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冒険記  作者: 夢野 幸
シャロム編
14/138

あなたのとなり


「……ク、起きて……」

「んぅ……」


 腹の上に置かれた手が体を揺すり、ブラックは重い瞼をどうにか開いた。ぼうっとしている頭のままに体を起こす。


「朝ごはんに行こうよ。今日は動物園だって!」

「美代……おはよ……」


 焦点を彼女に合わせ、ブラックは口を閉じてしまった。美代はブラックの膝の上に座ったまま照れくさそうに笑い、服の端を摘まみ上げる。

 白いワンピースに黒いチョッキを羽織り、胸元はボタンの代わりに青い宝石のようなブローチで止めていた。ズボン姿の彼女しか見たことがないブラックは思わず凝視したまま、一言も発さない。

 美代に自身の髪を遊ばれ始めてからようやく我に返り、小さな体をヒョイとどかしてベッドを降りた。絡まっている髪の毛もそのままに、ジィッと美代の事を見つめている。


「こんな服も、一応持ってるんだよ?」

「最初、誰か判らなかったよ。きれいだな。バーナーたちは?」

「尚人たちなら、先に食べに行ったよ! 髪にクシを通すから座って―」


 頬が熱くなるのを無視するように、美代はブラックの背後に回った。彼は床にペタンと尻をつき、美代は視線の下にある彼の髪の毛に少しずつクシを通していく。

 気持ちがいいのか、猫のように目を閉じていくブラックに、美代も目を細めていった。


「はい、終わったよ。行こう」

「ん」


 短く返事をする彼に、支えにもならないのだろうが手を伸ばし。ブラックもその手を借りるようにして立ち上がるのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「……明確だな、ありゃあ」

「どうしてこうなった……」


 バーナーが呟くと沙理も追いかけるように首をかしげ、視線を落とすと見上げていたらしい彼女と視線がぶつかり、頭を掻いた。


 朝食を終えて車に乗り込み、動物園の中に入るまでの間、ブラックと美代はどちらともなく、隣に並んでいた。バーナーはそれを少し遅れて歩くように見ており、いつの間にか沙理も自分の隣まで来ていたらしい。


「オイラにもわかんねぇよ」

「そもそもあいつ、美代とあたしに攻撃して来たんだけど。見間違いじゃなければ火の玉を放り投げて来たんだけど。どうしてああなった」


 口を尖らせながら低く言った沙理に、バーナーは目を見開いてしまった。彼女は腕を組み、怨めしそうな表情をしている。


「火の、球を?」

「美代には言ってないんだけどね。空き地であいつと初めて会った時、バスケットボールくらいの大きさの火の玉を。美代に向こうを見てて、って言われてたのを盗み見ちゃったの」


 柵が高くて動物が見られずにぐずっている子供たちと美代を交互に見つめ、片手ずつでヒョイと肩に座らせているブラックを見ながら、沙理は尖った視線を走らせた。それから自分も少し離れた場所から、柵の中を見る。ヤギがいた。


「……上野夫妻もだが、お前もか」

「なにが?」

「どうして、平然としていられる」


 昨夜、父親に「異常な地震を起こしたのが自分だとしたら、どうする」と尋ねた時もそうだった。

 今、沙理が「火の玉を放ったのを見た」と言った時もそうだ。


(シャロムの人間なのに、なぜこうも普通にしていられるんだ?)


 彼女が言っているのは恐らく、火 球フラム・バルの事だろう。ならばその目で、魔術を見ているのだ。それなのに混乱するわけでもヒステリックになるわけでも、現実逃避をしているわけでもない。

 受け入れていた。


「尚人、どういうこと?」

「明らかに異常じゃないか。火の玉を投げてきた? タネや仕掛けはあるのか」

「何もないと思うよ、だって何も持ってなかったと思うし、そもそも気づいたらいたわけだし」

「どうしてそれを可笑しいと思わない」

「世界にはね、きっとあたし達が知らないことがたくさんあるの」


 ふとブラックに目を向けてみると、知らない子供たちに囲まれて困ったように美代を見つめていた。彼女はただ微笑みを浮かべているばかりで、しばらく悩んだ様子を見せると二人、三人を同時に抱えあげる。

 中には肩車までこぎつける子もいて、一つのアトラクションのようになっていた。


「たくさんある知らないものを、あたしたちが拒絶しちゃったら、拒絶された方はどうなるのかな。傷ついて悲しんで、なかったことになるのかな。そんなの、さみしいじゃない?」


 子供たちを遊ばせていたせいだろう。保護者の方々にも囲まれてしまい、どこか緊張しているようだった。

 それでも美代が背をさすってやると表情が和らいでいき、乗り物のように子供たちを腕や背にも乗せてやる。高いところから動物が見られるようになったからだろうか、みんな喜んでいた。


「だからあたしは、知らないことも、異常なことも受け入れていきたいの。それはおじさんもおばさんもだし、あの子だって」


 視線の先には美代がいた。気が付けば彼女もブラックの背中に張り付いており、子供たちと一緒に笑っている。上野夫妻もそれを見て微笑んでおり、視線を落とせば沙理も両親と同じような笑みを浮かべていた。


「それに美代は、尚人がいるから大丈夫。って言ってたし」

「え?」

「何かあったらどうするの、って聞いたときに、尚人がいるから大丈夫って。ならあたしは、それを信じるだけだよ」

「……そりゃあ、ありがたい話だ」

「沙理、尚人! あっちに行こう! ふれあいパークがあるんだって!」


 子供たちのアトラクションも落ち着いたのだろう、ようやく自由の身になったブラックの手を引きながら美代が手招きをしていた。片手を上げてそれに応えると沙理が先に歩きだし、体を捻るようにして振り返る。


「それに、お互い様でしょ。変なのは」

「うん?」

「尚人だってさ、あたしが言ったことを受け入れたでしょ。嘘を言ってるかもしれないのに!」


 いたずらっ子のように笑う彼女は楽しげで、バーナーは表情も苦く口を閉じた。美代とブラックを先頭に両親は先を歩き始めており、沙理も追いかけるようにして着いて行く。

 その後ろを一人、頭を掻きながら、バーナーも歩いて行くのだった。




 ふれあいパークでは動物たちに囲まれ、木陰でウトウトとまどろんでいるカンガルーに微笑み、買ってもらったクレープを伸びてきた鼻に奪われそうになりゾウを全身全霊威嚇し始めるブラックをなだめ。

 そうしているうちに昼を回り、レストランに入った。ブラックは机の上に突っ伏してしまい、美代が背をさする。


「ブラック君、大丈夫かい?」

「大変だったねぇ、あんた。動物からは好かれるわ、子供たちからは好かれるわ。柵が高いところで子供を抱えてなかったところ、ないんじゃない?」


 ムスッと頬を膨らませて眉を寄せているブラックに笑い、ついでにコート中に着いている動物の毛を摘み取ってやる。


「ゾウで学んだか、キリンからのリンゴ飴の死守はうまくやってたな」

「あいつらキライだ……!」

「子供たちからはキャンディーを貰ってたね。ちゃんとポケットに入ってる?」

「ん」


 ごそごそとポケットを漁り、入っていることを確認すると、ブラックは再び突っ伏した。注文した料理が来ても、素知らぬ顔だ。


「おいブラック、昼飯を食べてもう少し園内を回ったら帰るぞ。もう少し頑張れ」

「ん……」


 正面に座っているバーナーに突かれ、顔を上げた。心配そうに見上げてくる美代の顔を見てふにゃりと笑い、手を合わせる。


「……いただきます!」

「よく言えました、いただきまーす!」


 ブラックにならうように美代が手を合わせて箸を取ると、それぞれは目の前に出された、白い煙が立つ温かい食事に手を伸ばしたのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 結局、「もう少し」園内を回るはずだったのが、動物園を一周してしまっていた。キラキラと笑いながら旅行の話に盛り上がる美代と沙理の声を子守唄に、熟睡するブラック。その隣にいるバーナーの肩が枕代わりになっており、呆れていた。


「お疲れ様、尚人。ごめんね、結局お世話は全部任せちゃった」

「いえ、大丈夫ですよ。オイラも楽しめました」


 モゾモゾと動くブラックの頭を優しくなで、後ろの席でおしゃべりに花を咲かせている美代たちに飲み物を取ってやり。両親は嬉しそうに微笑んでいた。


「家に帰ったらすぐにお風呂をいれて休もう。明日からはまた、日常だ」

「美代も、今日はちゃんと休むのよ。具合を悪くしないようにね」

「はーい! 尚人もねー」

「お前のように柔じゃない」


(今回、ブラックの事をちゃんと見れたのは収穫か。あとは、こいつがいう、みんな。というのは誰なのか、を知れたらいいが)


 車の中から見る太陽は間もなく、建物の山に隠れてしまうだろう。

 いつまでもこの平和に浸るわけにはいかない、どのタイミングで美代を、ニルハムに引っ張っていくか。わずかに眉を寄せ、ポカポカと肩を叩いて来る美代の頭を押さえつけるとため息を漏らしてしまうのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 家にたどり着くころにはすっかり月明かりが周囲を照らしていた。ブラックを揺り動かして起こすと家に招き入れようとし、ふと考える。


「今日はどうするんだ、泊まらせてもらうのか、帰るか」

「んー……帰る」

「ねぇ、ブラックって今どこにいるの? 行ってみてもいい?」


 帰ると言って身を引こうとしたブラックの手を取り、美代が精いっぱい背伸びをした。彼女の言葉を予想していたのだろうか両親は驚いた様子もなく、バーナーの方が慌ててしまう。


「おい、今が何時だと思ってるんだ。こんなに暗い中、出かけさせるわけがないだろう……」

「あ、あたしも気になる―。ねぇおばさん、電話を貸してくださ―い! 家に電話するから!」

「帰りはブラックに送ってもらうから大丈夫だよー。ねぇ、行ってみてもいいよね?」


 それに父がうなずいてしまえば、もはやバーナーには何も言うことが出来ない。ジロリと白い目でにらまれながら、美代は家の中に駆けて行く。

 出て来たときには白いワンピースから普段のシャツとジーンズパンツに変わっており、コートまで肩にかけていた。


「うちの両親も、気を付けて帰ってきなさいよって!」

「じゃあ、行ってきます!」

「気を付けていってくるのよー」


 母の声を背に受けながら、ブラックの右側には美代、左側には沙理が纏わりつき、彼は困惑しながらも歩き始めるのだった。




 数歩も行かないうちに学校の裏山へたどり着いており、沙理は目を丸くしながら周囲を見回した。美代は額に手を置いてブラックを見上げ、少し困ったように眉を寄せている彼の腕をつつく。


「もう、ダメでしょ!」

「ごめん……」

「あんた、なにしたの? 流石に無理でしょ、一瞬でこんなところまで来るのなんて」


 訝しげにブラックを見つめる沙理をなだめ、美代も周囲を見回した。

 あの時と同じような。バーナーと対峙する前に感じた悪寒が背に走ったのだ。

 そういった気配に敏感だろうブラックを見ても、彼は首をかしげているだけだった。ならば気のせいなのだろうと美代は自身の頬を緩く引っ張り、沙理の傍による。


「ねぇ、沙理。星を見てみようよ。きっと綺麗だよ!」

「いいね、でも木が邪魔をして、空が狭いよ?」

「こっちなら見える」


 ブラックが案内してくれたのは、バーナーが焦土に変えてしまったところだった。確かに周りに木がないし、三人が転がるにも座るにも十分なスペースがある。


「美代、ちょっとお留守番。あんた、こっちに来る」


 ブラックの手を強引にとって歩き始めた沙理を見送り、美代はその場に寝転んだ。ためしに少しだけ、ウィングに変身するよう意識を運んでみたが、少しも変化がみられない。


「私じゃあ、ガーディアンにはなれないのかな。せっかくバーナーに神話を教えてもらったのに、自分が剣になるって言ってくれたのに。……どうしてかなぁ」


 考えたって答えが出ないことは考えない、性格だと思っていたのに。

 グルグルと回る、なぜ。と、どうして。

 それから逃げるよう、美代はゆっくりと目を閉じていった。




 沙理に手を引かれて美代の傍を離れたブラックは、落ち着かないのだろう辺りを見回したり、拳を作ったり手を開いたり。正面に立ってこちらをにらみ上げてくる沙理の視線から、必死に視線をそらし続ける。

 そうしていると髪を引かれ、眉を寄せながらもようやく、沙理の顔を見る事が出来た。仕方がないのでしばらくにらめっこをしていると、彼女が口の端を上げてニヤリと笑う。


「な、なんだ……?」

「あんたのこと、しっかりと見させてもらいますからね! あの子の隣は、そう簡単に譲ってあげないんだから!」

「は、は?」

「そんだけ! 戻るよ!」


 言うだけ言って満足したのか、沙理はサッサと歩いて行ってしまった。ブラックはポカンと口を開き、沙理の背を見送り。

 ハッと我に返ると、慌てて彼女を追いかけるのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 沙理を送り届け、家に帰ると、玄関にはバーナーが仁王立ちで待っていた。


「いま、何時だと、おもっている?」

「な、なおと」

「ブラックはいい、こいつと沙理に押し切られただけだからな。問題はお前だ美代、いくら両親がいいって言ったからと、あまり感心できないな?」


 口を出そうとした瞬間切り返され、ブラックは押し黙ってしまった。美代は帰って来て早々の説教じみた小言に頬を膨らませ、眉を寄せる。


「時計を持ってないから、何時かわかりませんー!」

「開き直りやがって。もう日付も変わろうとしてるんだぞ、ほら、早く寝ろ」


 ムスくれる美代の背を押すように部屋へと追い立てると、どうすればいいのか判らないでいるらしいブラックを見て、ふと笑ってしまった。自分も怒られたように感じたのか落ち込んでいる彼の頭をガシガシと撫でてやり、自身はあくびをかみ殺す。


「ありがとうな、疲れただろ。今は野営をしているのか?」

「あぁ、この世界じゃ……他に、寝る場所もないし」

「……明日にでも、上野夫妻に、事情を伏せて相談してみようか。居候くらいなら、たぶんさせてもらえるぜ」


 言葉もなく目を丸くしていくブラックに、バーナーは夫婦が眠っている寝室と、美代が上がっていった階段の方を見た。口の端を緩め、頭を掻く。


「オイラ、日中は人目が付かないところで修練をしているから、夕方になったらここに来いよ」

「……いい、のかな」

「大丈夫だ。この家の人たちなら、大丈夫だ」


 まっすぐに目を見て言うバーナーに、ブラックはこっくりとうなずき。

 静かに、その場を去っていった。

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