~閑話~ 遊園地にて、バーナー暗躍
閉園してからどれほど経ったのだろうか、街灯の一つもついていない暗闇を、二つの影が歩いていた。一つは恨めしそうに唸りながら、一つは怒りを含んだ声で、意味のない言葉を吐き出しながら。
「ああああああ、ちくしょう! なんなんだあの野郎、一体どうやってオレ達を殴ったんだ?」
「あの女もいつの間にかいなくなってるし、手錠はドロドロに溶けてたじゃねぇか。なぁ、どうやったらああなる?」
「知るかよ! あぁ、ムカつくぜ! どいつもこいつも舐めやがって!」
だんだん声は荒げられ、シンと静まり返った空間に響き渡った。自分たちの声と足音以外は一切なく、普段の人ごみから切り離されてしまったような感覚がどこか不気味で、二人の声は余計に大きくなっていく。
「今度はカッターナイフじゃなくて、ちゃんとしたナイフを持って行こうぜ! あの生意気な女にやり返さねぇと、気が済まねぇ!」
「今度大学に入る兄貴も呼ぼうか、仲間も連れて! なぁに、ガキの一人や二人、あっという間に」
「お目覚めかい、お二人さん」
不意に聞こえた声に背を震わせ、二人は声の方角を向いた。ボッ、ボッと炎が灯っていく静かな音が耳元で聞こえ、思わず互いの体を密着させていると、目線の高さに炎が浮かんでいく。
その先を見てみると、黒い着物を羽織った紅い髪の青年が立っていた。裾に描かれる踊る炎が暗闇に一層目立ち、見入っているとそれが静かに波打った。こちらに、近づいてきている。
「慣れない酒が体に入った中で眠らされて、こんな時間までグッスリとはねぇ。寝首をかかれなかっただけありがたく思っておけよ」
「なんだ、てめぇ!」
「そんなに吼えるなよ、オイラはただお願い事をしに来ただけさ」
「お願い事ぉ?」
ゆらり、ゆらりと近寄ってくる青年に、威勢よく食って掛かるも、体は完全に引いてしまっていた。わずかに後ろへ下がろうとすると熱気を感じ、情けない声をあげながら勢いよく振り返る。体の左右で青年と自分たちを繋ぐ道を照らすように揺れていた炎が、いつの間にか背後にもあった。
「そう。どうやら昼間にオイラの連れが世話になったようでな、あの子に二度と手出しをしないことと、長髪の男の事を誰にも言わないことを、お願いしに。なに、実に簡単なことだろう?」
リラックスをした様子で腕を組み始める青年に、何もない空間に浮かんでいる炎を視界の端に入れながらも二人は下卑た笑みを浮かべた。
「なんだ、もしかして連れってあの女ぁ?」
「こんな手品じゃビビらねぇよ! 生意気なことしてると、てめぇもぶちのめすぞ。あの女とまとめてな!」
「そうか。また、手を出すと言うんだな」
再び、二人が言葉を吐こうとした時。
揺れていた炎が意思を持ち、歯の間を割るようにして口内に滑り込んだ。その異様さに体は痙攣し、目を見開く。蛇のごとく巻きついて来る炎はなぜか熱を持たず、何が起きているのかを理解できずにいた。
「いやぁ、残念だよ。ここで二人、絶対に見つかることのない行方不明者が出るんだから」
足音を一つもたてないよう、ゆっくりと近づいてくる着物の男は背後に回ると、人懐っこく肩を抱いてくる。普段ならば馴れ馴れしいマネをするなと手を払ってやるのだが、二人はただ青ざめて震える事しか出来ないでいた。
「オイラの聞き間違いなら悪いからさぁ、もう一度チャンスをやるよ。昼間の事は忘れろ、口外するな、そしてあの女の子……かわいい妹分には二度と、手を出すな。さもなくば」
声を出そうにも喉の奥で何かがチロチロと動いているのが判り、身悶えするにも肩を砕かれんほどの力で握り締められて炎で縛られてしまえば怯える以外に何も出来ない。
それでも着物の男は、その目を光らせていた。
「炎の海で泳がせてやるよ、灰になるまでな。……家に帰って布団に包まって。怯えて泣いてろ、ザコ共が!」
戒めを解くと同時に、今度は熱気を持った炎を目と鼻の先で躍らせた。男たちは叫びながら闇夜を一目散に駆けて行き、その背が見えなくなるとようやく炎を消して首を回す。
「これだけ脅してやれば、もういいだろう。力量の差くらい見分けられない奴らが粋がるなってーの」
これでもし、彼らが口外したとしても、頭がおかしくなってしまったとしか思われないだろう。そのために周囲に人の気配がないことをイフリートに確認してもらって、思う存分に炎を使ったのだから。
この世界の人間が、「中学生くらいの男の子から、炎を使って脅されました」などと言われ、信じるだろうか。今夜起きた、この出来事を。
「仕方ねぇや、守るもんが出来ちまったからな」
気怠そうな言葉で、口の端は緩く上がり。
バーナーは一度空を見上げると一眠りするべく、ホテルの部屋へと向かうのだった。