二人きりでの交わし事
「あ、帰ってきた! 美代たちとも合流出来たんだ!」
空中ブランコの傍にあるベンチから立ち上がり、沙理が駆け寄ってきた。美代の姿を確認すると表情が明るくなり、飛びつくようにして抱きしめていく。そんな彼女を前に、美代が顔に張り付ける笑顔は硬いものだった。
美代の告白を受けたバーナーとブラックは再度封鎖地帯に入り、彼女が本当にウィングになれないのか、風を使うことが出来ないのかを確かめた。そのうえでこの場で起きたことは口外しないこと、美代を一人にしないことを決め、沙理と合流するために空中ブランコまで来たのである。
順番が来てもバーナーが戻って来なかったために沙理は列を抜け、いわゆる人間観察をして暇をつぶしていたらしく、バーナーはどこか申し訳なさそうに口元を下げていた。そんな彼を見て楽しげに笑い、美代の手を引っ張る。
「ねぇ、ジェットコースターには行った?」
「あ……いや、まだ乗ってないよ。というか、お昼ご飯食べてない」
「あんたたち、今までなにしてたの!」
キョロキョロと辺りを見回し、時計を見つけると沙理は呆れたように美代を見た。彼女の目に苦笑しながら美代は視線をそらし、ほほを指の腹でかく。
「もう三時じゃん。いま食べたらあんた、夕ご飯が入らなくなるでしょ」
「そうだねぇ。なにか軽く、食べようかなぁ」
「あっちにサンドウィッチが売ってたよ。ほら、あんたも食べてないんでしょ! 一緒に行くよ!」
沙理が伸ばした手に、ブラックはまばたきをした。彼女が不機嫌そうに手を突き出し直すと肩を跳ね、おずおずと手を握る。
「早くしないと、おじさん達との約束の時間になっちゃう! ササッと食べて、ジェットコースターに並ぼう!」
「……うん!」
片手で美代を、もう片手でブラックをしっかりと掴み、沙理は歩き始めるのだった。
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美代とブラックがサンドウィッチを食べ終えると四人はジェットコースターの列に並び、乗る直前でブラックとバーナーが列を離れ、結局女子二人で乗り込むこととなった。最前列に乗ることができたらしい彼女たちが、手を振りながら小さくなっていくのを、男子二人は眺める。
「……オイラがなんと言ったか、覚えているか」
あまりに小さい声で言われたそれは、すぐ隣にいるブラックにしか聞こえていないだろう。説教じみた口調で言われたそれに目を伏せ、口を尖らせる。
「魔力、魔術、その他の異能力を一切使うな。だったろう? 眠らせたのはオイラの判断だが、問題はその前だ。異能力であいつらを壁まで弾き飛ばしたよな、なんで使ったんだ、敵意を向けられたからか?」
「だってあいつら、美代を傷つけた」
喰い気味に答え、慌てて口をキュッと閉じた。バーナーは思いもしなかった答えにキョトンとし、ブラックの言葉を待つ。
「美代あの時、すごく怖がってた、嫌がってた。それなのにあいつら、美代の事もっと傷つけようとした。それが許せなくて、でもオレ、尚人との約束も破った」
もし彼に耳と尾があれば、可哀想なほどに垂れさせていただろう。
それほどに落ち込んでいる姿を見て、責める気は起きなかった。緩く息を吐き出すと自分よりも高い位置にある頭へ手を伸ばし、髪の毛をクシャクシャにするのも気にしないよう撫でまわす。
「理由が理由なら、仕方ねぇよ。お前が自分のために怒ったんじゃないのなら、それでいい」
「ごめん……」
「気にするな。そろそろあいつらが帰って来るぜ、合流地点に向かおうとするか」
バーナーが向いた方向に視線を動かすと、いつの間にか終わっていたらしくジェットコースターから降りている二人が見えた。ブラックは自分の頬をムニムニとこね回し、頭を振る。
「顔、戻った?」
「戻った」
コロコロと変わる表情は幼子の様で、美代と沙理を迎えに駆けだした彼の背を見ながら、頬を緩めてしまったのだった。
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空中ブランコ、フリーフォール、バイキングなどいくつかのアトラクションに乗っていると、時計はあっという間に約束の時間に近づいていた。四人が観覧車前に行くと両親はすでにそこに居て、美代は駆けだす。
「楽しかった!」
「それはよかったね。さて、ほどよく暗くなってきたことだし。これに乗ったらホテルに向かおうか」
「うん!」
そのままの流れで、観覧車には上野夫妻、バーナーと沙理、美代とブラックで乗ることとなった。
美代が先に中に入り、遅れてブラックが乗り込むと、体格の関係か始めは大きく傾いた。ドアが閉められて係員さんの姿が小さくなり始めると水平に戻り、美代は小さく笑う。
「ありがとう、傾いたままだとなんとなく恐いからね」
「なぁ美代、これ、楽しい?」
口を尖らせ、どこか不機嫌そうに言うブラックに美代は首をかしげた。観覧車の中を移動しても傾くことはなく、安心して彼の隣に腰をおろす。
「ほら、外を見てみてよ。すごく綺麗じゃない?」
「……だって――」
大きく見える観覧車もいざ乗ってしまうと一周するのはとても速く、どこか拗ねた表情のままであるブラックの手を取ると地面に降り立った。
「すごく綺麗だったねー! ねぇ、美代!」
「う、うん! そうだね。すごく綺麗な夜景だった」
キャッキャと満面の笑みを浮かべ、美代の腕に絡みつきながら話しかけてくる沙理を見ながら、美代は視線をブラックに走らせていた。ぷくっと膨らんでいる頬は不服だということを存分に主張しており、頭を掻くと沙理の手を引きながら歩き始める。
「父さん、母さん。お腹空いちゃったよ! 早くホテルに行って、晩御飯にしよう!」
「うん? そうだね。さて、心残りはないかな?」
元気よく手を上げる沙理と美代に、父は微笑んだ。それからバーナーに視線を走らせ、肩をすくめる彼に頷くと、頬は戻しながらもどこか眉を寄せているブラックに目を向ける。
「ブラック君は、どうかな?」
「……ん」
「大丈夫、ですって」
短い答えにバーナーが通訳をつけると、上野夫妻はクスクスと微笑んだ、それから車に乗り込み、ホテルに向かう。
「それじゃあみんなでご飯を食べたら、部屋に入ろうか。男と女で別れてるからね」
「明日もあるから、ちゃんと休んでね」
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賑やかな夕食を終え、大浴場には行かず部屋のシャワーで済ませると、バーナーは窓を開けて手すりに寄りかかっていた。ブラックも人ごみは苦手だということで部屋の風呂で済ませており、すでにベッドの中に潜って眠っている。
「やぁ、尚人。ブラック君はもう眠ったのかい?」
「あぁ、人ごみにあまり慣れていないようで疲れたんでしょう、すぐに眠ってしまいましたよ」
大浴場から帰ってきた父は小山が出来ているベッドを見ながら、空き缶をベッドの脇にある棚へ置いた。そのまま近寄ってくる彼に、バーナーは軽く会釈する。ほんのり香るアルコールに、この世界じゃなければ一緒に酌を交わせたのに。と少し残念に思った。
「今回はありがとうございます」
「言っただろう? ボクも妻も、きみのことはもう家族だと思っている。って」
笑いながら、バーナーの隣で同じように手すりに腕を掛けた。その横顔をぼんやりと眺め、薄く口を開く。
「……オイラの髪の事も、瞳の事も。ブラックの事も何も聞かないんですね」
「うん?」
「オイラは自分の事は何も話してない、家族の事もどこから来たのかも。もちろんブラックも、そのあたりは何も説明してません。……それなのにどうして受け入れてくれたんです」
今を逃せば機会はないだろうと、抱いていた疑問をぶつけてみた。父は緩く目を閉じ、首をかしげる。
「うーん……娘が、美代が受け入れたから。かなぁ」
「もしあの地震を起こしたのがオイラだ。と言ったら?」
驚いたように顔を向け、パチパチと瞬きをする美代の父親に、バーナーは冷たい笑みを浮かべた。窓の外に背を向けるよう手すりに寄りかかり直し、空を見上げ、乾いた声をあげる。
「あぁ、この世界ではありえない地震の起こり方だったことはもう知ってるでしょう。それを発生させたのがオイラで、それを何も教えず、事情も説明せず。こうしてのうのうと紛れ込んで、生活をしている。と言ったらどうするんですか」
「その時には、どうしてそんなことをしたのかをきちんと聞いて、それからもうそんなことはしないように、怒って。……そうだねぇ、やっぱりこうして受け入れるんだろうなぁ。その時は引っ越しもして、転職も考えようか」
その答えに、バーナーは笑みを凍らせた。なおもほやほやと笑ったままでいる父親は、星空を見上げ、眠っているブラックへ目を向ける。
その視線を追っていると、頭の上に手が置かれた。
「私たちの事を誰も知らない町で、やり直せばいいじゃないか。ね?」
「……は、は。すみません、意地の悪い質問をしてしまいました。……まさか本音じゃないでしょう?」
「結構、本気なんだけどなぁ。髪の色も、目の色も。不思議な現象を起こせるだけの力があろうとなかろうと、美代が受け入れて、家族だと言ったんだもの。ボク達がそれを否定することはないよ、あの子の目は確かなんだから!」
誇らしげに言い切った彼に、バーナーは自身の頭を緩くなでている手を、そっと掴んだ。浮かんだ笑みは優しいもので、困ったように眉を寄せる。
「ありがとうございます。何も話せないこと、すみません」
「人にはそれぞれ事情があるものさ、ちゃんとわかってるよ。そろそろ休もうか、明日も美代と沙理ちゃんをお願いしたいからね」
「えぇ、もちろんです」
再度、ポンポンと頭をなでると、父はベッドにもぐりこんだ。バーナーは撫でられた頭に軽く手を乗せ、髪をクシャリと握る。
「……これでシャロムの人間かよ。ホント、平和すぎ……」
手すりに背を預けたまま盛り上がっている二つの布団を見つめ、緩々と口角が上がりそうになるのを堪えると、窓から部屋を後にしていった。
――ふと目が覚め、布団の中で背伸びをし、顔を上げた。隣のベッドでは沙理が静かに寝息を立てており、そのもう一つ隣にいる母もぐっすりと眠っている。
「いま、なんじ……」
夜更かしをしないようにと母にベッドに入れられたのが、十時ごろの話だったろうか。美代は頭もとにあるデジタル時計に目を向け、ため息を漏らした。目を擦り、再び布団に潜っていく。
「二時って……。なんで、起きちゃったんだろう……」
目を閉じ、頭から布団をかぶり。羊を数えたりしてみても、なぜか反対に目が覚めていった。仕方なくベッドから立ち上がるとルームカードを取り、足音を立てないようドアに向かう。
部屋を出ると非常灯のほかに周囲を照らしてくれるものはなく、キュッと眉を寄せて部屋に戻ろうかとノブに手をかけた。そのまま深呼吸を繰り返し、そろり、そろりと足を踏み出していく。
なんとなく、外に出たい気分だった。
誰もいない廊下には裸足で歩くペタペタという音が響き、普段であればとても恐ろしいはずなのに、なぜか今日は何ともなかった。エレベーターで一階に降り、フロントの前を通り過ぎて、自動ドアに手を置く。
「あ、鍵……」
「美代?」
顔に影が掛かり、視線を上げてみると、ドアの向こうにブラックがいた。彼はコトンと首をかしげたまま、透明なガラス越しにこちらを見ている。
「どうしたんだ?」
「ブラック、どうやって外に」
まるでそこに壁なんかなかったように、ブラックはこちらにするりと来ていた。手を差し出され、何気なくそれを掴む。
「いまのは、魔術?」
「そう。瞬間移動術っていうんだ」
話をしていただけなのに、気づけば外にいた。フルリと体を震わせれば頭から何かを掛けられ、それが何かを確認する間もなく抱えあげられてしまう。
「寒くない? オレのコートじゃ大きいかもしれないけど、ちょっと着てて」
「ブラック?」
コートの襟もとを発見し、頭を出してみると、ブラックの顔がすぐ近くにあった。彼は美代が腕の中に納まったことを確かめると地面を蹴り、空に向かって行く。
突然視線が高くなっていったことに驚いて小さく悲鳴を上げてしまうと、抱きしめる腕に力がこめられた。大きな手が置かれている背は暖かくて、知らずに顔がゆるんでしまう。
「ほら、見て。美代、見て。これが、オレが見てる景色なんだ」
声を掛けられて顔を上げてみると、そこには満天の星空が広がっていた。雲一つなく、というより、雲より上まで来ているらしく、吐き出される息は白く消えていった。
下の事は見ないよう気をつけながら、腕を伸ばした。ブラックがキチンと支えてくれている、という安心感からか、純粋に笑みが浮かぶ。星の海に大きく浮かぶ三日月は、目を細めてしまうほどに眩しかった。
「すごい……なんだか掴めそう。星って、月って。こんなに明るいんだ」
「美代にも、これを見てほしいなって思ってたんだ。そしたら来てくれたから、何となく嬉しくなって。そのまま連れてきちゃった、寒くない? 怖くない?」
――こんなものより、オレはずっと高く飛べる――
観覧車の中で、ブラックはつまらなさそうにそう言った。
きっとあの時、彼が瞼の裏に描いたものはこの星空だったのだろう。
そしてそれを、自身にも見てほしいと。確かにそう言った。
それがむず痒くて、どこか照れくさくて。美代は手を胸元に運ぶと緩く握った。身じろぎすると暖かな手が支えてくれる、力を込めて包んでくれる。
夜風に当たっているにも関わらず、なんとなく体が温かくなってきた。
「なぁ、美代」
「どうしたの?」
「オレの事が、怖くないの」
それは、ブラックが謝罪に来てくれた時と、同じ質問だった。その時よりも一層不安そうな声色で、彼がどんな表情をしているんだろう顔を上げる。
寂しそうに遠くを見つめる紅い瞳と風に揺れる紺碧の髪が、どこか幻想的で、口をつぐんでしまった。ただ彼の言葉を、ジッと待つ。
「オレ、人……殺しちゃったよ。たくさん傷つけて、色々なモノ壊した。本当は魔力の他にも、美代にとっても他の奴にとっても気持ち悪い力を持ってる。それでもオレの事、怖くないって言ってくれる?」
「ブラックは、本当は来なくてもよかったのに、謝りに来てくれたよ。風邪をひいて苦しいのを治してくれた、今日だって私の事を助けてくれた。どんな力を持ってても、それが気持ち悪いものだったとしても。全部ブラックだもん、怖くない」
飾るつもりはない、気遣って言ったわけでもない。ちゃんとした、自分の本心を言ったつもりだ。ブラックはジッと美代の目を見つめ、彼女もまばたきをしないよう、彼の事を見つめ返す。
ふにゃりと、嬉しそうに、安心したように。そして悲しそうに彼は微笑んだ。
「オレ、どうしたらいい?」
「……まずは、明日をたくさん楽しもう! それから今度は、バーナーのお願いを、自分と戦ってほしいっていう頼みをきこう。私はブラックたちの世界は良く解らない、だけど、もしそこでも悪いことをしちゃったなら。……償っていこう?」
小さくも確かに、ブラックはうなずいた。美代の肩口に顔をうずめるよう彼女の体を抱えなおし、背を震わせる。
何も言わずにただ、そんなブラックの背をトントンと叩いた。だんだん腕に力がこめられていくのに、苦しさも痛みもなく、美代は緩く目を閉じる。
どれほどそうしていただろうか、不意にブラックが顔を上げた。鼻先が触れてしまいそうな距離に慌てて顔を伏せ、視線を泳がせる。
「決めた。オレ、なにがあっても美代の事は傷つけない」
「え?」
「うん。美代は守る。絶対に、決めた!」
顔いっぱいに幸せそうな笑みを浮かべると、そのまま降下し始めた。徐々にスピードが上がっていき、地面が見えたかと思うと直角に曲がる。自動ドアをするりと通り抜けたかと思うと、次に見えたのはホテルの宿泊部屋だった。
「じゃあ、美代! おやすみ!」
「え、あ、おやすみブラック!」
元気よくされた挨拶を反射的に返すと、ブラックの姿はすでに廊下から消えていた。ポカンとしながら、美代はズボンのポケットからルームカードを取り出す。
「……守る。戦う。……実感がわかないや……」
ポツンと呟き、緩々と首を振ると、美代はそのまま静かに部屋の中へ入って行ったのだった。




