成長への一歩
地に伏せる男たちを鼻で笑い、鞘に納めたままの剣を一度、強く振るって血を払い飛ばした。背に隠していた木の穴をのぞき込み、手を伸ばす。
「ブルー、大丈夫カ」
「うん……ワイは平気よ、ダークは?」
「コノ程度ノ連中ニ負ケルモノカ。ホラ、左手ヲ隠スデナイ、診セナサイ」
苦々しい表情で言われ、ブルーはおずおずと手を出した。薬草を取り出すと片手で魔力と調合し、即席で軟膏を作り出す。
優しく塗り込んでやると、きつく目を閉じて眉を寄せていた。
「痛ムカ」
「大丈夫、海中族やもん。火 球は中和できる……」
「出来テイナイカラ、火傷ヲシテイルノダロウ」
グッと口を噤み、顔を伏せてしまった。包帯を巻いてしまうと手を眺め、申し訳なさそうにダークを見上げる。
「ありがとう」
「ドウイタシマシテ。モウ少シ歩ケバ、村ガ見エルダロウ。頑張レルカ?」
「うん、大丈夫!」
それでもどこか苦しそうな顔をしている彼に、ダークはポンポンと頭を撫でてやると調子を合わせて歩き始めた。
宿で一室を撮り、軽めの食事を終えるとダークから留守番を言いつけられた。一人残されたブルーは治療されている左手にそっと触れ、深く肩を落とす。
「バーナーやボンドッツに、たくさん稽古をつけてもろうたのになぁ……」
ふるりと体を震わせ、頭を振ると、ベッドに潜り込んだ。
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血濡れの剣を強く振って払い飛ばし、切り捨てた男たちをつま先で小突いた。ピクリとも動く様子がないそれに、胸を一突きすれば当然かと薄く笑う。
「コレデ終イカ、アノ子ニハ迂闊ニ口ニ出サヌヨウ、再度言イ聞カセネバナランナ」
ブルーが自身の一族を口にしたとき、動く気配を確かに感じていた。魔力の糸を繋いでみれば、案の定族荒らしの元へとたどり着いたのだ。
「貴様ラナドニ、傷付ケサセハセン。アノ子ハ、ワシノ仲間ダ。大事ナ友ダ。……来ルナラバ来イ、皆殺シテヤル」
他にいるかもしれない仲間に向け、宣戦布告とも取れる言葉を吐き捨てると、ダークは宿に向かうために瞬間移動術を唱えるのだった。
部屋に入るがブルーの姿がなく、ダークはすぐに着けていた魔力を追った。どうやら共同浴場にいるようで、こんな夜中にどうしたのかと首をかしげる。
人の気配が他にないそこに入り、納得したとともに微笑んでしまった。
「ソウカ、ソコノ方ガ、安心スルノダナ」
水風呂の底で、気持ちよさそうに眠っていたのだ。彼の一族を考えれば当たり前のことだけど、このままでは他の者が驚くだろうと袖を上げる。
手を入れると、予想以上の冷たさに思わず手を引っ込めた。今度は指先から少しずつ手を伸ばし、濡れるのもかまわないようにして抱き上げる。
身じろぎをして薄く瞼を開き、目を擦り始めた。
「だぁく……」
「ココハ人里ダ、部屋デ休モウ」
「ん……」
そのまま、ストンと眠りに落ちてしまった。どうしたものかとしばらく考え、風呂場の水を魔力で包み込むとその中にブルーを入れる。
部屋のベッドの上に浮かべ、ぷくぷくと口元から気泡を出して気持ちよさそうに眠る姿に、表情を緩めてしまった。
「朝マデハ長イカ……」
ならば剣の手入れでもして時間をつぶそうかと、静かに道具を広げたのだった。
視界の端で何かが動き、ダークは顔を上げた。ブルーがキョトンとしながら水の膜をつつき、不思議そうに部屋を眺めまわしている。
「オハヨウ、ヨク、眠レタカ?」
「お、おはよう! えっと、これは?」
「夜中ニ、風呂ノ中デ眠ッテイタノダ。水中ノ方ガ、眠レルカ?」
水がゆらりと動き、消えてしまった。ベッドの上に跳ねたブルーは目を丸くしながらも、微笑むダークにふにゃりと笑う。
「ありがとう、久しぶりにゆっくり休めたよ」
「フム、コレカラ人里ヲ避ケテ、水辺デ休モウカ」
「え、大丈夫! だって屋根の下の方が、楽やない?」
「イヤ、正直ニ言ウガ野宿ノ方ガ休マル」
真顔で即答したダークに、吹き出してしまった。立ち上がると背伸びをし、床に広げている道具を片付けようとするダークの傍に座り込む。
どうしたのかと視線を向けると、手入れの道具を興味深そうに見つめていた。
「ヤッテミルカ」
「ぅえ?」
「短剣デ、ヤッテミレバイイ」
「でも、バーナー、危ないって」
「今ハ、ソノ保護者モ居ナイゾ」
小さく生唾をのみ、恐る恐るといった風に手を伸ばしていた。短剣の柄を優しく握り、目線に運ぶと隅々まで眺めていく。
刃の上に指を乗せ、背を震わせるブルーの前に手入れの道具を広げてやるけれど、目を伏せて短剣を置いてしまった。
「ドウシタ?」
「……やっぱり、怖い」
「怖イ?」
「刺されたり、斬られたりしたら、すごく痛いんやろうなって。そう思ったら怖くて、やっぱり、持ちきらんのよ」
うっかり想像でもしてしまったのだろうか、彼は顔色を悪くして目を閉じてしまった。ダークはふと表情を和らげて道具を仕舞い、短剣は腰のベルトに下げる。
それからブルーを抱え上げ、膝の上に乗せた。
「アァ、初メハ冷タク、段々熱サト痛ミガ、出テクル。ソノ後、抜ケテイク血ニ、体ガ冷エテイク」
「いややぁ! 聞きたくないよぉ!」
とっさに耳を塞ごうとした手を剥がし、怒った視線に刺されながら苦笑した。それでも止めるつもりはない。
「聞キナサイ。オ前ハ、他者ノソノ痛ミヲ、想像デキル。ダカラ、戦エナイ。ソウダロウ?」
びくりと震え、深くうつむいた。バンダナ越しに撫でてくれる手が暖かくて、後頭部をグリグリと胸元に押し付けていく。
「神ノ元デハ、攻撃ヲ避ケル訓練ヲ、主ニシテイタ。剣ヲ取レタハズナノニ、ソレガ出来ナカッタ。……バーナーモ、ソレヲ解ッテイタカラ、ソレデ良シトシテイタナ」
再び地上に降りてから、何度か盗賊を追い払ううちに、彼が表情を歪める理由が分かった。
自分が傷を負った時、負わせたとき。ひどく怯える。
「デモ、ソンナ風ニ戦エナイ自分モ、悔シイノダロウ」
「……うん。もうイヤやのに、守られてばかりはイヤなのに。怖いんよ」
体が緊張し、それをほぐしてやるよう頭を撫で続けた。ポタポタと、膝元に水滴が落ちていくのも気付かないふりをする。
「だって痛いやん。怖い」
「水モ、溺レル苦シサヲ知ッテイルカラ、使イ難イナ」
「それに、水辺じゃないと使えんの。兄ちゃんとの約束」
「ヘリュウ殿カ?」
「……ワイね、小さいころ、水を使おうとして花や木を枯らしてしもうたの。すっごく強い力だけど、危ない力だって。だから、水辺じゃないと使えんの」
木々を枯らしてしまったということは、水を使うために周りの水分を奪い取ってしまったということだろう。
ならばそちらの問題に関しては、簡単に解決できる。
「ブルーヨ、オ前モ魔力ヲ持ッテイルガ、量ガ心許ナイ。少シ具合ガ悪クナルカモシレンガ、堪エテクレヨ」
はじめは首をかしげていたブルーも、体の中からポカポカと暖かくなっていく感覚に驚いたのだろう勢いよく顔を上げる。
「ダーク! バーナー、魔力を流すの、危ないって……!」
「ワシハコレデモ、魔族ダ。魔力ノ扱イハ、人間ヨリモ長ケテイル。キチント、オ前ノ器ハ、ワカッテイルヨ」
流される魔力は、確かに心地が良かった。ダークの言葉を信じるようにスっと目を閉じ、体をゆだねると少しずつ体に入ってくる力を受け入れる。
トントンと腹部を叩かれ、目を開けた。
「ワシガ教エルノハ、空 魔 箱ダ。一緒ニ詠唱シ、魔力ノ流レヲ掴ムノダゾ」
「出来るかなぁ?」
「出来ルサ。神ノ元デ魔力ヲ使イ、御魂ヲ導イタダロウ?」
パァッと表情を明るくした彼の頭をバンダナ越しに撫で、体を支えながら立ち上がった。やることが決まったのならば早く動いたほうがいいだろう。
「ソレデハ海ニ向カオウカ」
「頑張る!」
今度こそ出発する準備を済ませてしまい、二人は宿を後にするのだった。
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川沿いに野宿を繰り返し、ようやく海に出ると一目でわかるほどにブルーの表情が明るくなった。砂浜を歩く足取りも軽く、口元を隠すようにして笑ってしまう。
「行ッテオイデ」
「え、でも術の練習が……」
「構ウモノカ。時間ハ沢山アル、ワシハココデ待ッテイヨウ」
背中を押してやると砂浜を駆けていき、海に飛び込んだ。あっという間に姿が見えなくなってしまい、そこに膝を立てて座り込む。
「ワシモ、少シ休マセテモラオウカ」
小さなあくびを漏らし、膝に額を乗せるようにして目を閉じた。
不意に、背に重量を感じて目を開いた。気付けばブルーが寄りかかるようにして眠っており、苦笑する。
「ブルー、楽シカッタカ?」
「んぅ……ダーク、起こしてもうた……?」
眠りが浅かったのだろう、声をかければすぐに目を覚ました。小さく背伸びをしてあくびをし、人懐っこく笑いながらますます体を預けてくる。
「うん」
「ナラバ良カッタ。サテ、手ヲ出シテゴラン」
素直に伸ばされたブルーの手を握り、魔力を流した。それが分かったのだろうビクリと肩を震わせ、真剣な目で見詰める。
『大気の精よ 我が魔力を対価とし この場を無限の箱へと 成したまへ』
「コレガ、空 魔 箱ノ詠唱ダ。今度ハ共ニ唱エテミルゾ」
ゆっくりと唱えれば、輪唱するように続いてきた。ブルーの魔力が流れているのを感じる、本人が分かっているかは疑問だが、コツをつかむのは早いようだ。
「ブルー、海ニ触レナガラ、モウ一度唱エテゴラン」
「う、うん……」
恐る恐る、指先だけを海に入れ、先ほどと同じように唱えてみた。ダークが背中に掌を乗せてくれている、その温かさに集中しているおかげか、思ったほど緊張もしない。
詠唱を終えるとほぼ同時、何もしていないのに水が自身を取り巻いた。驚いてきつく目を閉じ、ダークの腕に縋りついてしまう。
「ホラ、ブルー。モウ一度」
向かってきていたはずの水は消えていて、首をかしげてダークを見た。促されるがまま再び詠唱すれば、宙に文字が浮かぶ。
『海水』と読めるそれに、無意識に手を伸ばしてしまった。触れると目の前に水があふれだし、慌ててダークの背に隠れる。
ケラケラと笑う彼に頬を膨らませれば、柔らかく頭を撫でられた。
「ホラ、出来タ。アトハ雷斗ト同ジヨウ、術ノ名前ヲ覚エヨウカ。ソノママ使エバ、一族ガ知ラレテシマウカラナ」
ひょんなことで覚える事柄が増えてしまい、わずかばかり落ち込んだように見えた。今度はクスクスと小さく笑い、ブルーの手を引いていく。
「コレカラハ、空 魔 箱ノ練習ヲシテイコウ」
「ありがとう、ダーク!」
「礼ニハ及バン」
水さえあれば、彼は陸地で何者にも負けないだろう。扱いに慣れてしまえば自身やバーナーはおろか、ブラックにさえ勝ってしまうかもしれない。
自覚はないのだろうポヤポヤと嬉しそうに笑っているブルーに視線を送り、口の端を緩めてしまうのだった。




