届け、伝われ
ブルーや雷斗に一通りの説明を終えると、バーナーは一人で洞窟の外にいた。胡坐をかいて緩く目を閉じ、膝の上には勝手に出て来たイフリートを座らせたまま、深くゆっくりとした呼吸を繰り返す。
そうして冥想を始めてからどれほど経っただろうか、後ろに座る気配に、バーナーはわずかに羽を逆立てたイフリートの頭を優しく撫でた。自身は振り返ることをせず、服の端を遠慮がちに引っ張る手にため息をつく。
「どうしたリン、不安か?」
「あ……えっと、ごめんなさい。あたしのせいで、美代ちゃんが」
「どうしてリンのせいになる。あいつがあいつの意思で、着いて行ったんだ」
「すごく、心配そうに、してるから……」
「大切な妹分だからな。つい昨日までその身を狙われていたのに、今日はそいつと一緒に行っちまった。流石のオイラでも、心配にはなるよ」
増えた視線に気が付いて肩越しに振り返れば、ブルーと雷斗が洞窟の中から顔を覗かせていた。いつも彼が頭に巻いているバンダナが見当たらず、リンに目を向けてみれば、彼女がブルーのバンダナを巻いている。
止まった視線にビクリと体を震わせて、胸元で両手をきつく握ったリンに、バーナーは静かに視線を外した。直視していなければ震えもマシになるらしく、視界には収めつつそちらを見ないよう、リンよりも後方に視点を定める。
「ブルー君が、貸してくれたの。耳を、出してると……怖くって」
「そうか。よかったじゃないか。……ところで、オイラに何か用件があるんじゃないのか?」
強く言ったつもりではないのにきつく目を閉じて体を小さくしたリンに、深く漏らしたいため息を肺の奥へとしまいこんだ。
恐らく、ため息一つでも、彼女は萎縮する。それではこれ以上の会話も望めない。
「どうしたんだ、言ってごらん」
「あ……えっと、なんとなく、本当になんとなくなんだけど、胸の奥がムズムズするの。イヤな予感、っていうか……ボンドッツが、ひどい怪我を、しちゃったような気がして……。あっ違うの! 美代ちゃんを心配してないわけじゃなくて、えっと」
「リン。悪いが、それじゃあ信じられない」
顔色を悪くして目元を潤ませたリンに、何となくその気配を察知したらしいブルーが飛び出してこようとして、雷斗に止められたのが見えた。感謝の意を込めてわずかに手を上げればそれが見えたのだろう、同じように手先が動いたのがわかる。
言い方がきつくなったのは悪いと思っても、一緒にいる以上、これは改めて貰わないと困るのだ。
「そう、だよね……ごめんなさ」
「人に話を聴いてほしければ、信じてほしければまずは自信を持つことだ。どうしてリンがリンを信じて話していないのに、オイラがリンの話を信じられると思う、だから、今の言葉は信じられない」
俯きかけていたリンは、バーナーの優しい叱責に、弾かれたようにして顔を上げた。彼はいつの間にかこちらを向いて正座をしており、思わず姿勢を正そうとして止められてしまう。
「はい。今の言葉をふまえて、もう一度。オイラに何か用か?」
「……なんだかイヤな予感がするの。あたしが魔道具を持ってるから瞬間移動術を使えるよ、あたし、行きたい。ボンドッツのところに、美代ちゃんたちのところに行きたい! だから、着いて来て!」
「あぁ、それならオイラも信じられる」
頭を撫でてやろうと腕を伸ばしても、リンは怯えなかった。
猫耳の後ろを優しく掻くように撫でれば気持ちよさそうに目を細め、ピクピクと耳を動かす彼女は、あぁ本当に負の遺産で猫の遺伝子を組み込まれてしまったのだなと、気付かれないよう眉をひそめてしまう。
それでもそれ以上に、心地よさそうにしている彼女が微笑ましかった。
「よし。ブルー、雷斗、スノー。出かけるぞ、美代たちのところに向かう」
心配そうにこちらを伺っていた二つの頭、かと思えばいつの間にかスノーも加わっており、三つの頭に声を掛ければ、真っ先に駆け寄ってきたのはやはりブルーだった。懐に飛び込んできた彼をしっかりと受け止め、スノーを抱えて難しい表情をしている雷斗の額を軽く小突く。
「怖い顔をするなよ」
「お前が言うのか?」
「火炎族だということを別に隠してないからな、怖いは言われ慣れてるさ」
リンがバーナーの服の裾を掴み、ブルーが自由な方のリンの手を握っていた。雷斗も促されるままに、バーナーの手を取る。
「行くよ! あ、みんな、瞬間移動術は美代ちゃんが使ってたから、ちょっと具合が悪くなるかもしれないのは大丈夫だよね?」
「あぁ、平気……おぉっとリン?」
「だってウィング君、また、バンダナを使ってくれるんだな、って言ったじゃない。……あたしが他にバンダナを使ったのって、バーナー君たちの中では美代ちゃんだけだもん。わかっちゃうよ」
苦笑するバーナーに目をキュッと閉じて楽しげに笑い、リンはブレスレットに魔力を流していった。
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出た場所は廃村のようで、辺りの様子をうかがう前にブラックから鋭い眼付きで睨みつけられて、リンとブルーが咄嗟にバーナーの背に隠れた。射止めるような、盗賊たちが向けてくるものとは比べ物にならない殺気に対して反射的に雷斗の腕を引いて彼のことも背後に庇い、冷や汗を流す。
「バーナー、みんな……」
「リン! どうして、ここに!」
「うーん、ボクはまた、自己紹介をした方がいいのかなぁ。もうちょっと、自由が利くまでに時間がかかりそうなんだけどなー」
ビリビリと肌を刺すような殺気が渦巻く中、聞こえた美代の呑気な声に、バーナーは彼女を凝視して息を飲んだ。駆け寄ろうとした彼の手をブラックが取って、目を伏せてゆるりと首を振る。
「あいつは美代じゃない。……オレは、美代を任されたのに。ごめん」
「は? 美代じゃない? どういうことだ、あいつに何があった! なんだあの目は、空色の綺麗な瞳はどこにいった、なんで……血の色の目に、黄色い瞳孔になっている!」
「もう一度だけ名乗ってあげる。ボクの名前はキャバシュグアル、負と闇の化身、地上で呼ばれている嘘っぱちの魔物とは違う、純粋な魔物」
ボンドッツがリンの手を引いて自身の傍に引き寄せ、雷斗は震えるブルーを背後に隠して抱いていたスノーを渡す。
美代の口と声で名乗ったキャバシュグアルは、牙を剥いて威嚇しているバーナーをじっと見つめると口角を緩めた。胸元に手を置いて目を伏せ、悲しそうに眉を寄せる。
「ふぅん、そう。……ねぇ、火炎の。どうやらきみが、とどめを刺しちゃったみたいだよ」
「……あぁ?」
「大好きな人たちを信じたくて、信じるのが怖くて、それでもがんばって笑顔で接してきてたのに。どうやらきみは、この子を思うあまり、この子の背中を崖に向けて押しちゃったんだねえ」
「な、に、を……?」
「バーナー、聞くな。あんな奴の言葉を聞くな。あいつが食べるのはマイナスの感情だって言っていた、オレ達のこと、揺さぶる気だ」
かすれた声を出すバーナーの背を叩き、ブラックは静かに、それでも怒りを隠しきれない声音で言った。瞳を揺らしていたバーナーは頭を振ると自身の頬を両手で強くはたき、イフリートを肩に止めながらキャバシュグアルを見据える。
「……諸々の事情は、あとでまとめて聞く。今はただ、あいつを助けるのに手を貸してくれ」
「無論です。申し訳ございません、まさか、このようなことに、なるなんて……」
「どうやって追い出せばいい。シャドウ、キャバシュグアルに体を奪われてるあいだ、どうだった?」
「……自分が、自分じゃないみたいだった。最初の頃は、少しは抵抗が出来たんだ。でも、だんだん、ダメになっていった」
「てことは、今のうちなら……」
くありと欠伸を漏らす魔物は、何となく面倒くさそうな表情になっていた。マジマジと美代の体を見ているそれは、まだ、自由が利かないと言っていたはずだ。
「そんなに怒らなくたっていいじゃない。別に、この子をどうこうしたいわけじゃないのに」
「戯言ニ貸ス耳ナドナイ。ソノ体ヲ奪ッテイル時点デ、許セル道理ナドナイカラナ」
「そ。じゃあちょっと、試しに使わせてもらうね? 斬 裂 血!」
ブラックとシャドウ、ダークの三人が魔 弾 盾を唱え、バーナーがその盾の前に分厚い炎の壁を建てた。ボンドッツと雷斗がリン、スノー、ブルーを背後に隠すように立ち、炎の壁を突き破ってもなお威力が変わらないそれに目を丸くする。
三人が作り上げた魔 弾 盾を砕き、ようやく消えた紅の刃に、一同は言葉を無くしていた。術を唱えたキャバシュグアルでさえ、目を点にしているのでは笑うにも笑えない。
「……いくら、今、オレの魔力が……万全じゃないからって」
「なんで美代が、あんな魔力を持ってるんだ」
「わぁお。なんでこの子今まで、魔力が暴発しなかったんだろうね。って、理由は決まってるか」
感心しながら驚き、自分で勝手に納得しているキャバシュグアルに、バーナーはギチリと拳を握った。すると小さな手に触れられて、視線を下に向ける。
渦巻く殺気の中、けろりとした表情で、スノーが首をかしげていた。
「バーナーお兄ちゃん、美代お姉ちゃん、なんで泣いてるの?」
「スノー……ごめんな、いまはそんな場合じゃ」
言いかけ、口を閉じた。心眼を持ち、コントロールが出来ているのかいないのか、核心を突いて来るスノーが。
あれを、『美代お姉ちゃん』と呼んだ。
「美代!」
耐えられず、駆け寄って抱きしめれば、キャバシュグアルの体が跳ねた。ギチリと眉間にシワを寄せてバーナーの体を押し返そうと胸元に手を置くが、離すまいと力を込める彼には勝てず、唇を震わせる。
「離してくれない? ボクはそろそろ出掛けたいんだ。せっかく、人里に入れる体の中に入れたんだよ? ご飯はこの子がいるからいいけれど、つまみ食いくらいはかまわないでしょう?」
「美代、お前が一人にさせてほしいと言ってオイラ達の元を離れている間、何を見て来たのかはわからない。……その間に、オイラやブラックのことを嫌いになってしまう出来事が、きっとあったんだろう。それこそ魔物に体を奪われてしまうほどのことが。
だけどな、オイラはお前のことは絶対に放さないぜ。当たり前だろうが、シャロムで一人ぼっちになったオイラに、今日から家族だと手を伸ばしてくれたのはお前だろ、嫌うなら嫌え、いくらでもケンカしようや。それが兄妹ってもんだ」
すり、と頬を撫でるように手を動かせば、顔を歪めたキャバシュグアルの口が動いた。それが詠唱だとわかり、ボンドッツが駆け寄ろうとするのをダークが止め、炎に巻かれたバーナーが軽い身のこなしでこちらに近寄ってくる。
「止めてくれないかなぁ、気安く触んないでよ」
「なぁ、キャバシュグアル。お前は体を奪った相手の記憶や知識を、得られるのか?」
「だったらなに」
「……あぁ、なにかって? 今なら美代を取り戻せるってことさ」
ブラックも目を見開いて顔をしわくちゃにしてしまい、笑みを浮かべるバーナーの脇を駆け抜けて勢いよく抱き着いて行った。その反動でもろとも倒れてしまったキャバシュグアルはますます苛立たしそうに牙を剥くけれど、詠唱しようとした口からは空気がもれる音しか聞こえてこない。
「美代、ごめんな。苦しんでるのに気付けなくてごめんな。美代はたくさんたくさん、オレのことを助けてくれたのに、オレ達のこと助けてくれたのに! 今だってそうだ、魔物に体を乗っ取られながらもオレ達のことを守ろうとしてくれてるじゃないか!」
「はぁ? なにを言って!」
「じゃあなかったらなんで、バーナーに火 球なんか使った! 効くわけがないだろ、あいつは火炎族だぞ!」
目を剥き、無理やりに腕から抜け出ようとする彼女の体を、力任せに抑えつけた。後ろ髪を優しく掴んで顔を合わせ、きつく瞼を閉じる美代の額に自身の額をそっとぶつける。
「……美代、戻っておいで。なぁ、オレが大好きな美代。嘘偽りなく、オレのことを怖くないって、忌まないって言ってくれたじゃないか。それなのにオレ達のことを拒絶させないよ? いくらでも踏み込んでやる、お前が苦しんでるのであればいくらでも踏み込んで、そこから引き揚げてやるさ。だから帰ってきて」
「ふ、ざ、け……!」
「美代はん!」
駆け寄ってきたブルーはブラックの隣に並ぶよう、美代の体にきつく抱きついた。突然のことに止めることも出来なかったのだろう雷斗が一瞬体を硬直させて、すぐに後を追って美代の傍に膝をつく。
「なんで、何かで悩んでたん? 苦しかったん? 美代はんはそうやぁ、何も言うてくれんから、ワイはバカやから、何にもわからんのよ!」
「まったくだ、何も話してくれん。自身のこともブラックのことも、我々が受け入れないと、そう思っていたのか?
特異能力一族者で、その中でも異物である私たちを受け入れてくれた美代殿を否定するとでも? もう少し、信用してほしいものだ」
「そんなわけないやんっ……! だって、危ないって言ったのに、初対面のワイを助けてくれたのは美代はんよ! 放って置けんって、自分を信じてって言ってくれたのは美代はんや! それなのに、なんでワイが美代はんを嫌わないかんの!」
喉の奥から搾り出すような低いうなり声に、ブラックは二人に視線を止めるとその体をバーナーに向けて吹き飛ばした。刹那に二人が居た場所に水 球が放たれ、その水圧が地面を穿つ。
脇腹をかすめたそれに、ブラックは口内で治療術を唱えると、再び美代の事を抱きしめた。黄色い瞳孔はユラユラと揺れ始め、僅かに湿るブラックのコートを緩く握って息を飲む。
「なんで……! なんで、イヤだ、ボクは……!」
「美代ちゃん、たくさんひどい事をしてきたあたしを助けてくれたのは、美代ちゃんなんだよ。一緒に行こうって言ってくれて、すごく嬉しかった」
「ウィングさん、あなたが……私たちの過去を聞いて流してくれた涙は、同情ではなかったんでしょう。私はそれに気づくことが出来なかった、そうしてつらく当たってしまったのに……リンのことを、助けてくれたじゃないですか。いけませんよ、あなたはこちら側に来てはなりません」
「ボンドッツト問答ヲシテイタ時、楽シソウニシテイタジャナイカ。マダ間ニ合ウダロウ? 戻ッテオイデ、美代殿」
そろそろと近寄ってきたリンにボンドッツがつられるよう着いて来て、そんな二人を不意の攻撃から守る様、ダークが魔力で包み込みながら美代の頬に手を置いた。
ブラックがわずかに眉を寄せて不機嫌そうに見上げてきて、僅かに首をかしげるがすぐに小さく笑い、ガタガタと震える美代、キャバシュグアルの頭に手を乗せる。
「……ダカラ、ソノ愛シ子ヲ返シテモラオウカ、魔物ヨ」
「いやだっ……やだああ! なんでっだれの体にも逃げられないのに! せっかく、里に入れる体に、入れたのに!」
「美代を食い物にはさせない。オレは美代を害する何者も許さない! 消え失せろ、キャバシュグアル!」
「あああああああああああああああああああああ!」
渾身の力で突き飛ばされ、ブラックはボンドッツを、ダークはリンを掴むと薄く笑みを浮かべているバーナーの傍まで跳ねるようにしてさがった。体をくの字に曲げて苦しそうに胸元を掻き毟っている彼女に青ざめて、再び近寄ろうとしたのをバーナーが止める。
「なんでなんでなんで! 止めてよ、なんで急に光が強くなるの! ヤダよ止めて、ここの誰の体にも逃げられない! きみだけだったのに、きみの体になら入れたのに! ブラックを通してシャドウの心眼を通してずっと見てたんだ、知ってるんだよ! それなのにどうしてボクのことはっ……拒絶するの!」
「バーナーお兄ちゃん、美代お姉ちゃん泣いてるよ! ちがうよって!」
「……そうか。スノーには、あれがちゃんと美代に見えてるんだな」
足に抱き着いて来るスノーの頭を触れる程度に撫でてやり、バーナーは目を細くしたまま、服を裂き、ひっかき傷で流した血に手を彩られていく美代の事をジッと見ていた。瞬きのたびに涙をこぼす黄色い瞳は頬を濡らしていきながら、確かにその色を変えている。
「……あぁ、もうすこし、だったのになぁ」
緩々と伸ばされた腕は地面に落ち、薄く微笑みながらもたげた頭はガクリと伏せられた。今度こそ駆けて行くブラックを誰も止めず、のたうち回って泥だらけの体を優しく抱き起こす。
「美代、美代。起きて、起きて!」
軽く揺さぶれば、僅かに瞼が震え、開かれた。
見えたのは、澄んだ空色。
「美代……!」
「………」
はくり、はくりと動いた唇からは声が出ず、それでもブラックは弱々しく笑うと美代の手をきつく握った。
「だいじょうぶだよ。美代が帰ってきてくれた、それだけで充分だ」
安心したように口の端を緩め、体を預けるように気を失ってしまった。ひっかき傷に障らないようきつく抱きしめると、優しく微笑んでいるバーナーにキチンとその姿が見えるよう、美代を抱えたまま立ち上がる。
「……美代は無事だよ。勝ったんだ、美代は自分の力で、魔物に勝てたんだ」




