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冒険記  作者: 夢野 幸
ただいま地上編
121/138

変わらない扱い


 ベッドの中で背中を丸めるような背伸びをし、あくびを漏らした美代は懐にある塊を見て首を傾げた。頭の回転が追い付いていなかったけれどどうにか記憶を呼び起こし、目を擦って一緒に眠る彼を見上げる。

 よほど疲れていたのだろか、ブラックは体を小さくして心地よさそうに寝息をたてていた。


 白い頬をするりと指で撫でれば、ふにゃりと微笑んだ。そんな彼に自身も笑みを浮かべてしまい、懐に潜り込むカーラを起こさないように転がすと立ち上がった。窓の外はすっかり暗くなっており、空を見上げると月がてっぺんに上っている。

 ずいぶん長く昼寝をしてしまったと苦笑して、買ってきていたペリドットに魔力を込めた。変 幻 偽 視メンティ・マスケを封じると器用に左手首に巻き付けて、程よい長さに調整する。


 ちゃんと魔道具に出来たらしい、羽根も触角もない見慣れた姿になれた。


「んん……?」


 しかし、魔力に反応してしまったのだろうか、休んでいたブラックを起こしてしまったようだ。


「起こしちゃった、ごめんね」

「んー……? あれ、美代? いつの間に帰ってきて?」

「あらら、寝ぼけてる」


 キョトンとしているブラックに笑いかけ、彼が起き上がった拍子に目を覚ましてしまったらしいカーラに近寄った。こちらも寝ぼけているようで、ぼーっとしたまま見上げてくる。

 ならばちょうどいいと、目を擦るカーラに買ってきた服を被せた。さすがに驚いてしまったのだろう、肩を跳ねてギュッと体を小さくする。


 それでも気にせず、ひょいひょいとズボンを着せて靴を履かせ、ぶかぶかの帽子を乗せた。自宅から持ってきていた鏡を取り出して自身の姿を見せてやる。

 顔は隠せないけれど、後ろから見ただけでは人間の子供と変わらなかった。カーラもそれに気が付いたのだろう、パチパチと瞬きして全身を見回している。帽子も目深にかぶってしまえば、一目では魔族だと分りにくいだろう。


「カーラ、どう?」

「%&#、‘%$&#%$&!」

「……なんだって?」

「……とりあえず、喜んでくれてはいるみたい?」


 部屋の中を駆け回り、揺れる服を引っ張って、帽子を取ったり被ったりと忙しなく動いて回っていた。何と言ったのかはわからないけれどその表情は明るくて、美代とブラックは顔を見合わせて微笑んでしまう。


「出発は朝になってからにしようか。ブラック、髪は切らなくても大丈夫?」

「ん? んー」


 寝ている間に絡まってしまったらしい髪の毛に櫛を通してやりながら訪ねれば、床に届きそうな毛先をぴょんぴょんと動かしていた。おそらく、三年前に別れてから一度も切っていないのだろう。

 本人は邪魔に思っていないようだけれど、このままでは野営をしたときに手入れをする自分が苦労をするのは目に見えていた。いつの間にか足元に来ていたカーラも、ブラックの髪の毛で遊び始めている。


 許可を取ると腰のあたりで一つに縛り、少し上から切った。床に布を広げて毛先を整え、ついでに髪の量も減らしていく。

 すっきりしたようで、散髪を終えると目を閉じて頭を振り、何度も指を通していた。


「ありがとう、美代は大丈夫?」

「私は最近切ったから、大丈夫。えっと……$#&、#‘*#%?」

「*&$#%*!」

「なんだって?」

「朝、出発、って伝えたら、はい! だって」

「美代、話すの大変じゃない?」

「でも、通じないし……」


 ブラックがスッと目を閉じれば、カーラが見てわかるほどに動揺した。しばらく周囲をキョロキョロと見回していたけれど何かに気が付いたらしい、ブラックのことをジィっと見つめる。

 どれほどそうしていただろうか、ブラックが目を開けた。


「魔力を使えばオレとも話せるみたい」

「それならよかった! わかんない言葉もたくさんあるから、どうしようか悩んでたんだ」

「もう心配ないね。じゃあ、朝までゆっくりしよう!」


 美代の悩みが一つ解決したのが分かったのだろう、パァッと表情を明るくしたブラックが、カーラもまとめて抱え上げてベッドの上に腰を落とした。美代は目を丸くし、カーラはわずかに体を緊張させながらも、嬉しそうに目を細めている彼を見上げて、微笑んでいる。


「そうだね、お昼にしっかり寝ちゃったから、あんまり眠くないけど。眠たくなるまで話をしていよう」


 キョトンとしているカーラの頭を撫でてやりながら、美代はブラックの隣へと移動するのだった。




 翌朝、寝ているカーラをブラックが背負い、二人は宿を後にした。目指すのはスラマグドス、魔族の領地へ送り届ける魔方陣がある国である。


「どうしよう、人里は避けながら行く?」

「美代が大丈夫ならそうしよう、オレもそっちの方がらくー」

「カーラもきっとそうだよね。近くまでは森の中を進もう」


 町を出るなり獣道に入り、慣れない格好で汗をかいていないかと帽子を外してやった時、甲高く鬱陶しい悲鳴が耳を突いた。何事かと顔を歪めて振り向けば、旅人らしい男女二人組がいる。


 獣道に入ったからと、油断してしまった自分に舌打ちが漏れた。


「あ、あなた達は何を背負っているの! それ、魔物じゃあ……!」

「人間の子供のマネ事をさせて、何を企んでいるんだ! 返答によっては、ただでは済まされないぞ!」


 ブラックの瞳孔が開き、髪の毛が揺れ動いたのを、震える手で抑えた。何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 自分には、険しい表情でこちらを警戒している二人の方が、異形の者に見えた。


「今からスラマグドスに連れて行くんです。パクスを中心とした同盟五か国ならば、魔物を適切に処理してくれるでしょう」

「とか言って、レイリアに連れていくんじゃないだろうな。あそこは邪神教もあっただろう」

「疑うようであれば、一緒に来ますか? 夜も魔物の傍で休むことになりますが」


 挑発するように言えば顔を見合わせており、唇を歪めてしまった。カーラは先ほどの叫び声で目を覚ましてしまったようだが、ブラックが大人しくしているように伝えてくれたのだろう。背負われたまま、縮こまっている。


「いや……それは、遠慮しておこう」

「せっかく眠っていた魔物を起こしておいて、迷惑な人たちですね。……それでは私たちはこれで」


 吐き捨てた嫌味に不愉快な顔をされたけれど、気にすることなく進みだした。ブラックも後からついてきてくれている。

 無言のまま、どれほど歩いただろうか。唐突に美代がしゃがみ込み、ブラックは目を丸くして膝をついた。


「美代、美代? どうしたの?」

「……具合が悪く、なってきた」

「大丈夫? 昨日、ゆっくり休めなかった?」

「ううん。私、やっぱり弱いね。さっきの人たちとのやり取りで、具合が悪くなるなんて」


 目を怒らせるブラックに苦笑して、ゆっくりと息を吐き出した。心配そうに顔を覗かせるカーラに笑いかけて立ち上がり、大きく背伸びをする。


「美代、どうして止めたの」

「腹立たしいけど、彼らの気持ちもわかるよ。……だって魔族も魔物も、恐怖の対象だ」

「美代」

「すぐには変えられないよ。でも、ルビーさん達みたいに守ってくれる人もいる、もちろん私たちも、出身一族で見たりしない。……今は、それじゃあダメかなぁ?」


 眉をひそめながらも笑う美代は、泣きだしそうにも見えた。

 なんと言葉をかけようか悩んでいると、背中でカーラが身をよじり始めた。降ろしてやれば美代の足元に行き、一生懸命に背伸びをして腕を伸ばす。

 どうしたのかとしゃがんでみれば、カーラに頬を擦られた。


『泣かないで』

「……ありがとう。大丈夫! 私は泣いてないよ、カーラも怖くなかった? ごめんね、人間ってどうしても、外見とか一族とか、能力とかで、判断しちゃうんだ。でもね、そんな人たちばかりじゃないんだってこと、わかってくれる?」


 人の言葉で伝えたけれど、カーラはにっこりと笑って懐に潜り込んできた。頬ずりをすればケラケラと笑い、首筋にギュッと抱き着いてくる。

 その様子は人間の子供と変わりはないのに、違う見た目のせいで迫害されてしまうのは、あまりにも悲しかった。


「美代、スラマグトスまで瞬間移動術レガ・ハラフを使おうか?」

「ううん、エメラルドさんならまだしも、他の人たちが見たら驚いちゃうよ。特に魔術に関しての好奇心が強い国なんでしょう? しばらく出られなくなっちゃうかもよ」

「……困る」


 想像したのだろう、ギュッと眉を寄せ、口を尖らせた。美代が笑えばカーラも笑い、文句も言えずに苦笑する。


「周囲に注意しながら進もう、さっきはごめんね、怖がらせて」


 頭を撫でればすり寄ってきてくれて、微笑んでいるとブラックもニコニコと笑ってくれて。

 胸元にくすぶる気持ち悪さにはそっと蓋をして、美代たちはまた、歩き始めるのだった。

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