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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
25/138

水の使い手


 予定では今日も朝から出発し、休憩を交えつつ近くの村に向かう。陽が暮れる前には野営の支度をし、遅くならないうちに就寝。という流れだった。

 そんな一行は再び、岩陰に駆け込む事態に陥っていた。


「随分と天気が不安定だね、この辺りでは普通なの?」

「そんなことは、ないはずなんだけどなぁ……」

「昨日のあの晴天から、この大雨は妙だ」

「なぁなぁ、今日は歩かんの? お休みの日にするの?」


 大粒の雨が降っているせいか、ブルーはどこか嬉しそうに身を乗り出して、胡坐をかくバーナーの膝にのしかかった。そんな彼を自然な動作で膝の上に座らせてやりながら頬杖を着き、ため息交じりに外を眺めている。


「この雨の中じゃあ歩けねぇからなぁ。仕方ない、雨が止むまでここで……」


 言い終る前に美代が立ち上がり、ふらりと岩陰から出てしまった。慌てて雷斗が雲で傘を広げるも、すでにずぶ濡れになってしまっており、バーナーは突然の彼女の行動にブルーを降ろすと濡れるのも構わないように腕を取る。


「おい美代! どうしたんだ、今日はこのままここで休むぞ」

「……声が聞こえた」


 大地を打ち付ける雨音が大きすぎるせいで、声を張り上げないと会話もできないようなこんな状況のなか。

 風も使えない彼女は、『声が聞こえる』と、確かにそう言った。


「行かなきゃ、変な力を感じるよ。声が聞こえるよ。こんな雨の中、変じゃない?」

「オイラには何も聞こえてねぇぞ。風邪をひく、ほらこっちに」

「ううん、行く! だって、この声は……ブラックだ」


 遠くを見ている彼女の言葉を聞いて、バーナーは美代の腕を握る手に、力を込めてしまった。


「行かせて、行きたい。だってあのブラックが、変な力と一緒にいるんだよ? 絶対におかしいよ!」


 強く訴えるその姿勢に、バーナーは額に手を乗せた。一度深呼吸をしてから雷斗とブルーを振り返り、言い難そうに口を開く。


「この先に、ブラックがいるらしい。オイラと美代は行く、こいつの得物を取られたままだからそれを取り返しに。気が進まなければ、このままここで待っていてくれ」

「な、なしてブラックが! えっ、えっ、なんでわかったん!」

「ブラック……とは、着替えの時にブルーが話してくれた男のことか」

「そうよ、ワイがいた村を襲って、すごく酷い事してきたヤツ……!」


 動揺と憤りを同時に表に出したブルーに、雷斗は少々戸惑っているようだった。今にも走り出そうとしている美代を止めつつ、二人の返事を静かに待つ。


「……私は行こう。その者に会ってみたい、それに、この天候不良の原因がつかめるかもしれん」

「ワイは行きとうないよ! イヤや、会いたくない!」

「……わかった。イフリートを置いておこう、オイラ達はここに戻ってくるから、ブルーは待っていてくれ」

「……うん」


 一人でいるのが不安だという思いと、ブラックに会うのはイヤだという感情が天秤で揺れているように見えた。そして眉を寄せながらも留守番を選んだということは、不安よりも不快の方が勝ってしまったのだろう。

 元々、ブルーはブラックに会うことが目的で旅に同行しているはずなのだが、力量の差は重々承知しているらしい。


「行くぞ」


 三人は雲の傘を飛び出し、美代が聞こえたという声の方向へと走り始めた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・



「もう、さいあく。こんなのに遭っちゃうなんて」


 自分はただ、キライな目をしていなくて、何となく自分やみんなと同じような雰囲気をしていて。まだちゃんと話をしたことがない少女を、探していただけなのに。

 大雨の中で裂かれた右腕をだらりと下げ、雷に焼かれた左足を地面に投げ出すような形で座り込んでいた。少女の代わりに出遭ってしまったのは、喉をグルグルと鳴らしてとぐろを巻く、丘の如き一頭の龍。


「ねぇ、きみの本体はどこにあるの? なんて、たずねても答えてはくれないよね」


 返事と言わんばかりに、天空で、体を揺らすほどの雷鳴がとどろく。


 魔力をそこそこ消費する瞬間移動術レガ・ハラフを、このところ多用していたせいか、傷を癒すのも難しかった。そんなに魔力の器が小さいわけでもないのに、と思う反面、意思を持つ災害を相手にこれだけの怪我で済んでいることを誰かに自慢したいとも思う。

 したくても、今のこの状況を抜け出さなければならないのに、体が動いてくれなかった。流れる血が水たまりに溶けていき、それにあわせて体が冷えていくのを感じる。


(もう一度だけ、きみと話しをしたかった……なんて思うボクは、わがままだ)

「――ブラック!」


 あるはずがない声に、ブラックは何も考えずに立ち上がると、姿を確認しないままに瞬間移動術レガ・ハラフで接近してその体を抱き上げた。ズグズグと痛んだ足に唸り声を上げながらも、地面を蹴って舞空術アラ・ボラルを唱える。

 視界が大きく歪み、腕の力が抜けかけた。歯を食いしばりながらもその体を落とさないよう、必死に力をこめ、早くこの場から離れようと口を開く。

 落雷まではすぐそこなのだ。


「美代殿、危ない!」


 天から走った雷が途中で軌道を変え、龍の脳天に落ちるのが見えた。腕にしっかりと抱えている少女を呆然と見つめ、見たことがない青年とバーナーが走ってくるのを確認する。

 雷を落とされたことで、龍は狙いを、見たことがない青年……雷を操ったところを見れば恐らく雷雲族の彼に変更したらしい。思わず舌打ちを零すと血塗れの右腕を無理やりに持ち上げ、二人の前に魔 弾 盾マジア・シルトをたてる。


 龍が横なぎにした硬い鱗に覆われた尾が、あわや二人の体を打ち付ける瞬間には間に合った。その衝撃に、砕け散りそうになった魔力の盾に詠唱を重ね、二人に接近すると魔 弾 盾マジア・シルトの中に入る。


「どうして、きみ達がここに……」

「ブラック、ブラック大丈夫? 酷い怪我! なにがあったの、あれは何なの!」

「美代はボクの話を聞いて?」

「あれは……負の、遺産……?」


 零れ落ちんばかりに目を見開いたバーナーは頭を抱え、深く俯いてしまった。微かに聞こえる程度の声でブツブツと何かを唱え、しかし詠唱ではないらしいそれに、ブラックは細く息を吐き出すともう一人の青年を見る。


「きみは」

「……私の名は雷斗。お前が、ブラックか」

「うん、そう。……バーナー、こいつの本体がある場所、わかる?」


 平静を装いながらも、龍の攻撃で壁が削られ、張りなおし、その度に魔力が抉られていくのを感じていた。記憶の引き出しを片っ端から開いているらしいバーナーの邪魔をしないよう、静かに問いかける。


「……地中、遺跡……いや、地下空洞……?」

「そう。そのあたりに、飛ばしてあげるよ。きみなら魔道具の使い方も解るでしょ」


 彼の返事を聞くつもりはない。

 自分の髪の毛を一本抜くと彼の手首に結わいつけ、瞬間移動術レガ・ハラフを封じた。そのまま彼の頭に手を乗せると目を閉じ、バーナーが思っている場所に飛ばす。

 驚愕に目を見開く。とは、飛ばされる瞬間の彼の表情を言うんだろうな、とブラックは喉の奥で笑った。雷斗も一緒に飛ばしてしまったが、力も知恵もあるバーナーと一緒なのだ。どうにか出来るだろう。

 ビリビリと痺れはじめた右手をおろし、獲物を失った龍の視線上に飛びあがった。不安そうに瞳を揺らす美代の体を今一度抱えなおし、ヒュウと喉を鳴らす。


「地面に向けては、攻撃させないよ。さあ、追いかけっこを始めようか!」


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 ドォン、と鼓膜を打ち鳴らした雷の音に、ブルーは全身を震わせた。遠くから聞こえる咆哮に膝を抱えて座る体を小さくし、頭の上に腰を落ち着けているイフリートを見上げる。

 美代たちが行った先でなにが起きているのか、見当もつかなかった。恐ろしいことが起きているのは確実で、だけどこうして一人で待っている時間の方がもっと怖い。


「なぁ、イフリート。どうしたらいいと思う?」


 尋ねたところで、使い魔は答えなかった。返事をしたところで会話が成り立たないことを、イフリートはわかっているからだ。

 素知らぬ顔で頭の上に座っているイフリートに、ブルーは初めの方こそ口を尖らせていた。時折聞こえる大きな音にはビクリと肩を震わせ、ドキドキとうるさくなる心臓の音に、息をつめてしまう。


 静かな空間に怯え、大きな音で震え、自分の鼓動の音に不快感を覚える。


 それを何度、繰り返しただろうか。なぜだか段々、それが可笑しくなってきた。


「なぁなぁ、イフリート。ここにおらんかったら、バーナーから怒られるかなぁ?」

『……ピャッ』


 相変わらず、言葉はわからない。

 それでも、クスクスと笑い始めた自分の頭から降りて肩にとまり、まるで励ますように体を擦り付けて来たのを、応援と取るのは都合がよすぎるだろうか?


「しゃあないのう。これだけ水があるんやもん、あいつを助けることになるのはしゃくやけど……美代はん達が危ない目に遭うのは、イヤや。……海中族の、ガーディアンの力。見せたるわ」


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 ブラックは自分と美代を、もはや術とは呼べない魔力の壁で覆ってしまい、フラフラとしながらも宙を飛んでいた。

 向けられる雷は魔力の壁で脇に流し、振り上げられる爪はザワリと髪を動かして、無理やり軌道を変えさせる。霞んだ視界では龍の動きを把握するのが精一杯な中で、地面に攻撃を加えさせないよう、やっとの思いで宙を行っていた。

 これがもし、自分一人だけだったならば、多少の攻撃を受けても生きていられるだろう。いや、そもそもこんなところに留まったりしないか。


 だけど今は違う。


 泣きそうに顔を歪めながら、右腕の止血を必死にしてくれている美代がいる。

 そして、本当は自分のことなんか放って置いてもよかったのに、半ば強制的だったとはいえ、生きる災害を止めるために行ってくれた彼女の仲間たちがいる。

 ならば、こんなところで負けるわけにはいかないじゃないか。


(助けてって呼んだら、きっと来てくれるんだろうけど。なんとなく、イヤだな)

「ブラック!」


 叫ばれ、咄嗟に顔を上げた。

 ほんの一瞬、『みんな』のことを考えていた間に、龍の爪が迫ってきているではないか。


「……ぁ」

『なんや、人のことを散々弱いだのザコだの言うてくれといて』


 随分と厭味ったらしい口調で放たれたその声は、体を打ち付ける雨粒たちから聞こえてきた。なにが起きたのか理解が追いつかず、爪が迫っているのも忘れて呆然とする。

 美代に服を引かれて顔を上げると、龍の顔が水の膜に覆われ、呼吸を殺されたそれがのたうち回っていた。地下に飛ばした彼らは大丈夫なのかと慌てて龍の足元に目をやり、薄く水のクッションが張られているのを確認する。

 龍の動きに合わせて揺れているところをみるに、キチンと地面への衝撃を殺すことが出来ているようだ。


『お前には会いとうないし、本当は助けたくもないし、大嫌いけど。美代はん達がおるんやもん、そっぽ向けんよ』


 ふわり、ふわりと、振ってくる雨粒が水の珠になって周囲に浮いていく。それがゼリーのように固まっていき、二人を雨から守るよう、頭上に広がっていく。


『よう見とき。お前が弱いくせにと言い捨てたワイの力、よう見とき。水さえありゃあ、こっちのもんや』

「……ふぅん、じゃあ、見させてもらおうじゃない。バーナーたちが本体を叩きに行っている間、見物させてもらうよ」

『美代はんになんかあったら、承知せんからな!』


 龍がいくら水の膜を振り払おうと、再びそれを形成するための材料は空から際限なく降り注いでいた。ブラックは覆っていた魔力の壁を崩すと、もはやこちらへの興味を失っている災害に、半ば目を閉じる。


(ちぇ……さすがに、魔力を取ってたのには気づかれたかぁ。切られちゃったや)


 不安げに服を引っ張ってくる美代の頭を撫で、抱きしめ直し、浅い呼吸を繰り返した。

 時にはカマイタチの如く一閃を振るい、時には針の如く、鱗の隙間を狙って突き刺し。挙句には龍の体を絡め取ってしまった水の塊を、ぼんやりと見つめる。


「……急いでくれよ、バーナー」

――このままじゃあボクは、美代を×れない。彼女との約束を、×れない――


 なにかを思い出しかけたような気がした。

 同時に、ガンガンと鳴り響き始めた頭痛の中では思考も不鮮明なまま。

 ブラックは魔力の回復を待つため、動きを止めた。




「……でかいなぁ……」


 岩陰を飛び出し、雨粒を伝う音を聞きながら、ブルーはその龍の姿が目に映る場所まで来ていた。顔を歪めながらも両手を大きく動かして水を繰り、米粒程度にしか見えない 黒  点 ブラックとみよを守るよう、龍の動きを止める。


「陸地で……こんなふうに水を使うのは、初めてやぁ。イフリート、きつぅない? 大丈夫?」


 龍の動きをけん制し、ブラックと美代を水の傘で覆ってしまい、やったこともなかった、出来るのかどうかも解らなかった水を媒介しての会話に成功した。

 今までに挑戦したこともない一族の力の使い方のせいで、これまで経験したことがないほどに、疲労がたまっているのを感じている。

 立っているのも膝が震えているようなこの状態では、イフリートのことまで雨から守ってやる余裕はなかった。炎の体を持つ使い魔をブルーは服の下に突っ込み、顔だけを襟元から出してやる。

 作った瞬間に壊される水の膜を張りなおすことを、ダメージを与えられている感覚が一切しない攻撃の手を、体が震えようと息が切れようと、止める事はしなかった。

 黒点が、水の傘を作ったところから少しも動いていないのだ。


(なんで、逃げんのや……!)


 先ほどのように、水を伝って会話をしたくても、それが出来るようであれば先にイフリートのことを雨から守っているだろう。

 まさか本当に見物しているのではないかと、歯噛みした。龍の体をギリギリと拘束する水の塊は、ただでも維持しているので必死だというのに。


「腹立つ……! ほんっと、腹立つ奴やのう!」





(……なんて言われてるのも、全部聞こえてるんだけどね)


 水と奮闘する龍を眺めながら、ブラックは苦笑した。美代にはブルーの声が聞こえていないせいで、自分が笑った理由がわからないはずだ。不安そうに眉を寄せ、微かに肩を震わせながら龍を見ている。

 そんな彼女の視界を隠すよう、頭を胸元に押し付けた。少しばかり、龍の動きが鈍くなっている気がする。


(水に抑えられているのか、それとも)


 残った魔力をかき集め、舞 空 術アラ・ボラルだけを発動したまま龍のことを見つめた。

 ――魔力が揺らいでいるのは、一目瞭然だ。


「あぁ……マズい」

「ブラック、大丈夫? どうしたの?」

「仕方がないなぁ。ボクもきみの目は嫌いだけど……手を貸してくれたんだものね」


 美代を安全地帯に送るまでの体力は、今の自分にはない。それよりも一緒にいた方がいいだろう。

 それよりも問題なのは、力が及ぶだろう範囲内に、彼だ。


「癪だけど、助けてあげるよ」




 呼吸は早く、意識も朦朧とし始め、ブルーはついに膝をついてしまった。イフリートが慌てて懐を飛び出し、小さな体で支えようと翼をばたつかせる。


「あり、がとう。ワイは、大丈夫よ。それより、美代はん……っ!」


 何者かにヒョイと体を持ち上げられたかと思うと、状況把握も追いつかないままに、全身に強い衝撃を受けた。あまりに突然のことで肺の空気は空咳となって体の外に出てしまい、息苦しさに慌てて息を吸おうとするも、先ほどまでの戦いのせいか上手く肺が動かない。

 イフリートが目を真ん丸にし、こちらに飛んでくるのが見えた。

 だけどなぜだろう、だんだん視界が黒くなっていく。


(こんなところで、気ぃ失っとる場合じゃ、ないのんになぁ……)


 最後に聞こえたのは、吹きすさぶ風の音で。

 操り人形の糸を斬るかのごとく。ブルーは意識を手放してしまった。


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