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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
33/138

忌まれる力


 ウィングはブラックの体の上から回収してきた宝石を髪につけ、美代に戻った。きつく唇を結んで短剣を左手の親指、その付け根辺りに食い込ませる。

 ポタポタと滴る血は白すぎて眩しい雪の上を赤黒く染め、確かな目印になってくれそうだった。


「風で声が運べても、話してなきゃ意味がないからねぇ……」


 それに、ズキズキと痛む傷に集中していれば、歩いている最中にふと睡魔に襲われることもないだろう。

 周囲をただよう風に耳を澄ませ、美代は歩き始めるのだった。




 雪の上に残っている足跡を、サクサクと新しい足跡を付けつつ追いかけ、少しばかりの焦燥に駆られていた。風が運んでくるブルーの声が、どうにも予想と違う。

 幾分涙腺が弱い彼のことだ、どこかで泣いているものだと思い、風もその通りの声を運んできているのは間違いない。それでも、泣き声と泣き声の間にうめき声が、より詳しく言うならば痛みを我慢しているような声が微かに聞こえる。

 怪我でもしてしまったのか、まさかクレバスに落ちてしまってはないだろうなと、雪に足を取られながらも止まらずに進んだ。


「……ブルー! どこにいるんだ、声をあげてくれ!」

「これはこれは、そちらから来てくださいましたか」


 もどかしくなって叫んでしまえば、違う声が返ってきた。鋭くそちらを振り返り、声の主が腕に掴んでいるを見て目を丸くする。


「ブルー……!」


 防寒具を全てはがされ、後ろ手に縛られたブルーは傍から見ても解るほど呼吸が薄かった。頬は両方とも赤く腫れ、唇から血が流れた跡も残っている。

 声をあげるのも疲れたのだろう、静かに喉を鳴らしているブルーの胸倉を掴み上げたまま、ボンドッツは宙に浮いていた。口の端を歪めて笑い、目を細くする。


「どうやらあなた方は、命にご縁があるようで。殺めるつもりで放った雷 撃エクレールを受けてご無事でいらっしゃるこの子に、あなたのことを訊ねていたところです。丁度いい所に来てくださいましたね」

「……先にブルーを放せ、狙いは私だろう?」

「いいえ、出来ませんねぇ。これは大事な、あなたに対する抑止力だ」

「そうかい、なら私はこうするまでさ」


 腰に下げている短剣を喉元に躊躇いなく運べば、ボンドッツがギチリと眉を寄せて息を飲むのがわかった。怒りと憎悪が浮かんだ彼の表情を鼻で笑ってやれば、ますますその顔が歪んでいく。

 力や技術、魔術ではボンドッツに勝てないけれど、彼の目的が自分自身である限り、彼は自分の命には勝てないのだ。


「小癪なマネを」

「ほら、早くブルーを放せよ。えぇっと……なんだったっけ。そう、お前はあいつのめいを果たせない。とでも言えばいい?」


 まるで地面に叩き付けるかのように投げられたブルーの体を、美代は短剣を放り投げて慌てて受け止めた。即座に髪飾りを付けてやり、手首の縄を解いてやろうと放り投げた短剣を探す。


「……ボンドッツ、私の短剣はどこ」

「知りませんよ。あなたが放り投げたんでしょう、雪にでも埋もれてしまったんじゃないです?」

「元はと言えば、お前がブルーを投げつけるからだろ。縄を解け!」

「お断りさせていただきます。確かに私は、ブルーさんを放しましたよ、それ以上のことは致しません」


 本人に聞こえるように舌打ちをしてやったが、最初に少々挑発しすぎてしまったらしく、表情がピクリとも変わらなかった。素手で解いてやろうにもかじかんだ指では力がほとんど入らず、切りつけた左手の痛みに眉を寄せる。


 ならば、ウィングとしての武器を使おうかと羽根に手を伸ばし、拳を握った。


 もし今後、ウィングとして対峙するときがあった時。この羽根で気づかれてしまっては絶対に面倒なことになる。

 縄を切るのをあきらめて血がにじむ手首を擦ってやり、はくはくと口元を痙攣させるブルーに自分の防寒具を巻き付けた。微かに目を見開き、ゆるりと首を振ったのを無視して、立ち上がる。


「約束だ、大人しくついて行ってやるよ」

「おぉ、恐ろしい表情をされますね。初めて会った時とは別人の様です」

「っ……み、よは」

「ごめんね、縄を解いてあげられなくて。私は大丈夫だよ、早く、逃げて」


 ポンポンと頭を撫でれば、泣き出しそうに顔を歪め。そんなブルーを安心させるよう笑いかけてやり。

 美代はボンドッツへと手を伸ばした。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 洞窟の奥で何かが動く気配がし、バーナーは閉じていた目を開いた。顔をそちらにむけると雷斗も気が付いたのだろう、静かに視線を動かしていく。


「こ、こは……?」

「洞窟の中だ。なにがあったかは、覚えているか」


 ブラックの周りに魔力が漂っているのはわかった。口元がポツンと動いたのも判断がついたがこちらに危害を加えようとしているようではないため放っていると、雪に晒されて傷のようになっていた肌が治っていくのがわかる。


「えと……なんで、ボクを助けたの……?」

「先に美代を助けてくれたのはお前だろ。なんで助けたんだよ、あいつを狙ってるから?」

「ち、違う。ボクは」

「そういうことだろ。大した意味なんかない、助けたいと思ったから助けた、それだけだ」


 それでも、ブラックの瞳は信じられないと言っていた。

 それも不信感ではなく、驚愕の色を乗せてだ。

 バーナーは深く息を吐き出すと立ち上がり、ブラックの頭をワシワシと撫でまわした。手を伸ばした瞬間は目を閉じて肩を跳ねた彼は、撫でられているうちに深くうつむいて恐る恐る視線を上げる。


「……美代を助けてくれてありがとう。まぁただ、あれだ。とりあえずオイラ達が美代を助けようとするのも許してくれないか……毎回毎回、魔力を切られ、切る様に仕向けられ、手を払われちゃあたまったもんじゃない」


 サク、と雪を踏み歩く音がし、そちらに視線を向けて顔を強張らせてしまった。雷斗が即座に洞窟の入り口に立っている人影に駆け寄り、たき火の傍に誘導する。


「ブルー、なにがあったんだ!」

「落ち着け雷斗、ブルー、今は体を温めろ、いい、無理して事情を話さなくてもいい」


 美代の防寒具と髪飾りを身に付け、目は泣き腫らしたのだろう真っ赤に充血してしまい、後ろ手に縛られた手首は無理やりにでも千切ろうとしたのか、皮膚がすり切れて縄に赤黒く染みを作っていた。バーナーが縄を焼き切るとかすれた声を出し、何かを伝えようとするのを、膝元に抱きかかえて止める。


「ば、な。みよ……はん、ぼん、つ」

「泣くな、泣かなくていい。ブルーが落ち着いてから話してくれればいい。大丈夫だよ、今のあいつは強い」

「すまない、すまないブルー。私がもっと確認すればよかったんだ、ちゃんと来ているか見ていれば、こんなことには!」

「雷斗も落ち着け、煽るな。不安は伝染する、ああぁ、泣くな泣くな……えぇい、もう、泣け! 泣いて落ち着けるなら泣いちまえ!」


 悲鳴のようにも聞こえるバーナーの言葉に、雷斗とブルーはほとんど同時に涙をこぼし始めた。そんな二人に頭を抱え、不明瞭な声をあげる彼を見つめる。


(……美代)


 本当は心配で、すぐにでも彼女の元に行ってやりたいのに、それをひた隠しにして二人を落ち着かせるために、冷静になっている。

 そんなバーナーから視線を外し、ブラックは目を閉じたのだった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 ズクズクと痛む左手をきつく押さえ、美代は壁に寄りかかりながら鉄柵を恨めしく見ていた。

 瞬間移動術レガ・ハラフを使って連れてこられた場所はどう考えても銀世界とは全く違う場所で、防寒具を全てブルーに渡していてよかったな、などとそれどころではない考えまで出てきてしまう。

 自分をここに放り込むなりボンドッツはどこかに行ってしまい、無音の牢屋の中で漏らすため息すらうるさく聞こえた。頭を下げると口の端を上げ、クツクツと喉の奥で笑ってしまう。


「……いいよ、いいさ。言葉遊びなら大得意だ」

「フム。何ガ得意、ダト?」


 気配もなく聞こえてきた声に、美代は勢いよく頭を上げて背後の壁に後頭部を強かに打ち付けた。響き渡る鈍い音と走った激痛に頭を抱えて身悶えれば、今度はまだ塞がりきっていなかった左手の切り傷からの出血、痛みに床へと突っ伏してしまう。


「ヌ……スマン?」

「つっ……うぐぅ……! あ、んた誰!」


 涙を浮かべながら体を起こせば、そこにいたのは見たことのない青年だった。

 しゃがんでいる自分に視線を合わせるよう腰を落とすと、その動作でサラリと肩口まで伸ばされている黒髪が揺れた。顔の右半分は前髪で綺麗に隠されており、瞳孔が細い琥珀色の瞳はどこか心配そうにこちらを見つめる。


「ワシノ名ハダーク。ダーク・アルス・エレヴ。オ主ガ、上野美代、カ?」


 どこか片言で、ゆっくりとした話し方をする彼は、ジッと美代のことを見つめていた。あまり見つめられてもどう反応を返していいか判らず、きつく眉を寄せてキッと睨む。


「そうだよ、私が上野美代。ボンドッツやリンの仲間の人?」

「マァ、ソウダ。……娘、ドコカデ会ッタコトハナイカ……?」

「ありません―。知りません―! 調度いいや、ボンドッツに伝えておいてよ」


 その術の詠唱も、大体の魔力の流し方も、どのように使うのかもわかっている。

 何度か見たことがあるその術の使い方をきちんと教えたのは、皮肉にもここに連れてきた張本人だった。目を細めたダークをよそに、口角を上げて冷たい笑みを浮かべる。


「そっちが言葉遊びをするのなら、こっちもそうさせてもらう。放せと言った人質をただ手放して、放したからついて来い。と言ったのはそちらだ。……だから大人しく、あげた。それ以上のことは、絶対にしてやんない!」

 

『我汝に命ず 場を歪め 我が願いし場所へ 連れて行け』


「ナッ! 小娘!」

瞬間移動術レガ・ハラフ!」


 周囲に霞がかかり、視界が渦巻いた。体を何か温かいものに包まれると同時に強く引かれるのがわかり、歪んだ空間に引きずり込まれていく感覚に、歯を食いしばって耐える。


 最後に見えたのは、初対面であるダークが片目をまん丸に見開いて何かを叫んだ姿で。


 術が成功した喜びと、また倒れるんではないかという少しの不安と、その場合になんとなく説教を受けてしまいそうな心配とを胸に抱え、美代は意識を闇に飛ばした。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 ツンツン、ツンツンと頬を突かれる感覚に、美代は薄く目を開いた。服は濡れてグチャグチャになり、体温が抉り取られているのを感じる。


「さむ……」

「おねえちゃん、だいじょうぶ?」


 独り言のつもりが返事をもらってしまい、そう言えば誰かに頬を突かれたのだと思い出して周りを見回した。


「……坊やこんなところでなんて恰好をしてんのおおおおおおお!」


 見えた白塗りの世界で、瞬間移動術レガ・ハラフが成功して銀世界にたどり着けたのは把握できた。そしてどうやら自分を起こしてくれたらしい、五歳くらいの男の子の姿に、思わず絶叫して抱きしめようと腕を伸ばす。


「あっダメっ私今すんごく濡れてる! さむっ! イヤでもなんでこんなところでマフラーも手袋も何もなしに居るのきみ!」

「おねえちゃん、外の人?」


 水色の髪、それよりも少し明るい色の瞳をしているその子は考えられないような薄い生地の上着とズボンで、ケロリと雪の上に立っていた。頭の周囲にフワフワと結晶のようなものが浮かんでおり、何気なくそれに手を伸ばす。


「冷たい……氷だ……。えっと、坊や、お名前は? どこの子?」

「ボク、スノー! おねえちゃん、こっち!」


 くすぐったそうに笑いながらも、スノーは美代の手を取ると歩き始めた。中腰になりながら辺りを見回し、フルリと身を震わせてその男の子を抱き上げる。


「えっと、スノー? どこに行くの?」

「おねえちゃんの、おともだち!」


 冷たい体に、子供特有の温かい体温が心地よくて、スノーの服が濡れてしまったことを申し訳なく思いながらももう少しこの暖かさに甘えたくて。

 美代は彼の言葉に首をかしげながらも、スノーが望む方向に足を進めていくのだった。




 途切れ途切れではあったが、ブルーから事情を聴き終えて、バーナーは頭を抱えていた。ポロポロと止めどなく流れる涙を布きれで拭ってやりながら、視界の端で動いた気配に視線を動かす。


「ブルー、ブルー。治療をさせて、きみがボクのことを大嫌いなのはわかってるけど、せめて治療をさせて」


 膝の上でビクリと背中を震わせ、真っ赤な目でブラックのことを鋭く睨みつけた。バーナーの腕をギリギリと力一杯つかんでいることに自分自身では気づいていないのか、しゃくり上げて首を横に振る。


「くんなっ……! いきなり、殴って来たくせに! ワイの目が、気に入らんとか言って、突然村の人達を襲って……縛って、殴って来たくせに! なんでよ、なんでそんなに美代はんと近いの! なんで、中途半端に、関わってくんの! イヤや、お前が、お前らが来るたび、美代はんはボロボロになっていくんよ!」


 両手で掴まれているせいだろう、血が止まってしまい痺れてきた左腕に苦い表情を浮かべながら、胸元に頭を強く押し付けてくるブルーの体を優しく撫でた。拒絶されたブラックは眉を寄せて口をきつく閉じ、足を止める。

 それでも、彼の髪がふわりと動いたと思った次の瞬間、三人は体を動かせなくなっていた。


「……おいおいおいおいおい! ちょ、ブラック、おまえこれ……」

治癒術リペイ


 バーナーが驚嘆きょうたんの声をあげたのを気にもしないよう、ブラックはブルーの頭に優しく手の乗せると術を紡いだ。見る間に癒されていく術をまるで忌まわしく思うかのように凝視し、動かせない体でブラックのことを睨み続ける。


「バーナー、だいじょうぶだよ。だってボンドッツ、放してって言われて、手を放しただけで放したって言った。だから美代も」

「めぇっちゃくちゃ寒い! ハチャメチャ寒い! あっなにこれ洞窟のなかすんごく暗い! 雰囲気が暗い!」


 洞窟の入り口から奥の方まで反響していった明るい声に、ブラックは顔を上げた。彼の髪の毛が落ち着いているのを確認して体に力を入れてみれば案の定自由になっており、ずぶ濡れで子供を抱えている美代を手招きする。


「バーナー! 心配かけてごめんねぇ、あぁああ雷斗も不安にさせてごめん、ブルーはそんなに泣かないの、怖い顔をしないの!」

「お前はとりあえず落ち着いて、炎に当たれ! んで、その腕の子は?」

「ボク、スノー! んと、ブラックおにいちゃんも、見えないの?」


 名前を呼ばれたブラックからは、目視できるほどに血の気が引いていた。呼吸も薄くスノーを見つめ、それでも緩く瞼を閉じて唇をゆがめる。


「……銀世界の住人、ガーディアン。スノー・ピュール。……きみも、そうなんだね。心眼能力者、なんだね」


 無理やり搾り出すように、か細い声を漏らしたブラックに、雷斗は目を丸くして彼のことを見つめた。ブルーは相も変わらず睨み続け、美代はキョトンと首をかしげる。


「しんがん?」

「ブラック、いま、きみも。って言ったな? お前も?」


 げんなりとした表情で問いかけたバーナーに、ブラックは深くうつむきながらも小さく頷いた。美代と同じようにキョトンとしているスノーとブラックを交互に見つめ、ため息を漏らす。


「マジかぁ……。今まで、噂でしか聞いたことがなかったわ。本当にいるんだな?」

「心眼、ってなに?」

「……お前から話す? オイラが説明する?」

「……はな、せる」


 美代はブラックのその表情を、どこかで見たことがあった。炎にあたりながら口元に手を運び、ふとその瞬間を思い出す。

 

 彼に会ってすぐの頃、自分がまだフォークがある場所を教えていないにも関わらず、彼が自宅の引き出しからそれを取り出したとき。それを指摘したときの表情に、よく似ていた。


「人の心が覗けてしまう、うまくコントロールをしないと……人の思いが、見えてしまう。そんな忌まわしい力、気持ちが悪い力だよ」

「あ……」


――美代にとっても他の奴にとっても気持ち悪い力を持ってる――

――それでもオレの事、怖くないって言ってくれる?――


 気持ちが悪いと思うより、忌まわしいと言うより。

 今までの不思議なことが、ストンと腑に落ちた。

 悲しそうな顔も、苦しそうな顔も。不安そうな声音も全て。


「そっかぁ……。まだまだ知らないことだらけだなぁ」


 そう言って頭を掻いた美代のことを、信じられないものでも見る視線で、ブラックは凝視した。苦笑いをしているバーナーにも目を向けて、ふと嬉しそうな表情になる。


「ボクはもう行くね、ありがとう」

「うん。ボンドッツがすんごく荒れてるかもしれないから、気を付けて?」

「ふふっ。あれはボンドッツも悪い、だって先にいじわるしたのはボンドッツだもん」

「放せと言われて手を放したならば、そりゃあ着いて来いと言われたら、着いて行くだけだよねぇ? 捕まってなんかやるもんか」


 クスクスと笑い合っていると、ブラックが不意に術を紡いだ。もはや彼の十八番であり、移動の際に頻繁に使用しているその術は耳になじんでいる。


「助けてくれたお礼。ふもとまで送ってあげるよ!」


 誰がどう返事をする時間もなく。

 ブラックは五人に向けて、瞬間移動術レガ・ハラフを放っていた。


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