魔方陣を求めて
黒疾やサムは、飲める理由があったらなんにでもノるやつらだから、と苦笑していたけれど。
これからまた世界を巡る旅をすると言えば、彼らは激励してくれた。
餞別だと金貨が入った布袋を次々に渡され、使いやすい得物を選べ! と武器庫に連れて行かれ、保存食や水が入った竹筒を押し付けられた。
酔っぱらいの集団に囲まれるのは少々怖かったけれど、彼らはいい人たちだった。遠くの方では黒疾がコップを片手に口の端を上げて笑い、サムが果汁を運んでくれる。
「ブラックもセイントも、人里に疲れたら休みに来いよ。お前らの一族で驚くような奴はここには居ねぇからさ」
「ん……」
「ありがとう黒疾、それに皆さんも。ちゃんと、自分たちが思う強さを得てくるよ!」
笑えば、多方面から手が伸びてきて髪の毛を揉みくちゃにされてしまい、くすぐったくて首をすくめているとブラックが不機嫌そうに口を尖らせたのにまた笑ってしまい。
こっそりお酒を注いでもらうと、いい気分で飲み干すのだった。
そうして、次の日の朝早く。酔いつぶれて死屍累々となっている彼らを起こしてしまわないよう、美代とブラックは静かに旅立ったのだった。
「どうしよう、まずはどこに行こうか?」
「まずは人里を目指して、そこでもう一度、準備を整えよう」
にこやかに会話をしていたかと思えば、目にも止まらぬ速さで小石を拾い上げて茂みに投擲したブラックに、体を硬直させてしまった。それに対する反応はなくて、恐る恐る彼を見上げる。
目を怒らせるようにして茂みを見ているので、何かがいるのには間違いがないらしい。
「出て来いよ、少し前からついてきてるだろ」
ガサガサと茂みが揺れ動く。やはり、何者かはいるらしい。
昔から、こういう時には好奇心が勝ってしまうのが自分だ。ブラックの腕を掴みながらも、ゆっくりと茂みをのぞき込む。
そこには何もいなかったが、近くに大きな木があった。根元には子供が入れそうな大きさの穴が開いていて、止められながらもついつい見てしまう。
「ブラック! この子、魔物!」
ズタズタに裂かれているコウモリのような翼では、飛べないことは容易に解った。その上に上半身は翼ごと鉄鎖でがんじがらめに縛られており、瞳孔のない血の色をした目がこちらを見上げる。
ドロリ、と流れる闇色の血は足元に水たまりを作りつつあり、慌てて抱きかかえると完 全 治 癒を唱えた。
「怖がらないで。よしよし、痛かったね」
「ここから近い同盟五か国はどこになるんだろな、黒疾に聞いてればよかったか」
ギュッと目を閉じ、小刻みに震える魔物を隠すよう、ブラックはコートで包み込んだ。髪をざわりと動かして鎖をねじ切り、蛇のような音を出して怯えるそれを撫でてやる。
「ごめんな、石なんか投げて。縄張りに帰してやるからな」
『おとうさん』
「うわ、鳴き声を上げた」
「待って待って! 違う、そっか、だから前の魔物の時も!」
小さいときに国が滅んだために、自身が覚えている母国語は多くはない。それでも、はっきりと聞き取れた。
あの時、サピロスに連れて行った魔物も、その言葉を話していたから自分には言葉が聞こえていたのだ。
「妖精族と魔族が使う言葉だ!」
「なんだって? 魔物も同じ言葉を使うのか」
「いや、これはただの推測になるんだけど。……この子、誰かに似てない?」
かけていたコートをめくり、脇の下に手をやるとブラックに見せるようにして抱いた。目を細めて凝視する彼に、体を小さくして震えている。
コウモリのような翼、獣のような耳。しばらく眉を寄せていたものの、ふと脳裏に槍を持った姿が出てきた。
美代を見てみれば、彼女も同じ人物? が出てきているらしい。
「もしかして魔物って、魔族の子供のことじゃない? ほら、キャバシュグアルって覚えてる? なんか偽物の魔物とか、本物の魔物とか言ってたでしょ?」
「なんか、そんなこともあったような気がするなぁ。え、ってことはこいつ、カウンツの子供ってことになるのか?」
『おとうさん? おとうさん!』
「……カウンツの名前に反応したみたい」
ということは、バーナー達は魔物、つまり魔族の子供を彼らの領地に送っていたことになるようだ。
にも関わらず、前回の旅の最中、一族の子を助けてもらっている恩も忘れて襲い掛かってきたのかと思えば、怒りは増していくばかりだ。
「どうしよう、えぇっと……$#%、&&#$%?」
美代が何かを呟いた。するとその子が目を丸くし、突然饒舌に話し始める。
その勢いに押されつつ、どうにかわかる単語を拾っていった。
「で、なんだって?」
「この子の名前はカーラ、カウンツを捜してる、みたい?」
「ふぅん。とりあえず最初の目的地は決まったな」
と、ブラックは目を閉じた。カーラをもう一度コートで包み込んでやりながら、辺りを見回してみる。
人の気配がないのが幸いか。そこでふと、自分の姿を確認し、苦笑した。
「スラマグドスが近いみたいだな。どうしたの? 美代」
「やっぱり最初は近くの町に行きたいな、魔道具に出来るアクセサリーが欲しい」
確かに、美代の姿では道中目立つし、変 幻 偽 視を使いっぱなしでは疲れるだろう。
そこでふと、預かり物と伝言を思い出した。まぁ、宿に行ってからでもいいかと思い直し、カーラをコートごと受け取る。
「わかった。行こうか?」
「うん!」
わだかまりが残っているのだろう、微妙にいい顔はしてくれなかったけれど。
怯えるカーラをあやすよう撫でてやりながら、歩き始めるのだった。
何日か野宿を挟んだけれど、大きめの町にたどり着くことが出来た。宿を一室取ると眠っているカーラをベッドに降ろし、ブラックから何かを渡される。
掌に乗ったそれを見て、目を丸くしてしまった。
「羽根……!」
「美代、よっぽど慌ててニルハムに来たんだね。部屋に忘れてたよ」
「うわ、本当だ! これカバンが違う!」
空 魔 箱に入れていたカバンを出してみると、普段使っていたものと別の物だった。熱くなる顔を手で押さえながら、羽根を空間に放り込む。
大切なものを忘れてきていたことが恥ずかしいのか、眉をハの字に寄せている美代に笑ってしまった。
「それと、沙理から伝言」
「え、沙理に会ってきたの?」
「うん。美代が助けた親子が、美代が何者でも関係ない、感謝してもしきれないって言ってたって」
何者でも、関係ない。
その言葉で、体が温かくなるのが分かった。胸元で両手を重ね、口を緩めて微笑む。
「そっか。ありがとう、ブラック」
「オレが残っておくから、美代は必要なものを買っておいで。お金はバーナーから預かってるよ」
袋から一掴みの金貨を渡されて、それをカバンに入れた。羽と触角を隠してカーラを頼み、部屋を後にする。
美代を見送ったブラックは小さくあくびを漏らし、ベッド脇にある椅子に深く腰掛けるのだった。
小さなペリドットが付いた、白銀で出来た細身のブレスレットが購入できた。その他に短剣や保存がきくお菓子などをカバンに入れて、部屋に入ると口を手で押さえる。
ブラックがカーラに寄り添うよう、ベッドに眠っているのだ。声を出さないように笑い、毛布を掛けてやろうとすれば、薄く目が開いてしまう。
「おやすみなさい、ブラック。今日はこのまま、休もう?」
「みよ。ベッド、に」
「私は大丈夫、ほら」
カーラを間に挟み、隣に転がった。自分もカーラも小柄なので、ゆっくり転がれる。
ふにゃり、と子供のように微笑むと再び目を閉じてしまったブラックに、もう一度笑ってしまった。
それから、たまには昼寝もいいかと自分も目を閉じて、深く息を吐き出したのだった。




