やりなおしです
目を閉じ、神経を研ぎ澄ませていた。わずかな音も漏らさないよう、息遣いすらも逃さないよう。
静電気にも満たない音が、微かだが背後で聞こえた。瞬間に右足を支点に半回転し、首を傾けて突き出されていた腕を避けると裏拳を繰り出す。
それを下方向に受け流されるのは想定内だ。
素直に体勢を崩せば、予想と違う動きだったのだろうか一瞬動きが止まった。突き出されていた腕をつかんで軽くひねりあげれば唸り声が上がり、ポンポン、と体を叩かれる。
降参の合図だ。
「強くなったな、雷斗」
「……負けて言われても悔しいだけなのだが?」
腕を放された雷斗が眉を寄せ、胡坐すると長い息を吐き出した。頭を掻くと恨めしそうにバーナーを見上げ、拗ねたように口を尖らせる。
「唯一お前に勝てるだろうスピードを追われては、私はこれ以上どうすればいいのかわからんぞ」
「悪いな、オイラにも火炎族としての誇りがある。まだ負けられねぇよ」
「雷斗さん、そもそも雷の速度についていけるのがおかしいんですから、諦めましょう」
頬杖をつきながら見ていたボンドッツに言われ、苦い顔をした。立ち上がって近づいてくると、手を差し出される。交代を求められているようだ。
本当はもう一戦したかったが、仕方がない。諦めてタッチをすれば苦笑されてしまった。
「神様は、どうして?」
「まだまだ時間がかかりそうです。そうでしょうね、少なくともほぼ一国分ですから」
神様の元に来て一番変わったことといえば、魂が見えるようになったことだ。
そうして気付いたことは、魂には白と黒の二色があるということ。神様に聞けば、世界ができ、命が生まれてから魂の数はほとんど変わっていないらしく、その色も変わりがないらしい。
しかしよくよく見てみると、澱みがある魂が白と黒どちらともにあった。曰く、負の遺産を使用した者、私利私欲のために生き物を殺めすぎた者はこのように魂が澱んでしまうという。
その話を聞いて、皆が皆とある国を思い出して頭を抱え込んでしまったものだ。
「まぁ、神様の力を一部でも持ち得ている我々が、手伝いができるのは幸いか」
「魂の浄化をできないところは、大変そうですけどね」
バーナー達が神様の元に来てやっていることは、主に二つ。
一つは、澱んだ魂を浄化するのに専念している神様に代わり、魔力をもって健全な魂を洗浄、その後ここに来るときに上ってきた階段から地上へ送り出すこと。
もう一つがこうして、互いの力を高めあい鍛錬することだった。
「ボンドッツ、リンはどこに?」
「あちらで魂のお世話をしてしますよ、呼んできましょうか」
「そうしてくれ。大分慣れてきたとはいえ、風の扱いがまだ拙いからな。ボンドッツはリンのサポートを」
「了解です」
「今からブルーの元に行くつもりだ、私が声をかけておこう」
緩く手を挙げて歩いていく雷斗に感謝の言葉を投げかけて、バーナーはボンドッツを見る。
自分は身長が伸びたのに、ボンドッツは体を負の遺産で弄られているせいで、背丈が変わらない。今さら悲しむつもりはないけれど、なんとなく寂しかった。
「うっかり、自分の修練にしてしまうなよ?」
「さすがに、二度も三度もそんな失敗はしませんよ」
渋い顔をしたボンドッツに声を出して笑い、向こうから走ってきているリンに向かって手を振るのだった。
ブルーの元に来てみるとダークが一緒に魂の洗浄をしており、雷斗も隣に腰を下ろした。よほど集中していたのだろう、やっと気が付いたらしいブルーが肩を跳ねて見上げるようにして顔を向けてくる。
「雷斗! 鍛錬は終わったの?」
「リンと交代だ、ボンドッツも一緒にいる」
「フム、雷斗ガ戻ッタナラバ、ワシハスノーノ元ヘ行コウカ」
「そうだな。シャドウと変わってもらえたら効率がいい」
「んー、じゃあリンが戻ってきたらボンドッツに稽古してもらう!」
元気に手を上げるブルーに、ダークも雷斗も微笑むとそろって頭を撫でてしまった。年齢を重ねて少し大人に近付いたけれど、撫でられるのは好きらしい。きゅっと目を閉じて嬉しそうに頬を緩めている。
ガーディアンとして旅をしていた時。
知識は力なり、と神話を勉強し、役人たちと交流を持ってツテを作り、目的地がどこであるかを推理して。常に先導していたのは、火炎族であるバーナーだった。
しかしそれは、本来シャドウの役割だったという。
彼はガーディアンと同じように、神様が自身の欠片から生み出した使い魔だというのだ。小人がほかにいないのはそもそも、イフリートと同じような存在だったかららしい。
ならばなぜ、その役割を忘れていたのか? 神様にもわからないというのならば、どうしてシャドウたちがわかるのだろう。
あれこれ考えた結果、地上に影響を与えすぎない程度にしか力を与えられなかったために、いざ神様の元を離れて力が弱まってしまったのではないか。
挙句に魔物に寄生されてしまい、役割を忘れてしまっていたのではないか、という結論にたどり着いた。
神様はなんとなく納得がいかないような顔をしていたけれど、そう考える以外なかったのである。
そして、神様の使い魔だということは、彼女と同じように魂の洗浄と浄化ができるということであり。
シャドウが一人で作業を進められれば、それだけ魂の世話が楽になるということなのだ。
なお、ダークとボンドッツは一緒に居ることは出来たものの、魂の世話をすることが出来なかった。ゆえにサポートに徹してもらっている。
「ではブルー、もう少し頑張ろう」
「うん!」
ダークを見送ると、手元に溜まりつつある流れてくる魂を優しく掬い上げ、魔力で両手を包み込んでから撫でるのだった。
ブラックは神様の隣に立ち、髪の毛を騒めかせながら澱みのある魂を前に眉を寄せていた。
「神様、めんどう。まとめてやりたい」
「いけません。何度も言っているでしょう、一つずつ丁寧にですよ、魂が混ざり合ってしまう可能性がありますから」
「そんな失敗しないのに」
口を尖らせて文句を言いつつも、ブラックは言われた通り一つずつに魔力を流していった。手伝うようになってから流し方は何度も見ているから加減もわかる。
魔術を無詠唱で使えるブラックは、神様と同じように魂の浄化を行うことが出来た。急増している魂の一角に、戦争で殺してしまったシャダッドの人々がいるために罪悪感を覚えてしまい、時折こうして浄化の手伝いをしている。
もうすぐ、スノーと一緒に魂を階段へと案内していたシャドウが来てくれるらしい。それまでは我慢だ。
「浄化の速度が上がってきましたね」
「……ありがとう」
ちゃんと、神様が神様であることはわかっているけれど、美代と引き離されたことは根っこに引っかかっている。許したくはないけれど、褒められるのは悪い気がしない。
そんな複雑な心境で眉を寄せ、そっぽを向くのだった。
魂の世話、鍛錬、時々地上の覗き見。
そんな日々を送っていたけれど。呼び出されたバーナーは、神様の言葉に目を点にしていた。
「どういうことです?」
「言葉の通りですよ。あなた方は地上をめぐり、ここまでたどり着きました。その力は確かに、認められるものです。
しかし、その時から感じていたことが、時が経つにつれて顕著になってきました。天と地を支えるには、未熟です」
そんなことを言われようなどとは夢にも思わなかった。その当初から思っていたというのならば、なぜ今更になって言い出すのか。
「……日々の鍛錬を、増やせと?」
「いいえ。もう一度、地上に赴きなさい」
「はい?」
「もう一度地上に降り、各々の力を高め、白い柱を安定させるのです」
それだけ言うと、ほかに話はないと言わんばかりに背を向けられてしまった。じわじわと口角が緩みかけるのをどうにか抑え込み、一礼するととりあえずダークの元へと向かう。
そこにはシャドウとブラックもいて、顔色を変えている三人にわずかばかり眉を寄せてしまった。
「なにがあった?」
「美代が、妖精族だってバレた」
「なんだって?」
「子供を助けようとして、何かの拍子に変 幻 偽 視が解けちゃったみたいなんだ。たまたま地上を見てた時に起きて」
「ニルハムニ、入ッタヨウダ。……大丈夫ダロウカ」
今度こそ、口角が上がってしまった。タイミングがいいのか、わかっていての指示なのかはわからない。
けれどみんなにとって、朗報になるはずだ。
「バーナー、何を笑ってるんだ!」
「ちょっとみんなを集めてくれ。神様からの言葉がある」
緩む口角を戻せずに、手で覆い隠した。様子がおかしいことに気が付いてくれたのだろう、シャドウとダークがすぐにみんなを呼びに行ってくれる。
笑う自分に苛立ってきたようで、髪がうごめき始めたブラックにだけ先に耳打ちしてやると、目を丸くした。
「本当か!」
「あ! ブラックだけ抜け駆けずるい!」
「どうしたの、バーナー君? なんだかうれしそう?」
ブルーが腕にしがみつき、リンがボンドッツと一緒にやってきた。とりあえず雷斗がブルーのことを剥がしてくれて、シャドウを頭に乗せたスノーを確認する。
「全員来たな。神様直々のお言葉だ、地上に戻るぞ」
「え?」
「なんですって?」
「話を簡潔にまとめすぎじゃないか?」
あまりに軽く言われた内容に、みんなが聞き返してきた。改めて言われた言葉をそのまま伝えると、それぞれが違う反応を見せる。
それでも、嫌がっている者は誰もいなかった。
「また、みんなで一緒に旅ができるの!」
「その事なんだが、ブルー。今回はバラバラに行こうかと思うんだ」
「して、その理由は?」
「強さを求める方法は、それぞれ違うってことさ」
ダーク、シャドウ、バーナーの三人が頭を突き合わせて考えた結果。
バーナーとスノー、雷斗とシャドウ、ダークとブルー、ボンドッツとリンの二人一組が決められた。
余っているブラックはもちろん、頬を膨らませている。
「オレは―?」
「お前の相方はいるだろ、地上に」
不思議そうな表情をしたのはわずかな時間で、目を吊り上げると勢いよく首を振った。誰のことを言っているのか分かったのだろう、雷斗たちも心配そうにバーナー達を見ている。
「どうして! だって……美代は」
「白い柱を安定させろって言われただろ。そうなったらそりゃあ、お前が行くのが一番だろうよ」
「そ、うかもしれないけど」
「なに、会ってから本人にどうしたいか聞いてみればいい。もし拒否されたら、その時はダークと合流してくれ」
不貞腐れながらも、頷いた。チョロチョロと動いている毛先がまるで、犬のしっぽのようで笑うのをこらえる。
「今すぐ降りるのですか」
「あぁ。その前に」
バーナーがその場に広げたのは、金貨や銀貨が入った布袋といくらかの保存食、からの竹筒だ。分けたメンバーはそれぞれ、空 魔 箱が使えるので問題なく持っていけるだろう。
「何ヲモッテ、旅ノ終了トスル?」
「決めてねぇ。それぞれが、強くなれた。と思った時でいいんじゃないか?」
なんとも大雑把な目標に、苦笑いしてしまった。それでも誰も、苦言を漏らす者はいない。
もう戻れないと思っていた地上に降りられるのだ。文句があるわけもない。
「それじゃあ、行こうか!」
バーナーの高らかな号令に、拳を掲げ。
先ほどまで、洗浄を終えた魂を誘導していた階段に向かうのだった。




