大雨と雷鳴と新たな仲間
「……ねー、ガロンとガルの違いってなに?」
無事に陽が沈み切る前に村までたどり着き、どうにか空いていた宿の一室を借りる事が出来た。残念ながら一人部屋に三人で一緒に入る形になってしまったものの、野宿よりはマシだろうというバーナーの判断だ。
今は美代とブルーが揃ってベッドの上で横になり、バーナーが床に胡坐をかいて剣の手入れをしていた。美代の質問でブルーが静かに目を点にし、手入れの手を止めずに首をひねっている彼を見つめる。
「あー。一言で片付けるなら、金貨がガロン、銀貨がガルだ。そうだな……」
呟きながらベッドに腰をおろし、金貨と銀貨を数種類ずつ、美代の前に並べた。よく見てみると大きさや表面に書いてある模様が少しずつ違うようで、掌に乗せるとマジマジと見つめる。
「まずガロンは、三種類ある。一ガロン、十ガロン、百ガロンだ。ガルは五種類、一ガル、十ガル、五十ガル、百ガル、五百ガル。そして、千ガルで一ガロンになる」
「ちなみに、一ガロンはどれくらい?」
頭を抱え込んでしまったバーナーに、美代は申し訳なさそうに眉尻を下げた。怪訝そうに見てくるブルーの視線は気付かないふりをし、金貨と銀貨で遊びながら返答を待つ。
「……大体だぞ、約、だからな。五百だ」
「思ったよりもするんだねぇ。ちなみにこの宿、一部屋おいくら?」
「ここは三ガロンだった、相場よりも安い方だな」
「他の村やったら、五ガロンくらいするよねー。……美代はん、本当にどこの人なん……?」
ブルーの声音はどこか、不信感が含まれていた。バーナーは苦笑して頭を掻き、美代はスッと表情を消す。
何か訊いてはいけないことを訊いたのかと、ブルーは体を起こすと少しだけ後ずさった。俯きながら上目遣いで二人を見上げ、口を尖らせる。
「なしてワイには秘密なん。変やん、お金も知らんの。なんとなくのけ者にされてるみたいで、イヤやぁ」
「あー……ごめんな、ブルー。ちょっと特殊な事情があるんだよ、ごめん。オイラは……こいつが育った場所の事を、その場所のことは話さないことを条件に教えてもらったんだ。簡単に言えば秩序が乱れる、ってやつだな」
初耳な内容に、美代はバーナーを凝視してしまった。苦い表情を浮かべながら、どこか悲しそうに目を伏せるブルーの体を抱えあげている。突然のことに目を丸くしながらも、彼は大人しく膝の上に収まっていた。
「だからな、オイラから話せることは、美代はオイラ達とは全然違う場所で育って、オイラ達が当然として知っていることを、知らないことがある。ってことくらいなんだ、仲間外れにするつもりはないんだよ」
「……ワイだけやないの? 他の人にも、話せんの?」
「あぁ。ブルーだけじゃない、誰にも話せない」
「……のけ者じゃないんやったら、しゃあないもん。我慢する」
グイグイと頭をバーナーの胸板に押し付け、キュッと目を閉じた。幼さを感じる行動にふと微笑み、ブルーの腹部へ手を置いてみる。両手で緩く掴まれた。
「眠たいー」
「それならもう休め、美代はベッドを使えばいい、ブルーは腰掛を並べて、簡易ベッドを作ってやるよ。オイラは床で」
「バーナー温かい。ここで寝たい」
「は」
膝の上で体を丸めるように体勢を整えると、そのままストンと眠りに落ちていった。ほんの数秒の間もない出来事に、思わず顔を見合わせてしまう。
「……たいへんですね?」
「まぁ、疲れてたんだろ。……美代」
格段に下がった声量に、美代はバーナーの背中にのしかかるようにして彼の口元に耳を運んだ。気持ちよさそうに眠るブルーの頭からバンダナを取ってやり、綺麗にたたんで手元に置いてみる。緩く掴んでいた。
「こいつは海中族だ、そいつらが水の中に住んでいる、というのは知ってるな?」
「うん。レイから聞いた」
「こいつに自覚があるのかないのか、異常なところは地上に出られているところだ。本来ならば海中族は水の中から出られない、地上では呼吸が出来ないからな」
「……それって……」
バーナーが以前言っていた、ガーディアンだと納得せざるを得ない異常性。
それがもし、ブルーの場合呼吸器だとすれば、仲間外れはイヤだ。と言った理由がなんとなくわかる気がした。撫でてやればふにゃりと微笑む彼は一族の中で、一体どんな扱いを受けていたのだろうか。
「オイラはどうでもいい、火炎族なんざ所詮、煙たがられるくらいだ。だけどこいつの出身は絶対に知られるな、危険すぎる」
「危険?」
「特異能力一族は基本的に、互いに干渉することはほとんどないが、共通の天敵がいるんだ」
小声で話していても気になるのだろう、ブルーがわずかに眉を寄せてポンポンとバーナーの膝を叩いた。美代は口元を手で押さえ、バーナーも口を閉じると彼が寝やすいように抱え直してやる。
「……おいおい教える」
「りょーかい。そのままここで寝れば? ブルーを抱えて床で寝るわけにもいかないでしょ?」
「お前はどうするんだよ」
「毛布だけ貸してくれれば、床で寝れるよ?」
とても渋い顔をされたが、お構いなしに毛布を手にすると床に広げ、寝袋の要領でクルリと自身の体を包み込んだ。目を閉じて背中を向けてしまえば、苦言を聞くこともないだろうと欠伸を漏らす。
思った通り、バーナーは渋りながらも、ブルーを抱え込むようにして横になった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
と、美代は毛布の中に頭まで潜っていくのだった。
早朝に宿を出て、けもの道に進むバーナーの後ろを着いて行っていると、ブルーが不意に立ち止まった。ヒョイと木々の間から見える空を仰ぐ。
「ブルー、どうしたの?」
「あ……たぶんやけど」
ポツリ、と鼻先に水滴が落ち、美代も空を見上げた。どうにも薄暗く感じていたのは、森の中のけもの道を言っているから、という理由だけではなかったらしい。
「バーナー、どうする?」
「とりあえず、どこか雨宿りできそうなところ……」
ポツリ、ポツリと徐々に振ってくるものだと思っていれば、突然バケツの水をひっくり返したような大雨になった。慌てて木陰に隠れても、隠れる間もなくどしゃ降りになられたのではあまり意味もないだろう。
「すごい雨やー」
「なんでちょっと嬉しそうなの……」
「これはマズいな、こんな場所じゃしのげそうにない。ブルー、近くを歩いて雨宿りできそうなところを見つけられそうか?」
「わかった! 行ってくるよ!」
「あまり遠くまでは行かないように」
「はーい!」
強い雨の中、あまり苦もなさそうにブルーは歩いて行った。美代はチラリとバーナーに視線をやり、ずぶ濡れになって垂れてきた髪の毛をかき上げている彼にそっと近寄る。灰色の雲が時折光り、ゴロゴロと雷まで鳴り始めていた。
「よかったの?」
「大丈夫、今度は追跡用の魔力をつけてるからな。場所はすぐにわかる」
「……汎用性が高いんだね、魔力って」
「使い方次第だ」
遠くの方から呼ぶ声がし、バーナーは自身の上着を脱ぐと腕に引っ掛け、美代の体を抱き寄せてそれを被せるようにした。
美代は目を瞬かせて服を着るように伝えたが、それをよしとせず、背中を押すように歩き始める。
「お前は体が弱い、もう遅いかもしれないが……少しなり、雨をしのげるだろ」
「……ありがとうね」
美代の歩調に合わせるよう、バーナーの歩調に頑張って合わせられるよう。二人はブルーの声に向かい、歩き始めた。
雨に打たれながらしばらく歩くと、木陰に隠れているブルーと見知らぬ青年の姿が目に入った。
短い、金髪というよりも黄色に近い頭髪をした青年は、一言で表現するならば目立っていた。
胸部から腹部にかけては肌にピッタリとした薄い生地に包まれ、上着と繋がっているらしいズボンは裾に向けて徐々に末広がりになっている。
肩口から二の腕にかけてを大きく露出させている上着も、袖も同じように末にかけて大きく広くなっていた。
特徴的なその恰好に、なんとなくバーナーの正装を思い出した。チラと彼を見上げると、眉間が微かに寄っている。
「……雷雲族」
「……お前たちは? なぜ私がそうだとわかった」
静かで、警戒心に満ちた声音に、美代もバーナーの背後に隠れてしまった。ブルーも木陰から飛び出すと美代の隣に並ぶようにして身を隠し、それでもその青年が気になるのだろう頭だけを出す。
「一族を隠すつもりならば、せめて恰好を改めた方がいい。それでは自身の一族を公言しているようなものだ」
「それもそうか。おぬしは、火炎族か? そちらの娘は……人族? して、そちらの子は何故隠れた」
「まぁ、落ち着けよ、雷の。……ガーディアン」
バーナーが告げると、青年の周囲に一瞬だけ、閃光が走ったような気がした。ビクリと肩を震わせながらブルーが頭を引っ込め、どこか青ざめているように見える彼のことをポンポンと撫でてやる。服の端を掴み、自分を落ち着かせるよう、深呼吸を繰り返していた。
「お前たちも……か。炎の者よ」
「バーナー・ソラリア、火炎のガーディアン。こっちは上野美代、リズ表記で美代が名前、疾風の者。そして……ほらブルー、大丈夫だから出ておいで」
ヒョイと背を押され、ブルーはわずかに体を硬直させながらも雷雲族の青年と顔を合わせた。唇が震え、不安そうにバーナーを振り返り、促されると小さく頭を下げる。
「えっと、かいちゅっ、水のガーディアン、ブルー・カイよ。えっと、あんたは?」
「雷斗。先ほどバーナーが言った通り、の一族だ。……そこまで怖がらなくてもいいじゃないか、確かに突然、地上に降りてきて驚かせてはしまったが……」
雷斗が動くと、ブルーは素早い動きでバーナーの後ろに隠れてしまった。恐る恐る顔を覗かせる彼にため息をつき、周囲を見渡す。
「ブルー、とりあえず雨宿りできそうな場所に案内してくれないか。見つけたんだろう?」
「燃えた」
「……うん?」
「……燃えてしもうた……」
視線の先を追ってみると、強い雨のせいかすでに火は消えているが、確かに木材が燃えたような残骸があった。そっと雷斗を見てみると、スッと視線を外す。
ふと雨が止み、美代は顔を上げてみた。雲が傘のように、自分たちの上に広がっている。
「……まあ、とりあえず、雷斗。オイラの服を貸す、着替えた方がいい」
「……恩に着る」
雷雲族、雷と雲を操る一族。
つまりはそう言うことなのだろうと、雲で作られた傘をつつき、別に雨宿りが出来そうな場所を求めて歩き始めたのだった。
運よく近くに洞穴を見つけ、雷斗に着替えを渡し、二人はブルーに水分を取ってもらうとバーナーの炎に当たった。相変わらず雨は強く、雷が鳴り響く空を見上げ、雷斗のことをチラチラと見ているブルーに視線を向ける。
「どうしたの、ブルー。おんなじガーディアンでしょ?」
「うん……わかってるんよ、わかってるんけどね」
「仕方ねぇよ、美代。雷と水だぞ、相性は最悪だ」
バーナーを見てみると、肩口にかかるまで垂れていた髪の毛は、いつの間にか元のとおりツンツンと逆立っていた。洞穴の入り口付近に座っていた美代は彼の隣に移動し、静かに髪の毛を引っ張ってみる。
「……地毛?」
「地毛だよ。剛毛なんだよ。だからこれ以上短くすると、ハリネズミみたいになっちまうんだよ。気にしてんだ言ってくれるな」
ジト目で言われ、美代は笑いをかみ殺した。小さな舌打ちをされるも彼の視線はすでに、着替えて戻ってきた雷斗に向けられている。やはりブルーはバーナーの服の裾を掴み、上目遣いに見上げていた。
「バーナー、ありがとう」
「お前の正装は、オイラが預かっておいてやるよ。んで、なんで小屋が燃えるようなことになったんだ?」
雷斗の服を受け取りながら、バーナーは少しばかり目つきを鋭くした。雷斗は苦い表情を浮かべながらブルーの前に膝をついて座り、慌てて目を伏せる彼と視線を合わせるよう、頭を下げる。
「すまなかった、その……思いもよらぬところにあった人影に驚き、天候も相まって雷を走らせてしまった。お前が海中の者だとわかっていれば、もう少し気を付けたのだが」
「……ビリビリ、せぇへん?」
突然現れた人影に驚いて怯えている、というより、雷に怯えているらしい。申し訳なさそうに眉尻を下げながら、雷斗はほんの指先だけ、ブルーに触れる。ビクリと体を震わせ、反射的だろうか、その指先から体を離していた。そんな反応に、弱ったような微笑みを浮かべる。
「ブルーよ、我と主は、同じ使命を負った仲間だろう? これから共に、旅をしていく。互いに相反する一族だが、仲良くは出来ないだろうか?」
「……ビリビリせぇへん? 痛くない?」
「大丈夫。我らを害するものがいれば、雷を走らせよう。だが、お前に痛いことはしないよ」
伸ばされていた雷斗の指先をチョンとつつき、手の甲にそっと触れ、両手で彼の手を握ると掌を指でふにふにと揉み始めた。バーナーは肩越しに、美代はバーナー越しにそれを見守り、ふにゃりと微笑むブルーに、お互いの視線を合わせると口の端を緩ませる。
「すごいなぁ。雷の人とも仲良うなれるなんて、思いもせんかったよ」
「あぁ、私も、水の者とこうして話をすることがあるなんて……こんな不思議なことが出来るのであれば、このような使命を持って産まれて来たのも悪くはない」
元々人懐っこい性格をしているからか、ブルーは恐る恐るではあるものの雷斗の体に触れていった。雷斗も、そんな彼のことを好きにさせており、二人そろって微笑ましく見てしまう。
「さてさて。ブルーはともかく、美代と雷斗は雨に打たれて体も冷えてるだろう。今日はこのままここで休むようにして、明日からは村に向かって歩くぞ」
美代と雷斗、ブルーの三人は毛布を渡され、炎を一回り小さくしたバーナーの言葉に耳を傾けた。それを感じたのだろう、バーナーもすでに眠そうにしているブルーの背を撫でながら、言葉を続ける。
「次に目指すのは銀世界。その前にふもとの村に寄り、準備する。雷斗には道中、これまでのことを話そう」
「私は地上のことにはあまり詳しくない、どれほどの時間がかかる?」
「歩くペースにもよるからなぁ。オイラだけなら二日、三日で行けるだろうけど、少なくとも七日、無理なく行くならその倍はかかるな」
「あんた、どんな体力をしてんの?」
「火炎族はどれだけ離れた場所にいても、寝る場所は集落内か、少なくともその周辺なわけ。長距離を短時間で行くのは慣れっこだ」
ならばそのペース配分は自分のせいかと、美代は頬を膨らませた。ちゃっかりバーナーの膝の上に収まって眠り始めたブルーのバンダナを取ってやり、自身は彼の背を借りるよう寄りかかる。
「バーナー温かい」
「はいはい。雷斗も休め、お前も……地上は不慣れだろう」
「そうさせてもらおう、とは言え……バーナーよ、お前は休めるのか……?」
「なぁに、座ったままでも休めるさ」
すでに夢の中にいる、膝の上で丸くなって眠っているブルー。背中でまどろんでいる美代に、雷斗は苦笑した。それでも本人が大丈夫だというのならばそうなのだろうと、洞穴の壁に背を預けて目を閉じる。
胸が上下を始め、休んだことを確認すると、バーナーは頭を掻いた。
「どいつもこいつも、問題を抱えてやがるなぁ。オイラはどうすりゃいいんだ……」
呟きを聞く人は誰もいない。




