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冒険記  作者: 夢野 幸
ただいま地上編
123/138

嬉しくない再会


 カーラはコートの中に入れるようにして前に抱きかかえ、美代は背中に背負った。片手で支えるのは容易だが、念のために念動力サイコキノも使っている。

 ぐったりと寄りかかる美代の苦しげな呼吸音に眉を寄せ、街を目指してただ歩いた。


「ごめんねぇ……ブラック、だいじょうぶ?」

「オレは平気だよ、もう少し頑張って、今日中にはお医者さんに診てもらえると思うから」


 答えれば申し訳なさそうに眉を寄せ、目を閉じてしまった。背中に感じている美代の高い体温で汗ばむのが分かる、彼女も自身の体調をわかっているのだろう、大人しく甘えているようだった。


「美代、何か欲しいものはある? 宿を取ったら出かけるよ」

「……なにか、果物が欲しいな……リンゴ、みたいなの」

「わかった。カーラは留守番しててね、美代のことを頼んだよ」

「#&%&」


 手を上げて答える彼に目を細め、ただ歩き進んだ。



 そうして日が暮れる前には街にたどり着き、宿を取ることが出来た。美代をベッドに寝かせると一握りの百ガロンを持って果物屋を探し、キョロキョロと視線を走らせる。


「兄ちゃん、なにかお探しかい?」

「ツレが、熱を出しちゃって。リンゴを食べたいっていうから」

「そりゃあ大変だ、果物屋は向こうの通りにあるよ。診療所はその反対の通りにあるけど、今日はもう閉まってるから明日にでも連れて行ってやりな」

「ありがとう」


 踵を返して果物屋の通りに向かおうとし、全身が総毛立った。揺れ動きかけた髪の毛を無理やりに抑え込むと薄い呼吸で視線を走らせ、薄暗い小道に目を止める。

 隠そうとしているようだが、わかる。強い魔力を持った何者かが潜んでいる。


 普段ならば気にも留めないだろうし、間違いなく美代のことを優先しているだろう。神の子であったとしても自分の方針を変えたつもりはない、親しくもない人々なんてどうなろうとかまわない。


 なのに、その魔力に魅入られるよう、足が向かってしまった。


「ラオ、エン?」


 見間違えようがなかった。

 美代の父を殺し、彼女を狙って苦しめ、一度リンを殺した男が。

 青白い顔で座り込み、薄い呼吸を繰り返していた。


「な……」

「……どうしてこんなところにいるの」

「こちらのセリフだ、お前は神の子として、その御許に上がったのではないのか」

「事情があってまた降りてきた。具合悪いの」


 口元を引き締めている、どうやら答えるつもりはないらしい。

 仕方なく目を細めて凝視してみれば、魔力の量が極端に少なくなっているのが分かった。


「……魔力、分けてやろうか」

「何を言って」

「お前のことは嫌いだし恨んでるし、正直もう会いたくなかった。でも、美代はお前たちを許すって言った。……このままここに居るのもマズいだろ、だから助けてやる」


 抵抗するだけの力も出せないのだろうか、腕をとっても振り払われるようなことはなかった。しばらく魔力を流してやれば壁に背を預けながらも立ち上がり、唇を歪めたような笑みを浮かべる。


 以前ならば、厭味ったらしい笑みだと、苛立っていたかもしれない。

 でも今はなんとなくわかった。これはきっと、うまく笑えなかった結果だ。


「礼を言う」

「どうしたの、お前にとってここは居辛いんじゃないの」

「……子を、捜している。何としても見つけなければ」

「一族の子供?」

「コウモリのような翼に、獣のような耳を持つ子だ。父を捜し、飛び出してしまった」


 脳裏に想像が容易い特徴だ。口を尖らせてしばらく押し黙り、ため息交じりに背を向ける。


「ブラック」

「カーラでしょ、保護してる」

「お前が?」

「仕方なく。ついて来て」


 保護者が迎えに来てくれたのならば話は早い、スラマグトスまで行く手間も省けたというものだ。

 美代には会わせたくないけれど、カーラをここまで連れてくるわけにもいかないし早く戻ってやりたい。リンゴは買いそびれたが一つの収穫に違いないだろう。


 ならばこの再会も、悪いばかりではなかったか。

 そんなことを考えながら、ラオエンが付いてくるのを確認しつつ宿へと向かって歩くのだった。




 ドアを開けると布団が動き、美代が真っ赤な顔を覗かせた。ブラックと視線が合えばふにゃりと笑い、隣に立つ男を見て目を丸くしていく。


「らおえん……?」

「せい、んと」

「ごめん、美代。偶然会ったんだ」


 赤かった顔が、わずかに青ざめたのが分かった。やはり美代の負担になったかと顔をしかめ、彼女の脇で丸くなって眠るカーラをヒョイと抱え上げる。

 驚いて目を覚ましたのだろう体を跳ねている幼子をよそに、ラオエンに押し付けると部屋から追い出すよう背中を突いた。


「捜してたのはこの子でしょ、早く行って」

「待て、セイントは体調を崩しているのか」

「だったらなに、明日お医者さんに診せるからお前には関係ない」

「何をバカなことを、その子を人間の医者に診せるだと?」


 あまりにも険しい顔をしたラオエンに、背を押す手から力が抜けた。彼はまっすぐに美代のことを見つめていて、眉を寄せると視線を遮るよう彼女の傍による。


「自身が何を言っているのか、わかっているのか」

「何がおかしいんだ?」

「セイントは妖精族だ。人間の医者に診せていて、それに気付かれたらどうする? 奴らは信用ならん、どのような目に遭うかわからんぞ」

「オレがいるのに、美代に何かできると思ってるの? 害をなそうものなら、町もろとも消してやる」

「まって、当人を置いて話を物騒な方向に持っていかないで……」


 布団からはい出し、ベッドに腰を下ろすとラオエンを見上げた。隣に座ってくれたブラックの肩に頭を乗せ、長いため息を漏らす。


「……私は、誰に診てもらえばいいの?」

「……我が一族に、優秀な薬師がいる。アレならば妖精族のことも診れよう」

「それこそふざけるなよ、美代を執拗に付け狙ったやつらの元に、オレが連れて行くとでも思っているのか」


 逆立つ髪の毛を胸元に抱え込み、熱い息を吐き出した。今は何とか座っているけれど、これ以上悪化すれば体を起こすこともままならないだろう。

 そうなってしまえば、いくら魔道具を使っているとはいえ変 幻 偽 視メンティ・マスケを維持するのは難しい。


 ならば、早急に治療するためにはどうすればいい?


「……ブラック、私は大丈夫だよ。ラオエン、連れて行って」

「美代!」

「魔道具を使っているのも、しんどいんだ。だから、早く診てもらいたい。……魔族なら、出身一族を気にしなくてもいいでしょう?」


 顔を歪め、唇を痙攣させながらラオエンを睨んでいるブラックの体をそっと撫でた。

 警戒はしているけれど、敵意は見せていない。それが彼の答えだと思い、もう一度ラオエンに目を向けた。


「おねがい、してもいい?」

「私が言い出しておいてなんだが、お前はそれでいいのか」

「ブラックもいるもん、こわくない」


 弱々しい笑みに視線をそらし、ラオエンは腕の中から心配そうに体を乗り出すカーラのことを抱えなおした。魔力が渦巻き始めたのを感じて、慌てて止める。

 不服そうに振り返られたけれど、これだけは外せない。


「ブラック、退室の手続きお願い。このまま行っちゃったら私たち無銭宿泊者になっちゃう」

「むせん……?」

「どろぼう。バーナーに迷惑かける」


 眼をしばたかせ、急ぎ足で向かってくれた。支えを失った美代はベッドに倒れこみ、凝視してくるラオエンを目だけで見上げる。


「……なにか、しようというのなら。この体調でも、神 力 破 斬アイナ・トゥア・メギルは唱えられるから」

「今の貴様に手を出すつもりはない。さっさと休め」


 ラオエンの手が目を覆い、閉じてしまった。大きいけれどブラックとは違う、少しだけ頼りなさげに細い手は意外にも暖かくて、細長く息を吐き出していく。

 ドアが開く音と同時に、離れていってしまった。なぜだろう、名残惜しく感じてしまう。


「戻ったか。……行くぞ」

「美代に何かしたら、オレは全力で暴れるからな」


 ブラックの言葉に苦い表情をしながらも、ラオエンは改めて魔力を放出していった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 目を開くと、岩肌の天井が見えた。辺りに充満する薬草のにおいに思わず眉を顰め、ゆっくりと辺りを見回していく。

 天井からは見たこともない草が多量に吊り下げられ、壁一面には壺がぶら下がっていた。中身の名前だろうか、文字は読めないけれど一つ一つ丁寧に書かれている。

 それから、全身に艶のある、真っ黒な姿の何者かが、こちらに背を向けて座っているのが見えた。


「……ここ、は」

「ん? セイント、目を覚ましたか」


 振り返りながら、彼は人の姿になった。逆立つ髪の毛は栗毛色で、左頬に火傷の跡のようなものがある。すり鉢を手に近寄ってくると、その血の色の目を細めた。


「オレの名はディスティ、ラオエン様の専属の薬剤師だ。起きたならこれを飲め、少し苦みがあるが魔力を整える作用がある」


 体を支えられるようにして起こし、木製のコップを受け取った。お茶のような色をしたその液体を口に含めば、ハチミツでもごまかし切れていない苦さが広がっていく。

 しかし、ルフトの実に比べれば断然ましだと、目をきつく閉じて飲み下した。


「よしよし、いい子だな。もうしばらく眠れば熱も下がる、オレは退室するからゆっくり休むんだぞ」

「魔族の、領土なの? ブラックはどこに……」

「心配しなくてもお前に危害を加える者はいない、彼はラオエン様の元に居る。それじゃあ、お休み」


 問答無用で布団をかけられてしまい、美代は大人しくベッドに潜った。宿に居た時よりも体調がよくなっているのは確かだ、部屋に焚かれている香も、心地よい。


(まさか、魔族の元に来るなんて思わなかったなぁ……)


 緊張しないかと言われれば嘘になる。だけど今は、助けてもらっている身だ。

 ディスティの指示に従うよう目を閉じて、深く息を吐き出していくのだった。




 ブラックは眉をひそめたまま、正面に座るラオエンのことを凝視していた。お茶のようなものを飲む彼は一言も話さずに、目を伏せながらも一身に視線を受け止めている。


「……美代とオレを引き離してどうする気だ」


 ついに根負けしてしまい、口を開いてしまった。ようやく視線を上げるとコップを置き、ゆらりと立ち上がる。


「ブラック。お前は魔族だ」

「知ってる。前の旅で教えてもらった」

「お前には魔族にしか使えない技を、継承してもらわねばならん。……ちょうどいい機会だ、セイントがここで休む間に修練しようではないか」

「なんでオレが」

「……お前が、適任者だからだ」


 ギリギリと眉を寄せ、不満げにラオエンを睨みつけたが、ため息を漏らすと立ち上がった。

 ラオエンの提案を飲んだわけではない、美代を守るため、みんなを守るため。強くなれるのならば悪くないと思っただけだ。


「修練場に向かう。一日二日で終わるなどと思うなよ」

「知ったことか。美代の体調が良くなったらここに居る理由はない、すぐに出ていく」


 鼻で笑えば冷たい笑みを返されて、舌打ちを漏らしながらも仕方なく付いていくのだった。


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