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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
23/138

天敵


「ギャンッ!」

「なっなにごと!」


 甲高い悲鳴に飛び起きると、目と鼻の先を閃光が走り、美代は体を硬直させた。緊張している体を無理やりに動かし、なおもバチバチと光を放つ方を見てみる。


 焼け焦げた服の上から左腕を押さえつけ、怯えるようにしてバーナーの背に隠れるブルーに、先ほどの悲鳴は彼だったのかと冷静になってしまった。


 バーナーは走り回る閃光、今では雷だと判るそれからブルーを守るよう、膝を立てて座っていた。いつの間にかイフリートも帰ってきていたらしく、美代の前に翼を広げて立っている。


「ら、雷斗? どうしたの」

「美代、来るな。少しずつ離れろ」


 離れろ。と言われても、刺青付近をきつく握りしめ、顔色を悪くし、うなされながら放電している雷斗を目にして動くことも目を逸らすことも出来なかった。

 動く気がない、または動けないことを察したのだろう、バーナーは長く息を吐き出して雷斗に近づいて行く。

 バチバチと、服を、肌を雷で焼かれながらも徐々に腕を伸ばし、肩にそっと触れた。


 瞬間、雷斗の体が跳ね、一層放電が激しくなった。美代は咄嗟にブルーの腕を引くと、自身の隣に連れてきてイフリートの後ろに隠れてしまう。

 それを横目で確認しながら、バーナーは雷斗を膝の上に抱えあげ、緩く抱きしめた。


「雷斗、雷斗、大丈夫だよ。ここに族荒らしはいない、オイラ達の敵は、お前の仇はいないよ」


 刺青を握り締める右手をゆっくりと剥がしていき、硬直する腕を自身の腰に回してやった。トントンと背を叩き、顔を歪めながらも話しかける。


「大丈夫、大丈夫」

「っ……は、っ、あ……?」


 緩々と目が開かれ、息を詰まらせながらも雷斗は顔を上げた。上目遣いに視線を上げ、怯えたように震えながらもバーナーを確認したのだろう、少しずつ緊張がほぐれていくのを確認できる。


「わた、しは」

「大丈夫? 雷斗。どうしたんよ、なんで泣きそうなん?」


 恐る恐る近寄ってきたブルーに、雷斗は身をすくめた。それにブルー自身が体を震わせ、それでもそっと手を伸ばして彼の手を握る。


「イヤな夢、見たん? 大丈夫よ、ワイらがおるよ」

「ブルー、お前……腕、私が」

「平気よ、なんもないよ。ちょっと、ビックリしただけ」


 雷斗の手をそっと放し、そのまま彼の頭を撫でてやりながら、バーナーの体に寄りかかった。火傷が痛むのか少しだけ眉を寄せ、それを隠すように笑みを浮かべたが、歪んでしまっている。


「雷斗、なにがあったんか、話せる?」

「……幼いころの夢を見たのだ。あの頃は今と比べ、まだ雷の力も弱かった」

「その、族荒らし? っていうのと関係があるの?」


 地面にペタンとお尻をつけたまま、肩口まで手を上げて美代が訊ねた。バーナーはジロリと彼女を睨むが、雷斗が弱々しく笑いかけて目を閉じる。


「我々、特異能力一族は、狙われる。老若男女関係ない……いや、女子供の方が狙われる。力が弱いからな」

「雷斗、無理して話すことはないんだぞ」


 話している雷斗はずっと、小刻みに震えていた。バーナーが抱きしめてやると深呼吸を繰り返し、ゆるりと首を振って腕から抜け出ると刺青を晒す。


「大丈夫だ。自分で話せる。……私は奴らに捕えられたことがあるんだ。この刺青はその時に刻まれた。……運よく、私を助けてくれた人が、上から新しく刻み直してくれたのだ」


 と、優しくそれに触れた。その上からバーナーが手を重ね、ブルーも雷斗を挟み込むようにして背中に抱き着いていく。


「海中族は鎖骨の間に、火炎族は顔に刻まれる。あいつらはその一族の衣装で、一番目立つところに文字を刻む」

SLAVEどれい、とな。二度と一族に帰れぬように、自由に出回れぬように」


 それを聞いて、美代は心臓を刺されたような痛みを感じた。


 きっと雷斗にとって、左腕にある刺青は辛いものなのだろう。それこそ、自分が攫われそうになったのを過去の自身と重ね、悪夢として見てしまう程度には忌まわしい記憶なのだろう。


 まったく事情を知らなかったとはいえ、無責任にその刺青をカッコいいと、見せてほしいと言ってしまったのだ。ボロボロと涙をこぼし始めたブルーを見てみるに、彼も刺青の意味を知らなかったらしく、雷斗が泣きはじめた彼に戸惑っているのがわかる。


「……オイラ達の天敵だ。共通の害虫だ。族荒らしはオイラ達の能力を殺す道具を使い、見世物に、強制労働力に、戦奴にしていく」

「ねぇ、雷斗。すごく手荒になるし、すごく痛いと思うし。えっと、リペ? 辺りは確実に必要になって来るけど、消す方法はあるよ」


 立ち上がり、刺青に指を乗せながら言う美代は、苦い表情を浮かべていた。ぐすぐすと雷斗の上着を涙で濡らしていくブルーの体をヒョイと剥ぎ取り、落ち着かせるよう背中を叩いてやりながら彼を見上げる。

 しばらく黙っていた雷斗だが、ふと微笑み、彼女の頭をグシャリと撫でつけるとどこか申し訳なさそうにバーナーの膝を降りた。


「大丈夫だ。これは、私が未熟だった証。そしていずれまた、あの人に会った時のための目印だ」

「そっか。助けてくれた人に、また会いたいんだ」

「強くなれと、強くなると約束したからな。すまない、起こしてしまって。ブルーは大丈夫か? バーナーは? 雷で焼けてしまって……」

「オイラはこの程度、何の問題もねぇよ。ブルーは薬を塗ってやるから腕を診せてみろ」


 騒動が終わったと判断したのだろう、イフリートも翼を閉じると鳥類特有の小さな足で、トコトコと主人の元まで歩いて行った。軽く羽ばたきながら肩までよじ登り、頬ずりをするとそのまま頭のてっぺんまで登頂していく。

 それを特に気にすることなく、バーナーはブルーの治療を続けていた。不安そうに見守る雷斗と、それに感化されたのか不安そうにしているブルーの二人に首をひねり、バーナーの背中にのしかかる。


「おい邪魔だ」

「バーナー、何か甘いもの持ってない? お湯に溶かせそうなやつ!」

「唐突だな。なんだ、粉末状のミルクでよければあるぞ」

「はちみつは」

「……ある」


 一体どこから調達して来たのか、思ったよりも色々とそろえてあるようだ。


 鎮火しているたき火から火種を見つけると、枯葉と朽木を順番にかけて少しずつ火を大きくしていき、鍋も出してもらうと湯を沸かす。

 ブルーの治療が終わったと同時に、美代は三杯作ったホットミルクの内一つを彼に渡した。はちみつ入りの甘い香りがするそれを受け取り、キョトンとしている。


「甘いものでリラックスして、温かいもので眠気が来るよ。バーナーは大丈夫でしょ?」

「そもそも、甘いものは得意じゃない」


 渋い顔をするバーナーにケラケラと笑い、ホットミルクの一つを雷斗に、一つを自分が手に取った。両手で包み込むと、掌を伝って体の芯まで温まっていくような気がして、ほわんと頬を緩める。

 ブルーを見てみると彼も両手でコップを持ち、ふぅふぅと息を吹きかけて少しずつ飲んでいた。雷斗も一口、二口までは飲み進め、そっとコップを置く。

 あまり甘いものが好きではなかったかと、それを零してしまわないように美代は手元に引き寄せた。船をこぎ始めたブルーからもコップを受け取り、手を取って毛布の上に誘導してやる。素直にそれに従い、ストンと眠りに落ちていった。


「雷斗もおやすみ。大丈夫、今度はきっと良い夢を見られるよ」

「……世話をかけてしまったな。すまない」


 と、何の迷いもなくブルーの隣で横になった。幾ばくもしないうちに静かな寝息が聞こえ、美代とバーナーは顔を見合わせる。


「酷いことをする人たちも、いるんだね」

「あぁ。雷斗にとって、オイラも美代もまだ警戒する相手なんだろうな。無意識のうちに」

「……ブルーだけが、違うから。なんとなく傍にいたら安心できるのかもね。無意識に」


 寝返りを打ったブルーが雷斗の懐に潜りこんでいき、拒絶せずに受け入れている雷斗を見ながら、美代は目を伏せた。


「オイラが守らなきゃいけないんだ。奴らから、盗賊から、こいつらに危害を加えようとする奴らから」

「なに言ってんのさ。そんなあんたは、誰が守るの?」

「は、火炎族の男なら、守りたいもののために命を賭けるもんだ。……なに、心配すんなって。オイラは自分自身も含めて、守るために戦うよ」


 たき火を小さくし、別に出した毛布を二人にかけてやる彼の目はまるで、父親の様だと思った。笑いそうになるのをごまかすようにホットミルクを飲み干し、三つのコップを手にして立ち上がる。


「バーナー、ちょっと洗ってくるね」

「オイラも沐浴をしたい。イフリート、二人を守ってくれよ」

 



 そこまで広さがある川ではないのだが、場所によっては深いところがあるらしい。上半身裸になったバーナーが頭まで潜ってしまうのを見て身を震わせ、コップを洗い終えた美代は膝を抱えて座り込む。

 木々に隠れて星明りがほとんど届かない地表で、辺りに明るさを与えているのはバーナーが出してくれているいくつかの火の玉だけだった。その炎が、勢いよく出て来た彼の体を柔らかく照らす。


 引き締まった肉体にはいくつかの傷跡が見え、それをなぞるようにゆっくりと流れていく水滴に、美代は思わず両手で顔を覆ってしまった。

 傷跡から割れた腹筋をとおり、無駄な脂肪がないくびれている腰を経由して川へと流れていく水を、自然と目で追ってしまうのだ。


 見とれてしまいそうになったんじゃない。ただなんとなく裸を見るのが恥ずかしかっただけだ。そう自分に言い聞かせないと、絶対に凝視してしまう自信がある。


「もくよく、って、水浴びのことだったのね……」

「美代、お前も少し浴びたらどうだ。昨日は雨に濡れて風呂にも入れなかったから、気持ちが悪いだろう」


 しっとりと濡れて肩口まで垂れさがっている髪の毛の先から、ぽたぽたと、普段は服が覆い隠してしまっている厚い胸板に水が垂れる。

 それをうるさそうに掻き上げるしぐさでさえ、言ってしまえば艶めかしい動作に見えて仕方がなかった。赤くなる顔を手で仰ぎ、布きれで体を拭いているバーナーに背を向けて首を振る。


「オイラは向こうを見ているぞ」

「ううん、大丈夫」

「水の温度もそこまで低くない、心地がよかった」

「だってバーナーが潜れるくらい深いところ無理」

「二日も風呂に入れないのは、お前にとってはしんどいんじゃないか?」

「……泳げないから無理!」


 キョトンと、バーナーが美代の背を見つめた。微かに肩が震えているように感じ、上着を着ると彼女の背に寄りかかるよう、自分の背中を預けて座る。


「川のあの辺りは、お前の腰ほどの高さもなかったぞ?」

「怖いんだもん。家のお風呂位のなら大丈夫だよ、でも……それ以上になるとダメ」

「……震えるほどに、怖いのか」

「……なんでかは、わからないんだけどね。小さいころから、そうだったって。手すりがない広いプール、海、川辺。それこそ昔は、お風呂でさえ怖がってたって両親から聞いたことがあるくらい。どうしても、ダメなんだ。どうしようもなく怖い」


 そうなると、この旅の間、人里に入れないときには美代が一人だけ沐浴が出来ないことになってしまうだろう。

 女の子にそれは酷だと、バーナーは立ち上がり、美代の視界から外れない程度に周囲を探索した。目的の物を見つけると周囲を照らすように火を浮かべ、取り出した短剣でそれを抉っていく。


 くりぬいた残骸で器を作り、川の水を汲むと、くりぬいたものに水が満たされるまで往復を繰り返した。美代を手招きしてみると、彼女は首をかしげたまま立ち上がり、不思議そうな表情で近づいてくる。


「……わぁ……!」

「これなら、お前の家の風呂と変わらないくらいの大きさだろ」


 仕上げと言わんばかりに、バーナーは水の中で自身の炎を出した。湯気が立ち上り始めると手を着け、美代の頭をポンと撫でる。


「すごい! 切り株のお風呂だ!」

「オイラはその辺にいるから、上がったら教えろよ」


 程よい温度に思わず口元が緩み、バーナーに渡されたタオルで体を隠しながら服を脱いでしまうと、足先からゆっくりと入って行った。

 指先からじんわりと痺れ、膝、腰、胸元と湯の中に沈めていくと力が抜けていくのがわかった。体をめぐる血液に足先から伝染して、全身が不快じゃない痺れを感じていく。

 抉られた木の表面はつるりとしており、恐らくバーナーが怪我をしないようにと炎でささくれを舐めてくれたのだろうと予想した。自宅ならば風呂桶から溢れたお湯はもったいないと思うのだが、今は贅沢だと息を漏らす。


 切り株の縁に頭を乗せ、思い切り背伸びをし、木々の間から微かに見える星空に目を細めた。おずおずと夜空に向けて腕を伸ばし、止めて湯の中にパシャンと落とす。跳ねた湯が顔にかかってしまったが、気にならなかった。


「……バーナー! すごく気持ちいいよ、ありがとうー!」

「毎回は、無理だろうけどな。……なぁ美代、苦しいことがあったら、ちゃんとオイラに言ってくれよ」


 姿は見えないが、近くには居てくれているらしいバーナーに、声を頼りにして体を向けた。


「美代はシャロムに住んでて、ニルハムに来ないといけなくなって。右も左もわからない、平和とは遠い世界のはずなのに。もっと取り乱しても感情を爆発させても、仕方がないと思ってるのに。お前、そんなことないだろう?」

「……だって、考えても答えが出ないことは考えても意味がないし、シャロムでも散々魔術や魔力や、それこそ人間離れした戦闘なんかも見て来たのに。今更動じても、先に進めない、ブラックに……会えない」

「いいんだ。急がなくても、無理に駆け抜けようとしなくてもいいんだ」


 声が、震えてしまったのを、彼に気付かれただろうか。霞んだ視界に慌てて目元をぬぐい、ごまかすように顔を洗う。

 そして、バーナー自身の声もどこか不安定なことに、彼は気付いているのだろうか。


「オイラは……おじさんやおばさんに、お前のことを頼まれた。ううん、頼まれてなくてもお前のことは守る。言ってくれたじゃないか、家族だって。……だから。辛い事、苦しい事、怖い事。ちゃんと教えてくれよ、オイラはもう、身内に傷ついてほしくない」


 そう。

 いくら火炎族が、身内がいつ死んでもおかしくないよう覚悟をしておくものだと言っても。

 まだ十代の彼が背負うには、一族が自分以外いなくなってしまったという事実は、重すぎる事柄のはずなのだ。そしてバーナーは、ガーディアンとして、今度は皆を守るために戦うという。


 静かに風呂を上がると水気を拭いてしまい、服を着てしまうと美代はバーナーの姿を捜した。切り株からは彼が見えない、でも彼からは切り株が確認できる場所で背を向けて胡坐をかいており、丸くなっているその背に目尻を下げてしまう。


「またいずれ、ブラックは来るだろうよ。あいつが言っていた、みんな。それが誰なのかを知ることが出来れば、あいつ自身になにをされたのか解るはずだ」

「……うん。私が知ってるのは、ボンドッツだけ。あの日、私を人質にしてブラックを連れて行った、あいつだけ。あの時ブラックは、あいつの命を果たせないって言ってた。……他にも複数人、いるんだと思う」

「美代、無茶だけはしてくれるなよ。もし万が一お前に何かあったら、オイラは顔向けができない」

「気を付けるようにするよ。だけどバーナーも、ちゃんと自分を守ってよね。私たちを守るためにってあんたが怪我をしたら、今度は私が説教してあげるんだから」


 そう言って背中にのしかかると、彼は小さく笑った。美代を背負うようにして難なく立ち上がると火の玉を消していき、濡れている美代の頭に乾いたタオルをかけてやる。


「そうならないように、オイラも気を付けるさ。向こうでもう一度火を出してやるから、ちゃんと髪を乾かしてから寝るように」

「はぁい」


 あぁ、普段通りのバーナーに戻ってくれた。

 そのことに安心しながら、弱音を吐いてくれない彼が零してくれた、彼自身が恐れていることに気をつけようと思いながら。

 美代とバーナーは、二人が眠る場所まで戻るのだった。


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