負の遺産・1
「あっ……あの、あんの野郎! なんてデタラメな力をしてやがる!」
自分に巻き込まれた形で飛ばされてしまい、戸惑いながらも周囲のことを警戒してくれている雷斗には申し訳ないが、叫ばずにはいられなかった。
光もない暗闇に、とりあえず雷斗を少しでも安心させようとして、足元だけでも照らすよう火の玉を浮かべてはみた。が、それで自分自身が落ち着けるかといえばそうではない。
いくつも反響して、元の声量の倍になって戻ってくる自分の声が酷くやかましいけれど、そんな事も関係ない。ただ、自身の中にある常識や知識以上のことが起きていて、早く冷静になるためにも叫びたかった。
何度か対峙していて、彼の魔力の容量がおかしいとは思っていた。
そしてたった今、その認識が変わることになったのだ。ブラックの力は色々と狂っている。
まず一つ、あの一瞬での魔道具の作成。
そもそも魔道具とは、名のとおり道具に魔術を付与して、通常その術を使えない者が少しの魔力でその術を使用できるようにするものである。
その手順として、魔道具にするものの準備をしなければならない。ほとんどの場合で使用されるのは自身の魔力と相性がいい宝石で、込める魔力に耐えられる大きさの器が必要となる。
これに魔力を浸透させて核を生みだし、核を安定させてから術を封じ込めるのだが、魔力を込めやすい宝石ならばこの作業が多少楽になるというわけだ。
言葉にしてみれば簡単そうだが、熟練の魔術師が行ったとしても、最低でも十分はかかるはずだ。魔術に長けている、信頼が出来る知人が、これ以上の短縮は厳しいと愚痴っているのを散々聞かされた。間違いない。
それをブラックは頭髪一本を使い、自分たちを飛ばす直前の一瞬で成し遂げた。しかも、あれだけのボロボロの状態で。
そして一つ、ブラックが移動の時によく使っている、瞬間移動術。
何度か見たことはあったものの、その術をぶつけられて初めて、どんなものかがわかった。
魔術を行使して現在地点から想像する目的地までの空間を捻じ曲げ、捻じ曲げたせいで不安定になっている空間の中を、魔力で体を包み込んで通り抜ける技だ。
空間を捻じ曲げるという意味合いでは空 魔 箱が類似した術になるが、必要な魔力は比べ物にならないだろう。あれは身近な空間を捻じ曲げて、異空間を作るだけ。魔力はそこまで消費せず、だからこそ自分自身は他の魔力の使い方が出来ている。
距離がある空間を捻じ曲げてくっつけているだけでも考えられないほどの魔力を消費するだろうに、その捻じ曲げた空間を、身体を魔力で保護しながら通り抜けるなんて、正気の沙汰じゃない。
並みの熟練者なら絶対にやらない。こんな術を繰り返し使っていれば、魔力が尽きて死ぬのが見えている。
それから、もう一つ。
「美代につなげてるオイラの魔力を手探って、オイラの魔力を吸い上げてやがる……!」
自分自身につなげられた魔力ならまだしも、他人につけられている魔力をたぐるなんて馬鹿げた技が。
たぐった魔力を元に、魔力の持ち主からそれを吸い上げるなんて所業が。
「出来てっ……たまるかああああああ! そんな真似が常人に出来てたまるか、こん畜生が!」
「どっ、どうした、バーナー! なんだ、何事だ!」
「すまん、ちょっと冷静になるのは無理だわ! あの規格外魔力……どうかしてる!」
つまりはだ。
もし、ブラックの豹変に関しての、自分の予想が当たっているとすればだ。
この規格外以上の魔力の持ち主、あるいは魔術師が居る、というわけで。
「いやいやいやいや、バッカじゃねぇの……バカじゃねぇの。マジかよ。正気かよ。下手すればそんな奴らが、相手かよ……」
背中を走った冷たい汗に、バーナーは自分自身で驚いてしまった。息を飲みこみ、ジワリと広がる掌の汗をズボンで拭い取る。ドクドクとうるさく脈打つ心臓は、決して不快感ではない。
「バーナーよ、大事ないか。顔色が、悪く見える」
「あぁ……うん、大丈夫だ、うん」
そう言う雷斗の表情も芳しくなかった。無意識だろうか、彼は自分の服の裾をきつく握りしめ、不安そうに周囲を見回している。
高揚したこれは、きっと火炎族としての性。強者と戦えるという、期待。
「ここは一体、どこなのだ。あちらの方から、同胞の力を感じる……どうしてこんなところで? なにが起きているんだ、バーナー。なにが起きている」
しかし今は、その高揚に心を傾けている暇はなかった。現に今も、ブラックに魔力をグイグイ吸い取られているし、雷斗はきつく唇を噛みしめて一点を見つめている。
目の前の彼と、恐らく傷つけられることはないだろうブラックの手元に居る美代。今の自分が優先するのは、どちらだ。
「……行こうか、雷斗。あの龍を、遺産の哀れな犠牲者を助けに」
とりあえず今はまだ、魔力の糸は繋げたままにしておいてやろう。美代を任せているんだ、魔力切れで倒れられても困る。
最も、こちらが倒れてしまっても意味はないので、適度なところで斬らせてもらうことにする。美代の居場所はわからなくなってしまうが、最悪の場合には自力で探し出してやろうじゃないか。
バーナーの服の裾をしわくちゃにしながら全力で握り締めている雷斗の手を取ると、クシャリと歪めた顔で驚いたように見上げてきた。
「あわれな、ぎせいしゃ……」
「案内できるか? 同胞の力の元に」
「あ、あぁ。こちらだ」
雷斗が指を向けた方向に、火の玉を動かすと、二人は歩き始めたのだった。
光がほとんどない地下空洞は、足場が驚くほどに悪かった。
天井から滴ってくる水滴で滑らかに削られた岩肌は、ただでも凸凹としていて歩きづらい場所を更に悪路に変えていた。足をひっかけ、滑り、転びそうになるのを、なぜだか何の苦もなさそうに歩いているバーナーに支えてもらいながら進む。
なぜ同族の力がわかるのか、と尋ねられていたら、なんとなく。としか答えられなかった。地上に降りてこられるはずがない一族なのに、おかしいじゃないか。と言われてしまえば、口をつぐむほかなかった。
だけどバーナーは、疑いなく自分の話を聞いてくれた。ならばこちらも、それに応えるだけだと、感じている雷雲族の力に集中する。
距離だけで考えればさほどなかっただろう。不意に人の手でつくられたような道に足を踏み入れ、雷斗はビクリと背を正した。今迄足元を照らしてくれていたバーナーの炎が宙を駆けて行き、突如明るくなった空間に思わず目を閉じる。
恐る恐る瞼を開いて、見えたものに言葉を失ってしまった。
「気を付けろ、雷斗。正直に言うとここから先はなにが起こるのか、オイラにもわからねぇ」
目前にそびえ立つのは、白い神殿だった。土色に囲われている中に建つそれは異様な目立ち方をしており、ギリギリと心臓を握られているような痛みを感じる。呼吸がし難く、震え始めた手を緩く持ち上げると、柔らかく握られて肩が跳ね上がる。
「オイラとはぐれるなよ」
「バーナー……ここ、は」
「神話の一つ。世界を無に戻した、人の業が成したものだ」
「しんわ……」
情けなくも、言葉を一言発するのでさえ、やっとの思いだった。バーナーはそれを気にする様子もなく、足並みを合わせて進んでくれている。
「神話の創世記、最終章。世界の終わりと始まり、人が犯した禁忌の業。それが、負の遺産と呼ばれるものだ」
――人は柱の力を求めて、神の力を利用した。柱の創設者の力を使い、柱を柱ではないものに変えた。
人はそれを鉱石に込め、別の生命に込め、柱の力を殺していった。これでは世界を支えられない、ただ崩れていってしまう。
怒り狂った神は、白と黒の柱を残し、世界をまっさらにしてしまった。
人が生み出した生き物は消え、業は消滅させられた。
「愚かな人よ、神の力を侮るものよ。汝らが罪は消えぬ、その業は永久に体に刻まれる」
神の力の欠片を持つものは、それの一切を奪われた。
神の力の欠片を持たぬものは、それを得ることを禁じられた。
まっさらになってしまった世界に刻まれた罪が癒えるのは、どれほど時間を要するだろうか。
人は神に許されるため、まっさらな世界で再び生きていくことを定められる――
「……これが、世界の終りであり、始まりである」
書いてあるものを朗読しているかのように、バーナーの口上はなめらかなものだった。長い廊下のようなものを歩き、時折、崩れ落ちてきている天井に道を阻まれながらも、それを乗り越えて奥へと向かう。
「鉱石はわかるか」
「……私たちにとっては、忌まわしいもののことか」
「そう。それと、生き物。これらが負の遺産」
「しかしバーナー、神話だろう」
「オイラ達だって神話の一つさ」
事実ではないだろう、と続ける前に、バーナーが意味ありげな笑みを浮かべて振り返った。思わず立ち止まってしまうと、同じように立ち止まってくれる。
「雷斗。この世界にとって、神話は神話じゃない。あれは一つの歴史書なのさ」
「れきししょ」
ゆっくりとうなずき、先を見つめて少しだけ顔をしかめた彼は、青ざめているように見えた。そこに座ったバーナーにつられるよう雷斗も座り込むと、彼は微笑みながら目を閉じる。
「そう。歴史書、その全てが真実だと、該当する者たちの名前を知られないようにと、堅苦しく小難しく記されたもの」
「バーナー。お前はなぜ、それを知っている。真実だと、言える」
「それを知る機会が、興味を持てる機会があったからさ」
そう零したバーナーの表情はなぜだか、苦いものだった。指の腹で頬を掻き、大きく息を吐き出しながら背伸びをしている。
「それを真実と言えるかどうか、って言うのは……オイラが神話を教えてくれた人のことを、信じているから、としか答えられないな。神話を真の意味で信じられれば、この世界は愉快なもんだ」
言いながら、バーナーは再び廊下の先を見た。深呼吸をし、天井を見上げ、舌打ちをする。
これ以上、ブラックに魔力を取られるのは厳しいだろう。この先になにがあるのか、本当にわからないからだ。
美代につながる魔力の糸を斬り、肩の力を抜いた。心配そうに見上げてくる雷斗に手を伸ばして立ち上がらせると、彼の背を撫でる。
「さて、ここから先は少々の覚悟をしておけよ」
浮かべている寂しそうな笑みに首をかしげながらも、雷斗は小さく頷いた。
笑みの理由以上に、覚悟の内容が気になるものだ。
「たぶん、死体がゴロゴロ転がってるぜ」




