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冒険記  作者: 夢野 幸
ただいま地上編
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わかりきった答え


 地上に降り、解散すると、ブラックは迷うことなくシャロムへと向かった。美代がすでにニルハムへ入っていることはわかっているし、時間が巻き戻っているから無くなった出来事にはなっているけれど。

 自分はどうしても、沙理と美代の両親に会いたかった。

 

 最初に向かったのは美代の部屋で、靴を脱ぐと昔やっていたように窓際に置いた。部屋はきれいに片付けられていて、懐かしさと寂しさに眉を寄せてしまう。

 ふと、机の脇に置いてあるカバンに視線を止めて、目を丸くしてしまった。


「これ……」

「誰だい」


 警戒を前面に出している声音に、ブラックはカバンを裂くようにしてブローチをもぎ取ってしまった。思わず姿勢を正し、振り返ってみるとそこには美代の父親が立っている。


「どこから入ってきたんだ、娘の部屋に、何の用が?」


 美代が人間ではないことを知ったのに、彼ははっきりと、彼女のことを娘と呼んだ。

 その優しさは昔、自分やバーナーのことを受け入れてくれた時のままで、それなのに無くなった時の中では取り返しがつかないことをしてしまって。

 ジワリ、と視界がぼやけたかと思えば、彼は目を丸くした。


「あの、オレ、美代の仲間で。美代のことを助けてくれた、おじさんとおばさん、沙理にどうしても、会いたくて」


 本当は、謝りたかった。記憶を奪われていたせいだとはいえ、その事そのものがないことになってしまっているとはいえ。


 自分は美代のことを助けてくれた彼らを、殺めてしまっているのだから。

 だけど生きている彼らに、殺してしまってごめんなさい。と言うことは出来ない。


「ありがとうございました。美代を、助けてくれて、全てを受け入れてくれて、ありがとうございました。おじさんとおばさんが、沙理が居てくれたから、美代は美代でいられたんだ」

「泣かないで、キミはあの子の、お友達なんだね。……美代がもうここには居ないことも、知って?」


 声が詰まってしまい、頷くことしかできなかった。ハンカチで涙を拭ってもらうけれど、次から次に流れてきてしまう。


「オレは今から、美代のことを追いかけます。あの、これ、持って行ってもいいですか」


 美代にしては珍しい。それほどまでに、慌ててニルハムへ向かったということだろうか。

 カバンには羽根が付いたままだったのだ。


「美代がいつも、大事にしていたものだね。渡してあげてほしい」

「わかりました。あの、おばさんは」

「ボクのせいでね、妻には子供を抱かせてあげられなかったんだ。そんな時に出会ったのが美代だった。ボク達は本当に、あの子を娘だと思っていたよ、本当に愛していた。

 ……だから妻は、立ち直るのにもうしばらくかかるだろう。今は、美代のことを思い出させたくない」


 ブラックは静かに頷くと、羽根を握りしめて沙理の元に向かうため心眼を開こうとした。

 コートを緩く掴まれて振り返れば、微かに目を充血させている父親が弱々しい笑みを浮かべている。


「娘を、頼んだよ」

「は、はい! 美代のことは、オレが守ります!」


 思わず緊張して声が上擦ってしまい、それを笑われて苦笑を浮かべ。

 靴を持つと、今度こそ沙理の元に向かうのだった。




 リビングに出た途端、額に固い何かが飛んできた。あまりにも不意打ち過ぎて直撃してしまい、頭を抱えて座り込む。

 恨めしく顔を上げれば頬を赤くした沙理がにらみつけてきた。


「あんた誰、どっから入ってきたの」

「オレは、美代の仲間だ。美代を追いかける前に、良くしてくれたおじさんとおばさんと、お前にお礼を言いたくて来たんだよ」


 投げられたのはマグカップらしい。床に転がるそれを文句言いたげに見つめれば、沙理は片眉をヒョイと上げる。


「美代の仲間? ニュースを見て、冷やかしに来たんじゃなくて?」

「違う、違う。美代が妖精だってことは、ちゃんと知ってる」

「……悪かったわね。元同級生とかが、ニュースのやつは美代じゃない? って電話してきたり訪問してきたり、続いたものだから」

「オレの方こそ、勝手に入ってきてごめん」


 疲れた顔をしていた沙理は、少しだけ表情を明るくしてくれた。伸ばされた手を握ってみれば、そのまま立たせてくれる。


「美代はもう、自分がいるべき世界に帰ったよ」

「それも知ってる」

「ならサッサと行きなさいよ!」


 ふくらはぎの辺りを蹴飛ばされ、ギリギリと眉を寄せてしまった。今度こそ文句を言ってやろうかと口を開きかけ、沙理が泣きそうになっているのを見て黙り込む。


「あたし達じゃもう、あの子を守ってあげられないんだから!」

「沙理」

「行きなさいってば! 美代のことを追いかけてくれるんでしょ? あたし達の分まで守ってよね、すぐに強がるし具合が悪いのを隠すし、自分のこと放っておいて他人の世話をしに行くお節介なんだから!」


 鼻声になりながらも、沙理は涙をこぼさなかった。そんな彼女を見て再び、自分が泣きそうになってしまう。

 こんなにも、人間ではない美代のことを受け入れてくれる三人が、愛おしくて仕方がなかった。


「わかった。美代のことは任せて」

「あの子に会えたら伝えておいて。あんたが助けた親子が、あんたが何者だったとしても関係ない。感謝してもしきれないと言っていたよって」


 しっかりと頷くと、ブラックは美代の元へ向かうために再び心眼を開き。

 魔力で世界の壁をこじ開けて、ニルハムへと向かったのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 物置のようなところに閉じ込められたまま、美代は肩を落として長いため息をついていた。やれることがなくて乱雑に置かれた箱に座り、足をプラプラと動かす。


 世界を渡り、ニルハムにたどり着いたのはいいけれど。なにをどうしてそうなったのやら。


 盗賊の宴のど真ん中に出てしまったのだ。当然、酒や料理をひっくり返すようにして現れた自分を逃がしてくれるわけもなく。

 ここで大人しくしていてくれれば、縛ったりなんだりしないから。と左目が刀傷で潰れている男性の言う通り、何かが起こるのを待っている。


「どうしたものかなぁ。羽と触角だけでも隠しておけばよかった」

「間違いないって! オレッちがあの一族を、見間違えると思う?」


 少々憤慨しているけれど、あの男性の声が近付いてきた。すぐにドアが開かれて思わず首をすくめ、箱に隠れるようそっと覗きこむ。

 そこには、知っている人物が目を点にして立っていた。


「黒疾!」

「セイント? なんでまた、こんなところに」

「やっぱりそうなんだろ! すげぇ、初めて妖精族を見た!」


 先ほどは屈強な盗賊たちを纏めていた男性が、子供のように目を輝かせた。とりあえず部屋から出してもらい、長いマントを羽織っている黒疾をジロリと見上げる。

 気まずそうに顔をそらしていくが、視線を送るのは止めなかった。


「盗賊稼業、やってんの?」

「まぁな。オレはこれ以外の生き方を知らねぇから」

「あ、あの! オレッち、サムス・ベルって言います! 名前はなんと?」

「え、あ、上野かみの美代みよ。リズ表記で美代が名前、妖精としてならセイント・オウス・アスパル・ファータ」


 興奮するサムスに手を伸ばせば、彼は瞬きの間に黒疾の後ろへ隠れてしまった。自分に比べれば大きいけれど、一般男性と比べれば小柄な彼は、毛先すら見えないほどすっぽりと隠れてしまう。


「えっと……?」

「サム、言うぞ?」

「……そう、なるよなぁ」

「セイント、こいつ、魔族」


 今度は、美代が目を点にする番だった。しかしすぐに回復し、黒疾に短剣を要求する。


「それはどうなんだ?」

「いいのいいの、悪い人じゃないんでしょ?」


 受け取りながらサムス、サムに笑いかけると、幼子のように頬を赤くした。恋愛感情というよりも憧れからだろうか、瞳は爛々とさせている。

 それもわずかな時間。美代が左手の親指を深く切りつければ、声なき悲鳴が上がった。


「せ、セセセセセイントさん!」

「はい、どうぞ」

「どうぞ? 妖精族の血を? はい、どうぞ? 安売りしちゃダメっ!」


 近付けば逃げ、黒疾を中心に回り込めば反対側に行き。

 面白いほど狼狽えているサムに、イタズラ心が沸いてしまった。口先で術を唱えれば黒疾もろとも動きが止まり、今度こそ叫び声が上がる。


「えげつねぇなぁ」


 影   縫 スキアー・ラプティスのせいで動けないサムの口に傷口を押し込み、泣きそうになっている彼が血を飲み込むまで抜かなかった。喉が鳴り、飲み下したのを確認してから光 球ソレイユ・バル治療術リペを唱える。

 両手で顔を覆って崩れ落ちたサムに、黒疾がかがんだ。


「うまかった?」

「……おいしかったぁ……」

「最後の純血妖精、王女の血だぞ」

「美味しく感じる自分が嫌だぁあ!」


 どうやら魔族にとって、妖精族の血は美味しいらしい。イタズラが過ぎたかと舌を出し、黒疾を見れば喉の奥で笑っている。


「変わんねえな、三年前から」

「うん?」


 変な顔になった自分に、黒疾も眉を寄せた。泣くサムを放置してもう一度部屋に入り、美代が声を潜める。


「四年じゃなくて?」

「三年だろ。いや待て、お前どこにいた? ニルハムに居なかったのか」

「シャロムに居たの。実は……」


 旅の後、自分だけが地上に降ろされたこと、シャロムの時が戻っていたこと、それから約四年が経っているということを説明した。

 黒疾はしばらく首をひねっていたが、なんとなく腑に落ちない顔をしつつも腰を落として視線を合わせてくれる。


「お前、旅の間に十三になってた?」

「どうだろう。でも旅してた時間は長かったはずだから、気付かないうちになってたのかも」

「基本的に、シャロムとニルハムは同じ時が流れている。だがシャロムの時が巻き戻り、セイントが十二に戻ってしまった、ならそこでニルハムとは一年の差ができるわけだ」

「……つじつまを合わせるために、ズレが生じた?」

「理解が早くて助かる」


 力強く頭を撫でられて、視界が揺れた。回る世界をどうにか落ち着け、何度か首を振る。

 ニルハムに来た以上、知り合いに会う機会があれば『三年ぶり』に合わせるべきだろう。


「聞いててよかった。訳が分からなくなるところだったよ」

「サム、こんなところで何してんだ! おかしらは?」

「なんでもねぇよ、ちょっと虐められただけだよ! 何があった、騒々しい!」

「さっきのお嬢ちゃんみてぇに、縄張りのど真ん中に野郎が現れたんだよ! 冗談じゃねえぞ、あの強さ!」


 慌てた声音に部屋から顔を出してみれば、黒疾も同じようにしていた。サムは何とか回復しているようで、真剣な目を向ける。


「おかしら、今度は野郎らしいですぜ」

「あー、どんな奴?」

「真っ黒なやつでさぁ。髪は足元まであって碧い、そっちが侵入してきたくせに所かまわず吹っ飛ばしてくれやがる!」


 真っ黒、長い碧髪、突然現れた男。

 脳裏に描いた人物が一致したのだろう、二人は顔を見合わせた。


「先に行って野郎どもに伝えろ、手ぇ出すな。オレ達が束になっても勝てやしねぇよ」


 黒疾の指示に、サムは次の句を継ぐ暇もなく姿を消してしまった。瞬間移動術レガ・ハラフや魔族が使う転移などではなく、とんでもない瞬発力で駆けていたのである。

 先ほど、黒疾の後ろに隠れた速さは、彼が持ち得る技だったらしい。


「その人は今、どこにいるの? 案内して!」

「え、なに、お頭もお嬢ちゃんも知り合いっすか?」


 知らせに来てくれた男性は怪訝な表情になるけれど、すぐに案内をしてくれた。先ほど自分が出てきてしまったあたりに人だかりが出来ていて、各々武器を持っている。

 中心近くにはサムがいて、攻撃を止めるよう指示していた。ザワザワと蠢いている紺碧の長い髪は、間違いない。


「ブラック!」

「! 美代、美代か!」


 キョロキョロと辺りを見回し、男たちの向こう側から目の前に移動してくると力いっぱい抱きしめてきた。肩口に押し付けられる額が痛くて、ポンポンと背中を叩く。

 会えたことはもちろん、嬉しい。だが、それ以上に疑問の方が大きかった。


「どうしてここに?」

「……神様が、オレ達が力不足だからもう一回地上に降りろって」


 口の端を歪めるように不貞腐れる彼は、反抗期真っただ中の中学生男子のようだった。思わず笑ってしまえばキョトンとし、ふにゃりと柔らかな笑みを浮かべてくれる。


「よう、ブラック。よくもまぁ人の拠点をここまでボロボロにしてくれたなぁ?」


 美代のことしか視界に入っていなかったのか、声をかけられて体が跳ねた。黒疾を見ると凝視して、しばらく考えた後に眉を寄せる。


「だって、急に武器を向けられたらビックリするだろ!」

「そりゃあお前、盗賊の縄張りに侵入してきたらそうなるだろうよ……」


 あちこちの地面は抉れてしまい、小屋の壁には穴が開き、木々や茂みは焦げてしまっていた。それでも大怪我を負っている手下がいないのは流石というべきか、苦い表情を浮かべる。


「死神たちも降りてきてんのか」

「今回は、強くなる方法がみんなバラバラだろうからって、二人一組で行動してる。オレだけ余ったけど」

「余ってるもんか! 私が一緒に行けばいいじゃない!」


 言葉を続ける前に美代が首筋に抱き着いてきて、ブラックは顔を赤くした。尋ねる前に言い切られて、頬を指先で掻くと今度は優しく抱きしめる。


「いいの、美代? 美代はもう、ガーディアンじゃないよ。一緒に来ても、また、お別れすることになる」

「もう会えないと思ってたのに、こうして会えて、また一緒に旅ができるんだよ? これ以上の贅沢なんて、きっとないよ。私も連れて行って」


 周囲ではサムと黒疾が人払いをしてくれていて、冷やかしや囃し立てようとした男たちは平等に黒疾の拳骨を食らっていた。視界の端で見えてしまったそれに笑い声をこらえ、ブラックの胸元に顔をうずめる。


「……うん。一緒に、来て」

「話がまとまったところで、今日はここで休んで行けよ。寝心地はよくねぇだろうが、この付近に村や集落はねぇからな」

「頭の仲間の門出だ! 宴会のやり直しだな!」

「あ、ごめんなさい。さっきのお詫びに手伝うよ!」


 美代が言えばサムが頬を赤らめ、目を吊り上げかけたブラックの背中を黒疾が盛大に叩き。

 とりあえずは、ブラックが穴だらけにしてしまった地面の修復から入っていくのだった。


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