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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
39/138

突撃、仕事のお仲間さん


「……出発を、明後日にしてほしい?」


 六人で食事をしていると、雷斗からそう頼まれ、バーナーは目をしばたかせた。隣のブルーを見てみれば深くうつむいて何かを言い難そうにしており、とりあえず雷斗に続きを促してみる。


「実はな、村の子供たちと仲良くなってしまい……明日も、遊ぼうと。約束を、してしまったのだ」

「だから、その……」

「あー、うん、わかった」


 何も言わずに別れるのはイヤだ、ということだろう。特にブルーは少々幼く、というよりも年相応な精神年齢で、よくこの旅について来られている。と感心してしまう時もある。


「明日はちゃんと、お別れを言ってくるんだぞ」

「!」

「ほんとうに? 良いのん?」

「あぁ、一日、二日くらい滞在が伸びたって、影響はないさ。ここ最近はとくに、色々あってゆっくり出来なかったからな」

「ありがとう!」


 席を立ってバーナーの隣に駆け寄り、背にギューッと抱き着いて行くブルーを見ながら、美代は親子を見ているような錯覚に陥っていた。笑いそうになるのを咳払いで何とかごまかし、視線をそらすために机をクルリと見て回る。

 円形卓上で、自分から時計回りにブルー、スノー、雷斗、バーナー、ブラックの順で並んでいて、それぞれの前にある料理の減り様はマチマチだった。


「……ブラック、足りた?」

「ん? ん……」

「私はもうお腹いっぱいだから、あげるよ」


 皿の上が空っぽになっている彼の前にスッと出してやれば、パッと表情を明るくして口に運び始めたブラックに、あぁやはり足りていなかったのかと微笑んだ。

 しかし不意に、表情が暗くなり、美代は眉をひそめた。


「ダーク達、どうしてるかな……」

「……少なくとも、ダークはブラックがこっちにいる事を知ってるでしょ? 大丈夫だよ」

「おい美代、お前、なんでダークを知っている」


 ブルーやスノーから今日あった出来事を矢継ぎ早に話されていたバーナーが、鋭く斬り込んで来た。美代はキョトンとして頬杖を着き、口元に手を運び、チロリと舌を出す。


「……あっちゃー、私もしかして、銀世界で会ったことを話してない?」

「話してないですねぇ! あぁ、いや。でもオイラもまだ説明できてないか。楽しい会話をしているところすまん、ちょっとマジメな話をするぞ」

 

 そうしてバーナーや美代は、銀世界やパクス領土内であったことを知る限り話していった。ダークのこと、他にもう一人仲間がいるということ、一枚岩ではないらしいということ。

 それから、ダークはボンドッツ達をしのぐ実力者だろうということ。


「だけどどうやら、ブラックの話では人里にはほぼ入ることがないらしい。……人が、嫌いだと。まだ美代を狙う目的はわからない、だから極力、人里に入って休む」

「人が、嫌い……」


 事情の説明を求めてブラックを見てみても、彼は長い髪で顔を隠してしまうように伏せていた。ブルーがそれに噛みついて行こうとするが、バーナーが静かに止める。


「話したくないこともや話せない事柄は、誰しも持っている」

「だから私たちはそれについて追及しない。他人の傷口を抉るようなマネはしたくないからね」


 微かに震える肩に手を置き、優しく髪の毛をすいた。ブラックは美代の頭に自身の頭をコツンと重ね、甘えるようにグリグリと押し付けていく。


「ありがとう」

「んー? だいじょうぶだよ。さ、ご飯を食べ終えたら宿に戻ろう! いつまでもテーブルを占領してるのは申し訳ないしね」

「そうだな。じゃあ明日も一日、自由行動ということで。あまり遅くならないうちに帰ってくるように!」

 



 食事を終えて部屋に戻り、帰り道に美代から耳打ちされた言葉についてバーナーは考え込んでいた。


(記憶を、封じた。思考操作系の魔術を使用されたのだと思っていたが、違うのか。なにをされたんだ)


 考察に没頭していたせいだろう、視界の端で黒い団子がモゾモゾと動き始めたのに気づくのが遅れ、ハッと顔を上げると部屋の角を見た。ブラックがそこで眠ろうとしており、苦笑して立ち上がらせる。


「ほらほら、そんなところで寝たら風邪を引くぞ。ちゃんと布団に入れよ」


 ジロリと不機嫌そうに睨み上げられたが、威嚇でもなく負の感情もほとんど混ざらないそれに臆することは一切なかった。ベッドの中に押し込んでみてもどこか寝難いのだろう、何度も寝返りをうち、怨めしそうにバーナーを見上げる。


「どうしたらいい、どうしたら眠れる?」

「……じゃあ……」


 手招きをされるまま一緒のベッドに入ってやれば、懐に潜りこむように体を丸めて自身の服の端を軽く握り、ようやく眠りについたようだった。枕はブラックに占領されてしまったので自分の腕を枕代わりにし、空いた手でトントンと背中を一定のリズムで叩いてやる。

 小さく丸くなったその様子は、外敵から身を守る小動物の様で、バーナーは目を伏せた。


(元々幼いところがあるこいつだったが、記憶を封じた……か。ますます幼くなっているわけだ)


 するりと頭を撫でてやった時に見えてしまった彼の耳に少しばかり目を丸くし、ため息を漏らし。バーナーも目を閉じるのだった。




 翌朝、さっそく遊びに出かけようとしていたブルーと雷斗を止めて焼き菓子を渡し、昨日よりも少しばかり少なめの小遣いを雷斗に預けて二人を送り出した。グググ、と大きく背伸びをして欠伸を漏らす彼に、珍しいなと思いながら美代は見上げる。


「さて、今日は、オイラはどうしようかなー……」

「捜したぞ、死神ぃ!」


 久しぶりに何の予定もない休日だと、気を緩めていた中で聞こえた頭を殴りつけるような怒声に、バーナーはビクリと肩を震わせた。美代とブラックは聞いたことのない、女性にしては低めな声に警戒し、スノーはパチパチとまばたきする。


「お前、昨日はエメに連れてこられたかと思ったらサッサと帰りやがって! しかも宿がどこかも言わねぇでよ、おかげさまで片っ端探す羽目になったじゃねぇか!」

「襲撃されるのがわかっててわざわざ居場所を吐くかよ! てかちったぁルビーやダイヤを見習え、あいつらの方がよっぽど探すのうまいぞ!」

「ルビー……バーナー、お知り合い?」


 知っている名前が飛び出して、美代は警戒を解いた。習ってブラックも落ち着き、赤い瞳の女性を見つめる。


「あ? あぁ。お嬢ちゃんたちが死神が言ってた旅の連れか。オレの名前はサファイア、ここからは少し遠いが、サピロスって国で役人兼、王の側近をやってる者だ。よろしくなー」


 もしかしたらバーナーに負けないほど筋骨が発達している小麦肌のその女性、サファイアは、白い歯を見せながらニッカリと笑い、手を突き出してきた。握手だろうかと美代が自身の手を重ねれば、ブンブンと勢いよく振られ、目を白黒させる。


「まぁ、ルビーと同じく……仕事、仲間……?」

「おい、なんで疑問形なんだよ死神!」


 額に手を置いて首をかしげたバーナーの背に、容赦のない平手がお見舞いされた。床に突っ伏して悶絶し始めたバーナーに思わず顔が引きつってしまい、恐る恐るサファイアのことを見上げる。


「つかお前、今日ここを出るって言ってなかった?」

「事情がっ……変わったんだよっ……。何なんだよ、オイラの久々の休みに、何の用なんだよ……」

「ほぉー、じゃあ、今日はまだここにいるんだな。そいつぁいい! 昨晩ルビーもここに着いたしな!」

「オイラは限りなくイヤな予感しかしない!」


 つい先日、お城を出るときに見送ってもらったばかりのルビーがこの街に居るらしく、美代は少し嬉しく思ったが、全力で顔をしかめているバーナーを見て首をかしげた。反対にサファイアはニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべ、イヤそうな顔をする彼の肩に腕を回す。


「今晩の会合、付き合えよ」

「……正直に言うと?」

「その後の飲み会に参加しろよ!」

「断固、拒否する!」


 サファイアの腕を払ったかと思えば反対側から伸びてきた手に効き手を取られ、ならばと自身は左手でサファイアの右腕を封じた。いうなれば取っ組み合いの形になった二人に、美代は辺りをうかがう。

 旅館の玄関口で行われているので他の人の迷惑にならないだろうかと思いつつ、口を挟む勇気はなかった。


「んでだよ、来いよ! お前、二年もつらを見せなかったのを、昨日のたかだか五分、十分で済ませようってか! しかも賊共の情報交換しかしなかっただろうが! 会合にゃルビーがお前から聞いた話の内容も入ってんだ、ガッツリ当事者だろうがよ!」

「てんめぇ、前回の仕打ちは忘れてねぇぞ! エメと徒党を組んで潰しに来やがって、しかもオイラを潰しに来たときお前らが飲んでたのは水だっただろ! っざけんなよ!」

「えー……? えっと、サファイアさん? バーナー、まだ、十四歳なんだけど……?」


 少しだけ手を上げて主張してみれば、サファイアはキョトンとしながら視線を向けてきた。その間、両者の力の均衡にブレはなく、美代はチョイと片眉を上げる。


「なに言ってんだい、お嬢ちゃん? あ、お嬢ちゃんたちも来てみるかい? 死神の仲間なんならオレ達は歓迎するよ!」

「こいつらを、ま、き、こ、む、な!」


 どうやら飲酒に関して、年齢制限などの制度はないらしい。ギャアギャアと言い合う二人の表情を見比べ、ブラックを見上げてみる。ヒョイと肩をすくめた彼に自分も同じようにしてバーナーの背をつついた。


「どうした美代……うぉっ! お前、卑怯だぞ!」

「フッハッハッハッハ! オレとの力比べで気を抜く方が悪いのさ!」


 話しかけた瞬間、バーナーの上半身が押され、危うくのけぞりかけた。

 腕力だけで押し戻し、牙を剥いている彼だが。サファイア共々、楽しんでいるようにしか見えないのだ。


「うんとね、いってらっしゃい?」

「……なにを言ってくれてんだ、美代おおおおおおお!」

「ぶわっははははははははは! よぉし、よーく言った嬢ちゃん!」


 小さく手を振ってみれば、バーナーは膝から崩れ落ちるようにして床に両手を付けた。彼のその姿を見たサファイアは腹を抱えて笑い、バシバシと背を叩いている。


「ほらよ、お仲間さんから許可が出たぜ! 諦めるんだな死神!」

「畜生がっ……! 今度は潰されねぇからな!」

「楽しみにしてるぜぇ!」


 頭を掻き毟ると小袋を取りだし、突き出してきたそれを美代は両手で受け取った。ずっしりと重いそれを腕に抱え込むと、どうやら今からバーナーを連れ去る気満々でいるサファイアのことを見上げる。


「すまん、美代。オイラは昼も夜もこいつらと喰うことになりそうだ。中身は自由に使ってくれ、まぁ……帰りは遅くなるだろうから、先に寝ててくれ」

「うん、わかった。楽しんでおいで」

「おーう……。ブラック、頼んだぜ」

「まかせてー」


 申し訳なさそうな苦い笑みを浮かべ、サファイアに連れられていくバーナーを見送ると、三人は宿の部屋に戻った。小袋の中身は十ガロンの山だ。


「今日はどうしようかなー」

「美代、バーナーはよかったの?」


 ベッドに腰を掛けて首をかしげているブラックの頭を撫でてみると、彼は心地よさそうに目を細めた。それを微笑ましく見つめながらうなずき、自身はうつ伏せに転がる。その上にコロンと転がって来たのはスノーだろう、小さな彼の適度な重量感が、疲労した体に何となく気持ちいい。


「だって、本気で嫌がってるようじゃなかったからね」

「……そうだね」


 と、ブラックは仰向けに倒れた。美代の背中からスノーが腹の上に移動し、三人はクスクスと笑い合う。


「ボク達はどうしよう?」

「うーん、私はやりたいことがあるんだけど……ブラック達がヒマになっちゃう」

「ボク達は大丈夫だよ。ね、スノー」

「だいじょうぶだよ、お姉ちゃん!」

「そう? ありがとう。じゃあまずは、必要なものを買いに出かけましょう!」


 ブラックがスノーを抱えあげ、美代が数枚の金貨を握り、三人は街中へと向かうのだった。




「――美代、美代。雷斗とブルーが帰ってきたみたい」

「え、もうそんな時間なの!」


 ずっと机に向かっていた美代はブラックの言葉に顔を上げ、窓の外に目を向けた。いつの間にか西日で世界はオレンジ色に包まれており、なぜ手元がこんなに明るいのかと頭上を見てから振り返る。


「ブラック、ありがとう! いつの間にこの光の珠を出してくれてたの?」

光 球ソレイユ・バルだよー。んと、お昼すぎくらいからかなぁ」

「そんなに前から! 気づいてなかったよ、ごめんね!」

「美代、ずっとにっきを書いて、勉強してたもん。ボクは平気だよー」


 スヤスヤと眠るスノーの腹をトントンと叩きながら、ブラックはニコニコと笑っていた。美代は立ち上がると背伸びをし、ノートを閉じてペンをしまう。

 骨がポキポキと気持ちのいい音を出すのを聞きながら、駆けてくる足音に耳を傾けた。


「ただいまぁ!」

「む、バーナーはいないのか。出かけているのか?」


 ブルーは元気よく、雷斗は静かに入って来た。ドアを開けた勢いのまま美代に抱き着いて行ったブルーは泥んこで、彼女の声なき悲鳴が聞こえたような気がして雷斗は苦笑する。


「お……おかえりなさい。バーナーは、仕事のお友達と食事会。誘いに来てくれたからそのまま送り出しちゃった」

「そうなんかー。今日な、すっごく楽しかったよ! 町の子たちとな、球蹴りして遊んでな、ワイと雷斗の組が勝ったんよ! 雷斗が二回も球を枠の中に入れてな!」


 球蹴りというのがどういう遊びかはわからないが、球を枠の中に入れて球を蹴る遊び、とはサッカーみたいなものだろうか。と思いながら、美代は相槌をうった。ブルーから「すごかった」「かっこよかった」と手放しで褒めちぎられている雷斗は耳まで赤くし、顔を背けはじめる。

 その様子に、思わず忍びなくなってしまい、美代はポンポンとブルーの頭を撫でた。


「うんうん、よかったね。バーナーは遅くなるから、今日の夜は私たちだけでご飯を食べちゃおう、その前にお風呂に入っておいで」

「はーい!」

「ほらブルー! 走るな走るな! すまないな、美代殿……」

「ううん、大丈夫。雷斗もお疲れ様。ブラックとスノーも一緒に入っておいでよ、私は出かける支度をしておくから」


 先に行ってしまったブルーを追いかけるよう雷斗も速足で部屋を後にし、美代は手を振って見送った。騒動で目を覚ましたのだろうスノーが目を擦りながらブラックの腕の中でモゾモゾと動き、頭の周りの結晶を大きくしながら居心地がいい形に落ち着いている。

 ブラックはしばらく悩んでいたが、不意に立ち上がると美代の服に触れた。


修 復 術メティス・ティ


 聞いたことがあるその術は、ブルーに抱きつかれて同じように泥んこになってしまった服を綺麗にしてくれた。洗濯のことを考えていたのだが、これならば問題ないようだ。


「ありがとう。行っておいで、スノーをよろしくね」

「ん」


 半分寝ぼけたスノーを抱えたまま部屋を出るブラックを見送ると、美代は微笑むのだった。


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