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冒険記  作者: 夢野 幸
シャロム編
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赤との出会い


 ブラックは山の中で、木々がない広場のようなところにいた。剣を持ったまま赤面しており、右手で顔を覆う。


「き、気づかなかった! オレが、気づけなかった……あの子、一体何なの……」


 人の気配がし、肩越しに振り返った。そこには昨日、自分に向かって地を蹴って来た男が、剣を片手に立っている。


「……あの女の子、もう、お前と会ったの?」

「少々覚悟しろよ、お前……」


 唸るように言われたそれに、ブラックはわずかに首をかしげた。両手で剣を構え直す彼は、眉間にシワを寄せたまま腰を低くする。


「あの子、美代、怒っていたぞ」


 そう言う彼からも殺気が弾け飛び、思わず苦笑してしまった。視線を逸らすと剣を出したときとは反対に、宙に溶け込ませるように消す。


「なんか、こっちが呼んどいてなんだけど……今日、乗らない、また今度」

「な! おい、お前何を言って」


 咄嗟にブラックへ向けて手を伸ばすが、彼に触れることは叶わずその姿は消えてしまった。指先を痙攣させ、拳を握ると持って行き場を失ってしまった怒りの矛先を、傍に生えていた木に向ける。


「人がはるばる山を登って来たってぇのに、あの野郎!」


 思い切り木の幹を殴りつけると、どういったわけかそこから亀裂が走り、半ば折れてしまった。手を握ったり開いたりしながら、自身の手と折ってしまった木を交互に見る。


「……力、というよりも、体力全体が上がったのか。走っても息は切れないし、木だって手はほとんど痛くないのに、このありさま……そして」


 と、今度は指を立て、指揮棒のように軽く動かした。するとそこに小さな竜巻が生まれ、掌に移動させてしばらく遊ぶと、それを握りつぶす。


「風を操る力を手に入れた、か。……一体何が起きてんのか、説明出来る奴が出てこないかなぁ」


 ため息を漏らし、どこかスッキリしないまま、モヤモヤを残しながら。それでもその感情をぶつける相手も居らず、美代に戻ると渋々帰路に着くのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 家についてみると、出かける前は人を避けながら歩かないと前に進めないほど混雑していた自宅が、子供たちを残していなくなっていた。そこに沙理の姿があり、美代は近づいて行く。


「他の人たちは?」

「み、美代! 大丈夫だったの? あの男は?」

「ん、平気。他の人たちは?」


 再度訊ねると、他にも何か言いたかったのだろう口を開いていた沙理はわずかに眉を寄せ、短く息を吐き出した。


「なんかね、食べ物とか毛布とかの支援が届いたらしくって、そっちの手伝いに行っちゃったよ。あたしは子供たちと留守番をしててって、置いて行かれちゃった」

「そっか……じゃあ沙理、そのままお願いしてもいいかな。ちょっと上で休んでくる」

「本当に大丈夫なの? 具合とか悪くない? あとでちゃんと、説明してよね!」

「解ったよ」


 被せるように話しかけてくる沙理に苦笑いし、美代は軽く手を上げて階段を上がった。部屋に入ろうとし、一瞬、思考が止まる。一度ドアを閉めて深呼吸をすると、ゆっくりと開き直し、恐る恐る中に入った。


 自分のベッドの上に、見知らぬ青年が眠っている。


 紅蓮の髪の毛はツンツンと逆立っており、髪に何かつけているのかと、起こさないように近寄り突いてみた。すると青年は低いうなり声を上げて寝返りを打ち、美代は慌てて離れる。顔がこちらを向いたことで、青年のことがよく見えた。

 ただ眠っているだけなのにその表情はどこか鋭く、そして疲れているようだった。足音すら立てないよう気をつけながらベッドを離れ、机に腰を降ろすと頬杖を着く。


「寝れないかぁ……」


 呟くと、ベッドが軋む音がした。体を捻るように振り返ってみると青年が目を覚ましており、美代のことを凝視していた。振り返った直後は冷たい光を宿していた、髪と同じ色の瞳はすぐに柔らかくなり、頭を緩く振りながらため息を漏らしている。


「悪い……勝手に、休ませてもらった」

「んーん、気にしてないよ。ごめんね、起こしちゃった?」

「いや……」


 立ち上がる青年に、美代も椅子から降りると彼の前に立った。先ほどまで対峙していたブラックほどではないが彼も中々背が高いようで、今日は一日上を向きっぱなしだと思わず苦笑した。美代が見上げていることに気づいたのか青年はベッドに腰を降ろし直し、美代も隣に座る。


「疲れてるみたいだね、そのまま休んでていいよ。ご家族は?」


 目に見えて、表情が曇った。覗き込むように顔を見てみれば彼の目は充血しており、失言だったと俯く。


「えっと、ごめん。名前は?」

「……炎緑えんりょく 尚人なおと

「尚人。もう少し待ってて、もう少しで私の両親が帰ってくると思うから」


 わずかに眉を寄せ、凝視してくる尚人に、美代は笑うと机に向かった。本棚にある本を適当に取りながら椅子に腰を降ろし、尚人を見る。


「休んでなよ、ここは私の部屋だから、他には勝手に誰も入らない」

「いい、のか」


 どこか、探るような言い方だった。それでもイヤな顔は一つもせず、美代は静かに本を進めていく。


「別にいいよ、私もここに居ていいなら」

「……すまん」


 声音に警戒を含みながらも、尚人はベッドを降りると壁に寄りかかるようにして座った。立てた片膝に額を乗せるように顔を伏せ、幾ばくもしないうちに肩を緩やかに上下させる。


「ベッドで休めばいいのに……」


 今度は起こしてしまわないよう、小さく、小さく呟いて。美代はただ、本をめくり進めていくのだった。




 夕方にもなると人も戻り始め、両親も戻って来ただろうと美代は耳を澄ませた。本を閉じて椅子から立ち上がろうとすると、尚人が静かに顔を上げる。


「下に行こうか?」


 美代が手を伸ばすと、彼は恐る恐るその手を握り、美代も握り返すと一緒に一階へ降りた。すぐに、母が尚人に気づく。


「美代、その子は?」

「ん、家族」


 ためらいもなく言われたその言葉に、尚人は目を丸くして美代を見つめていた。両親も目を丸くしながら互いに視線を交わし、笑っている。


「部屋は美代の向かいが空いてたかしら」

「やれやれ、この子は急に家族を増やすなぁ」

「は……」


 戸惑い、かすれた声を上げている尚人に向けて、美代は再び手を伸ばした。


「じゃ、改めて。私の名前は上野美代! これからよろしく、尚人」


 彼はただ、伸ばされた手を凝視したまま、動かなかった。美代は眉をハの字にすると、上げていた手を静かに下ろしていく。

 だがそれは、途中で止められた。


「あ……その、よろしく、な」

「うん!」


 言葉を詰まらせ、はにかむような笑みを浮かべながら、手を握った尚人に。美代は満面の笑みを浮かべるのだった。

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