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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
36/138

出遭う二人

 

 冷えた空気に目を覚まし、布団に包まりながら辺りを見回した。くありと欠伸を一つ漏らし、部屋の窓から外を見てみる。

 朝焼けで、白に一滴の赤を混ぜたような色になっている空を見上げ、美代は背伸びをした。部屋の机の上には昨夜の夕食らしい料理が乗せられており、スープや肉、スイーツにフルーツが乗せられたそれらの中からパンだけを手に取ると、景色を見ながら口に運ぶ。

 ポソポソとしたパンは口内から水分を奪っていき、置いてある水差しからコップの中に水を注いだ。一口含んでみれば一発で目が覚めるほど冷えており、フルリと身を震わせる。


「……そうだ、外に行ってみよう」


 羽根を見てみれば柔らかく光っており、美代は窓を開けると身を乗り出した。客室と言って通されたのは城の三階、自宅の屋根と同じくらいの高さだろうか。

 ヒョイと飛び降りてみても昨晩同様、何の苦もなく着地することが出来た。そのまま一番大きな道を歩いていると城門が見え、スッと腰を落とす。


 一瞬息を止めて足に力を込め、思い切り地面を蹴飛ばした。一度では超える事が出来なかったが、装飾品に足を掛けて更に飛びあがると向こう側へ着地する。


「……なるほどね。変身が出来るときなら、美代のままでも身体能力はほとんど変わらないわけか」


 ヒュッと口笛を吹き、美代は歩き始めた。あんまり遠くに行ってしまったらバーナーに怒られてしまいそうだけれども、三日間も地下牢に押し込められていたのだ。少しくらい体を動かしても文句は言われないだろうと、気ままに散歩を始める。




 時間が早いせいか人の気配が全くない城下町をふらふらと歩き回り、気が付けば外れの方まで来てしまっていた。目の前には雑木林があり、何気なく足を進めてしまう。

 風の通り道らしく木々がざわめき、空気は変わらず冷たかったけれど、髪をすり抜ける風と葉がこすれる音が心地よかった。目を細めると草原に座り込み、出かけたあくびをかみ殺して横になる。


 朝露に服がじんわりと濡れていくのは不快だったが、それよりも今は睡魔の方が耐えがたくなっていた。やはりもう少し眠っておけばよかったと苦笑し、重たい瞼に抗わず受け入れようとする。


 木の葉を踏みつけた微かな音にその睡魔を吹き飛ばし、美代は視界に入った大木の裏に隠れた。運よくそこには穴があり、体を小さくしてその中に入る。


「全ク、記憶ヲ封ジタセイデ好奇心マデ戻ッタカ。ブラック! ドコニイル!」


 聞こえてきたのはダークの声だった。息を殺し、サクサクと草原を踏み歩いて行く音に耳を澄ませる。


(記憶を封じた? いったい、何のことだろう)


 足音の他に、小さく声が聞こえていることから、何かしらの独り言を言っているのはわかった。風に声を運んでもらおうとして何も聞こえず、美代はサッと青ざめて羽根に目を向ける。


 つい先ほどまであった光は失せ、掌に竜巻を生んでみようとしてもできなかった。


 それはつまり、ウィングに変身できなくなっているということ。


(なんで、こんなタイミングで……!)


 サクサクサク。

 サクサクサク、サクサクサク。


 足音が近づけば呼吸すらも忘れて息を殺し、少し遠のけば細く長く息を吐き出す。一定のリズムで響く足音に心臓を掴まれているようで、その緊張により徐々に吐き気を催していた。掌はジットリと汗をかき、背中も冷たいのがわかる。変に一人で散歩に来たことを後悔しながらも、今はダークがどこかに行くのを待つしかなかった。

 もしも見つかってしまえば、逃げることが出来ないのだ。


(いつまでいるのさ……!)

「……アー……、息ヲ殺シテイルトコロヲ、スマンナ。気付イテオルゾ」


 ヒョイと覗かれた顔に、美代は体を大きく跳ねると全身を緊張させ、反射的に羽根の芯を握っていた。血の気を無くし呼吸を荒くする彼女にダークは目を細め、腕を伸ばすと目元を隠す。


「娘、瞬間移動術レガ・ハラフハ使ウンジャナイ」

「……は……」


 捕まる、と思って身構えれば、そんな言葉を投げかけられた。目元からふわりと体を包み込むように温かくなり、魔力を流されたのだとわかる。


「アレハ、人ガ使エバ魔力ヲ抉リトル。ボンドッツ達ニハ、ワシヤブラックガ、魔道具ヲ与エテイルノダ。使ワヌ方ガ良イ」


 吐き気と寒気が解消されていき、目元から手が離れたのを確認して瞼を開くと、そこにダークの姿はなくなっていた。今度は緊張が解けていくイヤな気だるさに襲われて、穴の壁に寄りかかる。


「いったい、なにを……」

「ブラック、ドコニイタノダ。銀世界デハ雪ニ晒サレタノダロウ? マダ、安静ニシテイナクテハ、駄目ジャナイカ」


 いなくなっていたと思っていたダークがどうやら背後にいるらしいことがわかり、美代は再び、気を引き締めることになった。あげく今度はブラックもいるようで、今度こそ捕まるだろうと諦めに近いため息を漏らす。


「うん、ちょっと出かけてた。……ごめんね、ダーク」

「……ソウカ。ナラバワシハ、行クゾ」

「……うん」

 

 サクサクサクサクサクッ


 そんな会話の直後に迷いなく接近してきた足音に、美代は頭を抱えた。

 捕まることに対する恐怖はあまりない、先ほど言われたばかりだが瞬間移動術レガ・ハラフを使ってしまえば良い。

 が、その後に起こりうるだろう説教だけは本当にイヤだ。彼の説教は二度、受けたくはない。面倒くさい。


「美代」

「あー。そうだよねぇ、ブラックからは隠れられないよねぇ」

「うん。……出ておいで」


 伸ばされた手に自身の手を重ね、美代はゆっくりと立ちあがった。連れて行かれるのだろうと思って俯いていれば頭の上に掌が置かれ、クシャリと撫でまわされる。


「美代、ボクは、きみ達といたい」

「……え?」


 草原にストンと腰を落とし、美代の手を引くと小柄な体を膝の上に抱え込んだ。肩口に当てられた額は暖かくて、抱きしめるように回された手はとても冷たい。


「勝手だってわかってる。ボクは、美代のことも、バーナーのことも、ブルーのことも傷つけた。だけど美代は、ボクの力を知っても……ボクのことを受け入れてくれた。そんな人もいるんだなって、思った」


 後ろから、膝の上に座って抱きしめられる感覚が、ひどく懐かしく思えた。額を押し付けられている肩口は時折温かく湿り、美代は戸惑いながらも、ブラックの頭を優しく撫でる。


「だから、ボクはきみ達を知りたい。きみ達を、守りたい。本当に勝手なことを言ってるよ、ブルーからは冷たい目で見られても、仕方がない。それでも」

「ブラック」


 顔を上げた彼は瞳からポロポロと涙をこぼしており、美代は微笑むとそれを指の腹で拭ってやった。不安そうにしている彼の頭部を抱きしめ、あやすように撫でつける。


「大丈夫。行こう?」

「……ありがとう」


 へにゃりと微笑む彼は幼くて、それがなんだか嬉しくて。美代はヒョイとブラックに背負われながら、バーナーたちの元へと戻るのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


――バーナーお兄ちゃん、お姉ちゃん、おでかけしちゃったよ――


 朝早くに同室にしてもらっていたスノーから起こされ、コトンと首をかしげながら言われた言葉は、抜群の目覚め薬だった。即座に窓へ手をかけて外に飛び出し、昼間の活気とはかけ離れた寂しい城下町の屋根を拝借しつつ、彼らに迷惑をかけないよう静かに駆け抜ける。


「あのバカっ……! 自分が狙われているという自覚は、一切なしか!」


 思わず悪態をつきながらも、足を止める事はなかった。


 パクスには過去に一度、二度ばかり来たことがあるだけだ。その時から国の立地が変わっていなければ、そして自身の記憶が正しければ城下町を抜けた先に雑木林がある。

 その雑木林はぎりぎり、パクス国内にあるものだ。が、綺麗に見た目が整えられた内地に比べてほとんど手入れが成されていないその様子に、一部のならず者共はそこを領土外だと思い、縄張りにするために、あわよくば近くの村を襲うためにやってくる。


 まぁ実のところ、盗賊世界にある秩序も暗黙のルールも何も知らない、害虫となりえる連中をおびき寄せる餌としてルビーが作った場所なのだが。

 もし美代がそんなところに入り込んでいれば、何が起きるかがわからない。


 自分たちを取り巻く危険がボンドッツ達だけではないことを、これまでの旅でわかっているものだと、そう思っていたのに。


(雑木林にいたとして、せめて遭遇するのが賊共であってくれ!)


 早朝の町中、全く人の気配がない街路に、視界の端で人影が見えた。バーナーは足を止めるとその真偽を確かめるため、目を細める。

 そこには確かに人が立っていた。


(なにか、知らないだろうか)


 屋根をそっと歩き、裏路地に降り立つと、バーナーは息を整えた。目覚ましの準備運動にしては心臓に悪いこれは、一般人には何の関係もないことだ。少しでも落ち着かなければ、ともあれば威嚇してしまいそうだ。


「……よし」


 まだ少々息は上がっているが、バーナーはその人影に近づいた。黒髪を肩口まで伸ばしているその人は遠目から見れば、女性のような細身、顔の整い方をしていたが、近くで見ればその背丈と骨格から男性であることがわかる。

 こちらに気が付いたのだろう振り返った青年は、顔の右半分を前髪で覆い隠していた。スッと細められた琥珀色の瞳の、その中にある瞳孔の細さは蛇を連想させたが、恐ろしい物ではなくその見目と同様に綺麗だと思う。


 腰に下げられた剣は、恐らくシャロムで見たことがある小太刀だろうと想像を付けた。ニルハムではあまり見ることがない刃渡りだ、間合いに気を付けなければならないと考えたところで、戦うわけではないのだと苦笑する。


「すまない、このあたりで女の子を見なかっただろうか。黒髪に青目で、このくらいの身長の女の子なんだが」

「アァ、美代殿ナラバ、アチラニイルゾ」


 どこか楽しげに微笑んだ青年に対し、バーナーは瞬時に距離を取って身構えた。対して青年は構えることも警戒することもなく、クスクスと笑っている。


「何者だ」

「……ウン?」


 押し黙り、考え込んだ彼に、バーナーはギチリと眉間にシワを寄せた。いったい何故なにゆえの無言なのかはわからないが、ブラック達の関係者であることは間違いないだろう。

 そうでなければ、あれだけの特徴で美代の名が出てくるはずがないのだ。


「話シテオランノカ……。ワシノ名ハダーク、ダーク・アルス・エレヴ。察シノ通リ、アヤツラノ仲間ダ」

「美代はどこに」

「アチラダト言ッタダロウ。ナニ、心配イラン。ブラックガイル」


 ダークが指さしたのは雑木林の方で、あげくにブラックがいるというのでは安心できる要素は一つもなかった。駆け出そうとすれば剣を構えられ、バーナーも咄嗟に剣を握る。


「二人ニシテヤッテクレナイカ。イラン心配ダ」

「オイラがその言葉を信じるだけの理由があるのか」

「ワシガナゼ、コチラニ来タト思ウ。今ノアレトハ戦ウ気ガ起キンカラダ。絶対ニ嫌ダ」


 語尾がやたらと強調されたそれに、バーナーは静かに剣を降ろした。ダークもそれを追うように剣をしまい、ヒョイと肩をすくめる。


「ソンナニ大事ナラバ、空 魔 箱マジック・ボックスノ中ニデモ仕舞ッテオイタラドウダ?」

「出来るならそうしてるさ、だけどオイラは、あいつらを殺したいわけじゃないんでね」

「苦労シテイルヨウダナ」


 口元に手を運んで上品に笑っているダークを前に、バーナーは警戒を解くことが出来なかった。それを相手もわかっているのだろうか、随分と余裕を持って微笑んでいる。

 魔術を使用されれば、恐らく勝てない。ダークが隠すことなく表に出している魔力は、自身のそれよりも上だ。


「なぜ、美代を捕まえなかったんだ?」

「ワシニハ、ワシノ考エガアル」

「ブラックには何をした」

「黙秘シヨウ、一応ワシラハ、対立関係ニアルカラナ」

「美代を狙う理由はなんだ」

「知ラン」

「……はぁ?」


 緩く腕を組み、小さくため息を漏らした彼に思わず殺気を飛ばしても、ダークは頬を掻いただけだった。


「知ラン、ト言ッタ。ワシラニハモウ一人、ガイル。ボンドッツトリンハ、主人トシテ慕ッテイルガナ。ドウニモ彼ガ欲シテイルヨウダ、ソレ以上ノコトハ知ラン」

「ふざけるな! 事情も理由も知らずわからず、殺されかけた身にもなってみろ!」

「トウノ昔ニ飽キタヨ、ソレハ」


 飄々と言いのけたダークはあくびを漏らし、クルリと背を向けた。意図を掴めずに固まっているバーナーに、ふと足を止めてわずかに振り返る。


「問題児ヲ一人引キ取ッテモラエレバ、ワシハ他ノ二人ニ目ガ届クガ?」

「何を、言って」

「ワシモ、身内ガ大事ナノデナ。アレラガ壊レンヨウニ、最善策ヲ取ルダケダ」


 ヒラヒラと手を振りながら姿を消したダークに、バーナーはドッと汗を噴きだしていた。ズボンで拭う汗ばんだ掌も小刻みに震え、カサカサに乾いてしまった唇を湿らせようにも口の中まで乾いてしまっている。

 惜しみなくさらけ出され続けた魔力は暗に、騒ぎを起こすなと伝えていたのだろう。そしてその思惑通り、魔力により威圧され、牽制され、まんまと動きを封じられた。


 ここで戦闘をすれば無関係な町の人に迷惑がかかる、だとか相手が戦意を持っていなかったから。というのは、ただの言い訳だ。


「オイラは、あんなやつらから、守らないといけないのか……?」

「うわぁっ……」


 聞こえた声に勢いよく顔を上げれば、なぜかブラックに背負われた美代がいた。戸惑いの表情を浮かべた彼に対し、戸惑いたいのはこちらだとガンを飛ばしたのは仕方がないと思う。


「美代……」

「ば、バーナー。おはよう……?」

「バーナー、勝手なことだとはわかってるんだ。だけどボクは、きみ達と一緒にいたい。もっときみ達のことを知りたいんだ」

「……とりあえず、城に戻るぞ。説教は後回し、説明はブルーと雷斗が起きたらやる。……覚悟しろ」


 心眼を持つブラックのことだ、自分が彼の意思を肯定したことは解っただろう。そして苦笑をしているということは怒りも汲んでいるのだろう。背負った美代をなんとなく隠しながら、小さく頷いている。


「そしてブラック、お前にも色々と聞くことがあるからな」

「うん。ボクがわかるところなら、ちゃんと話す」

「当然だ」


 踵を返して足早に道を行くバーナーに美代は背を震わせ、ブラックは困ったように眉を寄せながらも表情を引き締めて後をついて歩き始めた。

 焦燥とわずかな恐怖を、その心の中に見つけながら。


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