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冒険記  作者: 夢野 幸
シャロム編
11/138

発生したハプニング


 メリーゴーランドに乗っては、ヒョイヒョイと乗物から降りようとし。

 コーヒーカップに乗れば加減なく円盤を回してしまい、危うく吹き飛びそうになった美代の体を慌てて支え。

 迷路に入れば一切迷うことなく出口にたどり着いてしまう。

 そんなブラックに、美代は苦い表情を浮かべてしまった。彼はあまり表情を変えないままやはり周囲を見ており、手だけは離さないようにして次のアトラクションに向かう。


「ブラック、楽しい?」

「美代美代、あれなんだ?」


 指の先を見てみると、ソフトクリームが売ってあった。店の前まで連れて行ってみると瞳を輝かせ、とりあえず楽しんでいるらしいことが判ってホッとする。


「すみません、ソフトクリームのバニラを一つ!」

「はい、四百五十円ね」


 美代は自分のお小遣いからそれを払い、ブラックに渡した。彼はキョトンとしながらそれを受け取り、促されるままに口へ運ぶ。

 一口舐め、ギョッと目を見開き、顔から離して上下左右からマジマジと見つめ始めた。ツーッと溶け始めた分が指に流れ、ビックリすると慌ててなめとる。

 口に合わなかったのかと眉を寄せながら見上げていると、彼は口の周りが白くなるのも気にしないように、ソフトクリームを食べ始めた。ふと視線に気づいたのだろう、自分が食べているそれを見つめ、突き出してくる。


「美代も食べる? これ、すっごく美味しい!」

「よかった、じゃあ私も少しもらおうかな」


 お昼ご飯の事を考えると、新しく買って食べるのは量が多いような気がした。ブラックが差し出してくれているソフトクリームに口をつけ、少しかじる。歩き回って熱さを感じていた体に、ひんやりとした感触が心地よかった。

 そうして一口もらった後、ポケットの中からハンカチを取り出して自身の口の周りを拭き、腕を伸ばそうとして止めた。


「ブラック、ちょっとかがんで」

「ん?」


 モグモグと、すでにコーンまで食べ進めていた彼は躊躇いなく腰を落とした。美代が口の周りを拭いてやると目をキュッと閉じ、眉を寄せる。


「……はい、これで良いよ。食べ終わったらさ、ジェットコースターに行こうよ! それからご飯を食べに行こう?」

「ん」


 残っているコーンをポイと口の中に放り込み、ふにゃりと柔らかい笑みを浮かべているブラックを見上げながら。美代は彼の手を掴むのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


『最後尾・二時間待ち』

「うっわー! 二時間も待ってたら、お昼ご飯がおやつの時間になっちゃいそう!」


 目当てのジェットコースターにたどり着き、スタッフが持っているプラスチック板を見て美代は思わず声を上げてしまった。ジェットコースターへの入り口を見ようにも人が多すぎてみることも出来ず、ブラックを見上げてみる。

 彼は違うところを見ていたが、視線に気づいたのだろう、ヒョイと顔を向けた。


「どうしたんだ?」

「えっとね、今はすごく人が多いから、これには乗れないみたいなの。ブラックはいま、何を見てたの? 気になるものがあった?」


 訊ねてみると、彼は先ほど見ていたところに再び目を向けていた。美代も視線の先を追って行き、思わず背を震わせる。


「なんかさっきから、入って行ったら叫びながら出てきてるんだけど、あれ、なに?」

「お、お化け屋敷、ね……。まぁ、入ってみたら、わかるけど……」


 ジーッとそれを見ているブラックの目は、他のアトラクションを見ている時と比べてどこか楽しげだった。美代は苦い表情を浮かべ、気づかれないよう静かにため息をつく。


「行ってみる?」

「いいのか? 大丈夫?」

「そう、だね。うん」


 握る手に込められた力の意味を、このときのブラックに知るよしもない。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「もおおおお! どんな建物か知ってるんだから、言ってくれればいいのに!」


 お化け屋敷を飛び出して来たブラックの腕には、ぐったりと気を失う美代がいた。どこか休ませる場所を探すためにそのまま走り、どうにかベンチを見つけてそこに横たえる。




 建物に入る前から、どこか美代の様子がおかしいことには気づいていた。それでも中に入るために必要なものを教えてくれ、どういうものがあるのか解らない自分を連れて行ってくれた。

 進むと途端に辺りが暗くなり、赤い光だけが周囲を照らしていた。道が全く見えないわけでもないので普通に歩こうとするも美代に腕を引かれ、そちらに視線を向ける。


「美代、大丈夫?」

「………」


 無言のまま、美代はわずかに足を動かした。彼女に合わせるよう自分も足を進め、ふと前方に見えた塊に目を凝らす。

 それは、作り物の生首に赤い液体をべったりとつけたものだった。一見して偽物とわかるそれに呆れながらも、足を止めてしまっている美代を見る。


「なぁ、前のやつらって、あれを見て叫んでた……美代?」


 顔から血の気を無くしている彼女はただ、生首を凝視していた。呼びかけにも答えないようにしている彼女が心配になり、再度声を掛けてみる。


「美代、どうしたんだ」


 ポンと肩に手を置くと、短く息を飲んだ。肩どころか全身が跳ね上がり、ガッチガチに固まった筋肉を無理やりに動かしているせいか油が刺さっていないブリキの人形のように振り返る。


 そしてそのまま、声もなく気を失ってしまったのだ。

 



 美代を横たえてもベンチには一人が座れるだけの空きがあり、ブラックは腰を掛けると彼女の頭をポンポンと撫でていた。とりあえず胸部が規則正しく上下しているので、驚いて気絶したのだろうと結論付ける。


「……入りたくないんなら、そう言ってくれればいいのに。ちっとも面白くなかった」


 美代の顔を覗き込み、顔にかかっている髪をそっと掻き分けた。眠る彼女の頬をつつき、表情を緩める。


「なんで、男の子だと思ったんだろ……」

「ん……」


 美代がゆっくりと目を開き、ブラックは体を起こした。美代も同じように起き上りながら頭を振り、弱い笑みを浮かべる。


「私、どうしたの?」

「気絶してたんだよ、大丈夫か? ごめんな、何か飲み物を買ってこようか」


 眉をハの字に寄せながら立ち上がり、財布を取り出した。一緒に立ち上がろうとした美代の頭を軽く押さえ、クシャクシャと撫でまわす。


「ここで待ってろよ、飲み物はなんでもいい?」

「うん、じゃあ待ってるね。ブラックに任せるよ」

「わかった」


 素直にうなずいた美代に、ブラックは口の端を軽く上げ、近くの店をめざし歩き始めるのだった。


 飲み物を両手に戻ってきたとき、美代の姿はそこになかった。思わず目を丸くしてウロウロと辺りを歩き回り、きつく眉を寄せていく。


「美代―、美代―!」


 声をあげてみるも、返事すらなかった。一瞬ためらいを見せながらもゆるく目を閉じ、深呼吸をする。


「……あっちにいる!」


 と、コップを塀の上にこぼれるのも構わないようにして置き捨て、人の隙間を縫うように走り始めるのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・



 ――場所は変わり、同時刻。


「いいの? 本当に大丈夫?」

「心配性だな。問題ないって言ってるだろ、はぐれちまったものは仕方がねぇ、ふらふら遊んでたらそのうち合流できるかもしれないしな」


 美代とブラックが着いてきていないのにサッサと進んでしまったバーナーに、沙理は心配そうな、不安そうな表情で言葉を投げかけ続けていた。そんな彼女にそろそろ呆れながら、彼女が乗りたいと言ったアトラクションの列にはキチンと一緒に並んでやる。

 元々、二人とは別行動をするつもりでいたので、遊園地に入ってすぐにイフリートを召喚していた。どうやら美代には気づかれた可能性が高いものの、その程度で予定を変えるつもりは全くない。


(さて、この人ごみでどう動くのか)


 自身の部屋に居候させている間、ずっとブラックの事を見ていた。その時は彼が特に攻撃的な行動をすることはなかったが、結局なにが目的でここにいるのか、どれほどの力を持っているのかを知ることは出来なかった。


 人ごみの中で彼が何をするのか、平静でいられるのか、自身に害を成す者がいた時にどういった行動をとるのか。それを知るには自分が監視していない状態で彼の事を見る必要がある。

 そう思っていた矢先にこの旅行の話は、調度良い機会だった。


「ねぇー、炎緑さんー」

「尚人でいい。さんもいらん、普通に呼べ」

「ずいぶん乱暴な言い方をするなぁ。ま、私も気を使わないでいいならそっちの方がいいや!」


 ニッコリと笑いながら言う沙理から視線をそらし、バーナーは今並んでいるアトラクションを見上げた。イスに座った状態で、紐に吊られながらグルグルと回転するそれは「空中ブランコ」というらしく、アトラクションの内容よりもどのような仕組みで動いているのかに興味が向かう。


(ここは、ニルハムとは違って発展の仕方が異常だ。もし、向こうでここまでの文明の発展があったら……想像もしたくない)


 そうして見上げていると、自分にしか聞こえない鳴き声が耳に届いた。目を凝らしてみると空中ブランコよりも上空に相棒の姿が見え、バーナーは眉を寄せる。


「……沙理、ちょっと悪い。オイラはいったん列を抜ける」

「どうしたの? もしかして、トイレ?」

「そう言うことにしておいてくれ」


 ポンポンと頭を軽く叩き、人の波を掻き分けるようにして列から離れた。


 たった今イフリートから得た情報は、残念なことにブラックに関することではなく、美代に関することだったのだ。


「男二人組に、さらわれただと?」


 それも調度、ブラックが彼女の傍を離れた直後らしく、イフリートは迷った結果それを報告に来てくれたらしい。場所も解っているようで、建物の陰に隠れるとイフリートを腕へ止める。


「ありがとうな、あとはゆっくり休め」


 伝えると彼はバーナーの肩へはばたき、一度体を摺り寄せるとその姿を炎に戻した。それはゆっくりとバーナーの周りをただよいながら、体の中へと入って行く。


「さて、面倒なことが起きる前に行かねぇと」


 と、イフリートが示してくれた方向を見据え、足音も静かに走り始めた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「なぁ、お前さぁ。本当にこいつに倒されちゃったわけ? だっせぇ!」

「うるせぇな。重心がどうのこうの言って、いきなり突進してきたんだよ。じゃあなけりゃこんなガキに負けるわけねぇだろ」


 下卑た笑い声を上げながら缶酎ハイをあおる青年二人の背を見ながら、美代はきつく眉を寄せていた。後ろ手に掛けられた手錠はどうやら子供のおもちゃではないらしく、口に貼られてしまったガムテープに低いうなり声を上げる。

 

 ブラックが飲み物を買いに行くといって、離れた直後だった。背にとがったものが当てられ、ウィングになってしまったその日に退治したかつあげ君と、その友人らしい青年が両脇に腰を掛けてきた。


 そしてそのまま、声をあげれば刺すと言われ、従うように立ち上がり遊園地の封鎖されている一角、取り壊される予定らしいミラーハウス跡地に連れてこられたのだ。

 二人が出口側で宴会を始め、自分自身は手錠にて柱につながれてしまっている以上、怨めしそうに睨むことしか出来ない。


「さて、目上の奴をバカにしたらどうなるか、しーっかりしつけてやらないとな?」

「そうそう、しつけは大事よねー」


 と、青年二人は先ほど自分の背に押し付けていたカッターナイフをちらつかせながら、体を捻るように振り返った。美代はそんな彼らよりも、出口に現れた人影に目を丸くする。

 どうやら光を遮る陰に反応も遅く気づいたらしい彼らも、前を向きなおした。


「なんだ、てめぇ」

「おいおい、兄ちゃん。どうしたよその髪? ライオンのたてがみかってーの!」


 瞳に冷たい光を宿し、髪をざわつかせながらそこに立っていたのはブラックだった。小馬鹿にしたように笑っている青年には一切目もくれず、奥で身動きを取れずにいる美代に視線を止めている。


「……美代になにをしたの」

「あ? なに言ってんの?」


 呟くように言った彼に、二人は立ち上がると肩を怒らせながらブラックへと詰め寄った。ニヤニヤと口の端を上げている青年たちにブラックの髪の毛は一層うごめき、目つきを鋭くしていく


「美代に、なにをしたのかと聞いてるんだ!」


 激昂したその瞬間、青年たちの体が吹き飛び、建物の奥の壁に叩き付けられていた。ブラックは忌々しげに舌打ちをすると呼吸を荒げ、ゆらりと歩み寄っていく。


「美代、ブラック!」


 その足を止めたのは、バーナーの声だった。ブラックの体を押しのけると美代に掛けられている手錠を右手で握りしめ、左手はそっとガムテープを剥いでいく。


「ブラック、落ち着け、とりあえずそいつらが死んでないか確認しろ。美代、今からオイラは炎でこいつを溶かす、安心しろ、炎が焼くのは枷だけだ」


 短く指示を出し、美代が何を言う間も与えずに手錠を溶かしてしまった。自由になった美代は立ち上がり、青年たちの事を渋々見ているブラックへ駆け寄る。


「大丈夫、死んでない。美代、大丈夫?」

「わ、私は平気だよ。だけど、でも」


 キュッと眉を寄せ、口早に何かを伝えようとしているのは判った。バーナーはそんな美代の背に優しく手を置き、とりあえず外に出るよう促す。


「ブラック、襲眠鬼ソメイルは使えるか」


 すれ違いざまに小声で問いかけると、彼は小さく頷いた。言いたいことも解ったのだろう彼が青年たちの傍に行くのを見送り、封鎖地帯を抜ける。


「落ち着いて、考えをまとめてから言え。お前ならそれくらい出来るはずだ」


 言うと、美代は大きく深呼吸をした。しばらく目を閉じてうつむき、不意に顔を上げる。ブラックも調度戻ってきているのが見え、乾燥している唇をチロリと舐めた。


「私、ウィングになれなくなってる」

「……なんだって?」

「風が使えなくなってる、ウィングになろうと思っても、なれなくなってる」


 困惑した声はただ、三人の間を冷たくすり抜けていくばかりだった。

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