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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
47/138

分かれ道に立った時


 だれかが泣いてる声がする。

 悲しそうなその声に起きてしまって、立ち上がったらギュッと腕をひっぱられて、ビックリして体がビクンとなった。なんだろうと首をかしげて見てみれば、ツンツン頭のお兄ちゃんが、苦しそうに眠ったまま腕を掴んでる。

 動いたのに、とっさに反応したみたい。海洋石っていうのをつけられて、すごく疲れてるはずなのに、ぐっすり眠れてないのかな。

 

 こわくて夜に眠れないとき、お兄ちゃんにやってもらっていたように、ポンポンと頭を撫でてみたら少しだけ顔が優しくなった。

 お兄ちゃんのモヤモヤがなくなってよかったな、と思いながら、どうしても泣いてる声が気になって、お兄ちゃんを起こさないように手を抜ける。

 

 穴の中から出て草原をかきわけて、声にどんどん近づいて行くと、たくさんたくさん、痛い痛いしてるお兄ちゃんがいた。


 あぁ、そっか。声じゃなくて、『声』が聞こえてたんだ。


 そっと近づいて、座ってるお兄ちゃんの顔を覗いてみたら、すごくビックリされた。ポンポンとほっぺたを撫でてみたら目が丸くなって、優しく抱えあげてくれる。


「あなたは……どうして一人で、こんなところに。よかったのですか」

「お兄ちゃん、だいじょうぶだよ。だいじょうぶ」


 パチパチとまばたきをしてみたら、お兄ちゃんはすごく、苦しそうな笑い方をした。ギュッと抱きしめられて、温かいなと思ってたら、剣についてる宝石に触った。


「恩師が。どうしても、彼女を求めているんです」

「泣かないで、お兄ちゃん」

「泣くものですか。私は、涙を流せない」


 少しだけ悲しそうに言ったお兄ちゃんは、やっぱり泣いてて。

 なんだか体を包まれたと思ったら、眠たくなって、お兄ちゃんの腕の中で眠ってしまった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「スノオオオオオオオオ!」

「スノー、どこにいる!」


 翌朝目を覚まし、姿が見えない幼子にバーナー達は顔色を変えた。即座に洞窟を飛び出して周囲を探し回り、声が枯れんばかりに張り上げて名前を呼ぶが、一向に姿は見えない。


「うあぁ……! オイラは! また! 気づけなかった!」

「バーナーのせいではない! それにお前は、海洋石を着けられて体力を消耗していたではないか。なれば私たちが、もっと警戒しておくべきだった!」


 頭を抱えて項垂れるバーナーの背を雷斗が擦り、ブラックが眉を寄せながら辺りをうかがっていた。ブルーも洞窟から顔を出し、傍に寄ってくる。


「ブルー、美代の様子は?」

「まだ、寝てるよ。すごく、疲れてるみたい……」

「そっか……。バーナー、バーナーはここで美代のことを頼むよ。雷斗は向こうの方を、ブルーはあっちの方を。オレはこっちを探してみる」

「オイラも」

「疲れてる美代は起こしたくないし、バーナーもここで少しでも休んでた方がいい。だから、な?」


 詰め寄ってきたバーナーの肩に手を置いて、力づくで押さえていると、どうやら諦めたらしく渋々と頷いた。

 それでいい、万全の状態じゃない彼にもし何かがあれば、美代は悲しむ。そんな彼女は見たくない。


「なにかあったら、ここまで戻ってくるように。あんまり危ないことはしないように!」


 ブラックの言葉に雷斗とブルーはうなずいて、三人は別方向へと姿を消した。




「スノー! スノー、どこにおるん?」


 幼く高めの声が聞こえ、ボンドッツはピクリと肩を動かした。目の前には岩に寄りかかる様、彼の探し人が眠っている。

 エペを握る手に力が入り、それを振るって近くの枝を落とした。パキン、ガサリ、と大きな音がして、木々の間からヒョイと声の主が顔を出す。


「スノー……あっ……!」


 すやすやと心地よさそうに眠るスノーを見つけてパッと笑顔になったブルーはその刹那、彼の首筋に置かれる切っ先に息を飲む。

 凍てつく視線を向けてくるボンドッツに、血が引いて行くのを感じていた。


「なにを……!」

「こちらにおいでなさい、ブルーさん」


 その視線とは裏腹な優しい声で言われた、否とは答えさせてくれない言葉に、ブルーは背を震わせた。

 最初の時には雷 撃エクレールを受け、二度目には美代の居場所を吐けと暴行を受けた。彼と二人きりで会う時は、いつも痛い思いをしている。

 今度はいったい、どんな目に遭うのだろうと思ってしまえば、体は思うように動かない。硬直していればエペの切っ先がわずかに震え、表情を歪ませながら無理やりに前に出る。


「彼は、仲間には心眼を滅多に使わない」

「なに、なにを……」

「殺めはしません。彼はあなたを、落石から守った。ならばあなたを下手に傷つければ、我々は全力の彼と戦わざるを得なくなる、それは不本意です。

 ですので、こちらでしばらく眠っていただきますよ」


 伸ばされたボンドッツの手に、視界がじわりと滲んでいくのがわかった。するりと頬を撫でられれば小さく体が震え、緊張していくのが自分でわかる。


「ですが私は、襲眠鬼ソメイルを使えません。少々の痛みは、我慢してくださいね」


『大気にありし分身よ 汝が力 今我に見せたまへ 我らが前の愚か者へと 罰を与えん』


電撃レイ


 ギュッと目をつぶってやってくるだろう電気の痛みを覚悟していたけれど、ただボンドッツの手が離れただけで、ブルーは恐る恐る顔を上げた。


 目の前にあるのは、一面の紺碧。


「ごめんな、ブルー。遅くなった」

「……ぶら、く……!」


 大きな手で、少しばかり乱暴に頬を擦られてブルーはペタンと座り込んだ。いつの間にかブラックの腕にはスノーもいて、その体を受け取りながら深くうつむいてしまう。


「オレのこと、ずっと呼んでくれてたな。だからわかった、間に合った」


 剣を取り出して二つに分け、一つをブルーの近くに突き刺すと振り返った。詠唱を終える瞬間、ブルーから引きはがしたボンドッツはようやく体制を整えて、僅かに目を細くしている。


「ブラック……」

「……ボンドッツ」

「……そうですか。記憶が、戻って。いいや、何も不思議じゃない。あなたは……最も人を憎み、嫌い、力の加減を出来なかった時まで記憶を戻されても、結局は誰かを守ろうとしていた」


 静かにエペを構えたボンドッツに、ブラックも剣を構えた。


「互いの実力は、熟知しておりますね」

「当然だろ。……どれだけ、一緒にいると思ってるんだ」

「ならばただ、剣を交えるだけですよ」


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 ゆっくりと胸を上下させて眠る美代の髪を撫でつけ、肩口まで毛布をかけてやるとバーナーは洞窟の外に足を運んだ。剣を出すと鞘を入り口付近に放り投げ、腰を落として中段に構える。


「……ダークと、リンもいるか? 出て来い」

「……ホウ、気配ダケデ誰ガイルカ、判ルノカ」


 ふらりと姿を現したダークは、遊び相手を見つけた子供の様に楽しそうな笑みを浮かべていた。その視線に、全身に鳥肌が立っていくのがわかる。

 同時に、自身の口の端が上がっていくことも。


「火炎族ヨ、オ前ハズルイ」

「なんだ、突然」

「オ前ハ楽シンデイルノニ、ワシハ、楽シマセテモラエンノカ」

「………」


 小太刀を取りだし下段に構えたダークは拗ねたように呟いて、バーナーの事を見据えた。姿はまだ見えないが、リンがいる事は間違いない。洞窟の入り口から離れないよう、魔道具を使用する魔力の流れを見落とさないよう気を張りながら、微かに眉を動かす。


「本気デ来イ」

「……オイラはいつも、本気のつもりだが?」

「一族ノちからヲ、加減シテイルノニ? ……安心セイ、オ前ノ炎ゴトキデハ、コノワシハ焦ガセンゾ」


 彼は知らないのだ。

 自身の炎が、他の火炎族とは違って、威力が恐ろしいことを。大地をも溶かし焦がすほどの火力を持つことを。


 だけど同時に、期待もあった。ダークの魔力は自身のそれを軽く超えている。ボンドッツの話から、ブラックの規格外魔力の暴発に耐えられるほどの魔 弾 盾マジア・シルトを張ることが出来る事もわかっている。

 もしかしたら彼ならば、少しだけ本気の炎を出して戦っても、大丈夫なのではないかと。そう思ってしまうのだ。


「強者ト戦ウノハ楽シイダロウ。高ミヲ臨メルノハ、心ガ踊ルダロウ。ワシモ同ジダ、同ジ思イヲサセテクレ」

「……その言葉、後悔するなよ」


 どれだけ意識して戻そうとしても、頬の筋肉が上がってしまう。剣に自身の炎をまとわせて上段に構え直せば、ダークの唇も薄く、笑っていくのが見えた。


「火炎族には自身の得物に、名をつける習慣があった」

「オモシロイ、シテ、ソレノ名ハ?」

遊炎ゆえ。オイラの炎を、この世で唯一遊ばせられる、良い業物だ」


 蛇のように地面を這い進む幾筋の炎は、空腹状態で餌を前にした獣のように大口を開けてダークへ噛みついていった。むせ返るような熱気にかげろうが踊り狂う向こう側では炎と同じ瞳が、ギラギラと鋭く光っている。

 歪 舞 地ソル・ロンドで土壁を生みだし、それで炎を受け止めながら踏み台にしようとすれば、迫ってきた紅き刃を咄嗟に自身の剣で受けた。視界の端に映った土壁に目を丸くしてバーナーの胴を蹴飛ばし、距離を取ると慌てて鍔ぜり合った刃を見る。


「どうしたダーク。少しばかり、焦りが見えるぞ?」

「……鉄ハオロカ、大地ヲモ溶カスカ。ククッ、万ガ一ニモ、生身デハ受ケラレンナ?」

「よく言うぜ。術も使わず魔力で膜を張ってるやつが、生身で受ける気なんて最初からないくせに」


 おそらく、今の状態でダークが炎を受けても、火傷一つしないだろう。薄い魔力の壁を幾層も重ねて纏っているようで、ブラックの魔力の使い方がダークを由来していることが嫌でもわかる。

 魔 弾 盾マジア・シルトとはまた別物だが、あれでは実質その術を、無詠唱で使用しているようなものだ。

 地面を蹴って正面から向き合えば避けることもなく正面から受け止め、力を受け流すよう左足を軸に半回転して左手が柄から離れた。


 掴もうとした鞘が自身に向かって射出され、目を丸くする暇もなく、ダークは首を反らせてそれを躱していた。対峙する男を睨みつけてみればイヤな笑みを浮かべており、鞘を蹴飛ばしたらしい振り上げられた足を掴んで同じ笑みを返してやる。

 力任せに放り投げれば、バーナーは抵抗なくその体を飛ばした。宙でバランスを取ると木に足をつけて再び向かって来た彼に口笛を一つ漏らし、左目をすぅっと細くする。


舞 空 術アラ・ボラルモ使ワズニ、空中デ体勢ヲ整エルトハナァ。……鳥ノ使イ魔ヲ、体内デ召喚シテイルノカ!」

「あぁ、そうさ! こいつとは六つの時からの付き合いだ、オイラの中でオイラの魔力を邪魔せずに、動きを邪魔せずに! 力を与えてくれる!」

 

 これまでに出会ったことのないほどの強敵と、戦っている。

 これまでに会ったことのない、魔術を使わないのに、それ以上に厄介な魔力の使い方をする男と、対峙できている。

 

 バーナーもダークも、球の汗を飛ばし、相手の剣を、術を、炎を紙一重で避けながら、笑っていた。互いに剣を弾いて距離を取り、肩を上下させながら呼吸を整える。

 

 頬に流れていた血をぺろりと舐め、バーナーは炎を周囲に浮かべると流れる汗を蒸発させた。自分に比べればまだ余裕が見えるダークに舌打ちを漏らし、イフリートの様子を見る。


 普段は炎を憑代に召喚している彼を体内で召喚しているということは、体の中に炎を燃やしているということ。過去に何度かやっているので慣れてはいるが、それでも、自分もイフリートも体力を削られていく。

 

 剣の柄を握りなおしたとき、微かな魔力の流れを感じた。目の前にいるダークのものではない。


「美代!」

「オ主ノ弱ミハ、仲間ヲ思イ過ギルトコロダナ」


 リンのものかと、ダークから視線を外し、洞窟に目を向けた瞬間。

 ダークの声が耳元でしたかと思うと腹部に重い衝撃が走り、胃液が逆流してくる感覚にバーナーは歯を食いしばりながらも地面に膝をついた。自然と腹部を抱えるように両腕は回り、掠れた呼吸をしながらも顔を上げる。


「落トスツモリダッタノダガ、耐エルノカ。……ダガ、スグニハ動ケマイ」

「っ……美代、を……!」

「連レテ行カセテモラウ、ガ。苦労シソウダ、流石ニ洞窟ノ中デハ、風ヲ使ワンダロウナ」


 ダークの言葉に目を見開き、進みだそうとした彼に起きた出来事に言葉を失った。戦いの前に放り投げた遊炎ゆえの鞘で後頭部を思い切り打ちつけられたのだ。突然のことに避けることも叶わなかったのだろう、ダークは自身を殴りつけた人物に声もなく、グシャリと崩れ落ちていく。

 震える手でそれを持っていた彼女はポロリとそれを取り落とし、地面にペタンと尻をつけ、涙を浮かべながら振り返った。


「りん……なにを……?」

「……だって、あたし……美代ちゃんを、傷つけたくない……!」


 四つん這いで近寄ってきたリンは、指先だけでバーナーに触れ、僅かに魔力を流した。カタカタと震えている手を握ってやればビクリと体を跳ね、ギュッと目を閉じる。


「ブラックが、ブラックがあんなにっ……嬉しそうにしてるのに! あたし達以外に大切な人が、出来たのに! それを壊したくないよぉ!」

「なら、どうして止めない!」

「あたしじゃ止められないから! あたしじゃダメなの、ボンドッツを、止められない……! だから、だから……」


 ボロボロと大粒の涙をこぼし、怯えながらもまっすぐに見つめてくる彼女の言葉を、バーナーは静かに待った。魔力を流してもらったおかげか思った以上に早く動けるようになり、ゆっくりと立ちあがる。


「たすけて。ボンドッツを、止めて。美代ちゃんなら出来るよ、バーナー君なら出来るよ。だって、人を嫌って、あんなに冷たい目しか出来なかったボンドッツが……表情を変えたの。憎い、嫌い、怨めしい以外の感情を、出してくれたの。だから……!」


 最後の方は声が震えすぎて、耳を澄ませてもなんて言っているのか、ほとんど聞き取ることが出来なかった。それでもバーナーはリンを落ち着かせるよう優しく頭を撫で、その小さな体を力強く抱きしめると、支えながら一緒に立ち上がる。


「……わかった。オイラもお前たちのあんな過去を聞いてしまえば、無碍には出来ない。とりあえずブラック達と合流しよう、スノーがいなくなってしまったんだ」

「ボンドッツと一緒にいるよ。昨日の夜、スノーちゃんを抱えて、帰って来たの。だから、スノーちゃんも……きっと怯えてる」


 零れる涙を拭ってやりながら、とりあえずは美代の無事を確認するために洞窟の中に入り、バーナーは再び言葉を無くした。遅れて顔を覗かせたリンも、目を丸くしたまま、唇を閉ざしている。

 間違いなく、洞窟を何者かが出入りした姿はなかったのに。

 美代の姿は消えていた。


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