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冒険記  作者: 夢野 幸
ニルハム編
17/138

放って置けません


 荷物を入れるための麻袋や数日分の保存食、短剣、地図などを購入し、昼食を終えるとレイは美代に別れを告げた。村の出口まで見送りに行くと彼女から重量がある小袋を渡され、コトンと首をかしげる。


「あまり他の人に見せてはダメですよ、この中にいくらか、お金を入れています。……あなたが仲間と合流するまでの繋ぎにはなるはずです」

「レイ……ううん、もう聞かない。ありがとう、色々とお世話になっちゃった」

「あなたに神の加護がありますように。……くれぐれも、お一人で旅をなさらないようにしてくださいね!」


 念押しするように言われ、美代は苦く笑った。それを見てレイはクスクスと口元を手で隠しながら笑い、小さく頭を下げると背を向けて歩き始める。


「レイ! また、会えるかな!」


 その背中に声を投げてみると、彼女は振り返った。浮かべている表情はとても明るく、ひらりと手を振る。


「えぇ、いつかきっと」


 再び歩き始めた彼女の背が見えなくなるまで、美代は村の出口で手を振り続けた。緩々と手をおろし、足元にある麻袋と手元にある小袋をジッと見つめる。


 ついにこの見知らぬ世界で、一人になってしまった。


「……ううん、大丈夫! きっとすぐにバーナーが来てくれるだろうし、私は一人でも大丈夫」


 と、袋を肩に担ぎ、村の中に戻ろうとした時だった。どこからか助けを求める声が聞こえたような気がして足を止め、耳を澄ませた。

 ――風に乗って、声が聞こえる。使えなくなっていたはずの風が運んできている。


「もしかして……」


 美代は目を閉じ、深呼吸をした。風はまだ声を運んできている、助けを求める声から下卑た笑い声に変わっているが。


「……困った時にはお互い様。ってな!」


 なにが原因なのか、なにが要因なのか。それは全く分からない。

 美代は再び、ウィングに変身できるようになっていた。




 袋を片手に村を飛び出し、声に従い走ると男たちが見えた。自分と同じ年齢くらいの子供が一人の男の肩に担がれており、後ろ手に縛られ布を噛まされているのが見える。

 ならず者共らしいことは一目でわかった。


「おい、お前たち! その子を解放しろ!」

「ああ? なんだこのガキ!」

「サッサとずらかるぞ、せっかく見栄えがいいガキを捕まえたんだ」

「こいつも連れて行きゃ良いだろ! 多少なり金には」


 最後まで言わせず、ウィングは掌に竜巻を生み出した。子供を背負っている男を避けるように突風を走らせると、ならず者たちの体はあっという間に吹き飛ばされて宙に舞っていく。

 なにが起きたか判らなかったのだろう一人残された男は唖然とし、不敵な笑みを浮かべるウィングを睨みつけた。もはや姿すら見えない仲間たちを飛ばした力を警戒しているのか、ウィングを睨みながらジリジリと後退していく。


「その子を放せ、さもなくばお前も空高く巻き上げてやるぞ」

「この、ガキっ……!」

「タイムアップ―。残念でした!」


 地面を軽く蹴ると、ウィングは男の背後に回り込んだ。肩に担がれている子の体をサッと奪い取ると男を蹴飛ばして距離を取り、歯を見せて笑う。

 バランスを取り戻す暇も与えず、ウィングはその男の事も吹き飛ばしてしまった。


「まぁ……着地は本人たちでどうにかしてもらおう。うん」


 どうやら気絶しているらしいその子の体をそっと抱きかかえ、地面に尻をついて座った。縄を解いてやり猿轡をはずす。


「……あっれ?」


 小柄で、細身で、顔立ちがよくて近くで見るとまつ毛も長くて。ウィングのままで抱えあげると見た目のとおり軽くて。今の今まで、女の子だと思っていたこの子。


「男の子だぁ……ちょっとどうしよう、怪我もたくさんしてるみたいなんだけど……えぇ……。しかもあの連中、この子をどうしようとしてたのよ」


 問答無用で吹き飛ばしてよかった。

 とりあえずその子を背負い、ウィングは走ってきた道を戻るのだった。




 村の宿を取りその子をベッドに寝かせ、少し躊躇いながらもゆっくりと上着を脱がせていった。縛られていた手首は痛々しく腫れており、他にも打撲傷や擦り傷、そして何かで斬られたらしい傷跡もある。


「ひどい……。目も覚ませないくらい、大変な目に遭ったんだろうなぁ」


 頭に巻いている水色のバンダナを取り、綺麗な布きれを濡らすと優しく血を拭っていった。痛むのだろう時折唸り声をあげ、眉をきつく寄せている。

 その度に胸元を優しく撫でてやると少し落ち着いた。一通り治療を終えるとようやく美代に戻り、ベッドの傍にイスを持ってくると静かに眠る少年の様子をうかがう。


「……明日には、起きるといいな」


 と、時折苦しそうに呼吸を荒げる少年の頭をなでてやりながら、美代は静かに目を閉じた。




 体の節々が痛み、目を開けてみると窓の外は真っ暗だった。うたた寝をしてしまったようでゆっくりと立ちあがり、背伸びをする。首を回したらコキリと音が鳴り、痛いような心地いいような気分だ。

 少年を見てみると呼吸は安定しているようで、短い黒髪をそっと撫でてみた。くすぐったそうに身を捩り、むにゅむにゅと寝返りを打つ。幾分顔色も良いようで、ホッと息をついた。


「私も、ベッドで休もうかなぁ」


 時計がないから今の時間はわからないものの、月がてっぺんより少し傾いていることから真夜中らしいことは判断できる。もう一眠りは出来そうだ。

 もう一度だけ男の子を振り返り、美代はベッドにもぐりこむのだった。




 何者かの強い視線を感じ、美代は目を擦りつつも体を起こした。普段と全く違う部屋の風景に一瞬思考を止めるが、すぐに状況を思い出し男の子へ目を向ける。どうやら視線の主は彼の様だ。


 まるで猫のように丸い目を見開いて口をきつく閉じたまま、ジッと美代の事を見ていた。深い青色の視線に美代は苦笑し、彼を警戒させないようゆっくりとベッドから降りる。


 それでも、こちらが動いた途端にビクリと体を震わせ、布団を握り締めていた。その際に傷が痛んだのだろう、キュッと目を閉じて眉を寄せている。


「えっと、私の名前は上野美代。あなたは? 昨日、なにがあったか覚えてる?」

「……わ、ワイはブルー・カイ……えっと、昨日……?」


 恐る恐る目を開き、再び美代の事をジィッと見つめた。しばらく口をつぐんでいたが見る間に顔を青くし、勢いよくベッドから跳ね起きるとそのまま床にしゃがみ込んでしまう。

 ブルーの突然の行動に美代は目を丸くし、彼の体を支えながらベッドに座らせた。オロオロと視線を彷徨わせている彼の背を撫でてやると、少しずつでも落ち着きを取り戻してきた。


「無茶をしないで、怪我だらけなんだから。なにがあったの?」

「むっ村が! 村の人たちが、はよう助けを呼びに行かな、ワイだけ逃げてきて、逃がしてもろうて、だから!」

「落ち着いて、ゆっくり話していこうか。はいはい、大きく息を吐いて、吸って」


 正面に回って優しく包み込むように抱きしめ、撫でるように背を叩いてやるとブルーはそれに合わせて深呼吸を繰り返した。ギュウっと抱きついて来る様がなんとなく愛らしく、思わず微笑みそうになるのをグッと堪える。


「えっとな、村に黒い奴が来て……ようわからんけど、目が気に入らんって言われてわけわからんうちに捕まってしもうて、村の人たちもみんな捕まって。そんで、お前たちなんかいつでも殺せるから言われて……!」


 よほど恐ろしい目に遭ったのだろう、ブルーはカタカタと震えながら搾り出すように話した。美代は相槌を打ちながらゆっくりと続きを促して、彼の呼吸が乱れないよう背を叩き続ける。


「どうにもならんやったの。小さな村やから役場もないし、そんなら近くの村か町に助けを求めるしかなくて、村の人、ワイを逃がしてくれて……。そしたら、盗賊? に捕まってしもうて……あ、えっと、カミノはんが助けてくれたん……?」

「うん。助けを求める声が聞こえたから行ってみたら、ブルーが捕まってた。……その傷はもしかして、村を襲ったやつに?」


 本当に小さく、頷いた。美代は眉を寄せたままブルーから離れ、青ざめる彼の頭を優しく撫でる。


「行こう、ブルー。あなたの村に連れて行って」


 彼は目を丸くして、即座に首を振った。どうしたのかと思いキョトンと首をかしげると、彼は苦しそうに口を開く。


「助けてくれたんはありがとう、でも危ないよ! カミノはん女の子やん、あかんよ、あいつ本当に強いし危ない奴なんよ!」

「危ないのはわかったうえで言ってるんだけどね? そんな話を聞いて、放って置けるわけないじゃん。大丈夫、今の私は弱くないんだから!」


 クシャリと、ブルーの顔が歪んだ。ギュウっと目を閉じて深く頭を下げ、小さく肩を震わせる。


「……たすけて」

「もちろんだよ! 無茶はしない程度に、それでも急ごう」


 その返事に、ブルーは弱々しく微笑むとすぐに立ち上がり、ドアに向かった。それを慌てて止めると彼の手を優しく引き、ベッドの上に押し戻す。


「ダメ、もう少し待って。とりあえず私はここを出るように支度をするから、その間は少しの時間でも休んでて」

「なんで! 役場にいかな、だって、助けを」

「大勢で行っても邪魔。会ったばかりだし何もお互いの事を知らないだろうけどさ……盗賊たちを追い払ったのは私一人だよ? 力だけでも、信じてもらえないかな」


 美代の目を覗き込むようにして見つめ、うつむきながらもコクリとうなずいた。そんな彼に満足したような笑みを浮かべると美代は立ち上がり、手早く荷物をまとめてしまう。

 元々散らかしていたわけでもないので準備はすぐに終わり、不安そうに眉を寄せているブルーの頭を優しく撫でた。


「じゃあ、退室の手続きに行ってくるよ」

「カミノはん」

「心配しないの。待っててね」


(さて、旅じゃないから、約束は破ってないもんね)


 チロリと舌を出し、美代は宿の受付に急ぐのだった。


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