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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
44/138

引き離されるとき


 低いうなり声が聞こえ、いったい誰だろうと薄目を開き、あぁ自分自身だったのかと頭を振った。腹の上で眠っているスノーをすぐ隣で眠っている雷斗の腹の上に移し、ゆっくりと首を回す。


「いった……。バーナー、思いっきり蹴ったな……」

「ごめんね、私のわがままで」


 美代の声に顔を上げれば、申し訳なさそうに眉を寄せた彼女が立っていた。蹴られた場所はズキズキと痛んでいるし、一人で残った行為にすごく心配したし、不安だった。

 それでも今の美代の表情を見て、ブラックはそれを伝える事が出来なかった。口を尖らせたまま立ち上がり、美代に自身のコートを渡す。


「お昼にずっと寝てたから、体が固まってるみたいでさ。ちょっと、外に行くけど、どう?」

「……うん、行く!」

 



 洞窟の前はむき出しの土が広がり、木がなかったために、見上げた空はまるでそこだけ切り取られたかのようだった。空気が澄んでいるのだろう満天の星々がよく見える。

 プラネタリウムの空より数倍も綺麗なその景色に吐息を漏らせば、ブラックが小さく笑った。


「寒くない?」

「うん。だいじょうぶ……だけど、そうだ!」


 羽織っていたコートをブラックに返すと座ってもらい、コートに潜るようにして膝の上に腰をおろした。彼はわずかに目を丸くしたが、すぐに腹のあたりに手を置いて抱きしめてくれる。


「ふふ、こっちの方があったかいね。あ、でもお尻は痛くない?」

「大丈夫だよ。うん、ボクも暖かい」


 顔を見合わせて笑い合い、再び視線を星空に向けた。特に会話もなくぼんやりと見つめていても、時折、腹部に置かれた手に力が入り、美代も重ねた手で優しく握る。

 

 どれほどそうしていただろうか、ブラックの体が緊張したのを感じて空から視線を移した。なにかを警戒するような瞳に、美代も周囲を伺ってしまう。


「美代、中に」

「やだ。二人でしょ?」


 立ち上がり、ウィングに成ると剣を握って、ブラックに手を伸ばした。彼は苦笑しながらもその手を取って立ち上がり、洞窟を背にして身構える。

 少しして現れたのは、ダークとボンドッツだった。


「ホウ、気ガ付イテ?」

「珍しくね。ボンドッツが、気配を殺しきれてなかったんだ」


 ダークが苦い表情を浮かべ、ボンドッツが肩を震わせ始めると、ブラックは首をかしげた。反対にウィングがケラケラと笑い始めていて、昼間に何があったのかと白い目を向ける。


「結構楽しかったんだぜ、オレは」

「黙りなさいっ! あなたの相手は私が務めましょう、ダークはブラックを!」

「怒るなってば……」

「怒っていませんっ」


 短く怒鳴るそれを見て、どうして怒っていないと言えるか。ウィングは頭を掻きながらも、静かに剣を構える。




 バーナーは殺気を感じて飛び起き、即座に洞窟の中を確認した。美代とブラックの姿がなく、洞窟の外には二人以外の気配が二つ。


「夜襲か……」

「なにか、あったのか……」


 剣を手に立ち上がろうとすれば、雷斗が目を擦り、なぜだか腹の上で眠っているスノーを毛布でくるんでやりながら視線を上げた。バーナーは疲労が見える彼の目元に掌を置き、洞窟の外へと目を向ける。


「ボンドッツとダークが来た。美代……ウィング? とブラックが対応しているようだ。ここで休んでいろ、疲労を我慢しての戦闘は命取りだからな」


 と、走り出るバーナーの後を、雷斗は反射的に追いかけていた。




 外にいるウィングは風を使い、洞窟内に居る二人の会話を聞いていた。剣を構えながらブラックに目配せしてみれば気づいているらしい彼も、剣を構えてダークに向かう。


「二対四になるけど、だいじょーぶ?」

「……任せても?」


 見る事もなく呟くボンドッツに、たとえ拒絶したところで聞く耳を持たないだろうなとダークは渋い表情を浮かべた。バーナーと雷斗が出てくるのを待ち、剣を構えて表情を変えないままに口を開く。


「先ニ言ッテオコウ。美代殿ヲ渡スカ、ブラックヲ渡スカ。ソレトモ戦ウカ、ダ」

「三つ目の選択肢でいかせてもらうぜ」

「ナラバ、始メヨウカ」


 ウィングの答えに即座に応え、ダークが真っ先に狙ったのはブラックだった。得物の間合いまで詰めた瞬間に一閃されたそれに、バックステップで避けながらも剣を取り出す。それでも斬られたらしい、はらりと舞っていった前髪を鋭く睨みつけ、口の端を歪めた。


「後ヲニ下ガッテハ、防戦ニナルゾ」

「オイラ達もいる事を忘れんなよ!」


 バーナーが突き出した剣の腹を蹴り上げて軌道を逸らし、出来た脇腹の隙に潜りこむと口角を上げた。腰に下げた鞘を逆手に掴んで喉元をめがけて振り上げようとし、バーナーが口を歪めて笑っているのが視界に入る。


「すまんな、ダーク。オイラは火炎族なんだ」


 歪んだ笑みは赤色に隠れ、周囲で踊り始めた炎にダークは水 球オー・バルを唱えながら距離を取った。チリチリと燃え始めていた服の端が音をたてて消化されたのを確認し、薄く笑って目を細くする。


「ナルホド。楽シマセテクレルナ?」

「多勢に無勢は好かないが、悪く思わないでくれよ?」




 雷斗が術を叫ぶと閃光が走り、雷が落ちる轟音が鼓膜を打ち付ける。

 ゴオッと低い音と同時に熱気が走り、剣が衝突し合う乾いた音が響く。

 そして、短い詠唱が繰り返され、術同士を打ち消し合っているらしい気配を感じる。


「後ろはっ……激しそう、ですなぁ……!」

「これだけっ……人がいれば、昼間のように、風も使えないでしょうっ……!」


 そんな中、ウィングとボンドッツは鍔迫り合いをし、互いに額やこめかみに青筋を立てていた。怒りだとか憎しみだとか、そんな理由じゃない。全力でぶつかりあっているがためだ。


「そんなほっそい腕と、ほっそい剣でっ……どうやって鍔迫り合い、してんだっ!」

「細いって、言いましたね! 好きで細いわけじゃないですよっ!」

「気にしてんのかよ! そりゃあ悪かったな、おまけに失礼!」


 全身に力を込めてボンドッツの剣を受けていたウィングは、ヒョイと体を横にずらして力を抜いた。突然の行動にボンドッツはバランスを崩してしまい、前方につんのめってきた彼の上着を掴むとその場を離れる。

 直後に、自分たちが立っていたところに飛んで来た炎の塊が地面を抉り、溶かした。口角を痙攣させながら犯人だろう人物に目を向けて、楽しげに目をギラつかせる彼に思わず引いてしまう。


「おーお……混戦してますなぁ」


 剣を振り上げてきたボンドッツの体をポイと放り投げると同時に風で煽れば、小柄な体はあっという間にバランスを崩していた。

 なぜだろうか、昼間のようにからかっているつもりも、ふざけているつもりも、遊んでいるつもりもないのに。ボンドッツがますます苛立っているように見える。


「よそ見をしている暇がっ……ありますか!」

 

『赤き深淵よ 黒きくれないよ 我が前の者 等しく滅ぼしたもう その代償 我が紅き通貨なり』


 早口に唱えられた、聞き覚えがあるその術に、ウィングは唇を痙攣させながらきつく閉じると自身の背後を肩越しに確認した。


(避けられないかぁ……。風で、上に流すか……?)

「な、なに……?」


 バーナー達はこちらを気にすることもなく、思う存分に剣を振るって異能を使っているようで、イライラして周りが見えなくなっているらしいボンドッツに苦笑してしまった。その時。


 洞窟の入り口付近から聞こえた声に、ボンドッツが口の端を歪めた。


「ブルー、逃げろ!」

斬 裂 血フィロ・ブルッド!」


 目元を腫らし、充血させたブルーが呆然とそこに立っていたのだ。ボンドッツはウィングに向けていた術を、迷いなく洞窟へと向ける。

 ウィングの鋭い声に気が付いたのだろう、ダークの剣を払うとブラックが顔を向け、サッと青ざめた。斬 裂 血フィロ・ブルッドが洞窟の入り口を直撃し、体を硬直させて動かないブルーの頭上で、岩が崩れていく。


「ダメだ!」


 地面を踏み込み、剣を捨てるように走ると、ブラックはブルーに突進していった。洞窟の中に突き飛ばすと同時に入り口が塞がれてしまい、ウィングも遅れて追いかけるようボンドッツに背を向けてしまう。


「バッカ野郎!」


 体が震え、自身でもわかるほどに顔色を悪くしながら駆けだそうとすれば背を突き飛ばされ、倒れ込みながら振り返った。


「……あ……!」

「剣を、交えている、さなかっ……背を向ける、バカがっどこにいる!」


 庇うように立っているバーナーの背中から、ボンドッツの剣が突き出ていた。ズルリ、と消えていく切っ先にウィングは声を震わせ、膝をつくように体を崩していくバーナーに、近寄ることも出来ないでいる。


「……以前、即効性の致死毒を受け、なぜだか無事でいらっしゃるあなたですが。ブラックでさえ動けなくする麻痺毒には抗えないでしょう?」

「ボンドッツ、ソチラハ落チ着イタカ」


 ダークが肩に担いでいるのは雷斗で、バーナーはどうやらボンドッツが仕込んだらしい麻痺毒のせいで、口を利くことも困難なようだった。それでも倒れる事だけはしないで、呼吸を薄くしながらもボンドッツのことを睨みつけている彼の体を支えるようそっと近寄り、洞窟の方を見る。


「ボンドッツ、おまえ……なんてこと……!」

「彼はあれくらいじゃ死にませんよ。さて、行きましょうか」


 平然と言ってのけるボンドッツに腕を取られ、バーナーはダークに、腰もとに抱えあげられている。

 唱えられる瞬間移動術レガ・ハラフを止める術もなく、ウィング達は姿を消していた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


(……く)

(ブ……)

(ブラック!)


 ワンワンと頭に響く泣き声に目を覚まし、同時に全身を蝕む痛みに顔を歪めた。思わずうめき声をあげれば目の前に泣き顔が迫ってきて、目を細くしてしまう。


「き、気が付いたんやね! 待ってて、すぐ、すぐ助けるから!」


 そう言う彼の手は泥まみれで、指先は爪が割れているらしく出血の跡もあった。ボロボロと止めどなく流れる涙のせいか頬についている土汚れには筋が出来ていて、何事かと周囲を見渡す。


 どうやら、自身は岩の下敷きになってしまっているらしい、そう言えば先ほどから足の辺りの感覚がない。正面の彼は無謀にも、この岩の下から自分を助け出そうとしてくれているようだ。


 小さな指が傷だらけになってしまうと、その手を優しく取ってやり、ふと合ったその瞳を覗きこんだ。


「……ブルー……」

「どうしたん? 痛い? 頑張って、ワイも、ワイも頑張るから……!」

「あいつらを、追ってくれ」

「な、何を言うとるんよ! あかん、だってブラック……!」

「そんなに柔じゃない、もっと大きな怪我だって、これまで負わせられてきた。……スノー、いるか」


 ブラックの優しい呼びかけに、ブルーはハッと息を飲んだ。洞窟の奥の方から小さな頭がひょっこりと出てきて、心配そうに近寄ってくる。頭の周りに浮かぶ氷の結晶はすっかり小さくなっていて、ブラックは腕を何とか伸ばすと優しく頭を撫でてやった。

 くすぐったそうに身を揺らすスノーは、静かにブルーの膝に乗る。


「いい子だ。ブルー、スノーを頼んだよ」

「えっ……」


 ポンとスノーの頭に手を乗せて、瞬間移動術レガ・ハラフを唱えれば、ブルーは目をまん丸にしていた。

 自分と同じ力しんがんのうりょくを持つスノーならば、術の特性も読み取ってくれるだろう。

 ならば二人は無事に、洞窟の外に出られるはずだ。


「あぁ、怪我には慣れてるけど、痛いのは痛いなぁ……」


 それは足の痛みなのか、背中の痛みなのか、割れんばかりの頭痛なのか。

 どこが痛いのかもわからずに、ブラックはゆっくりと目を閉じていった。


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