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冒険記  作者: 夢野 幸
蘇生編
114/138

そうして、歪みは戻りいく


「――美代、美代。起きて!」

「おーい、上野―。もう下校時間だぞ!」


 ゆらゆらと体を揺らされて、美代は重い頭を上げた。まぶしさに目を細めてこすり、ぼやけた視界で辺りを見回す。


「休日で旅行だったんだって? 学校を休まなかったのは進歩だが、ちょっと居眠りをしすぎだぞ。よっぽど疲れたんだな?」


 なんだか懐かしい声がする。もう一度目をこすり、どうにか焦点を合わせて、自分をのぞき込んでいる二つの人影を見つめた。


 言葉に詰まり、指が震えた自分を見て、彼女は心配したのだろう。

 知っている通りの、少しばかり適当な力加減で、額に手を置いてきた。


「大丈夫?」

「さ、り?」

「変な夢でも見たの? そんな、泣きそうな顔して」


 会いたくて、会えないと諦めて。涙も仲間のためにと我慢して、飲み込んだはずなのに。

 愛おしくて仕方がない親友が、担任の山中と共に立っていた。


光野こうの、上野を頼むぞー?」

「はーい、先生! 美代、帰ろ?」


 ぐるぐる、ぐるぐると目の前の光景が回っていた。沙理に手を引かれ、学校、という名のを後にする。

 振り返った場所にある校舎は、見るも無残な瓦礫の山だ。


「さり」

「どうしたの……本当にどうしたの!」


 声もなく泣いている美代が、自分の頬を思いきりつねり、眉をきつく寄せていたのだ。沙理は慌ててポケットの中からハンカチを取り出し、少々乱暴に涙を拭いてやる。


「そんなに、怖い夢を見たの?」

「……わかんない。夢だったのかなぁ? 夢だったとしたら、すごく辛くて、苦しくて……でも、すごく、幸せな夢だった」


 ギリギリと力いっぱいつねった頬は、熱を持ち、焼けるように痛かった。目の前に死んだはずの沙理がいるのは間違いなくて、それでも崩れている校舎が、物語っている。

 ボンドッツと出会った日からの出来事が。

 ぽっかりと、無くなってしまったらしい。


「そっか。あんたが泣きたくなるくらい、幸せな夢だったんだ」

「うん」


 深く聞かず、ただ微笑んでくれる沙理が、ありがたかった。目が腫れているのがわかって、手の甲を押し付ける。冷たい自分の手が気持ちいい。


「ありがとう、沙理。えっと、また、明日?」

「無理しないようにね」


 沙理と別れ、美代は全力で走った。息が上がり、足がもつれ、転びそうになっても決して止まらずに町の中を駆け抜ける。

 道中で何事かと言わんばかりに凝視されたけれど、気にもならなかった。目指すのはただ、知っている懐かしい家。


「おかえり、美代」

「おかえりなさい」

「父さん、母、さん……!」


 耐えられなかった。耐えようと思っていたのに、いざ二人の声を聴いて、顔を見てしまうと決壊してしまった。

 まるで幼子のように声を張り上げて泣いてしまった自分を、目を丸くしながらも両親は優しく包み込んでくれたのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 神様の元に居た時の体調不良が、いま降りかかってきたのか。はたまた大声で泣き続け、そのまま倒れるように眠ってしまったからなのか。

 美代は結局、熱発して学校を休むことになった。ベッドの中で、いつの間にかカバンについていたブローチに手を伸ばす。

 よく手に馴染んでいるこれは、間違いない。ウィングの羽根だ。


「ありがとう、神様」


 羽根を手に、短く詠唱をすると、美代は学校の裏山に出てきていた。焦土になっている空き地に掌をつけて治療術リペを唱える。


 見る間に草の芽が生え始め、火照った頬を緩ませた。


 魔術が使えたということは。間違いなく、自分がガーディアンとして旅をしていたことの証明で、ニルハムの人間であることの証なのだ。


 ブラックが起こした地震では、火炎族以外の死者はいなかった。その次に起こした惨劇では、シャロムの人がおそらく、大勢死んだ。

 交わるはずのないニルハムの人間がシャロムの人間を殺してしまった。それが、分岐点となったのだろう。


「忘れない。私は忘れない。みんなのこと、冒険のこと」


 書いたはずの日記も、空 魔 箱マジック・ボックスから出して確認してみるとまっさらになってしまっていた。

 しかしそれに、何の問題があるのだろう? 時間はこれから、あふれるほどにあるのだ。


「冒険のことを書いたら、物語みたいになるんだろうなぁ。どうしよう、沙理に見せたらどんな反応をするだろう?」


 知ってもらいたかった。自分が、無くなった時間で経験したことを、出会った人々のことを、愛した人々のことを。

 夢物語だと言われてしまっても仕方がないだろうということは、重々承知の上だ。


「よし、書こう! 今すぐ書こう!」


 思い立ったが吉日。熱発で学校を休んでいるという事実は、すでにどこか遠くへ放り投げた。もう一度瞬間移動術レガ・ハラフを唱えると椅子を引き、机に向かう。

 美代は真っ白な日記帳を広げ、ペンを持った。書き出しはどうしようかと、頬杖をついてニマニマと笑う。


 脇に置いた羽根が、一瞬だけ、かすかに光を放った気がした。


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