昔の話
体を動かすたびに聞こえる鎖がこすれる音がひどく耳障りで、ウィングは眉間にシワを寄せたまま背後を見た。顔色を悪くしながら前方を睨む雷斗に、淡い青色をした鉱石が埋め込まれた首枷を付けられ、彼らしくなくぐったりとしているバーナー。そして自分たちの正面にいるのは、冷たい笑みを浮かべるボンドッツ。
「……ボンドッツ、バーナーに付けている物はなんだ」
「海洋石ですよ。火炎族を捕らえるには海洋石を、同じく強い力を持つ雷雲族を捕らえるには封雷石を。……あなた、特異能力一族者なのに、ご存じないんですねぇ?」
いやらしい笑みを浮かべたボンドッツに、ウィングは舌打ちを漏らした。麻痺毒のせいもあるのか呼吸が薄いバーナーに体ごと向き直り、座るのも辛そうにしている彼の隣に座る。
「ぼんどっつ」
「その鉱石を付けられてなお、口を利けますか。やはりあなたは脅威ですね、バーナーさん」
「オイラ達に、この石を突き付け、使用する意味……わかってんだろうな」
いつものような気迫なんてどこにもない。
それなのに、ボンドッツがわずかに怯んだのは、弱々しい声の中に潜んでいた底抜けの怒りのせいだろう。
「っ、えぇ、無論です。火炎族であるあなたはこれで、碌々動けない」
「……そうかい」
寄りかかるよう体を傾け、ゆっくりと目を閉じていくバーナーを心配し、雷斗も近寄ってきた。ウィングは少しでもバーナーが楽な格好を取れるように、体勢を整えようとする。
トン、と首筋に乗せられた冷たいものに、ピタリと動きを止めた。
「さぁ、美代さんはどちらに?」
「……風を捕まえようって? 無駄な努力だよ」
「捕まえてごらんに入れましょう? 相手が風であろうと、捕えられると証明してみせますよ」
まっすぐな瞳は淀んで見えて、静かに息を漏らした。一度深くうつむくとボンドッツを正面から見つめ返し、目を細める。
「ブラックに何をした。お前たちは何がしたいんだ、なぜ人を……簡単に殺せるほどに、嫌っている。先にそれを話せ」
「……それで、私が先にそれをお話ししたとして。代償に何をくださるのです? 明確に約束をしていただかないと、お話しできませんねぇ」
「お前、ほんっと面倒くさい性格してんな! わぁったよ、美代の事を話してやらぁよ!」
脇腹に肘鉄を受けながら、ウィングは吐き捨てた。満足そうに口の端を歪めたボンドッツは剣をしまうと袖を合わせるように腕を重ね、何かを取り出す。
リンとおそろいの、ブレスレットだ。
「では、話して差し上げましょう」
「まずブラックには何をした」
「記憶を封じさせていただきました。この四年間……彼がなぜだか、穏和になってきた、十五歳以降の記憶を」
「それにしては、随分と幼いんじゃないか。……オイラも一応、十四だぞ」
「私とも、同じだ」
過去の経験のせいか、捕えられるという行為そのものに苦痛を覚えているのだろう。雷斗の肩は微かに震え、左腕に視線を止めていた。無意識らしいその行動に、ウィングは彼を戒める鉄鎖に顔を寄せる。
緩く噛んで引っ張ってやれば、いとも簡単に倒れ込んで来た。胡坐する膝を枕代わりにしてやれば、目を丸くしながらもわずかばかり落ち着いたようで、優しく微笑んでやる。
「あなた方も私より年下だったんですね……。ま、関係ありませんか。私たちがやっていることは、ブラックのことを話した方が早いかもしれません」
と、ボンドッツはそこに腰を落とし、胡坐をかいた。
十五歳にしては随分と小柄な彼が浮かべる冷たい表情は、いったいどんな生活をしてくれば生まれるのだろうか。
「さて、ちょっとした長話に付き合っていただきましょうか」
――あなた方はブラックが持っている力については知っておられるようですが、彼は心眼能力者であり、念動力を持つ異能者でありました。
彼は両親を持ちません、というのも捨て子らしく、その村の人々は彼を小間使いとするために引き受けたそうです。
さて、バーナーさん。一般的な感覚で、拾った赤子が心眼と異能を持ち合わせていたら、どのような目に遭うかお分かりですか。……えぇそうです。彼はその力を気づかれたその日から、ひどい迫害を受けた。
日々受ける暴力や暴言、村人と対面していない時ですら、その力のせいで聞こえてしまう心の声。見えてしまう、村人たちの穢れた心。無垢な子どもが、どれだけそれに耐えられると思います? 自身を救ってくれる人が、だぁれもいない中で。
……そうでしょう。幼子というのは感情的だ。何度も何度も自身を殺して、抑え込んだとしても、限界は来るものです。え? あぁ……あなたは彼を化け物とは呼ばないんですね。規格外魔力ですか、フフッ、それは良い表現方法を教えていただきましたよ。
そうです、その規格外な魔力を、僅か四歳にして爆発させた。一つの村を無に帰したのです。……村に呆然と座り込み、定まらぬ視線で抜け殻のようになっていた彼を救ったのが、シャドウ様だったと。
おや、これは失礼いたしました。私の主人の名を、これまで出したことがありませんでしたね。ブラックは親と、ダークは友人と……私やリンは、主人として親しみを持っています。まぁ近くお会いすることとなりますよ、美代さんを捕らえた後で、ね。
シャドウ様とブラックは人里を離れた森の中で生活をしていたそうです。あの方も同じように、心眼を持っていらっしゃる。ブラックにコントロールの方法を教え、全くできなかった文字の読み書きを教え。
全ての出来事に怯え、混乱し、涙をこぼす彼に、少しずつ物事を教えていったそうですよ。
そして九つになった時、ダークが共に生活を始めたと。彼がどのようにしてシャドウ様に救われたのかはお教えできません、彼の出生に関わることですので。
初めは大変だったそうです。……よくお解りですね、あなたもまさかそんな経験があるんですか? ウィングさん。まさか、ね。
そうですよ、ダークにひどく怯えたと。彼が、おとなの人だから。今まで自身を迫害し、傷つけてきた大きな手だからとね。
まぁ紆余曲折はありながら、ブラックもダークを受け入れる事が出来て、彼からは魔力や魔術の使い方と剣の握り方を教わったらしいです。えぇそうですよ、今の彼の戦い方はほとんど、ダークが教えたもの。
魔力そのものが我々を軽く超越し、他にも異能を使用できるので、戦闘での癖は網羅しているつもりですけれど厄介な相手です。
それからまた数年経って、彼が十一の時。私とリンが、シャドウ様に救われた。……私たちも最初は泣かれましたよ。大号泣でしたよ、その頃の私たちは、八つですよ? 大人が特に恐ろしいというだけで、重度の人見知りに変わりはなかったそうで。
まぁなぜだか判りませんが、我々は比較的すんなり、受け入れてもらえましたが。
「――森の中での生活は、それなりに楽しかったですよ。確かに色々と不自由ではありました、ですが我々は互いに、傷の痛みがわかりあえる存在だった」
話し始める前に見せたブレスレットを取ったボンドッツの姿から、ウィングは目を離すことが出来なかった。バーナーにグイと身を引かれ、驚いて息を吐き出し、呼吸を止めていたのだと自覚する。
「変 幻 偽 視を封じた、魔道具か」
「魔道具ならば、こうして自身で解かない限り、剥がれることはありません。便利なので使用しているだけです。……どうしました、ウィングさん? 随分と、怯えているようですねぇ」
肌色だった場所は無機質な鉄に変わってしまい、頭髪はまるで針金のような光沢を持っていた。クツクツと喉の奥で笑っている彼は再びブレスレットを嵌め、元の姿に戻ってしまう。
「負の遺産」
「魔力を用いり、生命そのものの構造を歪めたもの……」
「本当に、よくご存じで。……私とリンはただ、外で遊んでいただけだった。なのに、隣国に誘拐され、私はこのように、カラクリとの融合実験の被検体に、リンは動物との融合実験の被検体にされた。
もっとも、実験の途中で脱出に成功し、私にはまだ痛覚があり、どうやら内臓やそこら辺りは生身のままで、リンも猫の耳がついてしまった程度で済みましたがね」
バーナーは他に言葉を紡ごうとしていたが、目を閉じて緩く首を振り、唇を閉じてしまった。時折痙攣するように肩が動き、チャラリと鎖を鳴らす彼の事を心配に思いながらも、ボンドッツのことを静かに見つめる。
「ブラックは力のせいで、私とリンは……見目が、あまりにも人とは違うからと。ダークは出身一族のせいで、人の世からはじき出されたのです。……それだけならば、まだ許せた!」
声を荒げ、それを抑えようと肩に力を込めて震えを無理やりに止めてしまい、眉間に深くシワを刻み込んだ。
「ブラックが十二になった時でした。珍しく、雪が降りそうな年だった」
――人里を離れ森の中で生活をしていたために、ある程度の寒さや熱さは耐えられました。それでもあの時は、凍えてしまってどうしようもなかった。
苦渋の決断ですよ。ほんの数日間だけでも、村か町に入ると。雪をしのぐことさえできればそれで構わないから、そのあいだだけでも人里に入ろうと。
あの時のことはよく覚えています。お金は私とリンがいくらかは持っていました、安宿ならば、数日は休める分を持っていた。それゆえの決断でもありましたね。
……ですがブラックは、是が非でも、行きたくないと。恐ろしいと言って泣いていました。当然です、四つの時からずっと人里を離れて生きてきたのですから。
結局、ダークに抱えられて、最寄りの町に入りました。
とりあえず真っ先に宿を借り、最低限必要な道具を買いに出かけました。見ているこちらが辛いほどに、怖がってですね。それと同時に、好奇心の塊でもありました。町中を指さして、あれはなんだ、これはなんだと。一つ一つ教えてあげるたびに、目を輝かせるのです。
十二歳の子供がですよ。ウィングさんも、十二歳でしたっけ? 彼は人里の事を何も知らなかったのです。
私とリン、ダークとブラックに別れて買出しに行き、しばらく経ってダークだけがこちらに来ました。荷物を運ぶのを、手伝いに来てくれたと。
ブラックはどうしたのかと尋ねてみれば、絵本に興味を持ち、こちらがどれだけ声を掛けても反応しなくなる程度には没頭してしまったのだと。
そうですね、私はきっと、その時、嬉しかったんです。
だってそうでしょう? 私たち以外のものにはただ、怯える事しかなかった彼が、周囲が見えなくなるほどに没頭する物が出来たんですよ。ダークもリンも、同じ気持ちだったと思います。
とりあえず宿に荷物を置いて、それから迎えに行ってやろうと。そんな話になったと思います。……本屋に向かう最中に、彼がダークに向かって突進してこなければ。
どうしました、雷斗さん。あぁ、その時はまだ違いますよ、まだ気づかれていませんでした。が、お金の概念を知らなかったブラックが、店員に声を掛けられ、驚き怯えて本を持ったまま飛び出してきてしまった。
ところで、彼は口を介さずに会話が出来るのですが、それはご存知でしょうか。……そうなんです。出来てしまうんです。心眼を持ち、規格外の魔力を持つから成しえる事だろうと、ダークの見解です。
もう、彼の声はグチャグチャでした。恐ろしい、助けて、ボクを隠して。我々の名前を何度も何度も、狂ったように呼びながら泣きじゃくる彼を何とか宥め、お金の説明をし、本を店員に返したとき。
その男は、『気味が悪い奴らだ』と。そう、言ったと。
まぁ構いませんよ、どうせ人なんて、どんな事情でそうなったのかも一切考えずに、自身と違うからというだけで他者を迫害する生き物。
私の大切なものに手を出さない限りは、どうでもいいです。生きようが死のうが苦しもうが、どうでもいい。
そう、私の大切なものに手を出さない限りは、ね。
「手を、出されたんだな」
「いったい、どうして気付いたのやら。わざわざ人が眠っている部屋に押し入る様にして、人あらざる者、異能を持つ者は出て行け。ですよ。……狭い部屋の中で武器を振り回されては、たまったものではありません」
「何があった。何を、された」
「わかりきったことを。……目を付けられたのは、ブラックでした。彼だけが我々から引き離され、宿の外に連れて行かれ。助け出そうにも、その頃はまだ、自身の得物を持ち合わせておらず、魔術に関しても未熟でした。ダークとシャドウ様がどうにかしようとしてくださいましたが……当時の二人は優しすぎた」
暗い目をしたまま、遠くを見つめるボンドッツに、バーナーは目を細めた。鉱石をつけられたすぐの頃よりも多少、体力を抉り取られていく感覚に慣れてきたようで、話しをしても息苦しさが耐えられる程度になっている。
「そうこうしているうちに、魔力の暴発。とっさにお二人が魔 弾 盾を唱えていなければ、私たちもどうなっていたか判りません。……吹き飛んだ町に広がる紅い色、雪を真っ赤に染めながら、それはそれは楽しそうに笑っていましたよ」
――見て見て! みんなまっか! みんな、いっしょだよ! だぁれも、ボクのこと痛い痛いしないの! そっか、みんないっしょになればいいんだぁ! アハハ、アハハハハハ! ――
一度、身震いをし、ボンドッツは深くうつむいた。ゆっくりと立ちあがってわずかに顔を上げ、暗い瞳を向けてくる。
「その時に決めました。人々が我々を嫌うなら、私もそうしようと。……大切なもの以外はどうでもいい。障害となりえるならば、害虫のように斬り捨ててやる。こちらを虐げようとするならば、あらんかぎりの苦痛を与えて、殺してやる。……さて、私はキチンとお話しいたしましたよ。今度はそちらが」
唇を噛みしめ過ぎているために血を流し、目元を痙攣させ、ガタガタと震えているウィングを見てボンドッツは言葉を切った。バーナーも異変に気が付いたのだろうウィングの正面に回り、サッと青ざめて体を寄せる。
「ウィング、オイラの肩を噛め。呼吸を合わせろ、ゆーっくり息を吐くんだ、そう」
背側で縛られた腕が動かせないのはもどかしく、バーナーはウィングの足の間に割り入るように膝をつくと彼の頭を自身の肩口に近づけた。ギリギリと唇を噛みしめるウィングの口元に肩を押し付けてやれば、遠慮がちに、襟元に歯が立てられるのがわかる。見開かれた瞳の端には涙が一杯に溜まり、それを零さないようにと、瞬きを堪えているようだった。
「雷斗、背を温めてやってくれ。ボンドッツ……わかってくれるか。こいつがこんな状態じゃ、まともに会話が出来ない」
「……仕方がありません。同情など、真っ平御免ですよ」
刺すように言い捨て、ボンドッツは部屋を出て行ってしまった。バーナーに呼吸を合わせ、雷斗の体温が安心できて、ウィングは少しずつ落ち着いてきた。強張った顎をわずかに動かして襟元を放し、零れ落ちてしまった涙を、肩口で拭わせてもらう。
「落ち着いたか、大丈夫か」
「……ごめん。だって、私が泣いていいはず、なかったのに。苦しすぎるよ、本当に泣きたいのは、叫びたいのは、ボンドッツのはずなのに。ボンドッツ達のはずなのに。あんなに、静かに話すんだ。泣いちゃダメだって、我慢しなきゃって。思った、のに」
今、自身がウィングであるということも抜け落ちているのか、口調は美代そのものだった。バーナーはスルリと鉄鎖から腕を抜いて体を優しく抱きしめる。
「どうにかして、ここから逃げる事を考えよう。……最悪、オイラのことは置いていけ、海洋石を着けられている以上、ロクに動けない」
「逃げるときは一緒に逃げるよ。……大丈夫、任せて」
「先ほどから体を揺らしていたのは、鎖を解いていたのか……」
ニヤリと口角を上げたバーナーに、雷斗は呆れた目を向けてしまった。ボンドッツが目の前に居たのに、堂々としたものだと感心してしまう。
「ブルーとブラックが心配だ。極力、急いで戻ろう」




