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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
42/138

戦う理由


 森の中をフラリと歩き、二つの気配に気が付いて、ブラックは自身の剣を握った。見回してみれば思った通りの二人がそこに居て、静かにねめつける。


「ボクは来たよ。美代はどこ」

「リンが監視していますよ。……あなたは変わられた」


 ボンドッツがエペを取りだし、ダークが小太刀を手にした。ブラックは口を結んだまま二人を睨み、剣を両手で持ち直す。


「私たちの中で……人間に最も非道なことをされ、憎んできたあなたが、今は望んでそれらと関わろうとする。いったい何があなたを変えたのでしょう?」

「わからないさ。そんなことはわからない」


 カチン、と金具の乾いた音が聞こえると、ブラックの剣が中央のすき間から二つに分かれ、二振りの片刃剣となった。ふわりと髪の毛が浮き上がり、静かに息を吐き出して身構える。


「だけど彼らは、ボクを受け入れてくれたよ。忌々しい力を持ってると知っても、ボクのことを受け入れてくれたんだ。そんな彼らを傷つけるマネは許さない」

「そうですか。ならば、あなたが大切にしている彼らを壊してしまうまでです」

「戻って来いと言ってくれた人のためにも、ボクは戦うよ。ボクを連れて行くんなら、勝ってごらん」

「いいでしょう。……相手があなたなんだ、二対一でも卑怯とは言わせませんよ」

「全力デ、抗ッテミヨ」


 ダークとボンドッツの言葉に小さく頷き、刀の柄を握りなおした。

 たとえ、美代たちと一緒にいたいとは思っていても、自分にとってはボンドッツ達も大切な家族なのだ。そんな二人と戦わないといけないこの状況は、どうしても緊張が拭えなかった。頬を汗が伝っていき、顎からぽたりと地面に落ちる。


 まるでそれを合図にするかのように。三人は同時に、足を踏み出していた。


 先に仕掛けたのはボンドッツだった。限りなく唇の動きを小さくした詠唱を読み取れたのは奇跡のようなもので、背後から迫ってくる稲 妻 刃ブリッツ・ドルヒ歪 舞 地ソル・ロンドで防ぐ。

 雷の刃はせり上がった地面を貫くことはできなかったらしく、閃光をちりばめながら霧散していったらしいことがわかった。というのもその出来事を、直接見ることはできなかったからである。


「視線ヲ逸ラサナカッタノハ、褒メテヤロウ」

「ダークが狙ってるのは、わかってたからね」


 喉元に向けて突き出されていた切っ先を剣の柄で止め、背後からのボンドッツの迎撃は体を半身捻って刀身で受けると、腕力のみで弾き返した。たたらを踏んだ彼を視界に入れながら、柄を軸に手首を返して剣を振り下げれば、ダークが逆手に掴んだ鞘で鍔迫り合って剣を地面に突き刺す。

 ブラックが雷 球フドゥール・バルを目の前に生みだし、それを纏わせながら放った蹴りを、咄嗟に手首で受け止めた。ジリジリと火傷じみた痛みに口の端を歪め、ダークは剣を掴んで距離を取り、即座に術を練り上げる。


煙 舞 踊フュメ・ダンス……斬 裂 血フィロ・ブルッド!」


 そこら一体に黒い煙が漂い、視界を奪われながらも聞こえた術は髪の毛をブワリと動かして軌道を上空に変え、額に脂汗を浮かべながら死角から切り込んでくるボンドッツの胴へ膝を入れる。

 小柄なボンドッツの体がボールのように飛んで行った直後、体の自由が利かなくなり、舌打ちを漏らしながら魔 弾 盾マジア・シルト雷 撃エクレールを即座に唱えた。自身を中心にして落ちた巨大な雷は、二人からの迎撃から身を守り、地面に縫い付けられた影を消し去る。


 思惑通り自由になった体を半歩下げて振り下ろされた切っ先を避ければ、純粋に魔力のみで壁を作っていたのだろうダークが、指を痙攣させながらそこに立っていた。苦しそうに眉を寄せながらも呼吸を荒げる彼を念動力サイコキノで遠くへ飛ばす。


 たかだか数分の間に行われたそれらに、ブラックは大きく息を吐くとバックステップで二人から距離を置いた。目の下には隈が浮かび始め、肩がゆっくりと大きく動いている。


「……心眼を使っていますね。随分と苦しそうな表情をされていますよ」

「苦しいのはボンドッツの方でしょ。……ボクに、隠し事が出来ると思ってないよね?」


 うまい具合に受け身を取っていたのだろう、さほどダメージもない様子でいるボンドッツのことをクスリと笑えば、彼は目を見開き、視線を凍らせ、エペを一度鞘に納めた。ブラックはその行動を見ながら目を細め、細く息を吐き出していく。

 鞘の縁から、トロリと液体が滲みだしていた。ゆっくりと引き抜いて行けばその液体がそれに合わせて刀身に塗りこまれていき、双剣を持つ手に力を込めて身を引き締める。


「ご安心を。致死性はありませんから」

「きみの麻痺毒も嫌いなんだけどね」


 ボンドッツの武器、エペの刃は、毒を塗るのに最適な形をしていた。

 突くことに特化するその剣を正面から見てみると三角形の形をしており、その辺は溝を作る様に凹んでいる。


 それだけでも毒を乗せやすいのに、ボンドッツは更に加工して、それぞれの三角形の頂点を、僅かに毛羽たてているのだ。いくら目を凝らしてみても、触れてみてもわからないそれが、刀身全体に着いている。

 そんなものから、たったの一度でも切り付けられてしまえば、体内に毒が入るのを防げないだろう。


「なぁに、大丈夫ですよ。全身麻痺の他に少しばかり吐き気も催してしまうでしょうが……後ほど体 浄 化ソーマ・カサルシィでも唱えてください」

「麻痺した体でどうやって唱えろっていうのさ! ちっとも大丈夫じゃない!」


 ブワリと髪の毛を逆立てて魔力を乗せた剣を鋭く振れば、詠唱をしたわけでもないのにカマイタチが生まれた。それに慌てることなくボンドッツは地面を蹴って高く飛び、上半身を捻って口角を吊り上げる。

 反応が出来た行動とはいえ、速度でカマイタチに勝つことはできずに、ズボンの裾と右の足首をわずかに切られていた。だが受けた攻撃はそれだけ、跳ねた時に視界に入ったダークは地 雷 撃テラ・ブリッツを唱えている。


 体を戻す勢いで剣を振るいながら、自身も同じ術を口早に唱えた。ダークが練っている魔力の流れだけを読み、同時に詠唱を終えてしまう。


「っ……!魔 弾 盾マジア・シルト爆   舞グラナーテ・ロンド!」


 正面から振り下ろされるボンドッツの剣を、左手に持つ剣を振り上げて受け止め、衝撃によって湾曲したそれが戻ってくるのを紙一重で顔を逸らすように避けた。

 ダークが唱え始めた時点で、何の術が飛んでくるかはわかっていた。ボンドッツから振るわれる剣を、切っ先さえも触れないように視線を鋭くして見つめ、離れた場所にいるダークにも聞こえるよう高らかと詠唱を終える。


 二人が唱えた地 雷 撃テラ・ブリッツは雷を纏わせた大地の拳を生みだし、正面と背後から魔 弾 盾マジア・シルトで作り出していた魔力の壁を容赦なく殴りつけ、思わず重心が揺れ動いた。

 崩れかけたバランスは髪の毛をブワリと逆立てながらどうにか保ち、直後に放っていた爆   舞グラナーテ・ロンドの小爆発により一瞬視界を奪われる。

 それでも思惑通り、二人の体は爆風に吹き飛ばされていた。息を整える間も惜しむように地面を蹴ると、迷わずダークの元へ向かう。

 

 振り下ろされた片刃剣を受け止めるには、体が宙に浮いた状態ではあまりにも不利だった。とっさに舞 空 術アラ・ボラルを唱えて体勢を整え、木の幹に叩き付けられたボンドッツの事を気にしながらもブラックとの鍔迫り合いを始める。


「マダ……躊躇ッテイルカ。爆発ノ直前、ワシラヲ魔力デ守ルホドニ」

「退いて、ダーク。ダークもボンドッツも、もう息を切らしてる。無茶だよ、魔力で鎧を作りながら詠唱を重ねて、斬りあうなんて無茶だ。倒れちゃうよ、ダークは大丈夫でもボンドッツが倒れちゃう!」

「小生意気な、事を!」

「ボンドッツ、ダーク!」


 ブラックの背後で剣を振り上げていたボンドッツは、聞こえた声に舌打ちを漏らすとそちらに視線を走らせた。頬を赤くしたリンが、転びそうになりながら走り寄ってくる。


「ちぃ……! ブラック、次こそは必ず!」


 走ってくるリンの手を急接近して掴み、エペの柄についている宝石に触れた。二人の姿が消えたのを確認するとダークも剣を弾き、少し距離を取ってから頬を流れる血を拭う。

 その様子を見たブラックがビクリと体を震わせて、拭った血を舐めながら、ダークはニヤリと目を弧の形にした。


「ソレガオ前ノ答エナラバ、遠慮ヲスルナ。守レ、戦エ。ソウシナケレバ、手カラ零レ落チテイクゾ」

「ダーク……ダークごめん。ボクは」

「謝ルナ。ワシモワシノ考エデ動イテイルンダ、オ前モオ前ノ考エデ、動ケバイイ」


 溶け込むように姿を消したダークに、ブラックはその場に膝をついて座り込んだ。剣を元の一本の姿に戻すと空 魔 箱マジック・ボックスに放り込み、三人そろって矢継ぎ早に術を放ったせいでボロボロになってしまった森の木々と地面を見つめる。


「……ダーク、ボンドッツ……リン、しゃ」

「ブラック、大丈夫か!」


 バーナーの声に顔を上げ、彼の腕の中で力なく目を閉じている美代に目を剥くと、立ち上がるのももどかしいように駆け寄った。額に手を置いて息を飲み、思わず小さな体を奪い取ってしまう。


「美代、美代ごめんね! ボクのせいで、ボクのせいだ……!」

「ブラック、宿に戻ろう! 瞬間移動術レガ・ハラフを!」


 呼吸が薄い美代に動揺しているのは、バーナーも同じようだった。ブラックは小さく頷くと術を練ろうとし、不意に詠唱を変えてその場で爆散させる。


治療術リペ


 少しでも早く、傷ついてしまった森が治る様に。

 彼らほどの生命力ならば、治癒力を上げてあげればきっと、元の森に戻ってくれるから。

 そう願い、旅館へと道を繋ぐのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「――ルビー、こっちは大丈夫だったよ。ダイアの方は?」

「今のところ、異変はなさそうだな。……こちらに関しては死神の杞憂だろうとは、思うのだが」

「少しでも可能性があれば、それを潰す。実に死神らしくて嫌いじゃないぜ」


 この街は普段、同盟五か国、それぞれに所属する四人の役人が会合を行う場の一つとして使わせてもらっているために、同時に堂々とした行動をするには少しばかり都合が悪かった。へたに動いて回れば、何か事件があったのではないかと街の人を不安にさせてしまう。


 それでもルビーは、十歳も年下であり、知り合った時から弟のように思ってきた、あまりにも頼もしすぎる賞金稼ぎから届いた短い手紙を読んで。

 彼のためにと、行動に移すことに一片の躊躇いもなかった。


「あのお嬢ちゃんが攫われた、か。死神があんな手紙をよこすほどの相手だ、どんな奴らなんだろうな」


『旅の中で対立している一派に美代が攫われた。自身は助けに行く、その間、仲間たちを頼む』


 普段、賞金首を狩った時に寄越される手紙とは違い、まるで別人が書いたかのように乱雑な文字で綴られたそれは、信じる理由として十二分に値した。

 慌てて仲間たちを……特にサファイアとエメラルドは叩き起こして、バーナー達が宿泊している旅館に駆けつけてみれば、先日パクスの城で会った彼の仲間たちがいた。ルビー達の姿を見るなり、ブルーとスノーがボロボロと涙をこぼし始めて目を丸くして。

 二人を宥めている雷斗から詳しい事情を聞き終えた後、身を隠すように警備を始めていたのだ。


「……そもそも、サファとエメが昨晩、あやつを潰さなければよかった話だろうに」


 とりあえず今は雷斗たちと同じ部屋に集まり、見回りの状況を報告し合っていた。床で胡坐をかくサファイアにジロリと視線を向ければ、面白いほどに体を跳ねる。


「悪かったって、悪かったって! まさか死神がリーダー格だとは思わなかったんだって! だってもっとデカい奴いたじゃん! 説教はもう聞きたくねぇからなダイア!」

「シッ、サファ。なにか来る! 移転系の魔力? 魔物の、たぐい……?」


 エメラルドが猫のような目をキッときつくし、サファイアがすぐに身構えた。ダイアモンドも静かに剣の柄へと手を置いて、ルビーと雷斗はブルーとスノーの傍による。


「……死神!」

「ブラック、美代殿!」

「ちょっとベッドを空けてくれ! 美代が、高熱を!」


 ヒュウヒュウと心細い呼吸音を出す美代をベッドに寝かせると、エメラルドが即座にベッドの脇に腰を降ろした。彼女が美代の体に手をかざすとブラックが目を怒らせ、バーナーが視線を塞ぐよう二人の間に立つ。


「エメラルドは魔術に明るく、薬草の調合に長けている。……今は任せよう」

「……わか、た」


 不安を押し殺すようにうなずき、バーナーに促されるようにして部屋を出た。雷斗もブルーとスノーを連れ、借りている別の部屋へと向かう。


「紅蓮のも休んで。昨日の夜はごめんね……まさか、こんなことになるなんて」

「いや……。オイラの不注意だ」

「この子は任せて、あの子たちをお願い。これを飲んだら少しは良くなると思う」


 エメラルドから渡されたのは、一粒の丸薬だった。渡された水でそれを飲み下し、ルビーに連れられるようにして退室していく。


「……あの子、ブルーって子」

「よく泣く子だとばかり、思っていれば」

「すげぇ目をしやがる。あのブラックってやつは気付いてないだろうけどよ……どうやりゃああんな可愛い顔から、怒りに満ちた視線が生まれるのかね」


 バーナーが出て行った直後、三人は視線を交わしてしまった。見覚えのあるバンダナを付けたあの子とブラックという青年の間に、何があったのだろうかと。


「……私たちがそれを詮索するのは無粋だ。エメラルド、美代を頼むぞ」

「うん。まかせて」


 小さく頷き、魔力を細く長く、糸のような形に変えながら。

 エメラルドは美代の症状をゆっくりと診ていくのだった。


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