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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
37/138

記憶の欠片


「……納得がいかぁあああああん!」

「ブルー……」

「なんでやぁ! なんで起きたらあいつがおって、仲間になるってなるん! しかもすぐにバーナーとあいつと美代はん、三人で話し合いって! 納得いかんよぉ!」


 女王との謁見の前に済ませておきたいからと、ひどく険しい表情をしたまま、雷斗、ブルー、スノーの三人を部屋に留守番させて自分たちはどこか別の場所へと行ってしまったのだ。しばらくは黙り込んでいたブルーだったが突如爆発し、ベッドに突っ伏して枕に顔を押しつけてしまった。

 雷斗が背中をトントンと叩いて宥めると、勢いよく顔を上げて腹部に突っ込んで来た。グスグスと涙で服を濡らされていくが、まぁ仕方がないと大人しく受け入れて頭を撫でてやる。


「それに……バーナーの顔色の悪さは、ひどかった。何があったのか、問いたださねばならん」

「ええもん、どうせ話してくれんやん! どうせのけ者やんかぁ!」


 叫び声を上げるブルーの背中を優しく撫で、膝の上に潜りこんで体を抱きしめたのはスノーだった。目を泣き腫らしながらキョトンとしている彼にニコリと笑い、くりくりと頭部を腹に押し付ける。


「ブルーおにいちゃん、だいじょうぶだよ」

「スノー……」

「雷斗おにいちゃんも、だいじょうぶだよ!」

「……。心眼を持つお前の言葉だ、信じてみよう」


 頭を撫でてやればキュッと目を閉じて嬉しそうに身を捩るスノーに、雷斗は表情を緩ませた。ブルーもなんとなく、癒されたのだろうか。泣き顔に笑みが浮かび始める。

 カチャリ、とドアノブが回る音に、視線だけをそちらに向ければ、微かに開いた隙間から紅い目が覗いていた。入るよう促してみれば恐る恐る入って来るブラックに、雷斗は警戒をしすぎないよう、それでもわずかばかり、ブルーを体で隠す。


「……えっと」

「お前だけか、バーナーと美代殿は?」

「バーナーは女王様とえっけんで、美代は部屋に帰ったよ。すごく怒られてたから、そっとしておこうと思って」

「お前は部屋に帰らんのか」

「うん……話が、したくて」

「ワイはしたくない! 出てってや!」


 雷斗の背中に隠れながら怒鳴りつけてきたブルーに、ブラックは唇を噛んだ。敵意が一切感じられない彼に対して、少々きつい言葉ではあるが、これまで聞いてきた話を考えるとブルーのことを止める事も出来ずにその場を見守る。


「ブルー、ごめんね。だけどボクはあの時、怖かったんだ。きみの目が怖かった」

「お前が、ブルーのことが怖かったというのか?」

「うん。ボクのことを……敵だ、と思って見る目が怖かった。だから、攻撃しないと攻撃される、と思った」


 バーナーが冷静さを欠いてしまうほどに強くて、影   縫 スキアー・ラプティス治癒術リペイを同時に扱うことが出来て、規格外魔力などと言われてしまうほどの彼が、怖かったという。


 こんなにも泣き虫で、言ってしまってはなんだが戦力外であるだろうブルーから受けた敵意が、怖かったというのだ。


「……信じてもらえるとは思ってないよ」


 にわかには信じられん、と言おうとすればそれを制するよう、ブラックがボソリと呟いた。暗い瞳から射抜くように鋭く見つめられ、思わず反らしてしまう。


「じゃあ……ボクは、部屋に行くね」

「っ……待て!」


 呼び止められ、彼はイヤそうに振り返った。呼び止めたブルーは雷斗に隠れながらも少しだけ顔を出し、ギリギリと眉を寄せながらもモニョモニョと口元を動かす。


「……なに」

「……このまえは、怪我を治してくれてありがとう」


 言うだけ言って、布団の中に潜りこんでしまったブルーに、ブラックは目を丸くしていた。布団子になってしまった彼の背中をポンポンと撫でながら苦笑している雷斗と、それを楽しそうに眺めているスノーを見て小さく笑い、今度こそ部屋を出て行ってしまう。


「よく言えたな、ブルー」

「悔しいし嫌いけど、助けてもろうたのはもろうたんやもん。お礼はちゃんと言わな、あかんのよ」

「そうだな」


 顔だけを出して、背を撫でる雷斗の手にグイグイと頭部を押し付け、それに応えてやるように頭を撫でてやれば嬉しそうにキュッと目を閉じたブルーに。

 目を優しくすると緩く瞼を閉じるのだった。




 謁見に随分と時間がかかっているらしく、バーナーがいない昼食を終え、退屈だと愚痴を言い始めたブルーを連れた城内探索も終えてしまった。

 仕方がないので部屋で仮眠でも取ろうかとしていれば風呂の支度が出来たと言われて、ブルーとスノーを引きつれて昨日案内された風呂場に向かう。


 そこには、ブワリと髪の毛を揺り動かしたブラックがいた。


 兵に案内してもらったのかと尋ねれば、美代に連れてきてもらったと答えたブラックに、ブルーが口を尖らせたのは言うまでもないだろう。戸惑っているように佇むブラックに服を脱ぐよう指示し、自分はブルーとスノーの服を脱がせにかかる。

 

 やはり、昨日まで敵対していた者が同じ空間にいるのは気になるらしく、ブルーは盗み見るようにしてブラックに視線をやっていた。みるみる目を丸くし顔色を悪くしていく彼に、何があったのかと自身も鋭く振り返る。


「な……」

「なに」

「いや、その、背中の傷は……?」

「……ん?」


 首をかしげてキョトンとしているブラックに、雷斗は詫びを入れながらその傷跡に指を走らせた。


 肩口から腰もとにかけて、対角線上に走る二本の痛々しい傷跡はブラックの大きな背中にクロスを描くよう刻まれていた。グイグイと腰に巻いたタオルを引かれ、それがほどけないよう押さえながら、ブルーにそれを見せないよう頭を胸元に押し付ける。

 目を引くその傷跡の他にも、彼の体には火傷の痕や切り傷、まるで抉られたかのような傷跡もあったのだ。そろりと前面に回ってみればそちらにも同じような跡があり、深く息を吐き出すとブラックのことを見上げる。


「この、傷跡は……?」

「……おもい、だしたくない」

「背中の傷も?」

「せなか? おなじようなものでしょ」

「いや、随分と大きな……」


 ちゃぷんと音がして振り返れば、ブルーが水の壁を建てていた。プルプルと揺れ動くそれが落ち着いてきたら水面に自身の姿が映り、ブラックはそっと、背中の傷を見る。


「な、なに、これ」

「し、知らんのか……?」

「これだけの怪我よ、知らんわけないよ!」

「しら、な……あぁああああああああああ!」


 青ざめ、緩々と首を振ったブラックはその直後、頭を抱え込むとうずくまるようにしてその場に倒れた。体を小さく丸めて歯のすき間からうめき声を上げ始めた彼に二人も同時に青ざめて、腰を落とすと顔色を見る。


「ブラック、どうした!」

「いだいっ……! あたまがいたい!」

「立てそうか、一度部屋に戻ろう。休んだ方がいい……」


 ザワリと髪の毛が揺れ動き、ますます体を緊張させていくブラックの体を動かすことが出来ず、雷斗は落ち着かせるよう背中を優しく撫でた。


「ぅぅぅうううううう……!」

「ら、雷斗……ワイ、バーナー呼んでくる!」

「たのんだ……待てブルー! 服! せめて下だけでも!」


 叫んでもブルーの姿はすでに消えており、タオル一枚で飛び出していった彼に思わず頭を抱えてしまった。怯える子供の様に全身を震わせるブラックを置いて追いかけるのも躊躇われ、ため息を漏らすととりあえずスノーに服を着せる。


(いったい、なにが起きている。私たちが知らないところで、なにがあったんだ)


 目を閉じ、雷斗はただブラックを落ち着かせるよう、彼の背中を撫で続ける事しか出来なかった。




「――あぁ、死神。お前が最初に予想した通りの反応しかできないよ」

「だからこそ、誓いを立てさせてもらったのさ。オイラの話が、嘘偽りではないと証明するために」


 バーナーの話が終えて、一言目に出たのがそれだった。ルビーはそれでも渋い顔をしながら頬を掻き、真紅の剣をバーナーに返却する。


「私の言霊は出来れば、罪人にのみ使用したいのだがな」

「だけど、これでオイラの話を信用していただけたでしょう? レア女王」


 玉座に深々と腰をおろし、目を閉じたまま静かに話を聴いていたレアは長く時間を空けてようやく顔を上げた。膝をつくバーナーを見据え、目元を和らげる。


「私、パクスの女王レア・ラヴィの名に誓い、バーナー・ソラリアは嘘偽りなく知りえることを話す。……ルビーの言霊です、これをたがえれば、僅かの時間とはいえ呼吸を止められる。本当に、世界のバランスが崩れつつあるのでしょう」

「風の一族、火炎族、妖精族の消滅、各地で報告される魔物の姿、白魔術を使用する際の魔力の消費量の激増。これはきっかけに過ぎないと」

「モモちゃんが言っていたわね、二柱神の片割れ、白柱神が動き始めると。神の使いが地上を歩き、世界の柱を再生させると」


 バーナーがピクリと反応し、僅かに顔を下げた。レアとルビーは少しばかり言葉を交わし、頷くと面を上げるよう命じる。


「死神よ、私たちは喜んでお前たちをサポートしていく、あいつらにも連絡をしておこう」

「思うが儘、動いてください。私たちの力が及ぶ範囲であれば、いつでも力になります」

「ありがたきお言葉、感謝いたします。……ルビー、同盟五か国の領土内ならば、お力添えを望めると思っても?」

「問題ない。むしろ、構うなと言ってもあいつらなら絡んでくると思うぞ?」

「知ってるぅ。あいつら何なの、オイラのことオモチャとでも思ってんの?」


 拗ねた子供の様に口を尖らせたバーナーを見て、ルビーは小さく噴き出した。そんな彼と彼女のことを女王は微笑ましく見つめ、ふと廊下から聞こえ始めた喧騒に眉をひそめる。


「最近の兵たちは、落ち着きがありませんね……」

「まさか、また侵入者が……?」

「待て小僧! 止まれ、そちらは女王陛下の玉座だぞ!」

「ルビー様のご友人の連れだと思っていい気になるんじゃないっまた牢にぶち込まれたいか!」


 怒鳴り声の中に紛れた単語に、バーナーがビシリと固まった。元気がよくて良いことだ、とルビーが笑う声も、男の子達ならやんちゃなくらいが一番ね。と女王が柔らかく微笑んでいるらしい声も、鼓膜を通り抜けてどこか遠くへ飛んでいく。


「な……な、なにやってんだ……!」

「バァァァァァァナァァァァァァァァァ!」

「ほんっとうに何やってんだおまええええええええええ!」


 涙で顔をグシャグシャにしながら兵と兵のすき間をスルリと抜けて扉をこじ開け、飛び込んで来たブルーの格好に、バーナーは青ざめた直後に顔を赤くするという実に器用な芸当を成し遂げた。瞬時に駆け出し着物を出すとブルーにきつく巻き付け、力強く、少々強すぎるくらいに肩を握る。


「なに、なにがあってそんなことになったんだ、ブルー? どうして素っ裸で廊下を駆け抜けてきた? よりにもよって、女王陛下の御前に?」


 いったいどこからこの格好で走って来たのか、頬を紅潮させ肩で息をし、床にペタンと座り込んでしまったブルーのことを囲うように兵士たちが集まってきていた。彼らはルビーが対応してくれているようで、それに甘えて嗚咽を上げるブルーを落ち着かせる。


「こわ、怖かった、剣とかな、槍とかな、持った人がな、たくさん追いかけてきてな」

「ちょっとフォローできねぇわ……。レア女王、お騒がせして申し訳ございません。懲罰対象になるならばオイラが代わりに受けましょう、この子はこういった場に慣れておらず、オイラの指導不足もありまして……」

「いいんですよ、死神さん。久しぶりに、城内に子どもの声が響いていて、私はとても嬉しいのよ。泣き声よりも、笑い声の方がいいけれど」


 ニコニコと笑うレア女王に深々と頭を下げ、ブルーの体をヒョイと抱えあげると床を踏みつけて兵たちの頭を飛び越えるよう玉座を後にした。背後から聞こえる焦燥の声や怒鳴り声は、一切合切無視だ。


「どうしたんだよブルー、何があった!」

「お、お風呂場でブラックが倒れてもうた! 今は雷斗がみてる、頭が痛いって!」

「……マジかよ!」


 大方、何があったのかが予想出来た。


 風呂場で倒れたブラックに動揺し、自身を呼ぶために慌てて脱衣所から飛び出して来たのだろう。服を脱いでいることも忘れて。

 浴場から玉座まではそこそこ距離がある。道中、兵士に見つかっては素っ裸のブルーを止めるために追いかけられ、追いかけられた方は驚き怯えて全力で逃げる。結果の、部屋の前の兵の群れか。

 こちら側に非がある事案をルビーに丸投げしてしまったことを申し訳なく思いつつ、バーナーは浴場へと急ぐのだった。




 静かな足音に耳を傾け、雷斗は脱衣所から少しばかり顔を出すと口の前に指を立てた。もちろん、キチンと服を着た状態でいる彼はバーナーとブルーを静かに中にとおし、眉をひそめてその光景を見せる。


「あ、バーナー。よかったらブラックをベッドまで連れて行ってあげて?」

「……美代、なんで男風呂にいるんだ……」


 わずかに眉間にシワを作りながらも落ち着いた様子で眠るブラックは、正座している美代の膝を枕にしていた。バーナーは長いため息をつき、ブルーを降ろすと膝をつく。


「なんとなく近くを通ってみたら、苦しそうな声が聞こえてさ。そりゃあ気になって入るよ?」

「美代殿を確認するなり、頭痛も引いたらしく……。ひどく安心したような表情を浮かべて、気を失ってしまったんだ」

「んで、動かすにも動かせないし、このまま床に寝せてたんじゃ寒いだろうし。と思って、とりあえず膝枕してた。足がしびれてるんだよねぇ、へるぷみー」


 上半身裸の彼に触れてみればすっかり冷たくなっており、バーナーは背負い上げるとブルーにタオルを渡す代わりに着物を受け取り、ブラックの背中にかけてやった。立てないでいるらしい美代の腕を掴むと引き上げてやり、ヒィヒィ言っている彼女に白い目を向けながらブラックの体を支え直す。


「なにがあったんだ?」

「……ブラックの背中の傷について尋ねたのだ。ブラックはその傷のことを、知らんと言っていた。ブルーが水を繰り、姿を反射させて、見せた途端」

「頭が痛いって、倒れたんよ」

「背の、傷?」


 先ほど見えた背中には、背面一杯の十字傷があった。新しい傷跡のように思えたそれを本人が知らないとはどういうことかと、肩越しに振り返る。


「まーとりあえず、お風呂に入りなよ。ブルーもすっかり体が冷えて、というか慌ててバーナーを呼びに行ってくれたんだねぇ。だけどせめて、外に出るときには服を着てから行こうね?」

「だ、だってビックリしたんやもん」

「うんうん、ありがとう。ちゃんと温まっておいでね、雷斗もありがとう。スノーもね、じゃああとで晩御飯の時に会おうか。謁見ももう、終わったの?」

「あぁ、終わった。とりあえずオイラは、こいつを部屋に連れて行くよ」

「お願いねー」


 表情は微笑みながら、その目はひどく苦しそうで。

 それを隠すよう、瞼でふたをしてしまった美代に苦い顔をしながらも、バーナーはブラックを連れて行くのだった。


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