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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
46/138

おかえりなさい


 瞬間移動術レガ・ハラフで洞窟の外に出されたブルーは、どうにか岩を崩せないかと歯を食いしばって岩を掴んでいた。押せども退けども、ピクリとも動かせず、指先に走った電流にビクリと体を跳ねて蹲る。

 割れた爪に食い込むよう、泥が入り込んでいた。スノーから心配そうに見上げられ、弱く微笑むと頭を撫でる。


「大丈夫よ、スノー。……どうしたらいいんやろう、ワイら二人で、美代はん達を、助けられるんかなぁ」

「ブルーおにいちゃん」


 服の端を掴み、一点をジッと見つめるスノーに、ブルーは立ち上がった。痛む手で小さな体を抱えあげると、自分も同じ方向を見つめる。


「あっち? あっちに、進めばいいのん?」

「うん」


 指を向け、スノーが示す道に従うよう、ブルーはもう一度だけ洞窟の崩れた入り口を見ると走り出した。




――ポチャン――


 本当に、微かな音だった。

 何かを水面に投げ入れる音が聞こえ、ブルーは足を止めた。足音を立てないように、そろり、そろりと近寄ってみれば、池の縁に腰をおろして小石を投げているリンがいる。


 ……美代たちを連れて行ったボンドッツの仲間が、水の傍にいる。


 少しの迷いはあったけど、ブルーはジッと、水を見つめた。


「……え!」


 目の前にある池の水が突如、盛り上がった。蛇のごとく揺れ動き始めたそれに思わず身を引けば、背中にトンと、何かが当たる。

 振り返る暇もなく地面に組み敷かれ、リンはただ、目を丸くすることしか出来なかった。


「ビックリしたやろ?」

「ブルー、くん……?」

「お前たちが居るところに、連れて行きぃ。地上の者は、水があるところではワイに勝てんよ」


 池の水を操り、リンの目と鼻の先に球を作り出した。そっと顔に近づけてやれば彼女は目に怯えを乗せて、ジッとブルーを見つめる。


「連れて行き」

「……うん」


 小さく頷いたのを見て水を池の中に戻し、リンを立ち上がらせた。自分のバンダナを外すときつく捩じり、彼女の腕を後ろに回して縛る。

 抵抗するそぶりを一切見せないその姿に、ブルーは眉を寄せた。スノーを抱え上げながら目を伏せ、リンの背中を軽く押す。


「ウィングはん達が、ボンドッツとダークに連れて行かれたんや。助けに、いかな……」

「……わかった。ブルーくん、私の手首のブレスレットを、ちょっとだけ触らせて。そうしたら、あたしのどこでもいいから握っててね、瞬間移動術レガ・ハラフを使うけど……だいじょうぶ?」

「大丈夫よ。ブラックに二回、使われたよ」


 しっかりと頷けばリンが微笑んで、目を閉じて肩の力を抜くと、ゆっくり魔力を流していった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 ドアが勢いよく開かれて、バーナーは鋭くそちらを見た。そこに立っているのは顔色を悪くしたボンドッツで、先ほどまでと様子が明らかに違う彼に、ウィングはそっと、口を開く。


「なにか、あったのか」

「……リンの姿が見えないのです。我々が出かける前まではいたのに、どこにもいない。彼女が一人でどこかに出かけてしまうなんて……!」


 魔力の流れを感じて振り返れば、そこにリンが立っていた。弱々しく笑っている彼女にボンドッツは近寄ろうとして、すぐそばに立っている少年の姿に息を飲む。


「リン!」

「ごめんね、ボンドッツ。捕まっちゃった」

「ボンドッツ、ウィングはん達を放しぃ! 文句は言わせんよ、お前だってワイを人質にして美代はんを連れて行ったことがある、美代はんを人質にしてブラックを捕まえようとしたこともある! 絶対、文句は言わせん!」


 リンの腕を掴みながらブルーが怒鳴ると、ボンドッツの目に怒りが浮かんでいった。口の端が痙攣し、薄く開かれる。 

 すぐ横を風が通り抜け、ボンドッツは怒りをはらんだ瞳を今度は丸くした。


「……震えてる、ごめんな」


 ウィングが鉄鎖を解き、リンを抱きしめていたのだ。ポンポンと頭を撫でてやりながらバンダナを外し、ボンドッツと同じように目をまん丸にしているブルーに渡す。


「う、ウィング君。どうして泣いてるの? どうして、謝るの?」

「……そうしてまた、耳を隠しているバンダナで、今度は涙を拭ってくれるんだな。優しいお前たちが、人間のせいで変わってしまうなんて。そんなことって」

「ウィング、行くぞ!」


 何が起きているのか理解が追いつかぬまま、今度はバーナーの声に振り返ると、二人とも鎖から自由になり立ち上がっていた。首枷についた海洋石はどうにもならなかったのだろう、そのままになっているのに、バーナーは身軽に雷斗とウィングの腕を掴んで走り出そうとする。

 

『我汝に命ず 場を歪め 我が願いし場所へ 連れて行け』


 ブルーの肩に手を乗せながらつぶやくウィングに、バーナーは目を剥いた。詠唱が聞こえていたリンも目を見開き、魔力が五人の体を包み込んでいくのがわかったのだろうボンドッツが言葉を無くす。


「約束だったからな。美代はいつでもオレ達の近くにいる。捜してごらん、お前たちがオレ達の前に来る時には、必ずいるから」


 そう言って 瞬間移動術レガ・ハラフに消えていくウィングを見送りながら、緩々と首を振った。リンに腕を引かれてようやく目を離すことができ、頭を抱えるように座り込む。


「……こんなに酷いことをされているのに。どうして彼は、あんなに優しい目が出来るんだ……?」


 その答えを出せる者は、ここにはいなかった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 ウィングが唱えた術は確かに、自分たちが休んでいた洞窟に五人を届けた。操り人形の糸を斬ったように体を崩す彼の体を即座に支え、顔色を見る。


「っ……お前、どうしてその術が使える!」

「……ブラックに、教えてもらった。詠唱だけ、だけど」

「使うな、瞬間移動術レガ・ハラフだけは絶対に使うな! あれは並みの人間が、いいや、熟練の魔術師でも使えるもんじゃない。魔力の消費がデカ過ぎる!」


 美代の姿に戻りながら座り込み、瞼を震わせつつも自身を見上げてくる彼女の目元に手を置き、魔力を少しだけ流してやった。

 そうすると多少でも楽になったのだろう、肌に血の気が戻り、バーナーはその体を雷斗とブルーに預けた。崩れた洞窟を見て目を細め、忌々しそうに首枷を掴む。


「ブルー、中の状況は?」

「せ、せや! ブラックが岩の下敷きに!」

「わかった。……雷斗、こいつを雷で壊せそうか」

「……出来ないことはないが、それではお前が危険だ」

「火炎族の男なら、危険とは遊び相手になるもんだ。オイラは大丈夫、これを着けられている方が苦しい」


 雷斗はうなずき、少し離れた場所にいるようにブルーへ指示した。彼は美代とスノーを連れてその通りにし、離れたことを確認した雷斗は額に汗を浮かべながら、手を、指先をバーナーに向ける。


「頼んだ」

「……いくぞ」


 スッと目を細め、雷の珠を生み出した。深呼吸をすると目を閉じているバーナーに狙いを定め、閃光を細く鋭くしていく。

 目がくらむほどの光がほとばしり、美代は思わず目を閉じた。瞼でふたをしてもなお眼光を突き刺す光に表情を歪め、恐る恐る目を開く。


「……見事だな、雷斗」

「……あまり、繰り返しやりたくはないな」


 雷斗が放った雷は、鉱石のみを砕いていた。炎が使えるようになったバーナーは首枷を溶かしてイフリートを呼び、呼ばれた使い魔は何も聞かずに洞窟に向かって翼を広げる。

 その体を崩して炎に変え、岩のすき間から中へと入って行ったのを確認すると、ジットリと汗をかいている雷斗に向き直った。

 

 自分を傷つけないよう、鉱石だけを砕けるよう。これまでにないほどに、集中したのだろう。

 額に流れる汗を拭ってやりながら、バーナーは優しい目を浮かべた。


「もう少し離れた場所にいてくれ、海洋石が外されたとはいえ、まだ体調が万全じゃない。……熱気がもれるかもしれん」

「わかった。あまり、無理をするな」


 小さく頷いて岩壁に手を置き、肩の力を抜いた。リズムを乱さない深呼吸を数度繰り返し、掌に力を込める。

 雷斗はその光景を、見たことがあった。ドロリと流れていく岩の壁を見て震えたブルーの体を腕に抱き寄せ、美代の体を支える。


「ら、らいと、あれ」

「……あれがバーナーの力だ、バーナーの炎だ」

「ブラックが!」

「中にはイフリートが入った。それに……私は一度見たことがある。彼の炎は、目的のもの以外は焼かないよ、だから安心して見ているといい。……私は、あれを目指したいんだ」


 バーナーの後ろへと流れていく真っ黒な溶岩は音をたてて固まっていき、熱が漂いながら彼の力へとなっていく。

 とうとう、洞窟の入り口が姿を見せ、ブルーは倒れるブラックの姿に思わず飛び出していた。バーナーに体を支えられながら体を起こす彼を見て涙をあふれさせ、腹に抱き着いて行こうとしてブラック本人に止められてしまう。


 ポソリと口が動いたかと思えば、見る間に傷が癒えていった。柔らかく微笑んで両腕を広げた彼に、ブルーは恐る恐る抱きついていく。


「ブルー、ごめんなぁ」

「なんでブラックが謝るんよ……! ワイが、ワイがちゃんとよければよかったのに! 大丈夫なん? 痛くない? もう痛くない?」

「優しいなぁ……! たくさん、ひどいことをしてきたのに。ごめんな、本当にごめんっ……」

「んぅっブラック、苦しいよ!」


 あんまり強く抱きしめられて、ブルーはくすぐったそうに笑いながらブラックの腕を抜けていった。彼は眉をハの字に寄せ、バーナーに支えてもらいながら立ち上がっている。

 その時に、ジッと、バーナーの瞳を見つめていた。支えた彼はブラックを見上げながら首をかしげる。

 クシャリと微笑むそれは、なぜだろう、雰囲気が変わっている気がしたのだ。


「雷斗」


 美代を支えながら近寄ってきた彼に視線を止めれば、くまなくブラックの体を見ていた。傷一つない様子に苦笑しながらも、美代の体をバーナーに預ける。


「ブラック、大事ないか。いくら術を使ったとはいえ、岩の下敷きなんて」


 覆いかぶさるように抱き着かれ、雷斗は目を点にして言葉を止めた。どうしたのかとブラックを見てみれば、きつく目を閉じ、肩口にグリグリと額を押し付けてくる。


「ありがとう。いつも、疑問に思ってくれてありがとう。……だから少しずつ変なところに気付いて、気付いていけて、ちゃんと戻って来られた」

「……ブラック、どうしたんだ?」

「バーナー……美代!」


 それはまるで、突進するがごとく。鉱石の影響がそこそこ大きかったのだろうバーナーは、ブラックが勢いよく抱き着いてきたのを受け止めきれず、美代もろとも地面に倒れ込んでしまった。文句の一つでも言ってやろうと眉を寄せ、ふと口を閉じる。


「あ……ありがとうっ……! ずっと、ずっと信じてくれて! だって、バーナーにも美代にも酷いことした! なのに、オレのこと、信じて……くれてた! ごめ、ありが、と……あああああああああああ!」


 声を詰まらせながらもなんとか言葉を紡いでいた彼は、堪えられないように涙をこぼした。加減をする余裕もないらしくギリギリと抱きしめられている二人は目を丸くし、顔を見合わせ、同時にブラックを見つめる。


「ブラック……?」

「美代との約束があったから! 四年前はなかった、背中の、傷、教えてくれたから! みんながっ……オレの力を知っても受け入れてくれたから! 帰って来られた!」

「ブラック! 思い出したの!」

「全部全部、思い出した! 斬 裂 血フィロ・ブルッドからブルーを、助けないとって思って、岩を背中に受けてっ……美代を庇ったこと、思い出せた! 

 ごめん、ごめんな美代! たくさん心配かけて、傷つけて!」

「わ、私こそごめん……! あの日、私が捕まってなかったら! 

 私がっわがまま言わないでっ……戦えもしないのに、ボンドッツに、反抗、しな、かった……らぁ……! うわああああああああああああん!」


 大粒の涙を流し始めた美代に、ブラックもさらに声を張り上げていった。バーナーはどうにかこうにか腕から抜けるとそこに胡坐をかいて座り、目頭をきつく押さえて、蒼い髪が絡まってしまうのも気にしないようグシャグシャに撫でまわす。


「……雷斗、雷斗?」

「あぁ……。ブラックはな、ボンドッツ達により、四年間の記憶を封じられていた、と。美代殿とバーナーがよく知る、ブラックが、帰って来られたんだ」


 わんわんと泣き叫ぶ二人になぜだか視界が霞み始めて、雷斗も目元を手で覆い隠してしまった。座り込めば膝の上にブルーが座ってきて、ぬるくなる胸元に、あぁ彼もまた泣きはじめたのだなと小さく笑う。


「……このバカ野郎。記憶を奪われても、本気で美代のことだけは守りやがって」

「強く、強く残ってた。オレの中に……それだけは、忘れたくないって。あぁ、スノー! スノーもありがとう……心眼のことを話す勇気をくれて、本当にありがとう」


 涙でびっしょりと濡れているブラックの頬を、スノーは小さな両手で一生懸命拭った。泣きながらも笑うブラックに美代も笑いかけ、ニコニコとしているスノーの事をギュッと抱きしめる。


「あとみんな、ごめん。オレ……どんな状況なのか全然わからなくて、心眼を使った。みんなの心を、思いを、覗いちゃったんだ」

「構うもんか。一つ一つ説明していくよりもよっぽど速いし、確実だ」


 目を伏せて肩を落とすブラックの頭をガシガシと撫でまわしてみれば、雷斗たちもしっかりと頷いていた。それを見て安心したのだろう、ホッと息をついて立ち上がり、美代の手を取る。


「美代、ゆっくり休んで。オレが不用意に詠唱だけ教えちゃったから、魔力の消費が凄まじいんだ。ゆっくり、少しずつ教えていってあげる。バーナーと雷斗はゆっくり休んで、ブルーは手を見せてごらん、ほら、岩を頑張って動かそうとしてくれたから、指先がボロボロだ」


 そう言って治療術リペを唱えれば、傷はあっという間に治っていた。美代に魔力を少しだけ流しいれ、バーナーに手を貸して立たせ、雷斗の背を押して洞窟の方へと進んで行く。


「今日はもう、ここで休もう。みんなは先に入ってて、オレもすぐ行くよ」

「……わかった」


 そうしてバーナー達が中に入ってしまったのを確認すると、ブラックは長く息を吐き出した。

 不意に、美代が振り返ると、躊躇いなく懐に飛び込んできた。目を丸くしながらも受け止めてやれば嬉しそうに、どこか照れくさそうに微笑み、顔を上げる彼女に首をかしげる。


「……おかえりなさい」

「! ……ふふ、ただいま」

 

 クシャリと頭を撫でればくすぐったそうに身を捩り、バーナーに呼ばれて駆けて行ってしまう彼女の背中を見送りながら星空を見上げた。拳を握って空に突き上げ、細く長く息を吐き出す。


「オレは助けるから。オレが美代たちに助けられたように……みんなに助けてもらったように。今度はオレが、助ける番だから」

 

 力強い言葉が、心からの祈りが彼らに届きますように。

 目を閉じ、ザワリと髪の毛を動かした。


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