怒り心頭です
スノーを膝に抱えているボンドッツは、先ほど目を覚ましてから黙ったきり、こちらに背を向けて胡坐している美代の背中を見ていた。ドクドクとうるさい心臓は幼子のものだと思いたいけれど、残念ながら鼓膜の奥から聞こえてくるので自身のものだろう。
シャドウから襲眠鬼を重ね掛けされたにも関わらず、三時間程度で気が付いた美代は。
背中越しでもわかる程度には、憤っていた。
「……その、美代さん」
「なに」
「お怒り、でしょうか」
「ボンドッツに怒っても仕方がないでしょ。一人で残っちゃったダークと、襲眠鬼をかけたシャドウには怒ってる」
振り返ることなく淡々と言った彼女に、肩を落としかけたけれど思い直した。
「元はと言えば、あなたが一人でダークネスと戦っていたから……!」
「だってもう、これは私と魔族の戦いになっちゃったから。ラオエンが言ってたじゃない、ブラックはもうどうでもいいって」
「あなただけの戦いではないでしょう!」
頑なに振り返らない美代の腕を引っ張れば、眉をきつく寄せながらようやく顔をこちらに向けた。
見る間に目を丸くした彼女だが。自分が今どんな表情をしているのかは、わからなかった。
「あなただけの戦いなものか、私だってリンを殺された……幼いころから共に居て、えぇ、身分も立場も違ったけれど大好きだった彼女を殺された。シャドウ様やダーク、ブラックにとっては家族を。あなた方にとっては仲間を殺されている。
それなのに我々は関係がないと、そう仰るつもりですか!」
「……ごめん」
静かに目を伏せ、もう一度遠くを眺めた。スノーから頬を撫でられてからやっと美代の腕を放したボンドッツは、大きく息を吐きだして同じ方向を見る。
「とりあえず、ブラック達との合流を」
「ううん、ダーク達を助けに行こう」
「美代さん!」
「もう少し、ダークネスの魔力に触れたい。……なんて言ったらいいんだろう、さっき戦った時に、すごく体が熱くなった。血が騒ぐって言ったらおかしいけど、私の体の中で何かが変わろうとしてた。
ラオエンから魔力を中てられて、私は妖精族としての血が目覚めたよ。同じことが起きようとしてたんじゃないかな」
真剣な声音に、ボンドッツはスノーを抱える腕にわずかばかり、力を込めてしまった。
たった一人でダークネスと戦い、最後の純血という不死性がなければ死んでいたかもしれない彼女が、恐れも見せずもう一度戦いに行きたいと言うのだ。
「だからボンドッツ、私のわがままに付き合ってくれる?」
「……本当に、ほんっとうに仕方がない人ですね」
「うん。仕方がない私でごめんね」
困ったように笑いながら否定しない美代に、ついに自身も笑ってしまった。
魔族に対抗する戦力としては不安しかないけれど。どうやらやるしかないらしい。
「とりあえず、ダーク達と別れたところまで行こう。そこからは自力で捜さなきゃ」
「わかりました。では、美代さん」
手を差し出せば遠慮なく抱きついて来る彼女の体をしっかりと支え、呼吸を整えて詠唱をする。
フワリと体が浮いたのを確認すると、ボンドッツは飛んで来た道を全力で戻るのだった。
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実に不愉快だった。
美代たちが見つからないことに対してもそうだけれども、今はそれ以上に刺さってくる視線が不愉快だ。見ている本人は気付いていないとでも思っているのか、無言である。
「……さっきから何」
「う、お。すまん」
思ったよりも声が低くなったせいだろう、黒疾はひどく驚いているようだった。心眼を開いていた疲労も幾分回復しているし、もう一度開いてみようとは思うけれど、一番近くにいる人間が何を考えているかわからない以上、使いたくはない。
「ずーっと見てるでしょ。なに、オレが何かした?」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
「じゃあ、なに」
「そう突っかかるなよ。その、お前……出身はどこなんだ」
音をたてて青ざめ、唇を引き締めて震え始めたブラックに、まずい事を訊いたと顔をこわばらせた。手を頭に伸ばしてみると肩を跳ねて体を縮め、きつく目を閉じてしまう。
極力刺激を与えないよう優しく乗せれば、目尻に涙を溜めながら見上げられた。
「すまん、嫌な記憶だったか?」
「……オレは、捨て子だから。シャドウとダークがオレの親だ。きっと本当の両親は、オレが心眼を持ってて念動力もあって、魔力もあって……化け物、みたいだから。捨てたんだ」
化け物、という単語が口からするりと零れ落ちた瞬間、背中が震えた。深くうつむいてしまった彼の事を落ち着かせるように撫でてやり、胡坐した膝の上に引っ張っていく。
普段なら確実に突っぱねるだろうに、大人しく収まってしまった彼は、過去の事を思い出したせいで随分と弱っているのだろう。
「あー……なぁ、もしもの話しだ。お前の本当の両親が、どうしようもない理由でお前を捨てないといけなかったとする。それで、成長しただろうお前を捜していたとするぞ?」
「ありえるもんか」
「いいから聴け。実の、血が繋がった両親が現れたら、お前はどうする? どうしたい?」
「……わからない。だって、これまで想像したこともないから。オレは忌まれて、気持ち悪がられて……捨てられたんだって。そう、思ってきて。
だから、今更……そんな人たちが出てきても、オレはきっと親だって思えない。さっきも言ったけど、オレの親はシャドウとダークだもん」
なぜだか複雑そうな表情を浮かべる黒疾にムッと眉を寄せ、膝から降りると立ち上がった。何度か深呼吸をして緩く目を閉じ、静かに首を振る。
「やっぱり美代の声が聞こえない。さっきよりも雑音がひどいみたい、別の方向に行ってみよう?」
「わかった、お前の勘に任せる。……辛い事を思い出させたようで、悪かった」
「べつに。もう大丈夫だから、シャドウ達がオレをちゃんと人にしてくれて、美代たちが受け入れてくれて。それだけあれば、充分だ」
それはきっと、強がりでもなく微笑んでいる彼の本心なのだろう。
先に歩いて行ってしまったブラックの背中を見つめ、ため息交じりに頭を掻くと黒疾もようやく立ち上がるのだった。
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とりあえず元の場所に戻ってきた美代たちは、地面一杯に広がる血痕を見て、顔色を悪くしながらも周囲を探索した。しかし瞬間移動術を無詠唱で使っているような一族が相手では手がかりなどあるはずもなく、二人は顔を合わせて肩を落とす。
「どうしましょう……」
「どうしたものかねぇ……」
「まぁるいおじちゃん、向こうにいるよ?」
ボンドッツの腕の中で、スノーがヒョイと顔を上げた。まぁるいおじちゃんとは誰の事か、訊ねる必要もないだろう。
「ダークネスのいるところが、わかるの?」
「うんと、こっち!」
身軽に腕から抜け出して、小さな体で駆けていくスノーの後を二人はすぐに追いかけた。時折立ち止まってこちらを確認してくる姿は可愛いけれど、彼の足では進む速度が少々遅い。ボンドッツがヒョイと抱え上げれば嬉しそうに抱き着いて、進行方向を静かに指さしていく。
たどり着いたのは山のふもとで、正面には岩壁が立ちはだかっていた。スノーの視線はその壁の奥に定まっているようで、二人は顔を見合わせる。
「スノー、この山の向こう側?」
「ううん、なか!」
「ですって……」
「なら、話しは早いさ」
小さく笑い、岩壁に掌を当てた。何をする気かと見ていれば詠唱が始まり、止める間もなく斬 裂 血が発動する。
妖精族の彼女が唱えたそれは、自身が使うものよりも威力が数段高いように感じた。
「ちょっと美代さん! もう少し慎重に……!」
「もともと、魔族が作った世界にいるようなもんだよ? ラオエンが出てこないのが気になるけど、どうせこっちがいる場所は把握されてるって。……私の事は特に、ね」
岩一枚で隠されていたらしい洞窟が露わになり、目付きも鋭く中を見つめる美代にボンドッツは呆れたようなため息を漏らした。スノーは首元にしがみついたまま、少しだけ心配そうに見上げてくる。
「……ボンドッツ、これからダークネスと対面することになるよ。きっとダークもシャドウも捕まってる。無駄だとはわかってるけど、一応訊ねておくね。
スノーと一緒に、安全な場所に逃げてくれる?」
「無駄だとお解りならば、私の返事も無論、承知の上ですよねぇ?」
「うん、わかってた」
ふんわりと微笑んだ美代は、これから戦いに行くと言うのに緊張などしていないようで。
ボンドッツも思わず小さく笑ってしまった。
洞窟を進み、光 球なしでは周囲が全く見えなくなるほど奥まで来たとき。
美代が突如座り込み、ボンドッツはスノーを降ろすと背を撫でた。ヒュウヒュウと苦しそうな呼吸音を漏らしながら顔を歪めている彼女に、血液なんてないに等しいのに血の気が引くのを感じる。
「美代さん、大丈夫ですか」
「……魔族の、魔力が、濃い……。離れてて、壁を、張って、守って」
途切れ途切れな言葉だったけれど、ボンドッツはうなずくとスノーを抱えて距離を取り、幾重にも魔 弾 盾を唱えた。自身を抱きしめるように回された腕が徐々に緊張していき、唸り声を上げる彼女の後姿にきつく口を結んでしまう。
何重にも張ったはずの魔 弾 盾に、殴られたかのような衝撃が走ってスノーを庇うよう身をかがめた。生身で受けていたら皮膚が爛れていたかもしれない魔力の波に息を詰め、恐る恐る顔を上げる。
――波が治まって、ようやくまともに美代の姿を見られるようになった頃。
美代の背には、光を受けて虹色に光る半透明の羽が、二対生えていた。
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トサリ、と軽いものが落される音に、ダークは噛ませられた木の棒を噛みしめた。
ダークネスに一人だけ連れてこられ、せっかく自由になった口を再び封じられて首枷で床に短く繋がれた。いくら抵抗をしたところで、人間と同じ詠唱をしなければ魔術を使うことも出来ない自身では父親には敵うはずもなく。
人質にされてしまい、シャドウがダークネスに魔力を明け渡しているのを止めることも出来なかった。左頬を伝うものがなにか知ることも出来ず、地面に落とされたのだろう彼に声をかけたくとも唸り声しか出せない。
ビリビリと肌に刺さる魔力を感じ、思わず肩を跳ねてしまえば、父が小さく笑う声が聞こえた。縄を軋ませながらわずかに体を起こし、声のあたりに顔を向ける。
「そうか、来たのだな、セイント」
楽しげに笑っている声に、思わず喉を鳴らし。
ダークは再び、口枷に歯を喰いこませた。
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「ビックリしたー。いや、ボンドッツ大丈夫だった? すんごい出たよね、魔力?」
「えぇ、まぁ、私とスノーちゃんは問題ありませんが。美代さんは……」
「大丈夫だよ。初めて羽と触覚が出て来たときもこんな感じだったし、なんかスッキリしてる」
「……あなた、人族としての姿をしている間に、魔力を溜めこみ過ぎているんじゃないです? でも使い過ぎたら具合悪そうにしていますし……何かしらの、悪い作用があるんでしょうね」
「とりあえず今は問題ないよ。うん、さっきよりもはっきりと魔力がわかる、ダークネスまでもう少しだ」
ボンドッツに手を借りて立ち上がり、軽く首を回すと光 球を唱えなおした。彼の前を歩いていると小さな笑い声が聞こえて、首をかしげて振り返る。
「どうしたの?」
「綺麗ですよ、美代さん」
「……へ?」
「なんでもありません」
いたずらっ子のように笑い、美代の隣を通り過ぎていくボンドッツの背中を思わず凝視して。
我に返ったように目をしばたかせると、慌てて追いかけた。
クツクツと低く笑う声が聞こえた気がした。
洞窟を進んでいると灯りが見え始め、広めの空間があることがわかった。両掌の光を消すと躊躇いなく足を踏み入れ、見えた光景に息を呑む。
「そうか、そうか。妖精族としての血を目覚めさせて、来たか。セイント」
「うん、来たよ。性懲りもなくあなたの魔力を身体に浴びて、妖精族として来た。……シャドウには何をしたの、ダークを……どうして、そこまで傷付けたの」
鉄の首枷をつけられて縄で短く床に繋ぎとめられ、頬に幾筋もの涙の痕を残すダークと、気を失い地面に倒れているシャドウの二人を見て美代の声は凍り付いた。ボソリと動いた口元にわずかに反応したダークネスだけれど、ただ目を細めて見つめている。
ダークの影がゆらりと動き、床に結わいつけられている縄を切った。転がるシャドウを優しく抱えあげてダークの体を支えて立ち上がらせ、自分たちの元へと連れてきてもらう。
口枷を外すと激しく咳き込み、傷が痛んだのだろう小さく呻いた。安心させるよう背を撫でてやりながら影に戒めを解いてもらい、崩れる体を見送る。
「シャドウからは魔力をもらい、ダークには魔力石を埋め込んでやっただけさ。その時のちょっとした事故で、左目が潰れてしまったがね」
「そう。大事な仲間を、友達を。何度も傷つけられて温厚でいられるほどにはお人好しじゃないと思うの、私」
「ならばどうするという、妖精族の王女よ。戦うか? 先ほど、あれだけ痛めつけられて。それでもなお、私と戦うというか!」
「そうじゃなかったら来るわけないじゃん」
鼻で笑ってやれば、嘲るような高らかな笑いを上げてくれた。思わず苛立って舌打ちを漏らすけれどすぐに眉を痙攣させ、ダークを支えているボンドッツに顔を向ける。
「洞窟の外に行く! 瞬間移動術!」
ダークネスを取り巻く魔力が、異常な程に濃くなっていたのだ。そのせいだろう姿さえ揺らめいて見えて、咄嗟に詠唱すると洞窟の外に出る。
その直後。入口が崩れ落ち、山全体が震えていた。舞い始めた土埃から逃げるために魔 弾 盾を唱えようとすれば腰元を掴まれて、上空へと向かうのがわかる。
ダークを片手で支え、美代を抱きかかえ、シャドウを抱えたスノーを首に掴ませたボンドッツが表情を歪めながらも、避難してくれたらしい。
「美代さん、ダークの治療と魔力を……! 長くは、抱えられません!」
「舞 空 術を教えて!」
ダークの傷を癒し、魔力を分けてやりながら短く言った美代に目を丸くしながらも、小さく頷いた。彷徨う手を握ってやればダークもフワリと宙に浮き、怯えるように体を緊張させて周囲の音に耳を澄ませているのがわかる。
『世界を自由に往き交う風よ 汝が偉大な力もて 我が身を空へと 誘いたまへ』
ボンドッツが教えてくれる詠唱に重ねるよう早口で唱えてしまえば、体内で魔力が少々戸惑ったような動きを見せたのを感じ、それでも宙に浮いてくれた体にホッと息を漏らした。わずかばかり治まって来た土埃に、山影のようなものがあるけれど、それがゆらりと動いて目を見開いてしまう。
「うわ……!」
「サイクロプスみたい……」
「ナニ、ガ……? ナニガ、起キテイル?」
何が起きているのか、理解が追いつかない以上、声を震わせるダークに正確な説明をすることはできなかった。それでも周りの状況がわかっていない彼を少しでも安心させるために、見えているモノを口にするしかなくて。
「ダークネスが、単眼の巨人になった。大きさは山一つ分くらい、魔力が……周囲で、はじけてる」
「ナ……! ドウシテソンナコトニ!」
悲鳴染みた叫び声に、美代は彼の頭を優しく撫でた。一呼吸置いて羽根を握り、芯を左手の親指、その腹に突き立てる。
血が流れる指でダークの唇に優しく触れ、驚いたのだろうわずかに口を開いたその隙に、ねじ込んだ。
「美代さん!」
「ナニ、ヲ! 美代殿、コレハ……!」
「父様の血を飲んでないでしょ。飲んで、どんな効果があるのかはわからないけど、絶対に魔族にとって利になる何かがあるはずなんだ。こら、吐き出さない! 飲みなさい!」
舌で指を押し出されそうになり、指を突っ込んだまま右手で口を塞いだ。命令口調になったことで反射的だろう、大人しく従い、コクリと喉が動く。
骨まで響く地鳴りは、彼の笑い声か。
「ごめん、完全に予想の範疇外なことが起きちゃった。ブラック達がこっちに気が付いてくれるまで、耐えられそう?」
「何を、今更。やるしかないでしょう?」
口の端をわずかに上げ、スノーをダークに預けながら言ったボンドッツに対して申し訳なさそうに笑みを浮かべてしまい。
地響きを起こしながらゆっくりとこちらに振り返るダークネスを鋭く睨みつけるのだった。




