の栄えある一位だぜ」


 ニヤニヤと笑うバーナーに、シャドウは言葉を詰まらせた。バーナーが言った言葉を肯定しているようなものだがそれを気にするわけでもなく、眠る美代を抱えたまま青ざめるブラックに指を向ける。


「それに、こいつはどうすんだ」

「ブラック……」

「こいつはたぶん、美代と離れる気はないぞ。かといってオイラ達が美代を手放せるかと言えば、それはもちろん出来ない相談だ。置いていくのか。ダーク、この問題児をオイラに押し付けていく気か」

「……けれど私たちは、やってきたことに対し、何か出来る事を」

「ああ言えばこう言う典型だな。お前ら、役人連中を少々なめちゃいねぇか」


 腕を組んですぅっと目を細めたバーナーに、ダークもようやく振り返った。その目はどうにも、賞金稼ぎとしての鋭い瞳のようで、怪訝に眉を寄せてしまう。


「お前らが今まで襲った集落の数は」

「ソレヲ聞イテ、ドウスルノダ」

「わからないなら答えてやろうか。四年間で、十七個だろ。考えてもみろよ、普通の・・・集落をそれだけ襲ってて、役人が動かないわけがない。少なくともこの周辺の役人はそんなに甘くないぞ」


 鋭い眼光なのに、いたずらっ子のように笑っている彼は、いったい何を知っているのだろうか。ボンドッツやリンも何を言われているのかがわからないのだろう、不安そうに振り返る。


「何を基準に襲っていた」

「っ……いったい、あなたになんの関係があるのです!」

「残念だったな、お、お、あ、り、だ。

 オイラの仕事仲間が大層ご立腹だったんだよ、適当に遊ばせてボロ出すのを待ってた盗賊集団がことごとく潰されてるってな。しかも奴らが持ってただろう鉱石まで回収されてたらしく、いらん八つ当たりを受けてんだよこっちは」

「……なにを、言って?」

「バーナー。何ヲ言ッテモ、相手ガ何デアロウト。命ヲ奪ッタコトニ変ワリハ」

「安心しろ。同盟五か国の領土内においては、負の遺産を使用する者、あるいは使用する目的で所持する者はもれなく縛り首だ。てめぇらがやらんでも、死罪に変わりはねぇ」


 目を丸くしていくダークを見て目を丸くするボンドッツは、ぐいぐいと彼の服の裾を引っ張った。シャドウも話が見えないのだろう、唇を戦慄かせるダークの肩に腰を降ろし、バーナーに続きを促していく。


「ダーク、以前言っていたな。最善策を取るだけだと、お前が言う最善策というのは身内が抑えきれない怒りと恐怖と憎しみを、いかに被害なく発散させるかだったんだな。わざと盗賊たちの傍に寄り、奴らからの敵意を受ければボンドッツ達は過敏に反応する。

 ……賞金稼ぎを生業としていりゃあ、役人たちとのつながりは強くなる。そのうえ、オイラはなんの縁か同盟五か国の王族の側近であり、役人の頭を張ってるやつらと仲良くさせて貰っているからな。その程度の情報、簡単に掴めるさ」


 震える喉で言葉を紡ぐ前に、それにな、とバーナーが続けた。彼の表情はいつの間にか賞金稼ぎのそれではなく、普段彼の仲間に向けられている、温かいものになっている。


「どうとなりしてやるさ。オイラに任せろよ、ここまで誘ってもまだ断るか」

「……なぜ、そこまで」

「なに、旅は道連れ世は情け、ってな」


 ブラックの腕の中で、僅かに美代が目を開いた気がした。

 ふにゃりと微笑み、カクンと俯くように動いた首を、頷いたのだと解釈するのは都合がよすぎるだろうか。


「ま、頼みたいこともあるしな。スノーの心眼のコントロールとか、美代への魔術の指導とか。オイラじゃどうにもならん」

「……フフ。ナラバ、オ前ガ伸バスソノ手ヲ、取ッテモ……イイノダナ」

「もちろんさ。それでも他人の目が怖いなら、オイラを隠れ蓑にしちまえばいい。向けられる畏怖は、火炎族バーナー・ソラリアがすべて引き受けてやる」

「お人好しすぎますよ。私が、何度、あなた方を殺めかけたと……!」

「結果、生きてんだろ。なら何の問題がある、なぁ? 雷斗、ブルー」

「あぁ。ボンドッツ、未熟な私に戦い方を教えてほしい」

「リン、一緒においでよ! だってもう友達やろ? 寂しいよ」


 それらの言葉と共に再度さし伸ばされた手を、ダークはゆっくりと掴み返した。ボンドッツが雷斗の手を、リンがブルーに抱きついて行くように。

 シャドウは、ブラックの肩の上に。


「シャドウ……」

「きみはもう、子供じゃないんだねぇ。ボクが知らない間に、こんなにいいお友達が出来て。……ボク達のことまで、助けてもらって。あぁ、感謝の言葉が、いくらあっても足りないや」


 首筋に顔をうずめるシャドウに、ブラックはくすぐったそうに首をすくめて目元に涙を浮かべながら笑った。


「さぁ、行こう。とりあえずはあの洞窟に戻ろうか、準備を整えたら出発だ」


 歩幅は違うけれど。

 バーナーを先頭に、仲間たちは歩き始めた。


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