同じ言葉と残る約束
夕食をごちそうになり、風呂を終え、月が空のてっぺんまで昇った頃。
人の気配をドアの向こう側に感じ、バーナーは目を覚ました。スヨスヨと寝息を立てているブルーに微笑み、彼を起こさないよう立ち上がると来客を招き入れる。
「美代、どうした」
「聞けなかったからさ。町が……どうなったのか、父さんや母さんが、沙理がどうなったのか」
空いているベッドに倒れ込みながら、美代は不安そうに言った。バーナーはその端に座りながら横たわる美代の背中を撫で、ゆっくりと目を閉じる。
「町は……酷いありさまだった。あの地震の比じゃない、立て直すのに何年かかるか……」
「そっか……」
「そして、お前の両親と沙理のご家族は、二度も破壊されてお前がいなくなった町には居たくないと、引っ越しを決めた」
「……そ、かぁ」
枕にきつく顔を押し付けて全身を緊張させ、それでも抑えきれずに震える彼女の背を、バーナーはただ優しく撫で続けた。
話し声のせいか寝返りをうち、眉を寄せ始めたブルーにも腕を伸ばして撫でてやった。すると落ち着いたのか、再び気持ちよさそうに寝始める。
美代はそんなブルーを横目で見て、視界がぼやけたのを、枕に顔を押し付けなおしてごまかした。
「ねぇバーナー、私、ちゃんと、行ってきますって言いたかったよ」
「……そうだな」
「ありがとうを、言いたかったよ」
「あぁ」
「ちゃんと……帰ってくるから。ってこと、言いたかったよ」
「……美代。辛いなら泣いていいんだぞ」
「だって、泣いても進めないから。私はガーディアンなんだ。ガーディアンになっちゃったんだ。旅をしないといけなくて、強くならなくちゃ、いけなくて」
バーナーはため息をつき、掛布団で美代の体を問答無用で包み込むと窓を開けた。外に出ると軽い身のこなしで屋根に上り、胡坐をかいてその上に美代を座らせる。
「大丈夫。オイラがいる。言っただろう、オイラがお前の剣になるって」
「そしてブラックは……なにがあっても、私のことは絶対に傷つけないって。守るって。言ってくれた」
ポツリ、ポツリと、美代はブラックが豹変してしまった時のことを話していった。バーナーは相槌を打ちながら静かに聞いており、美代は彼の胴体に腕を回すときつく抱きつく。
「私のせいだぁ。どうしよう、どうしたらいいんだろう。どうしたらブラックは元に戻るの? どうしたら、優しいブラックに戻ってくれるの?」
「美代」
「ねぇバーナー、教えてよ。魔術、詳しいんでしょ? 私が知らないこと、この世界のこと、たくさんたくさん知ってるんでしょ?」
「……ごめんな。今は、わからない。あいつが一体、何をされたのか。それがわからないことには、どうしようもないんだ」
グッと口を閉じて黙り込み、美代はバーナーの胸元に強く額を押し付けた。深呼吸を繰り返し、不意に顔を上げる。
充血した目でしっかりとバーナーの顔を見つめると、どこか弱々しく笑った。目元を柔らかくこすりながら彼の膝を降り、掛布団に包まりながら隣に膝を抱えて座り込む。
「……バーナー。ノノ、怒ってたよ」
「……誰を」
「バーナーのことを」
「オイラ、怒られるような事したか?」
なんとなく解せない顔になり、額に手を置いた。どうやら考えるときの癖らしい、小さく笑うとジロリと睨まれた。
「火炎族だから―って、関係ない人がやったことを背負うことないのに。って」
「……関係なくもないから、申し訳ないんだけどな」
「一族だから?」
「ドクズの大ボケが、親父の兄貴だからだよ。イヤでも血がつながってんだよ、クソ野郎と」
吐き捨てるように言うその様子に、よほどその男の人、伯父のことが嫌いなのだということは想像に容易かった。彼にしてはあまりに珍しい物言いで、峡谷の如く寄せられた眉間は表情を凶悪なものにしている。
「あんの大ボケと取り巻き共の尻拭いで、親父陣営がどれだけ苦労したか、ったく」
「……あのね、バーナー。私、ニルハムに来たとき、森の中で倒れてたんだって」
想定外の出来事だったらしく、バーナーが口を閉じて勢いよく振り返った。美代は星空を見上げながら、少女の表情を思い出す。
「そこで、レイって女の人に助けてもらって、魔術とか魔力とか……一族のこととか、教えてもらって。火炎族は疎まれてるって、すごく悲しそうに言ってた」
なんとなく、バーナーの表情が和らいだような気がした。彼を見上げてみると先ほどとは打って変わり、優しい目をしている。
「私も気を付ける、いろんな一族でいろんな事情があるんだってこと、頑張って勉強していく。でも、ちゃんと見てくれてる人も、いるんだよ」
「……あぁ、もちろんさ。わかってるよ」
クシャリと、美代の頭をなでた。クスクスと笑う彼女が小さな欠伸を漏らすと、バーナーは体を抱えて立ち上がる。
「遅くまで話し込んじまったな。もう休もうか」
「うん。……あ、その前に試したいことがあるんだ。ちょっと降ろして?」
小首をかしげ、美代を降ろすと、ウィングになった。頭の羽根飾りを外した上で美代に戻り、ますます首を傾けていく。
「なんだ、どうした?」
「取れたー! えっとね、これがウィングの武器なんだけど……変身しない状態でも風が使えるから、もしかしたらこれも使えるのかな? と思ってさ!」
羽根を振りながら剣に変えると、バーナーからヒョイと没収された。抗議の声をあげ手を伸ばすが、身長差のせいで飛んでも跳ねても届かない。どうやら持ち主の手から離れた瞬間、元の羽根に戻るらしく、バーナーは掌で羽根を遊ばせていた。
「とりあえず、今日はもう休みなさい。……剣術なら、そのうち付き合ってやるから」
「本当に―?」
「あぁ、時間があったらな」
「それ、たぶん付き合ってくれないやつ!」
頬を膨らませる美代のことを軽く受け流し、それにまた抗議しながらも小さく笑い。
二人は屋根の上から降り、それぞれの部屋に戻るのだった。
「――それじゃあ、これからの旅路、気を付けてね」
「一晩の宿、ありがとう」
「すごくゆっくり眠れたよ! ノノはん、本当にありがとうね!」
「ノノ、大丈夫? 集落の人に、いじめられたりしない?」
翌朝、三人はノノに見送られて集落の出入り口に居た。美代が心配そうに言うと彼女は笑い、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ! やれるもんならやってみなさい、やり返してあげるんだから!」
「心強い管理者だな。……ノノ、パクスの女王が来たときに、付き人がいたらその女にオイラの名前を伝えてくれ」
視線を合わせるように少し腰を曲げ、バーナーはノノの頭をワシワシと撫でまわした。彼女は頬を膨らませてグシャグシャになった髪を整えながら、首をかしげる。
「バーナー・ソラリア、だ。言えばわかる、ここであったことを話せば、多少なり贔屓をしてもらえるだろうよ」
「ふぅん、あんまりそう言うのは好きじゃないけど……集落の人たちを驚かせる意味では、大賛成! 使わせてもらうね」
「そうや、それじゃあワイからも一つ、ノノはんに良い事教えるよ!」
と、ブルーはノノの耳元に顔を近づけて何かを耳打ちした。目を丸くする彼女に、口の前に人差し指を立ててニッコリと笑う。
「秘密よ!」
「うん、ありがとう!」
「えー、じゃあ私……私からは」
羽根を取り出してそれを剣に変えると、面でノノの両肩と頭部にそっと触れた。静かにその場で風を起こし、切っ先を地面に軽く差し込む。
「神の加護があなたにありますように」
自分が今できるのは、それらしいことをしてそう言うことだけだった。魔力を持っているわけでもなく、ツテがあるわけでもなく。言葉を贈ることしか出来ないのはなんとなく悔しい。
だけど、ノノは嬉しそうに微笑んでいた。
「ふふっ、一晩の宿でこれだけのお礼をされちゃうなんて、なんだか悪いなぁ。……それじゃあ、本当に気を付けてね! また来ることがあれば、泊めてあげるよ!」
そう言いながら背伸びをして、歩き始めた三人に向かい大きく手を振るノノに、美代たちもまた手を振り返してヒュトンの集落を後にしたのだった。
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「ねぇねぇブルー、ノノになにを教えたの?」
集落から大分離れ、何気なく訊ねてみると、彼はわずかの間キョトンとしていた。しばらく口を閉じたまま黙り込み、首をひねりながらも一人で何かを納得するよう、小さくうなずく。
「うんとね、ノノはんが使ってる水辺の他に、すごくいい水がある場所を教えたんよ」
「水がある場所がわかるのは、出身のおかげ? 旅の最中、すっごく役に立つね!」
「美代はんのもそうやぁ」
「まぁ、いくら周囲の声が聞こえたところで。気配を感じられなければあまり意味はないし、気配を殺せる奴が相手なら尚更だ。過信したらいけないぞ」
チョイチョイと手招きをしてみれば、二人が首をかしげながらも同時に近づいてきた。バーナーはそんな二人の頭をワシワシと撫でまわし、目を閉じて口角を上げる。
「そうだろう?」
「……ちぇ、どうしてもきみには、気づかれるんだねぇ?」
ブラックの声が聞こえたかと思うと、三人はその場から動くことが出来なくなっていた。悠々と近づいてくるブラックの気配に、ブルーは全身の毛を逆立てるようにして警戒し、バーナーは静かに見守り、美代はコクリと喉を鳴らす。
「 影 縫 かよ、いつの間に詠唱を終えてやがった」
「どうでもいいでしょ、借りていくよ」
訊ねるも答えを聞く気はないらしく、ブラックは美代の肩に手を乗せるとそのまま姿を消してしまった。自身の隣で彼女が攫われたことに焦ったのだろう、ブルーは低いうなり声を上げながらどうにか体を動かそうとし、バーナーはため息を漏らす。
「イフリート」
『ピャア』
ただ呼びかけただけなのに、イフリートは自身の役目をわかっていた。二人の影が出来ているところに回り込み、自身を形成する炎を強くしてそれを消し去る。
すると、今まで指一本動かすことが出来なかったのに、体の自由を取り戻していた。ブルーが即座に走り出したのを、バーナーが慌てて腕をつかみ、イフリートを自身の隣に呼ぶ。
「なんで止めるんよ! はよ行かな、美代はんが!」
「落ち着けって。がむしゃらに走り出しても仕方がないだろ、なんでオイラが今、お前たちを手元に呼んで頭に触ったと思ってるんだ。……イフリート、オイラの魔力を追ってくれ」
一声高らかに鳴くと、イフリートは即座に翼をはためかせたのだった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
ボーっとする頭と視界で周囲を見回し、捩るようにして体を起こすと、木に背を預けて座った。後ろ手に縛られている手首がズキリと痛み、肩越しに振り返る。あまり加減を考えずに結わいつけられてしまったらしく、指先の感覚はなくなりつつあった。
急に動けなくなったこと、攫われてきてしまったことは把握できており、自分をここまで連れてきた彼の姿を捜してみる。
「起きたの」
「う、ん」
突然聞こえた不機嫌そうな声に、思わず肩を跳ねた。背後から聞こえたそれに体を捻り、木の向こう側を見てみる。
膝を抱えて座るブラックの背中が、チラと見えた。
「……えっと、木の反対側にいるの? ブラック、どうして私を連れて来たの?」
「きみは一体なんなの、どうしてボクのことを知っているの、どうしてボクは、きみを傷つけようとすると、頭が痛くなるの」
と、ブラックが正面に回り込み、美代の頬を両手で包み込んだ。俯きそうになった彼女の頭部を固定し、瞳をジッと覗き込む。
「……ねぇ、きみは仲間なの? ボク達と、一緒なの?」
「え……」
「それなのにどうして、あいつらと一緒にいるの……! ボク達を、敵を見るような目で見るあいつらと! ボク達を敵だとしか思ってない、あんな奴らと!」
顔を挟む手に力が入り、頬を潰された美代は眉を寄せると頭を振るようにしてその手から逃れた。悲鳴を上げているようなその声音に、何も言うことが出来ず、ただブラックのことを見つめる。
「美代、美代。教えて、きみはボク達の仲間……なんでしょ?」
「……私、は」
二人の間を裂くように、炎の鳥が互いの目と鼻の先を走った。ブラックは忌々しそうに舌打ちを漏らすと美代に手を伸ばし、走ってくる二つの人影を気にしながらも胸元を掴んで引き寄せる。
そのまま耳元に口を近づけると、彼女の頬が赤くなるのが見えた。
「人間は嫌いだ、あいつらは……大嫌いだ。だけど、きみは違う。ボクはきみを傷つけたくないと、思ってるよ。……仲間で、あってほしい」
イフリートがけん制するように吐き出した炎を片手でいなし、美代の体を木に押し付けるようにして手放すとブラックは口を開いた。これまでとは違い、口先でぼそぼそと言うのではなく、はっきりと声に出して詠唱を始める。
『我汝に命ず 場を歪め 我が願いし場所へ 連れて行け』
「瞬間移動術」
「あ! あいつ、逃げたよ!」
「いい、いい! 今は放って置け、美代、大丈夫か」
指でつまむように縄を持つと、あっという間に焼き切ってしまった。手首が真っ赤になってしまっているのを見てブルーがきつく眉を寄せ、心配そうに擦る。
「美代はん、大丈夫? なんも酷いことされんかった?」
「ん……大丈夫、だよ。あっ、ただ」
バーナーに体を支えてもらいながら立ち上がり、美代は服のポケットを漁った。困ったように見上げてくる彼女に首をかしげ、オロオロとしているブルーの体をガッシリと捕まえる。
「羽根……武器だって気づかれて、取られちゃったみたい」
「……仕方ねぇよ。お前が無事なのが一番さ。こう言っちゃなんだが、どうせまた来るだろあいつ」
「来んでいいのに! なにが目的なんよ!」
そう言って怒るブルーに、美代はどこか寂しそうな表情を浮かべていた。イフリートに礼を言って体内に戻し終えるとそんな彼女の頭を優しく撫で、ブツブツと恨み言を漏らすブルーの手を引く。
「さっき、あいつが美代を攫った場所からここまではそう遠くない、頑張って歩けば陽が暮れるまでに、村にたどり着くはずだ。出来れば野営は避けていきたいから、先に進もう」
「なぁなぁ、バーナー。宿に泊まるののお金はどうするん?」
「旅の資金は一切、オイラが持つ。心配すんな」
なおも口を開こうとする二人の背を押すよう、先を促し。
屋根の下で休めるようにと足を進めていくのだった。




