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冒険記  作者: 夢野 幸
魔族編
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この目に光が見えずとも


 あまりの静けさのせいで耳が痛くて、それでもただ無心になることだけを考えないといけなくて。


 ブルーは雷斗の服を握りしめ、きつく目を閉じていた。長いため息が聞こえて思わず顔を上げれば、血の気を無くして真っ青になっているブラックが頭を抱えているのを見てしまう。


「聞こえない。美代の声が、聞こえない。ザワザワしてる、えぇっと……ラオエンが、ぎじ世界? って言ってたよね。だからなのかわからないけど。心眼を開けば開くほど、雑音しか聞こえない」


 座り込むブラックを支えるよう黒疾が肩に手を回し、目元を痙攣させながらバーナーを見た。彼は頭を掻いて大きく息を漏らし、イフリートを腕に止めて周囲を見渡す。


「仕方がない、足で捜す。雷斗はブルーを、黒疾はブラックを頼んだ。オイラは一人でいい」

「オレも、一人で行ける」

「心眼を開いて、心身ともに疲れているはずだ。今は少しでも休んで回復に集中してくれ、もし何かがあった時に必要になるのはオイラ達じゃない、お前の力だ」


 黒疾を押し退けて立ったブラックの体を軽く押せば、あっけなくバランスを崩して倒れかけた。悔しそうに俯く彼の背中を優しく撫で、支える黒疾を見上げる。


「頼んだぜ」

「無茶すんなよ、死神」


 茶化すように笑われて、バーナーは脇腹に軽く拳を突き出した。それを甘んじて受けた盗賊団頭はなおも渋るブラックを引きずる様に連れて行き、雷斗もブルーの手を引いて別の方向へと歩き出す。

 一人で歩き始めたバーナーも、威嚇して羽根を膨らませるイフリートを落ち着かせるよう背中を撫でてやり、歪んだ笑みを浮かべた。


「出て来いよラオエン、オイラに何の用だ?」

「……あの中では、お前が一番冷静だっただろう。ブラックや他の者の前に姿を見せれば、話しもできん」


 空間を歪ませながら現れたラオエンに、バーナーは表情を変えず彼の脇腹へと目を向けた。喉の奥で笑って服を燃やしてやれば、痙攣するように眉を動かす。


「高評価をいただいたようで。……綺麗に残ったなぁ? あぁ、図らずお揃いだ」


 リンを殺された時。その時に自身が貫いた傷跡が、ラオエンの腹にも残っていた。白魔術を使われた自分とは違ってまだ癒え切らないのだろう、薄い桃色をしたそこに口の端を吊り上げて、冷たい視線を送る。


「……性質たちが悪いな。どこまでも冷静なくせに、腹に抱えた感情は計り知れん」

「雑談をしに来たわけじゃないんだろ。サッサと用件を言えよ、それともなんだ? 時間稼ぎでもしたいのか?」

「そう噛みついてくれるな。これは、我々にとっても賭けなんだ」


 苦笑して視線を動かす彼につられるよう、顔をそちらに向けた。遠くにかすんで山の影が見え、怪訝そうにラオエンを見上げる。


「あちらの方角に、セイント達はいるだろう。そして、ダークネスも」

「……情報提供、どうも。でたらめじゃねぇだろうな?」

「もしそうならば、今度こそお前に殺されるだろうよ」


 吐き捨てるように言うラオエンに、眉間にシワを刻んでしまった。言うだけ言って姿を消した彼にイフリートもようやく落ち着きを取り戻したようで、軽く羽ばたきながら頭の上に座り込む。

 そのまま休み始めた使い魔に笑みをこぼしてしまい、頬を掻いた。


「行ってみるしかない、か」


 全力で向かえばすぐにつける距離だろうけれど、出来るだけ体力を温存させておきたい。

 そうすると、歩いて何時間かかるだろうか。ため息を漏らしてしまうけれど、バーナーはそのまま足を進めていった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「無様だな、ダーク」


 純白だった服を真紅に染め、虫の息で転がるダークの事をダークネスは冷たく見据えていた。半ばから折れている小太刀を握る手にわずかばかりの力を込めて、水気の混じる咳をもらす。

 それでも、口の端を動かして薄く笑った息子に、知らず目を細めていた。


「ナント、言ワレヨウト。彼女ガ逃ゲル時間ヲ、稼ゲレバ。ワシノ勝チダ」

「随分と大きく出るではないか愚息よ。魔力石こんなものがなければ姿の維持すら出来ない、哀れな子よ」


 震える指で握りしめられる小太刀をそっと奪い取り、うつ伏せに転がる体を仰向けにした。抵抗の意思を見せられる前にと構えてみれば、咄嗟に身を庇おうとしたのだろう、頭部が下がって顔面が軌道上に来る。

 それでも躊躇わず。一直線に剣を振りおろした。ダークの左目をかすめて服の胸元を引き裂いたその一閃に、悲鳴をあげかけたのだろう口が開いたけれど、唇を噛み切ったのにも気付かないよう引き締めて、両手で顔を覆い、背を震わせる。


 ネックレスにされている、血を浴びて鈍く輝く魔力石を、ダークネスは忌まわしそうに睨みつけた。


「そんなにまでして。そんなものを使ってまで人の姿でいたいのならば、奪われないようにしてやろう」


 小太刀を投げ捨てると触手を他に四本出して、ダークの両手足に絡めた。地面に縫い付けるよう抑え付ければ、意地でも声をあげまいと唇をかみしめているのが見える。

 クツリと小さく笑い、切り刻まれた全身を震わせる彼の胸元、魔力石の上に優しく触手を乗せてみれば、ビクリと震えた。


「さぁ。この魔力を、受け入れよ」

「ッ……ギ、ィッ……ィアァアアッ!」


 全身を激しく跳ねあげて、ロクに動けないはずの体で触手から逃れようと手足をもがかせて。

 盛大に血を噴き出しながら絶叫を上げたダークの胸元に、魔力石がわずかに食い込んでいた。切りつけられた左目は開くことなく、どこに顔を向けていいのかがわからないのだろう。頭を左右に振り、目尻に溜まった涙を走らせて、掠れた呼吸音を漏らしてがむしゃらに暴れる。

 嘲笑うように魔力石を埋める触手に力を込めれば、より一層の悲鳴が響き渡った。


「安心するがいい、我が息子よ。オトモダチにはすぐに会えるぞ、ひとり残らず捕えてやるからな」


 胸元に半ばほど埋め込まれた魔力石に、震える指が伸ばされた。肌にあたるはずなのに触れたのは硬くつるりとした鉱石で、短い呼吸を繰り返して肩を震わせる。


「ナ、ゼ。ワシハ、コレヲ魔道具トシ……姿ヲ、変エテイタ……! コレデハ、ワシハ……!」


 ヒクリ、ヒクリと喉を鳴らし、咳き込んでは吐血して腕を伸ばした。彷徨う手に触手をあててやれば反射だろうか力なく握ってくるけれど、それもほんのわずかの間。地面にパタリと落ちた腕に目を和らげ、四本の触手で優しく抱えあげる。


「さぁて。逃がしはせんぞ、セイント」

「ううん、美代ちゃんはブラック達と合流してもらわないと困るんだ」


 幼くも凛とした声に、ダークを抱えたまま振り返ればゆったりとしたローブを揺らしているシャドウが浮いていた。何かしら、魔力の消費が激しい術を使おうとしているのだろう。彼の周りを渦巻いている魔力の濃度に半ば目を閉じる。


「ダークを返してもらうよ」

「返すもなにも、これは私のものだ。人間のもとで痛い目にでも遭えば帰って来たのだろうこれを、奪っていたのは貴様らの方だろう?」


 全身を血に染め、肌蹴た胸元に魔力石を埋め込まれ、左目を切りつけられているダークを見ながら平然と言ってのけたダークネスに血が逆流するのを感じた。大きく深呼吸をして、掌に魔力を集中させる。


『大地に眠りし黒き者よ 大地を支えし闇なる者よ 我汝に願わん 

 汝が偉大な力もて 我と汝に仇成す全ての者に 等しく滅びを与えんことを』


黒 柱 剣ネロ・ディーオ・スパダ!」


 シャドウの何倍もの長さをした、ブラックの剣ほどはあるだろう全てが漆黒に染まっている魔力により作られた剣がシャドウの周りに幾振りも出現した。手を振ると同時に意思を持っているように揺れ動き、脂汗を流しながらもダークネスを凝視する。

 わずかに驚いたような表情をしている彼は、自身をめがけて高速で飛んでくる剣を前に、ただ小さく笑っただけだった。


「敬意を表して、同じ術をぶつけてやろう」


 ダークネスに切っ先が触れる直前。

 彼の周りに出現した同じ闇の剣に、シャドウが放った術は飲み込まれていた。


「な……」

「本来の詠唱ならば。

 大地に眠りし黒き者よ 大地を支えし闇なる者よ 我汝に願わん

 汝が偉大な力もて 我と汝に仇成す全ての者に 等しく滅びを与えんことを。

 となるところをわずかに改変し。一振りの剣をいくつも生み出せたその魔力の器、実に感心する……我々魔族でも、同じことをしようとすればは疲労するな」


 笑うように小さく揺れているダークネスを前に、シャドウは表情をこわばらせた。

 人が使える黒魔術の中では、最高難易度の術、のはずだった。その上ダークネスが言った通り詠唱を変え、普通であれば一本でも魔力を削り取られる剣を少なくとも十は出していたはずなのだ。

 それなのに。自分が出せる最大限の魔力を使って唱えた術のはずなのに、ダークネスに言わせてみれば多少の疲労ですんでしまうものらしい。


「だが、ふむ……。その魔力、魅力的だ。ぜひとも頂きたい」


 少しでもダメージを与えられればと思い、魔力を使い切ったせいだろう。視界が明暗し、舞 空 術アラ・ボラルを維持するための体力を残す気すらなかったために体が落ちていくのがわかる。

 地面に落ちる前に体を受け止めたのは、ダークネスの触手だろうか。霞む目でダークに手を伸ばそうと震えるけれど、腕がピクリとも動かない。


(ごめんね、ボンドッツ)


 最後に見えたのは、ボンドッツ達が飛んでいった方向とは反対方向に進み始めたダークネスで。

 目的だけは果たしたと、ほくそ笑み、意識を飛ばしてしまった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 遠くから名前を呼ばれている気がする。

 目を開きたくても瞼は動かず、指先が震えたのがわかった。動かそうとしても、どうやら両腕は背に回されて縛られているらしくわずかに身じろぎが出来たばかりだった。口の中一杯に詰め込まれている布が苦しくて咳き込むと、膝に何かが触れる。


「ダーク! 気が付いたの、ちょっと待ってね! これ、だけでも……!」


 シャドウの声が聞こえた。すると頬がくすぐったくなって思わず首を竦め、痛みに低く唸り声を上げてしまう。

 謝罪の言葉を交えられながらも、猿轡が解かれた。どうにかこうにか舌で布を押し出せば息が楽になり、荒い呼吸を漏らしてしまう。


「ダーク」

「シャ、ドウ……殿? ドウシテ、ココニ」

「美代ちゃん達を少しでも遠くに逃がすために、ボクも足止めをしようとして……捕まっちゃった」


 声を頼りに顔を近づけ、すり寄ってみれば、彼も何かしらの拘束を受けているらしいことがわかった。痛みをこらえて体を起こすと耳障りな音がして、捻るようそちらに顔を向ける。


「起きていたか、ダーク」

「……ダークネス」


 見えない目で、シャドウを踏みつけないよう気を付けながら声に近づけば、小さく笑っているのが聞こえた。頬にスルリと触れたのは彼の触手か、背中に悪寒が走って思わず歯を立ててしまう。

 小さな舌打ちと共に緩く叩かれ、喉を鳴らし、それでも開かない目で父親を睨みつけた。


「これ以上抵抗したところで、お前はもう友人の姿を見る事は出来ないだろうに」

「ッ……シャドウ殿ニ、手ヲ出スナ」

「なに、傷付けはしないさ。ただその小さな体に眠る膨大な魔力を頂戴したいだけだ」


 背後に庇われているシャドウには、表情が見えていないだろう。強張った顔を青ざめさせて、歯が打ち鳴らないように奥歯を噛みしめ、それでも怯えているのを見せまいと睨みつけてくるダークにもう一度触手を伸ばす。

 今度は抵抗の隙すら与えずに首元へと巻き付けた。なおも全身を緊張させて立ち上がろうとしない彼にため息を漏らしてしまい、引きずる様にして体を持ち上げる。


「お前にはもう光がないのだぞ。諦めろ」

「諦メル? 何ヲダ。ワシガ一体、何ヲ諦メルトイウ?」


 下手に体を緊張させたせいか、無理やりに立たせたせいか。軽くでも治療をしていた傷口が開いてしまい、床に血をしたたらせているダークは。


 嘲るように口を裂いて笑い、自身の足でしっかりと立った。


「ワシニハモウ、光ハ見エンダロウ。ダガ彼女達ガイル」

「美代ちゃん達がいる限り、ボク達は何も諦めるものはないよ、ダークネス。必ずお前を打ち倒す」


 捕らえられ、身動きすらもままならないはずの二人は強くそう言った。そんな二人を見る視線に呆れが含まれたのは自覚がある、ため息が漏れるのも仕方がないだろう。


「おもしろい。それならば貴様らが言う光とやらを、しっかりと見させてもらおう」


 グイと触手を引っ張ればやはり多少の抵抗はするけれど、視界に不安があるのだろう、大人しく着いて来るダークに微笑んだ。なおも何かをわめくシャドウは放っておいても問題はないだろう、拘束を抜けたとしても鉄柵には封魔石が仕込んである。

 魔術を使っての脱出は、まず不可能だ。


「私が為すことを成すためには、あの魔力は不可欠だ。あぁ、必ず成し遂げる」


 独り言のように呟かれた言葉は低く暗く、ダークはわずかに首をかしげ。

 半ば引きずられるように、ダークネスの後を歩かされた。


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