もう一つの異能
結局ブラックが目覚めたのは翌朝で、風呂場で倒れたことを覚えていなかった彼に、変に刺激を与えないようにとその話はうやむやにしてしまった。覚えていないことをひっかきまわしても仕方がないし、再び頭痛が発症しても辛いのはブラックだからだ。
一行はルビーや女王直々に見送られるようにして城を後にし、パクス領土に沿って歩き始めた。
「この辺りは安定して、村や町、集落がある。オイラ達の、共通の目的を持った仲間を探しながら、夜になったら人里に入って休もう」
「あと、何人いるの?」
「……一人か二人。しかし、見つかるかどうか……」
「そんなに難しいのか」
「ヒトじゃないからな。集落から出て来るかどうかも怪しい」
ヒトじゃないと言われ、パッと思い当たった一族が二つ。
雷斗とブルーを見てみると、彼らも脳裏にその一族を描けたらしい。雷斗は眉をひそめ、ブルーはわずかばかり顔色を悪くしている。
「ま、魔族が……?」
「仲間に、なる可能性が、あると?」
探るような声音を出した二人は、地面を思い切り蹴り上げる音に振り返った。微かな土煙の中に立っているのは美代で、何があったのかと彼女の顔色をうかがう。
「どうしたんだ、美代……?」
「あー、ううん。ちょっと大きな石ころがあったから蹴っ飛ばしたら、思ったより強く蹴っちゃっただけ。行こ」
特に変わった様子でもなく、美代はサラリとそう言った。土煙が出るなんてどんな勢いで石を蹴飛ばしたのだと内心苦笑し、頬を掻く。
「そ、そうか。まぁ、雷斗とブルーも魔族を警戒しすぎるなよ。姿、形は違うけど、この世界に生きている一族だ。偏見を持たなければ偏見が返ってこないだろう?」
足早に先へと進み始めた美代と、それを追いかけて行くスノーを背負ったブラックの姿を視界の端に入れながら、バーナーは二人の背中を押して歩き始めた。
しばらく歩き、昼食を取ろうとした時に、バーナーが額に手をやって美代は彼の動向を見つめた。あれは彼が何かを考えている時の仕草だ、いったいどうしたのだろうか。
「すまん……最初に見えた町、あるいは都市に入る。忘れものだ」
「忘れ物? 買い物?」
「いや、手配書の換金」
空 魔 箱から肉のブロックを取り出したときに一緒に出て来たらしい紙の束を、バーナーは地面にポイと放り投げた。顔写真の下には四桁から五桁の数字が見えており、中には赤線で大きくバツ印を書いてあるものもある。
「バーナー、そのバツ印、四千ガロンと見えるのは気のせいか?」
「オイラは基本的に三千ガロン以上しか相手にしないからな。それ以下は縄張り外だ」
「賞金稼ぎの縄張り意識って、どうなってるん?」
「基本的には賞金首にかかっている賞金の額で決まる。まぁ基本的に、って話だから向こうが突っかかってきたら返り討ちにするし、しっかり役所に届けるけどな」
こうして、なぜだか始まってしまった、バーナー先生による賞金稼ぎ講座によると。
賞金稼ぎをやっている人たちの中には、指折りの実力者から駆け出しの新人まで幅広くいるわけで、盗賊の中にもどうして賞金をかけられたのかがわからないザコから、もっと賞金が高くて然るべき強者までいる。
この縄張りというものは明確に規定があるわけではないものの、実力者がピンからキリまで幅広く狩ってしまえば新人が狩れる獲物がいなくなる。そうなれば彼らは賞金稼ぎという職から離れていくだろう。
暗黙のルールや秩序を知る盗賊たちならまだしも、ザコや烏合の衆がゆえに旅人や村を見境なく襲う盗賊……盗賊連中はそいつらを強盗団と言っているらしいが、そんな連中はゴロゴロといる。新人が職を離れれば、そのザコ連中は実力者組に任されてしまう。そうすると今度は、他の奴らに手が回らない。
それでは役所も村人たちも困る。ということで、自然と縄張りというものが出来ていったらしい。
「誰かに明言するわけでもないし、実力がついて来れば自然と縄張りも変わっていくんだけどな。オイラの場合は三千ガロン以上の賞金首なら盗賊団だったとしても相手に出来るから、それ以上を目安にしているんだ」
「あんた、何歳だっけ……?」
「十四だ。火炎族は一族の性質上なのか強者との戦いを好む奴が多くてな、大抵の奴は火炎族同士で戦っていたが……オイラは賞金稼ぎを選んだ、ってだけだよ」
目を点にしている美代を見てケラケラと笑い、手配書をしまった。食材の方は順調に焼けてきているようだ。
「それじゃ、ご飯を食べたら行こうか」
陽が暮れる間に街へとたどり着くことができ、中に入ろうとしたとき。
何かを警戒するかのようにブラックの髪がブワリと広がり、バーナーが瞬時に鋭く周囲を見回した。しかしそこには何の気配もなく、何があったのかと彼を伺い見る。
「ボク、ここにいる」
「……うん?」
「なかに、はいりたくない。だからバーナーたちの用事が終わるまで、ボクは街の外でまってる」
かすむ声でかろうじて聞き取れた言葉に、バーナーはため息を漏らした。背中をポンポンと叩き、震えている彼の手を握る。
指先まで冷たくなっているその手を温めるよう包み込み、どこか怯えているブラックを落ち着かせるよう力を込め、そして自分より視線が高い彼と視線を合わせてもらうよう腕を引っ張れば、いとも簡単に体を引っ張られて視線が合った。
「どんな事情があれ、お前はボンドッツ達と道を違えた。裏切り者だ。なにがあるかがわからない、そんなお前を一人置いてオイラ達だけで街に入れって? 悪いが出来ねぇよ」
「ボクはだいじょうぶ。ボンドッツが来てもダークが来ても、追い払える」
「そういう問題じゃねぇんだよ。……これくらいデカい街ながら恐らく、旅館があるだろう。部屋は三つ借りる、オイラとブラック、雷斗とスノー、ブルーと美代で別れるぞ」
有無を言わせぬよう強く言い、腕を引くと抵抗もなく大人しくついて来るようで。
一行はそのまま、街の中へと入って行くのだった。
その日は何事もないまま夜を迎え、翌朝にそれぞれはバーナーから小袋を預かった。中身を見てみれば金貨と銀貨が一握りほど入っており、これはなんだと彼を見やる。
「だいたい三十ガロンずつ入ってる。欲しいものがあったらその中から買ってくれ、余ったらまたオイラが預かるぞ」
「……三十ガロンって言ったら、結構な額じゃない? 大丈夫?」
「そうか? ま、多めに渡していた方がいいだろうからな。すまん、オイラはオイラの用件で動く。怪我をしないように、陽が暮れる前にはちゃんと旅館に帰ってくるように、知らない人には着いて行かないように。もし万が一にだが、強盗なんかに遭遇したらオイラは役所に居るから、即報告。その愚か者を絞めにいく」
まるで保護者のようなことを言っているバーナーに苦笑しながら、適当に話を聴き流してブラックの様子を観察した。彼も受け取ったお金をジィッと見つめ、それを宙に溶かすと、先に出かけて行ったバーナーの後を追うようにトコトコと歩き始める。
「……あいつ、何を考えてるのか、ようわからんよ」
「ふ、む。まぁ……とりあえず、バーナーに着いて行ったのであれば、あとは任せておいても大丈夫だろう。私たちはどうしようか」
「ワイは出かけてみたいよ! 美代はんはどうする?」
「んー……。もしよかったら、スノーも一緒にお出かけしておいで? 私は疲れたから寝たい」
そう言って部屋の中に戻っていった美代に、ブルーは寂しそうに眉を寄せた。手元にある袋をジッと見つめ、すっかり困り顔で雷斗を見る。
「美代はん、だいじょうぶかなぁ? また、熱出したりせんかなぁ?」
「……熱を出してしまっていれば、看病をしてやればいい。ほら、ブルーが暗くなってどうするんだ? お前は笑っていた方がいい」
グシャグシャとバンダナ越しに頭を撫でてやれば、キュッと目を閉じてくすぐったそうに身を捩り、小さく頷いた。
「それじゃあ、出かけようか」
「雷斗もついて来てくれるん?」
「お前一人じゃ危ないだろう?」
「やった! じゃあ行こう!」
キャッキャと喜ぶブルーに手を引かれ、さりげなく彼が持っている小遣い袋を預かりながら空いている手でスノーを抱えあげると、雷斗は歩き始めた。
バーナーは道中、手配書をまとめながら、背後の気配を気にしていた。自分が止まれば止まるし、少し急ぎ足になれば同じようについて来る。
思わずため息をこぼして振り返れば、彼はビクリと肩を跳ねた。
「どうしたんだよ?」
「あ……」
「オイラと一緒に来てもいいけど、つまらないと思うぞ。美代たちと一緒にいた方がいいんじゃないか」
「え、あ、えっと」
「……まったく。ほら、おいで」
手を伸ばしてやればひどく動揺し、その紅い瞳を揺らした。再度突き出してやれば再び肩を跳ね、恐る恐る手を重ねる。
「あんまり楽しい用件じゃないからな?」
確認してみればこっくりとうなずき、それに微笑んでやればようやく安心したような表情を浮かべて。
バーナーは再び役所に向けて歩き始めるのだった。
クイと手を引かれ止まってみると、ブラックの視線が何かに縫いとめられていた。
「……本屋?」
それもよく見てみれば、羊皮紙や木版ではなく紙が使われている本屋らしく、バーナーは目を点にした。
動物の皮で作られる羊皮紙や普通に木の板を乾かして作られる木版の物より、ひと手間どころか、三手間四手間かかる紙はそれそのものが高価なものだ。それはもう、シャロムに居た時にはその値段の安さに目を剥きだしてしまったほどで、実は買い込んで空 魔 箱の中に入れてある。
なぜあんなに良いものがあんな値段で売ってあって、反対に簡単に作れる羊皮紙の方が高いのか。どうにもあの世界とこの世界では価値観に違いがあり過ぎて困る。
そして、いくらニルハム最大の国・パクスの領土内とはいえ、こんなものが比較的お手軽に買えるような金額で売ってある。となると、個人的にはイヤな予感しかしなかった。
「まさか、ここは」
「えっと、バーナー?」
「あー、いや、なんでもない。どうしたんだ、気になるか?」
「う、ううん。だいじょうぶ」
「オイラの用事が終わるまで、あそこで待ってるか? いいか、オイラが戻って来るまで、ちゃんと待ってるんだぞ。欲しい本があったら買っていいからな」
問いかけてみればしばらく考え、小さく頷いてバーナーの手を離れていった。ここまで来るまでの様子を見てみれば、心眼能力のことも心配はいらないだろう。
「新しい盗賊の情報と……あいつの情報が手に入れば、万々歳だな」
小さく背伸びをし、バーナーは役所へと向かって行くのだった。
役所の中に入るなり横っ腹に衝撃を受け、バーナーは咳き込みながらもどうにか踏ん張って倒れるのを阻止し、グリグリと頭を押し付けてくる少女の体を自身から引きはがした。脇の下に手を差し込んで問答無用で抱えあげ、盗賊に向けるときのそれと変わらない視線で睨みつける。
「紅蓮の! 久しぶりじゃん!」
「よーぉ、おチビ……。久しいな、お前とは三年ぶりくらいかもな? そのせいで忘れたか? 人間ってぇのは体の構造上、横っ腹からの衝撃には弱い、から、突進してくんな。って何度言ったかな?」
全く怯まないどころか親しげにペチペチと頬を叩いて来る少女に、バーナーはため息を漏らすと両手を放した。落とされた彼女は動じることもなくキチンと着地し、グレーの瞳で見上げてくる。
「おチビじゃありませんー! エメラルドって名前がありますー!」
「知っとるわ。つか、なんでいるの? お前の管轄はスラマグドスだろ。まさか宝石勢ぞろい?」
「ん、あとはリーダーがまだ来てないけど、明日までには来る予定だよ! 紅蓮のはどうしたの? 換金?」
バーナーはテンションが高い、小柄な眼鏡を鼻の頭にチョンと乗せた少女に深いため息をついた。自分よりも頭一つ分は小さな彼女は、こう見えても八つは年上だったはずだ。
「本屋が紙製の本を格安で売っていたから、何となく居そうな気がしていたんだ。この街はお前たちの会合会場の一つだったのか」
「そうそう! あ、ちょっとそこのお兄さん、この人のこの手配書を換金しててー! 報告はルビーが来るからその時でいいよ、そんで換金したお金の内八割はこっちで預かるから別においててね」
役所の職員らしい男性を見つけると手早く指示を出し、バーナーが何かを言う前に彼の服の端を掴むと建物の奥の方へ歩き始めた。
「ちょ、オイラ、人を待たせてるんだけど」
「え? うそ! 紅蓮のソロ活動止めたの?」
「その紅蓮のと呼ぶのは止めてくれ! 違う、旅の仲間であって狩り仲間じゃない!」
「子供?」
「じゃ、ない」
「じゃあちょっとくらい遅くなっても大丈夫だってぇ! せっかくだもん、みんな喜ぶよ!」
経験上、魔術に長けた知人であるこの少女。もとい女性、エメラルドがノリノリで物事を進めている時には逆らわない方がいい。後々面倒くさい事になる。
「仕方がない、か」
ここ最近では最も深いだろうため息を漏らし、バーナーは大人しく着いてくのだった。
あまりに短時間で切り上げる事が出来た滞在にうすら寒いものを感じながら、バーナーはブラックを待たせている本屋まで戻った。彼は店の外で、相も変わらず髪の毛をブワリと膨らませている。
「遅くなって悪いな、大丈夫か」
「! だい、じょう、ぶ」
「どうしたんだ、なにかあったか? ほら、髪の毛が」
撫でつけてやると少し落ち着いたらしい、ストンと落ちてしまった。眉をキュッと寄せて困った様子でいる彼に、バーナーは頭を撫でてやる。
「えほんを、みてたんだ」
「……絵本? どんな絵本だ」
「はしらの、ものがたり。そうしたら周りの人が笑い始めて。ボクがそれを見るのはおかしいって、笑い始めたんだ。誰も笑ってないのに、笑い声がたくさん聞こえた。それで、頭の中がいっぱいいっぱいになっちゃって」
深くうつむく彼に、バーナーは店の外にあるベンチに彼を座らせると本屋に入った。
出て来た彼が持っていたのは、先ほど、バーナーを待っている間に自分が途中まで読んでいた本で。
「――神がこの世界を創った時、在ったものは神が住む天と、その下にある地。それらを世界の中央で支えている大きな一つの柱だけだった」
柱が一つでは、天と地が傾いたとき、支えられなくなってしまう。
そう考えた神は大きな柱を、半分の大きさの白と黒の二本に分けた。そしてそれぞれの柱を支えるよう、両隣に同じ色の柱を、更に半分の大きさにして一本ずつ建てた。
「あぁ、これで世界は安定するだろう。崩れることはないだろう」
神が願ったように、柱は天と地を支え、その間には生命が繁栄していった。神の声は天から地上を駆け、生きるモノはその音色に心を安らげた。これが、世界の始まりである――
「……あ……」
「ほら、買って来たよ。あとは部屋でゆっくり読めばいい、帰ろうか」
流れる水のように、祝詞のように唱えられた言葉は心地がよくて、ブラックは渡された絵本を見ながら固まっていた。ポンと頭の上に手が置かれて肩を跳ね、柔らかい瞳をする彼を見上げる。
「ま、もう一つ聞きたいこともあるからな」
「……?」
部屋に帰ってベッドに胡坐をかくと、ブラックもなぜだか同じように、ベッドの上で膝を抱えるように座った。元々幼い印象があったが、再度対立し始めたころと比べても更に幼さが増したように見え、頬を掻いて苦笑する。
「お前さ、魔力と心眼と、もう一つ何か持ってるな?」
「う……あ」
「あの、髪の毛がブワッとなるやつ。あぁ、違う違う、怒ってるんじゃないんだ。オイラは知りたいだけさ、何ができるのかを知っていれば、いちいち動揺することもないだろ?」
目を見開いて瞳を揺らしたブラックに、バーナーは落ち着かせるよう問いかけた。深呼吸を繰り返して目を伏せ、消え入るような声で話し始める。
「念動力」
「……おう」
「を、持ってるんだ。感情がすごく揺れ動いたときに、髪の毛がブワーってなっちゃう」
「なるほどな。銀世界でオイラ達の動きを制したのは、あれは魔術じゃなかった。その前々から、不思議なところはあったからな。これは、ブルー達にも話していいか?」
「……うん」
ますます声量が落ちた返事に、バーナーは頭をガシガシと掻きながらも了承した。泣き出しそうな顔をしてしまっている彼の頭をクシャリと撫で、立ち上がる。
「さ、少し休もうか。みんなが帰ってきたら飯でも行こう」
「……うん!」
バーナーが笑っているのを見てようやく安心できたらしいブラックも、僅かに歪んではいたが笑みを零し、小さく頷いたのだった。




