~閑話~ ちょっとお話をしてみませんか?
今日は珍しく町中の宿にいた。
連日、魔力をあててもらって羽を出し、消えてしまうまで動かす練習、自然に出来るようになってからは飛ぶ練習をしていたのだが、慣れていないせいか思った以上に体力を消耗してしまっていたらしい。
シャドウからストップをかけられて、大人しく近くの町で休むことになったのだ。
月がすっかり昇り切った頃、ぱちりと目を覚ましてしまった美代は苦い表情で頭を掻きながら静かにブラックの腕を抜けた。自分の代わりには枕を置いて、あくびを漏らしながら廊下に出る。
「夜中に起きるのが癖になってるなぁ……。あれ、ボンドッツ?」
「おや、美代さん。休めなかったんですか」
「ううん、なんとなく目が覚めちゃっただけ。ボンドッツこそどうしたの?」
宿の外に置いてあるベンチに腰を掛け、星空を見上げていたらしいボンドッツに声をかければ、振り返って窓越しに返事をくれた。わざわざ玄関に回るのも面倒くさいので瞬間移動術を唱えて外に出れば、なぜだか苦笑されてしまう。
「まったく、あなたもブラックも面倒だからと……」
「ボンドッツも使ってるくせにー」
「私が使っているのは魔道具です、魔力の消費量は比較になりませんよ」
小言のように呟きながらも、隣を空けてくれた。遠慮なく腰を降ろせば再び星空に視線を運び、バンダナに優しく触れる。
「ボンドッツっていつからリンの事を好きだったの?」
「と、唐突になんです!」
「え、小さい時からずーっと一緒にいたんでしょ? それに大好きだった、って言ってたし。いつからなんだろうって」
「わ、わたくし、そんなこと言いましたか……?」
「擬似世界で言ってたよ? ダークとシャドウを助けに行く前、洞窟の中で」
「なんですってぇええ!」
まさか勢いで言ったのか、自覚しないままの発言だったのか。
体を小さくし、膝の間に抱えた頭を挟みこんでしまったボンドッツは、生身の体であれば顔から火を吹いてしまう程度には真っ赤になっていたかもしれない。悶えている彼を見て必死に笑い声を殺し、自身は胸元へ手を運ぶ。
「それにリンも、ボンドッツの事が大好きだったよ。何を話すにも、まずボンドッツの名前が出るんだもん」
「そ、ういうあなたこそ、ブラックの事を愛していらっしゃる」
「そうだねぇ、不思議なもんだよ。私はきっと、誰の事も好きにならないで一人で死んでいくんだろうなって思ってたからさ」
ビクリと跳ねあがった肩に、美代は首をかしげると軽く手を振った。なんとなく怯えるように揺れているアクアマリンの瞳に笑ってしまい、星空を見上げる。
「変な意味じゃないよ。もしブラックに会ってなかったら、私はあのままシャロムに居て、周りが歳を取っていくのに自分だけ時が止まってしまうのも知らないまま、父さんや母さんと生活して、信頼できる友人は沙理だけで。
本当に、なぁんにも知らないまま。周りに置いて逝かれて、怯えながら生活していくことになってたんだろうなって。そう思ってさ」
「……そもそも、あの人族しかいなかったような世界で。妖精族だと気付かれたら、大変なことになっていたのではないですか?」
「本当、どんな目に遭わされるかわかんないねぇ」
クスクスと口元を押さえて笑い始めた美代に、ボンドッツはバンダナを外すと愛おしそうに見つめた。唇をそっと触れて、目付きを和らげる。
「リンとは、生まれた時から一緒だと言っても過言ではありませんでした」
「……まさか、生まれた日が一緒?」
「いえいえ! 私の方が半年ばかり早いです。ですがまぁ、些細な差ですよね」
「ドゥクスさんはもう、その時には兵士長を?」
「どう、でしょう……少なくとも私がシャダッドに捕らわれた時には、兵士長の地位にいましたね。私も何事もなければ、そのまま兵士として訓練を受けてリンの護衛の一人としてお傍にいることになっていたとは思うのですが」
「どっちがよかったんだろうねぇ、捕まって体を弄り回されて一緒にいられたのと、平和に生きて引き離されるの」
一瞬、殺意が籠った視線を送るが、美代が遠い目をしているのを見て深呼吸をした。今の言葉は嫌味やからかいなどではなく、彼女の中で生まれた純粋な疑問なのだと思い直してバンダナを握る。
長いため息を漏らして、ゆるりと首を振った。
「わかりません。結局彼女は、私を残して逝ってしまわれましたから」
「……ダークネスにも言ったけどさ、私はこうして、みんなと会えてよかったと心から思ってるよ。リンもそうだったんじゃない? もしそう思ってなかったらさ、今頃ボンドッツもリンも、ドゥクスさん達と一緒にアダマースに入ってるよ」
「……そうですね、えぇ、きっとそうです」
頬杖を突きながら悪戯っ子のように笑う美代に、ボンドッツもようやく微笑んだ。バンダナを持つ手は柔らかく、首元に巻きなおして大きく空を見上げる。
ふと、手首にないブレスレットを見て、美代は目尻を下げた。
「宝石は、手首に埋め込んだままなの?」
「宝石? あぁ、魔道具の……そうですね、壊れてしまいましたから」
「リンと、お揃いだったのに」
「仕方がありませんよ、彼女の形見が無事に遺った、それだけで充分です。それにあなたの方こそ、お母様の形見を失っているでしょう」
「そうなんだけどさ。顔も知らないし、名前もダークから教えてもらったくらい、母様に関してはなぁんにも知らないからさ。あんまり、実感がわかないや」
嘘をついているわけでも気を使っているわけでもないのに、ボンドッツの表情は晴れなかった。年上を相手に失礼だとは思いながらも頭を撫でてみれば、予想した通り不機嫌そうに眉を寄せてしまい、何となく彼らしい顔になったと頬を緩める。
「それにしても、ボンドッツとは色々あったよね。……ありがとう、私に色んなきっかけをくれて」
「嫌味です?」
「まっさかぁ! だってボンドッツがいなかったら、平和ボケしたままニルハムに来ることになってたよ? 戦うことはもちろん自分の身を守ることも出来ずに、何も覚悟が出来ないままに冒険を進めていって、どこかで折れちゃってたと思う。自分の事は嫌いなまま、他人を信用するのが怖いまま。自分の種族はわからないまま!
それらを変える機会をくれたのは、ボンドッツだと思ってるよ」
相変わらず不機嫌そうな顔をしているけれど、これだけ一緒に旅をしていると表情の違いが判る様になってくる。
これは単なる、照れ隠しだろう。小さく笑えばそっぽを向いて、バンダナに触れるとエペの柄に手を乗せた。
「明日も獣道を行くのでしょう? そろそろ休むようにしましょうか、私たちは平気でもあなたが倒れてしまいます」
「付き合ってもらってごめんね、本当……なかなか、力が安定しなくて。なんでかなぁ? 妖精としての力が目覚めるのが、こんなにも遅かったからかなぁ」
「落ち込むことはないと思いますよ、のんびりいきましょう? これからまだまだ、時間はあるんですから」
ニヤリと笑いながら言った彼の言葉に、一瞬キョトンとしてしまったけれど、すぐに真意に気が付いて同じような笑みを返してしまい。
先に姿を消してしまったボンドッツを見送って、もう一度夜空を見上げると自身も呟くように瞬間移動術を唱えるのだった。




