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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
30/138

狙われた少女


 上空からの声にバーナーはブワリと殺気を膨れ上がらせ、身構えていた。雷斗も少し遅れてブルーと美代を守るよう背に庇い、ジンとハツキは二人の突然の行動に戸惑っている。

 そんな中美代は、顔から血の気を無くしていた。


「……ボンドッツ」


 ポツンと紡がれた言葉は、ひどく震えていた。宙から滲みだすように現れた彼の隣には見覚えのない少女がいて、美代は静かに目を細める。

 星マークがついた緑色のバンダナを付けた彼女は、頭に猫耳のようなものを付けていた。飾りかと思って凝視してみればピクリとそれが動き、どうやら本物らしいことがわかる。その子はボンドッツの袖を摘み、迷いなくこちらを見つめてきた。


「ボンドッツ、あの子が、美代ちゃん?」

「そうですよ、リン。……生きておいでだとは、思っていませんでしたよ。なかなか丈夫なお体ですねぇ?」

「おかげさまで、このとおり生きてるしピンピンしてるよ。……何の用、なに? 私が生きてたのが不満?」


 不穏なやり取りに、バーナーの拳が固められたのがわかった。雷斗は口の先で何かを呟き、ブルーがジンとハツキを抱きしめるようにして隠す。


「いえいえ、ご無事で何よりです。我らが主人の命により、あなたを捕らえる事となりましたので」


 まばたきをする間もなく、バーナーとボンドッツが互いに剣を出して鍔迫り合いを始めていたのには、目を丸くすることしか出来なかった。

 ほんの一瞬の出来事で、ボンドッツは刀身が針のように細く鋭い剣を、バーナーは自身の真紅の剣を向けていたのだ。


「雷斗! 村へ!」

「承知した!」


 最初に我に戻ったのは、名前を呼ばれた彼だった。美代とブルーの手を掴むと踵を返して走りだし、ジンとハツキが反射的に続いて行く。

 五人を追おうとしたリンの目前に炎を立てると、彼女は小さな悲鳴を上げてボンドッツの隣に移動した。彼の目付がわずかに鋭くなり、唇が震える。


 放たれたものは火 球フラム・バルだった。特に問題もなくその炎を自身のそれで打ち消して、ボンドッツの剣を弾く。詠唱なく炎を使ってしまえば一族がバレるが、今更隠すつもりは欠片もない。

 弾かれた剣はしなやかに反り、勢いを殺すことなく戻ってきた。舌打ちを漏らすとバックステップで距離を取り、口元を緩く上げているボンドッツのことを睨みつける。わずかに切られた手の甲に流れる血は、裂いた上着を巻き付けて止めた。


「……レイピアじゃねぇな、エペか。それも魔力で改造してある」

「よくご存知ですね。大抵の方はサーベルかレイピアと見間違います」


 バーナーは、いつだったかシャロムで見た「てれび」というものを思い出していた。


 フェンシングという競技の中に、エペという種目があった。初めて見た時には、こちらにも剣を使った戦いがあるのか! と若干の興奮を覚えたものだ。しかも使う得物の物珍しさに、ついつい凝視してしまった記憶がある。

 しかしいざ中身を見てみると、偽物の剣を使った、その名のとおり「競技」で、肩を落としてしまった。平和なシャロムからしてみればとても緊迫した決闘だろうというのは想像がつくのだが、いかんせん実践に慣れ過ぎた自分からしてみればあまりにも綺麗すぎる戦いだったのだ。


 そもそもあんなに剣がしなってたまるかと。刺殺することに特化したはずの剣なのに、そんなにふにゃふにゃでたまるかと。

 そんな剣があってたまるか! と。吼えてしまったものだ。


「まっさか、あれの実物を見る羽目になろうとはなぁ……」

「エペを原型にサーベルの斬撃性、鞭の柔軟さを加えました。それに気づけるなんて、流石は火炎族といったところですか」

「そりゃどうも。……理由は知らねぇが、あいつにゃ手を出させねぇ。少々の火傷は覚悟しておけな?」

「あぁ、恐ろしいですねぇ。……それでは、まいりましょうか」

 



 宝石を探しながら歩いたのは、おおよそ二時間くらいだった。

 あの場所からは全力で走ったとしても、すぐには村にたどり着けないことくらい簡単にわかる。気圧されるほどの殺気を全身に受けて、動悸が落ち着かないうちに走り始めたのならばなおさらだ。

 実際に鼓膜の奥から心臓音が聞こえ始めるほどには脈が上がり、地面を踏み込む時にバランスを崩しかけてしまう程度には疲労が来ていた。美代を背負い、息が上がっているブルーを引っ張っているのだからある種当然とも言える。


 それでも雷斗は、足を止めなかった。


(バーナーがあれほどの殺気を出す相手だ、盗賊の時にも人売りの時にも、ブラックの時も。あれほどはなかったのに)

「らい、らいと、あかん、おいてって」


 右手が強く引かれ、雷斗はそれに引っ張られるようにして膝を折った。ブルーが地面に突っ伏すよう倒れて酸素を貪り、紅潮した顔を震えながら上げる。


「も……はし、れん」

「ブルー、頑張れ。もうすぐ村につくはずだ」

「ブルー兄ちゃん、頑張って!」

「背中を押してあげるよ、だから逃げよう!」


 完全に巻き込まれているだけなのに、ジンとハツキも事の異常性に気付いているようだった。立たせられたブルーはガタガタと震えながら目尻に涙を浮かべ、彼の苦しそうな呼吸音に胸が締め付けられるのを感じる。


「雷斗……ありがとう、少し、マシになった。雷斗が大丈夫なら、今度はブルーを」


 早々にダウンしていた美代が背中からずり落ち、代わりにブルーの体を雷斗の背中に乗せた。まだ顔が赤いがそれでも少しは回復したのだろう、ジンとハツキに手を握られて走り出す。


裂 撃 地クロ・ソォロ!」


 突如目の前の地面に深い亀裂が走り、雷斗は足をつっぱって、美代は兄弟に引っ張られるようにして立ち止まった。聞こえた声は少女のもの。


「ごめんね、逃がすわけにはいかないの」


 なぜリンがここにいるのか、ボンドッツはどうしたのか、バーナーはどうなったのか。そして今、どうすればいいのか。

 それを咄嗟に判断するには、あまりにも自分は経験不足だ。


『大地に住まいし精霊よ じゃの如くうねり踊れ 我らが 目前もくぜんの敵を許さず 飲みこみたまへ』


 なにが正解なのかを考える時間もなく、リンは口早に詠唱を終えてしまった。地面が盛り上がるのを確認した時点でブルーの体を美代に向けて投げ、両手を前に突き出す。


稲 妻 刃ブリッツ・ドルヒ!」

歪 舞 地ソル・ロンド!」


 雷斗が放った剣の形をした雷は、うねる様に動いた大地に阻まれてリンには届かなかった。表情を歪めながら迫りくる土の波を避け、続けて唇を痙攣させるよう何かを呟く。


雷 球フドゥール・バル……」

「させないっ!」


 背後からの予想しない殴打に、掌の上で作りかけていた雷の珠は完成させられず地面に倒れ込んでしまった。なにが起きたのか理解が追いつかず、美代やブルーは無事なのかと反射的にそちらへ視線を走らせようとする。

 だが、確認する間もなく再び地面が盛り上がり、腹部を突き上げられたかと思うと体に巻きついてきたのだ。


「がっ……!」

「ら、雷斗!」

雷 撃エクレール


 自身の骨が軋むイヤな音を聞きながらも、雷斗はボンドッツの声を聞いていた。紡がれた術に目を見開き、血が混じる咳をしながらもブルーへ顔を向ける


(間に合えっ……!)

「うあっ……!」


 短い悲鳴を上げ、ブルーは体を痙攣させながらうつぶせに倒れた。全身が圧迫されている息苦しさに視界が白くなり始め、体の拘束を解かれても解放された肺が酸素を取りこもうとする呼吸と、咳き込んだ空気が喉もとで衝突して上手く息が出来ない。立ち上がろうとして膝が折れ、倒れた体を起こそうと腕に力を込めても、震えるばかりだ。


「おや、リン? 美代さんはどうしました?」

「ご、ごめんねボンドッツ。あたし」

「大丈夫ですよ。逃がしはしませんから」


 柔らかく微笑みながら。ボンドッツは倒れる雷斗の鳩尾に、容赦なくつま先を埋めた。ゴブリと吐き出した血の塊に呆然とし、遅れてやってきた激痛に叫ぼうにも血液が喉に絡まって咳き込むのが精いっぱいだ。


「あちらもそう長くはないでしょう。行きましょう、リン」


 あちらもそうながくはない。ボンドッツはいったい、なにを言っているのだろう。

 その思考も不鮮明なままに。雷斗は目を閉じた。




「美代お姉ちゃん頑張って!」

「逃げなきゃ、だから!」


 雷斗からブルーの体を投げつけられ、彼を落ち着かせていた最中のことだ。

 ジンとハツキから手を取られ、ヒュウヒュウと苦しそうな呼吸をしているブルーに背を押されるようにして美代は静かに走り出していた。道には亀裂が出来てしまったが、茂みの向こう側、森の方までは広がっていなかったらしく遠回りをして村へと急ぐ。

 だが、元々疲労のあまり雷斗に背負ってもらっていたほどだ、そう距離を走れるはずもなく、美代は座り込んでしまっていた。二人がどうにか美代を支えて歩こうとしても、足に力が入らないのでは立ち上がることも出来ない。


「見つけましたよ」

煙 舞 踊フュメ・ダンス!」


 声の主を目視する間もなく煙幕に巻かれ、思わず顔を腕で覆ってしまった。ジンとハツキが咳き込む声が聞こえてそちらに顔を向ける。


「ぎゃんっ……!」


 首筋に電気が走り、美代は倒れた。抱え上げられたのがわかっても痺れている体では抵抗もままならず、なされるがまま、力を抜く。

 深く息を吐き出し、意識はそこで途切れてしまった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 バーナーは短い呼吸を繰り返しながら、こめかみに青筋を立てていた。イフリートが心配するかのように主人の上を飛び回り、何かの気配に警戒の声をあげる。

 使い魔の鳴き声に、微かに顔を上げた。そこに見えた黒い布に舌打ちがこぼれ、何かを言おうとして吐血する。


「……体 浄 化ソーマ・カサルシィ


 異常状態を治癒する白魔術を唱えた彼は、バーナーが誰に何をされたのかをわかっていたかのようだ。鉛のようだった体が元のとおり軽くなり、胡坐をかくと口の端から流れている血を手の甲で拭い取る。


「よぉ、ブラック。怪我はもういいのかよ?」

「怒らないで」

「ボンドッツの野郎、ほんっきで殺しにかかって来たぞ。姑息な手ぇ使いやがって……」

「怒らないで!」


 最後に見た時とは違い、怪我も魔力もすっかり回復しているらしいブラックに投げつけた言葉が八つ当たりに近いことは、自身でも気づいていた。口の中に残る血液が気持ち悪くて地面に吐き出し、自分の前に膝をついて座っている彼のことをジロリと睨む。


「ボクは美代のところに行く、バーナーは向こうをお願い。急いであげて」


 何かを企んでいるわけではなさそうで、バーナーは落ち着くために長く息を吐き出した。口先で術を練り上げたブラックを見送り、唯一ボンドッツに切られた手の甲を忌々しそうに見つめる。


「いつかぜってぇ、やり返す」


 だけど今は、それどころじゃない。

 ブラックに言われたよう、バーナーは二人の元へと急ぐのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 気を失い、後ろ手に鉄枷を嵌められ、布を噛まされている美代を見てブラックはきつく眉間にシワを寄せた。優しく抱きかかえると静かに姿を消し、村よりも少しだけ離れた森の中に出る。

 髪がザワリと揺れ、ブラックが睨むと、鉄枷は破壊された。猿轡を解き頬を数回叩いて彼女を起こす。ビクリと肩を震わせ、怯えたが、焦点が自分に合うと目を丸くした。


「起きたね、向こうに歩いて行って。そしたらバーナーたちと会える」

「な……なんで?」

「早く行って! ボンドッツに気付かれる前に、ボクはみんなのところに戻らなきゃいけないから!」


 背中を押しても、美代は動こうとしなかった。無理やり術で飛ばしてしまおうかと頭に手を伸ばし、彼女の格好を見て動きを止める。


「……見たことがある」

「え?」

「美代の、その服を、見たことがある……うあっ……!」


 ブラックが頭を抱え、丸めた背を震わせた。息を飲んで彼のことを抱きしめると突き飛ばされてしまい、瞳を揺らす。


「行って、行け! 速く!」

「……ブラック、ありがとう。ごめんなさい……!」


 振り返ることもなく。美代はただその場を走り去ることしか出来なかった。




 息を切らしながらも止まることなく走り続けると、バーナーの背が見えてきた。半ば突っ込むようにその背に飛び込むと深呼吸を繰り返し、彼の腕の中にいる雷斗を見て目を見開く。


「美代、大丈夫だったか」

「わ、私よりも雷斗……!」

「どうすればいいん? なぁ、なぁ……雷斗、起きんの。息はしてるけど、すごく薄くて、ワイ、助けてもろうたのに、なんも、なんも出来んで……!」


 しゃくり上げているブルーを励ましているのは、ジンとハツキだった。ボンドッツやリンは二人に興味を持たなかったらしく、ホッと息をついてしまう。


「なにがあったの、あのあと、一体なにが」

「雷斗、地面で体締め付けられて、ボンドッツに腹蹴られて、ワイに、ワイに雷の術が当たらんよう守ってくれて。でも、それでも痺れて、動ききらんで」

「美代、ブルーたちを連れて先に村へ向かってくれないか。大人たちを呼んで……」


 ここからはまだ、村の入り口すら見えていないのに、それでは時間がかかりすぎるのではないか。

 それならば、試すだけ試してみたいことが美代にはあった。自分は以前、ブラックから魔力を分けてもらっている。そして分け与えられた方は、魔力が蓄積していくという。


 すなわち、自分も魔力を持っているということ。試すだけ無駄ではないはずだ。


『慈悲深き者 哀れし者 汝が力もて 願わくばこの者の傷 癒す助力に なりたまへ』


 言葉を遮った美代の詠唱にバーナーは目つきを鋭くし、彼女が掌の上に作り上げた術に思わず息を止めた。


治療術リペ


 その光が雷斗の体を包み込み、彼の傷を癒していく。同時に美代が背中にもたれかかってきたが、そんなことはどうでもよかった。


(美代が、白魔術を……! 詠唱はあいつが教えた可能性があるが、どうして!)

「み、美代はん白魔術! 白魔術、使うた……!」


 目を丸くするブルーは、驚きのあまり涙も引っ込んでしまっていたようだ。どうして治療術リペを使えたのかを問いただしたくても、使用したと同時に気絶するよう眠ってしまった彼女を起こすわけにもいかず、バーナーは雷斗と美代を同時に抱えあげる。


「……ブルーは歩けるか」

「う、うん」

「村まで進む、ジンとハツキは大丈夫か? ごめんな、巻き込んじまって」

「ボク達は大丈夫、毎日お母さんの手伝いしてるんだもん!」

「ちょっと怖かったけど……でももっと怖いお客さんの相手も、ちゃんと出来るんだからね!」


 体力面でも、精神面でも、トラブル面でも。多少の慣れがあるらしい兄弟に、バーナーは口の端を上げてしまった。竹籠の中身を確認してヒョイと背負うジンに、ブルーの手を取って立たせるハツキは実に頼もしい従業員だろう。


「今日はお母さんに頼んで、たくさん美味しい物作ってもらうよ!」

「行こう!」


 手を引かれて歩き始めたブルーの後ろを進むよう、雷斗と美代を支え直し、バーナーも歩き始めるのだった。


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