追いついた背中
さて、未熟だからと地上に降ろされたのはいいけれど。
以前とは違ってバラバラに行動するようになり、雷斗は岩に腰を下ろして頬杖をついていた。
「どうしたものか」
「ようするに、個々の力を鍛えろってことでしょ? 色々な意味で」
「色々な意味で、なぁ?」
ギュッと眉を寄せ、頭を掻く雷斗はきっと、美代や黒疾が会っても咄嗟に彼だとはわからないだろう。
背はバーナーに追いつかんばかりに伸び、神様の元で鍛錬を積んだ賜物だろう、筋骨も随分と発達していた。短期間で筋肉が付き、急激に身長が伸びたせいで、夜間に全身の痛みで眠れなかったのは今となっては懐かしい。
そんな彼は肩に座るシャドウを横目で見つめ、息を漏らしてしまう。
「私に足りんものは、なんだろうか?」
「うーん……。雷斗くん、心残りがない?」
「心残り……」
パッと思い当たるのは、二つ。片方は、今の自分なら頑張れば一人でもやれるはずだ。
「族荒らしと、あの人か」
「あの人?」
「忌まわしい文字を、龍に変えてくれたんだ。族荒らしに捕らえられ、地上が恐ろしいと泣いていた私に、強くなれと、強くなれると言ってくれた人。彼がいなかったら私は役目も忘れ、ただ地上を忌み嫌っていたかもしれない」
左肩を緩く掴み、口の端を上げて話す雷斗は遠い目をしていた。その頃を懐かしんでいるような表情に、シャドウも微笑んでしまう。
「だがあの人に関しては、私の記憶の中にしか情報がない。まずは族荒らしだ、徹底的に潰してスラマグドスに送ってくれる」
ニヤリと口角を上げ、シャドウが落ちないよう気を付けながら立ち上がった。背を反らせるように体を伸ばせば、肩からふわりと飛び立つ。
「あてはあるの?」
「ない」
そういう雷斗はいたずらっ子のように笑っており、自身の剣を空 魔 箱から取り出すと軽く振った。バーナーとは素手でばかりやっていたので、久しぶりに握る気がする。
「空 魔 箱も、自然に扱えるようになったねぇ」
「師がよかったからな、ブラックやボンドッツに魔術を教えたダークと、妖精族へ魔力の使い方を教えてくれたシャドウだぞ?」
「雷斗くんが頑張ったからだよ。どうしよう、捜そうか?」
シャドウの意図はすぐに分かった。それに対する答えは決まっている。
「あんな奴ら、覗いてやる必要ない。具合を悪くするぞ」
「だけど神様……主? を考えたら、早目に対処したほうがいいだろうし。ボクは大丈夫だよ!」
「ならば、どうしても手掛かりがないときに頼むことにしよう。地上を楽しむのもいいだろう?」
もう戻れないと思っていた地上に降りられて、思ったよりも気持ちが昂っているようだ。シャドウも体を揺らして笑い、今度は雷斗の頭に座る。
「まずは人里を目指そうと思うが、どうだろうか?」
「賛成!」
無事に同意を得られた雷斗は歯を見せながら笑い、そのまま歩き始めるのだった。
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当てもなく歩いて人里に入り、屋根の下で休ませてもらう代わりに何かしらの依頼をこなした。以前もやっていたことだが、今回は盗賊の討伐も素材の採取も全て自分が主になりやっている。
それが嬉しくて、つい宿のない集落に入ってしまっている自分にも気が付いていた。
「なんだか、バーナー君に似てきたね」
「嬉しい言葉だ。私は旅の最中、あいつを目指してきたからな」
今日も、少し大きい村を素通りして集落に入り、依頼として保存食の確保を行っていた。今は感電させた魚を捌き、狩った熊の血抜きと解体を終え、干しているところだ。
「命を投げ出すような戦い方は感心できなかったが、炎の使い方や知識量、その強さにどれだけ憧れたか。あの頃は、到底追いつけないと思っていたから、尚更に」
「今は?」
「……遥か遠くにあった背中が、見えてきた気がする」
風系統の術を使うのはどうしても苦手で、肉と魚にはシャドウに風を当ててもらっていた。頭上で揺れるそれを眺めながら、肩を揺らして笑う。
「まだ追いつけていないのは、わかっているがな」
「雷斗くんなら大丈夫だよ!」
「ありがとう」
シャドウに言われると、本当に追いつけるような気がした。
おもむろに空を見上げて、乾燥具合を見た。触れてみるといい具合になっているようで、食べやすい大きさに整えていく。
その過程で出てきた切れ端は、もらうことにした。
「それにしても、情報が得られないね」
「焦っても仕方がないさ、あれだけ浄化を進めているのに終わらないんだ。いることは間違いない」
空 魔 箱に干した魚と肉をしまい、剣もしまおうとして思い直し、ベルトに下げた。
不意に雷斗が目つきを鋭くし、シャドウが視線を追った。人影は見当たらないけれど、瞼を閉じて思わず頬を引きつらせる。
どうして気が付いたのだろう。どうやら近くに、ならず者がいるようなのだ。
「どうしよう」
「……シャドウ、瞬間移動術を封じた魔道具を作れないか。私はとりあえず、集落の皆にこれらを届けて来よう。その間、シャドウは奴らを追ってくれ、終わったらそちらに向かう」
「了解」
雷斗の頭髪を一本もらい、それを魔道具にして指に括り付けた。ブラックの髪とは違って短く、手首では届かない。
「ボクの魔力を、辿れそう?」
「やってみよう」
と、その場で二人は別れるのだった。
集落の人々に食料を渡し、用事が出来てしまったためにここでは休まないこと、泊めてくれようとした好意に感謝していることを伝えると即座に集落を離れた。人目がないことを確認して髪に視線を落とし、目を閉じる。
他人の魔力を探ることは、これまでやったことがなかった。それでも、個々で魔力に違いがあることは理解している。
ならば、シャドウの魔力をわかってさえいれば、辿れるはずだ。
「頼む……」
シャドウを思いながら魔力を流せば、雷斗の姿は消えていた。
足が地面に着き、恐る恐る目を開いてみればそこにはシャドウがいた。ホッと息を漏らしながらも茂みに隠れ、辺りを見回す。
どうやら薄暗い森の中にいるらしい。明らかに不自然な建物があって、過去に見覚えがあるような建造物に眉を寄せてしまう。
「どんな偶然だ、族荒らしに遭遇するなんて」
「よく気が付いたね、雷斗くん」
「あの時、奴らは封雷石を持っていたんだと思う、悪寒が走ったんだ。シャドウの方こそありがとう、魔力で引っ張ってくれただろう?」
「あれ、気付いちゃった?」
瞬間移動術で移動する瞬間、体が引っ張られるような感覚があったのだ。確証はなかったけれど、やはりそうだったらしい。
「さて、どうしようか。見張りはあそこに二人か?」
「ドアのカギは、頑張って壊してみるよ」
気怠そうに立っている、パーカーのフードを目深に被っている男二人に指先を向け、目を細めた。深呼吸を一つして、パチリと閃光を出す。
目に突き刺さらんばかりの光が走ったのは一瞬のことで、音すらもなかったそれに声を出すことも出来ずに男たちは地面に倒れた。近寄ってみて体を表に返し、念のために胸へ耳を当ててみる。
以前、威力を調整できずに殺めかけた時とは違って、今度はちゃんと生きていた。
「シャドウ、ドアを頼む」
「その人たちはどうするの?」
「その辺の木に縛り付けておく」
首根っこを掴んで茂みに消えていく雷斗に苦笑して、シャドウはドアに向かった。別段特別な魔術で錠をしているわけでもないらしく、カギを壊してしまえば入れそうだった。
「雷斗くん、入れるよ」
「こういったことはやったことがないが、頑張ってみようか」
ニッと口角を上げて笑う彼は、やはりバーナーに似てきていると感じて、再び笑ってしまい。
不思議そうに見返してくる雷斗に首を振り、中に入った。
屋内に人数はそういないようで、物陰に隠れながらも奥へと容易に侵入できた。捕らわれている人などは見当たらず、シャドウに確認してみるけれど感知できないらしい。
ならばここはなんの施設かと眉を寄せていたところ、総毛立った。
それは、刺青を刻まれた時に封雷石を付けられたのを彷彿させる感覚で、動悸が起きる心臓を押さえつけるよう両手で胸元を強く押す。
「雷斗くん、大丈夫!」
「っ……あまり、大丈夫だとは、言えんな。知らない間に、封雷石を付けられていないだろうな?」
「そんなことはないよ! でも、待って」
肩に座るシャドウの指示のもと進んでいけば、動悸はますます激しくなった。魔力で鎧を作ってみるけれど、不慣れな身では逆に体力を削られるのがわかってすぐに消す。
代わりに、シャドウが作ってくれて、幾分楽になった。
「進めそう? 戻って、直接エメラルドちゃんに相談しに行く?」
「ここまで来て、背を向けろと? できるものか」
青ざめながらも口調は強いもので、渋い表情を浮かべながらも雷斗の意思に同意してくれた。一応魔力によって封雷石の影響は緩和できているのだろう、最初よりも足取りはしっかりとしている。
不意に足が止まり、シャドウは雷斗を見た。
「ここだ」
深呼吸を一つ、目の前にある扉を開いた。正面に見えたものに揃って言葉を失い、シャドウはとっさに雷斗の鎧を厚くする。
岩のように巨大な封雷石と海洋石が中央に置かれ、周囲には無造作に宝石やガラス玉が転がっていた。
持ち得る魔力をすべて鎧に注いでいるためか、雷斗への影響は最小限に抑えられているらしい。とりあえず物陰に隠れるよう座り込み、茫然と二つの鉱石を見上げる。
「なんだ、これは」
「とんでもないものを見つけちゃったね、持っていく?」
「持っていけるのか、これを」
「うん。空 魔 箱には生きているもの以外は大抵入れられるから」
自分にとっては命にかかわるほどの凶器であるこれを運ぶのかと眺めていれば、人の気配がして息をひそめた。フードの男たちが入ってきて、そのあたりに転がる宝石を拾う。
黄色い宝石は封雷石に、青色の宝石は海洋石に。一人が宝石を押し付けて、一人が鉱石に手を置く。
それぞれが同時に、魔力を流し込んでいるのが分かった。目の前で起こっている現象が信じられず、顔を見合わせてしまう。
魔力が込められると鉱石からあふれた魔力が流れ出し、魔力を流されたことにより魔道具となった宝石に流れ込んでいく。恐らくは、ガラス玉も同じような用途なのだろう。
「奴ら、ああやって鉱石を増やしているのか……」
「あれじゃあ、どれだけ減らしても意味がないじゃない! どうしよう!」
「シャドウ、振り落とされないように服の中に入っていてくれ。魔力の鎧はこのまま頼んだ」
「ど、どうするつもり?」
「なぁに、あの巨大な鉱石さえ壊さなければいいのだろう?」
シャドウが胸元から顔を出し、しっかりと服を掴んでいるのを見て口角を上げた。自分たちにも気が付かないように、せっせと鉱石を量産している四人組に掌を向ける。
「力試しの相手にはちょうど良い」
「え」
口早に唱えたのは、地 雷 撃。
詠唱によりこちらの存在を気付かれたらしいが、あまりにも遅すぎた。
「ふむ、やはり鉱石の影響で雷は使えんか」
「……雷を纏わせてたら、この人たち死んじゃってたかも」
「それはいただけんな。ではシャドウ、すまないが少しばかり付き合ってくれ」
シャドウが仕舞おうとした巨大な鉱石を歪 舞 地で囲ってしまい、部屋の外から聞こえてくる多数の足音に口角を上げた。気絶させた男たちから剣を二本拝借し、掌で転がす。
自身の得物とは違う握り心地と重量だが、問題はないだろう。
「一族の力を使わずにどこまでやれるか、見守っていてほしい」
「なんだかもう、本当にバーナー君に似てきたんだから!」
開け放たれた扉の向こうには、剣や弓、先端に宝石を付けた杖を持つ男たちが今にも雪崩れ込まんと殺気立たせていた。呆れたような悲鳴を上げるシャドウを柔らかく服の中に押し込み、手首を返して剣を回す。
「覚悟しろ、族荒らしども。まとめて突き出してやる」
「生意気なこと言いやがる、とっ捕まえてその辺の奴隷商人にでも売りつけてやろうか!」
あまり使わないようにしてきたつもりで、実際はそうではなかったのだと嫌でも気付かされた。
折れた剣は五本目だろうか、正面の男に頭突きを浴びせて昏倒させ、足元に倒れる男が持つ剣を蹴り上げるようにして掴むと脇から向かってきていた別の男に一閃、勢いを殺さないままに反対の方から飛んできていた矢を弾き、雷 撃を放つ。
一対多数の戦闘も、バーナー達との訓練や盗賊たちとの対面で経験しているはずだ。いくらそこに鉱石があるからとはいえ、シャドウが全力で保護してくれているので体の不具合はほとんど感じられない。
ならばこれまでとの戦闘の違いは、雷を使えるか否か、ということになる。
「無意識に、頼っていたのだな……改めなければ、なるまい」
二の腕に刺さる矢を左手で抜き、頬から流れる血を拭い取って舌打ちを漏らした。シャドウが耳打ちするように回復を申し出てくるが、それを止めている。
どうしようもなくなるまでは、自分自身の力でやり遂げたかった。
「そろそろ右腕は使えないんじゃねぇか?」
「そうだなぁ、麻痺しているようだ。もともと貴様らが使う武器が真っ当なものだと、思っておらん」
右手の剣を落とし、何度か拳を握った。全身に及ぶほどの毒性はないらしい、剣を持つ左手に力を入れる。
一時は無限に沸くのではないかと思っていた男たちも、ざっと数えて二十人ほどだ。先が見えれば幾分気が楽になる。
「諦めて、大人しくしろよ!」
「諦めるのは、貴様らの方だ!」
正面の剣を左手だけで鍔迫り合い、遠くから放たれた矢は首を傾けて避けると死角から向かってきていた男を蹴りつけた。
正面の男は力任せに剣を押し付けてくる、これで自身の動きを封じているつもりなのだろう。
しかし、その程度で封じられるような甘い鍛錬をしてきたつもりはない。
口角を上げて力を流せば、フードの奥で目を丸くしたのが分かった。戦闘経験があるものならば起こることも予想できただろうに、倒れこんできた無防備な腹部に膝を埋め、剣を離して胸倉を掴む。
背負い投げの要領で詠唱を行っていた背後の男へと放り投げると、当たりどころが悪かったのだろう、双方が額から血を流して床に崩れ落ちた。
隙を狙うようにして突き出された短剣は、体勢を戻すついでに蹴り飛ばした。そのままの勢いで体を起こせば、視線が合った気がする。
ひゅ、と喉を鳴らす男に口を歪めて笑い、鼻っ柱に頭突きを食らわせた。右手を動かせなくなった自身から、ほんの数分もない間に四人もの仲間を気絶させられるとは思ってもいなかったのだろう、残りの男たちが怯んでいるのが分かる。
それは、ほんの好奇心だった。
左肩の服を噛んで引き裂けば、雷雲と龍の刺青がさらされた。自分でも随分と歪んだ笑みを浮かべていると思っている、それでも過去を断ち切るため、一族のこれからのため。必要なことだと喉を鳴らした。
「覚えておけ、族荒らし共。記憶に刻み込め、他にもいるだろう貴様らの仲間たちにも情報を共有せよ。
これほど巨大な封雷石を前にして、自在に動ける雷雲族がいると。我が一族に、我が友に手を出そうものならば、雷雲と龍の刺青をした雷雲族の男が尽く貴様らを破滅に向かわせると。
この刺青は奴隷の証ではない、貴様らへの死の宣告だと腐った脳に叩き込め!」
海洋石と封雷石を仕舞ったシャドウは、大の字になって寝転ぶ雷斗の胸に腰を下ろした。汗が乾燥したせいだろう服はわずかに塩を吹いていて、苦笑交じりに修 復 術を唱える。軽く手を上げたところを見ると、起きてはいるようだ。
「雷斗くん、大丈夫?」
「……さすがに、疲れた」
保護されていたとはいえ、封雷石の近くで一族の力を使わずに数十人の男たちと戦ったのだ。魔力も相当に消費したのだろう、顔色もあまりよくはない。
それでも雷斗の表情は、明るいものだった。
「なぁ、シャドウ」
「どうしたの?」
「私は、追いつけただろうか?」
閉じられた瞼の裏にあるのはきっと、見つめ続けている大きな背中だ。あの頃の、戦うことを恐れていた少年はもはやどこにもいない。
「無鉄砲な戦い方まで、似たらダメだからね!」
「わかっているよ、命は惜しい。……もう少し休憩させてくれ、それからエメラルド殿の元に向かおう」
クツクツと喉の奥で笑い、息を吐き出しながら呟いた雷斗はそのまま眠りに落ちてしまい。
シャドウは体を小さく揺らして笑いながら、毛布を優しくかけてやるのだった。




