動き出した彼ら
一通の手紙を残して姿を消した美代に、回し読みを終えた一行は言葉もなくただ俯くばかりだった。こういう時に指示を出してくれていたバーナーでさえ、顔色を悪くしたまま口をきつく閉じ、もどかしそうにブラックを見上げるばかりだ。
「……少し一人になりたいというのなら、オレはそれを尊重したい。……それでいいか? バーナー」
「……オイラは心配だ。また高熱を出すんじゃないか、ウィングとして戦って、捕まって……バカにならない魔力を消費して。昨日は、あんな状態になった。
それでも、美代を一人にしていいのか? 倒れていたら、どうすればいい? もし昨日のことに懲りず、ボンドッツがあいつの前に来ていたら、どうすればいいんだ……」
「そんなに心配しすぎるなよ。いざとなったら何度でも助ければいい、何度でも、手を伸ばしてやるさ。美代が拒絶したとしても……いや、拒絶なんかさせないよ。そもそも向こう側に居たオレをこっちに引っ張り上げたのは、美代なのに。今更、手を放してやるもんか」
クシャリと頭を撫でれば、止めろと言わんばかりに押し返されて、ブラックは苦笑しながらも洞窟の外に目を向けた。
彼女が帰って来たときには、一番に抱きしめてやろうと考えながら。
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森の中、木漏れ日すらも入らないほど木々が生い茂り、肌寒く薄暗い中。
抱えた膝に顔をうずめ、少しでも体を小さくするよう座り込んでいた美代は、ほんの少しの血の臭いと草を踏む音に、僅かに顔を上げた。
「……リン……!」
「み、よちゃ……? どうして、こんな、ところ……」
ブルーと同じトレードマークであるバンダナははぎ取られ、服も所々が裂けていた。その下の肌は痛々しい切り傷やミミズ腫れ、青あざに覆われており、グラリと傾いた体を見て反射的に、それを支える。
支えながらも崩れるよう一緒に座りこめば、怯えたように涙を流し始めたリンに、美代は戸惑いながらも体を抱きしめた。
「リン、どうしたの。どうしてそんなに、ボロボロなの」
「あたし……シャドウ様、裏切った。昨日、バーナー君とダークが戦ってる時、ダークを止めたくて……気絶、させて。シャドウ様、それを、知ってて。折檻を受けて、怖くて……逃げて、きて……!」
ヒクリ、ヒクリと喉を鳴らしながらも一生懸命話すリンに、美代は気付かれないよう浅く、ため息を漏らした。優しくゆっくりと背中を叩いてやれば落ち着いてきたようで、彼女の手を取りながら立ちあがる。
「リン、行こうか。私たちのところに」
「で、でもあたし」
「その怪我も治療しないと、いつまでも痛いままじゃ見てる私も痛くなってきちゃう。だから、ね?」
深くうつむいたまま、リンは手の甲で目元を押さえ、小さくコクンと頷いた。彼女の服の袖を少しめくってみたら、例のブレスレットが見えて、美代はその宝石にそっと触れる。
「……洞窟より、少し離れた場所に出ようか。少し歩くけど、頑張れそう?」
「だいじょうぶ……」
震えているのは折檻を受けたせいなのか、今からバーナー達の元に行くせいなのかはわからない。
美代は緩く目を閉じるとそのまま魔力を流した。
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地面に足をつけると、まだ歩き出してもいないのに土を踏み歩く音がして、美代は鋭くそちらを振り返った。リンは怯えるように、自分よりも小さい美代の後ろに隠れてしまい、それを落ち着かせるようポンポンと頭を撫でてやる。
ペタンと、頭につくほどに伏せられた耳を見て、正面の彼は見て判るほどに痛みを覚えていた。
「ボンドッツ……」
「……リン。ダークから、話しは聞きましたよ。……なぜなのです、どうして、あなたが……!」
美代のことには目もくれず、彼は声を震わせながらリンの傍に近寄ると膝をついた。ボロボロになっている彼女に表情がこわばり、その手を取ろうと腕を伸ばしては降ろし、触れようとしては指を痙攣させて離す。
そんな彼の手を優しく取ったのは、地面に座り込んで覗き込むように顔を見上げたリンだった。
「ボンドッツ……ブラックのこと、よく見て」
「リン……」
「すごく、嬉しそう。すごく、楽しそう。あれを壊そうとするのはね……今まで、あたしたちの事を嫌って、あたしたちの事を壊そうとしてきた人たちと、同じになっちゃうんだよ」
みるみる目を丸くしていくボンドッツは、昨日あれだけ傷だらけになったのに、今はその影すらもなかった。二人を一緒に見ていればやはりリンの傷はひどいもので、治療をしてやりたいけれど、今の自分では白魔術を使ったところで彼女の負担が増すばかりだろう。
そう思えば美代は、口を閉ざすことしか出来なかった。
「それにね、ボンドッツ。もう一度聞いて、美代ちゃんたちはブラックを受け入れてくれたんだよ。心眼を、念動力を、大きすぎる魔力を持ってるって知っても、それでも受け入れてくれたんだ。ならどうして、美代ちゃんたちと、戦うの? 嫌われて傷付けられ続けたお兄ちゃんを……仲間だって、友達だって言ってくれた人たちを、あたしはこれ以上、傷付けたくない!」
片膝をつき、姿勢よく彼女の前に座っていたボンドッツは、ボロボロと涙を流し始めたリンを見て、力なく地面に座り込んだ。緩々と首を振る様は幼く小さな子供に見えて、何となく見てはいけないような気分になり、美代は体ごと二人に背を向ける。
「だけど、わたくし、は……」
「止めよう、もう止めよう。あたしたちが憎むのは、恨むのは……あたしたちをこんな体にした奴らだけでいい」
「でも、シャドウ様……!」
「ならシャドウ様も一緒に止めようよ! お願いよボードオン、もう誰のことも傷つけないで!」
本名を呼ばれた彼が、僅かに動揺したような気配を感じた。肩越しに振り返ればボンドッツがたまらずといった風に、リンに抱き着く。傷が痛むのだろうわずかに表情を歪めたが、触れるように、ボンドッツの背中に手を回していた。
「っ……! エレクサンドラ! それはあなたの命令ですか、願いですか!」
「これはあたしのお願い。ボードオン、あたしはもう、何も命令できる立場じゃないの」
「……。……、ぎょい、のままに……!」
微かにうなずき、リンの頬に手を置くと、ボンドッツは彼女の額に自身の額を緩く押し当てた。しばらくそうしていたかと思うと立ち上がり、美代の腕を柔らかく掴む。
何か用かと振り返れば、泣き出しそうな表情をしている彼に、コトンと首をかしげた。
「美代さん。勝手な願いだとは……わかっています。私がこんなことを言える立場にあるとは思っていません、けれど、彼女をこうして連れてきてくれたあなたならば、聞いてくれることだと思います」
「……なに」
「リンを、お願いします。彼女は……私とは違う」
「知ってる。あのコテージで、私のことを看病してくれたのをちゃんと覚えてるから。あんたが殺した老夫婦……彼らを思って、ずっと泣いてたのを、覚えてるから」
そう言えば、ボンドッツはひどく傷ついた表情をした。普段であれば申し訳ないと思う以前に、たぶんこんな言い方はしなかっただろう。
だけれど、今の自分に、彼らを気遣う心の余裕はない。
それでも一つだけ、彼に言わなければならないことがある。
「昨日はごめんね」
「……何を、謝りますか」
「夢うつつの中、私はボンドッツを傷付けた。たぶん……ブラックが止めてくれなかったら、もっと」
「美代さん。私はあなたを殺しかけ、バーナーさんの命を、毒をもって奪おうとし……雷斗さんのことは、胃の辺りを蹴りつけ、治療が遅ければ死んでしまうほどに痛め付けた。ブルーさんのことだって、殺すつもりで雷 撃を放ちましたよ。
そんな私が、たったあれしきのことで、文句の一つ言えるとでも? あれは当然の報いだ、それにあれは……あなたが見ていた夢です。悪い夢、忘れてしまいなさい」
瞼を覆うボンドッツの掌は何故だろう、不快ではなかった。緩く掴んで本当に小さく、首を縦に振れば手が離れ、泣き出しそうに微笑む彼の顔が見えた。剣の宝石に触れると姿を消したボンドッツに、リンは深くうつむいて、顔を上げてへにゃりと笑う。
「美代ちゃん、ありがとう」
「私は何もしてないよ。ほら、行こう」
伸ばした手を掴み、ゆっくりと立ちあがったリンの頭を優しく撫で、美代は再び歩き始めた。
洞窟に戻るとブラックが姿を見せ、遅れてバーナーが飛び出して来た。傷だらけのリンを見て目を丸くし、すぐにブラックのことを見上げる。
彼はすでに詠唱を終えてリンの傷を癒していた。その体をバーナーに預けて先に洞窟の方へやって、美代の頭をクシャリと撫でる。
「大丈夫。オレがいるし、美代もバーナーも……みんな、ちゃんと受け入れてくれる。心配しないで、ボンドッツ」
「リンにも知られたくない用件があるのかな、ブラックなら大丈夫?」
声を掛けてみれば、ため息とともにボンドッツが木の影から現れた。その気配に気が付いたのだろうかバーナーが即座に戻ってきて、敵意も殺意もない彼の姿に眉を寄せて腕を組む。
「……厚かましい頼みだとは承知しております。美代さん、来て、いただけますか」
「べつにいいよ」
「美代、何を!」
「バーナーは黙ってて。そのシャドウって人、ボンドッツだけじゃ止められないんでしょ。そんな顔してる」
そっけない美代の言葉にバーナーは思わず口を閉ざし、ブラックは目を伏せた。口をきつく閉じて拳を震わせるボンドッツにゆるりと首を振り、彼に近寄ろうとして手を取られ、冷たく振り返る。
「ボンドッツ、オレも行くよ」
「オイラ達が行くのは都合が悪いのか」
「あのさぁ、バーナー。……迫害を受けていた人たちが急に、大勢のことを受け入れられると思う? 無理だよ。絶対に。そのシャドウって人は私に会いたいんでしょ? なら私と、もともと向こう側にいたブラックが行くのが妥当。ここで待ってて」
美代の言葉の節々にはトゲがあった。そのことに眉を寄せながらも、ブラックが一緒に行くのならばと渋々頷き、ボンドッツのことを見る。
「……騙すようであれば、容赦はしない」
「その時には、あなたの炎を甘んじて受け入れましょう。私だってあなた方と関わって、わからなくなっているんですよ。あれだけ他人に対し怯えていたリンが、あなた方には心を開いた。……ならば私は彼女を信じる、たとえ主人を裏切ることになろうとも……彼女の思いを、無にしたくはないのです」
これまで何度も殺意を持って剣を交えてきたとは思えないほどに肩を落とし、悲しげに表情を歪めているボンドッツは嘘を言っているようには見えなかった。バーナーは組んでいた腕を解くとブラックを見て、小さく頷く。
「頼むぞ」
「もちろん」
美代はすでにボンドッツに手を取られており、ブラックも彼らに近づいた。宝石に触れようとした彼を止めてボソリと呟き、その場から姿を消してしまう。
「美代、一人でいる間に何があったんだ。どうして、そんなに冷たい目を……?」
「バーナー、どうしたん? なにがあったん?」
「ん……説明する。ちょっと待ってくれ」
心配そうに顔を覗かせたブルーに緩く目を閉じて、洞窟の中へと戻っていった。
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出た場所は廃村のようで、美代が冷めた目で周囲を見回しているとブラックが静かに目を伏せていき、ボンドッツが止めるよう、手を軽く引く。
「ここはブラックが魔力を暴発させて、滅ぼした村。私はそれを、悪いことだとは少しも思いません。彼はそうしなければ、迫害の末に死んでいたかもしれない」
「そうだね。ここがボンドッツ達の拠点?」
「誰も、寄りませんから」
あっさり肯定されたことに驚いたらしいブラックが勢いよく顔を上げ、美代の顔を凝視していた。ボンドッツもわずかに目を見開いて、それでもどこか安心したように口の端を緩めている。
「これは恐らく、私しか聞いていない話です。シャドウ様はあなたの体が必要だと仰っていました。あなたの体を、奪うと。方法はわかりません、ですがあの方は……ブラックと変わらないほどの魔力をお持ちです。何が出来ても、可笑しくありません」
「フム、ソウイウ事ダッタノカ。アノ子ガ欲シイトシカ言ワンカラ、目的ガ判ラナンダ」
不意に聞こえたダークの声に、ボンドッツは即座に美代のことを背後に庇った。ブラックも静かに美代の傍に近寄って、そんな二人の反応に苦い表情を浮かべている。
「ソウ警戒スルナ。ワシハソノ娘ヲ捕ラエル気ナド、ナイ」
「そうだね。見逃してもらってるし、助けてもらった」
「え……」
「コレ、美代殿。早々ニバラサンデモ良ヨカロウ?」
口を尖らせながら言うとボンドッツが目を点にして、ダークが困ったように微笑んだ。美代の頭をポンポンと優しく撫で、眉間に寄っているシワの上に指を置く。グッと力を入れてみれば彼女はパチリと手を払い、一歩、二歩と後ろに下がった。
「ダークはどうして、止めなかったの」
「壊レタ物ノ修理ニハ時間ガカカル。治セル者ガソノ時ニ居ルトモ、限ランダロウ。……ワシノ力ガ及バナカッタ、ナラバ被害ヲ最小ニ出来ルヨウ、裏ニ回ルダケサ」
「あなたは人を、嫌わなかったんだね」
「ウゥム、嫌イ……ト言ウヨリ、ドウデモイイ? 身内ガ守レレバ、ソレデイイ」
「……そう」
瞼を半ば閉じて俯いてしまった美代に、ダークは目を閉じると再び頭を撫でた。今度は払われることもなく、ふと微笑んで口を歪めながら閉じているブラックに目を向ける。
「ヨク自力デ、ワシノ魔力ヲ跳ネ除ケタナ」
「美代たちが……信じて、くれたから。なぁダーク、シャドウはあんなに冷たい目が出来る人だった? オレ達がいけない事をしてるのにそれを止めないで、煽るような人だった? そう思えないんだ。あれはシャドウじゃないみたい、何かに……操られてる、みたいだ」
「……ホウ、本当ニ、目ノ曇リハ晴レタノダナ」
ダークの返事に目を剥いたのはボンドッツで、彼は即座に詰め寄り胸倉を掴んでいた。小柄な彼に掴まれて腰を曲げることになったダークは、何を言われる前にペチンとデコピンをお見舞いしている。
「オ前ハワシノ言葉モ碌々聞ケンホドニ、病ンデイタダロウガ。ドウセヨト?」
「うっ……! だ、だけどそれならば、お助けしなければ!」
「だれが、だれを、助けるって?」
スノーよりは年上で、ブルーよりは年下のように聞こえた幼く高音の声が聞こえた瞬間、ボンドッツの体が硬直した。ダークがスッと目を細め、ブラックが美代を懐に抱き込むようにして隠す。
そんなブラックの腕から顔を覗かせ、美代は声の主を見て冷めた目をわずかに丸くした。
「人形……?」
「ふふ、一応ちゃんとした生き物だよ。初めましてだね美代ちゃん、もう知ってるかもしれないけれど、ボクの名前はシャドウ」
そこに浮いていたのは、体長が三十センチほどしかない人形のようなものだった。レイやバーナーからその話を聴いたことはないが、小人の類がこの世界に居るのだろうかと凝視していれば小さく笑われる。
ローブのようなものをブカブカに着込み、ターバンのように巻かれた帽子を目深にかぶっているせいでその表情を伺うことは出来なかった。体に見合った小さな腕が差し出され、それに視線を止める。
「ボクはきみに会いたかった。会ってみて、確信できた。きみはボク達の仲間だ」
迷いのないまっすぐな言葉に、動きを止めたのは美代以外の三人だった。わずかに顔色を悪くして俯いた彼女に、ブラックの腕に少しだけ力が入る。
「……やめろ」
「何を止めるの? だぁれのことも信用できない、臆病で弱虫で可哀想な美代ちゃん」
「止めろ!」
それは怒声ではなく、悲鳴だった。ターバンの向こう側で、毒々しい真っ黄色な瞳孔がギラリと光ったように見え、美代は耳を塞いで体を小さくしてしまう。
そんな彼女を守る様、ブラックがシャドウに背を向けて美代のことを隠してしまえば、シャドウは喉の奥をさらけ出さんばかりに大口を開けて笑い始めた。
「もういいよ、隠さなくっても。ボンドッツから話は聞いてるでしょう? ボクも心眼を使えるって。ブラックにコントロールを教えたのはボクだよ? 彼では見えない心の中も、ボクにとっては丸裸さ」




