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7 奸計

 今日のエルファは、今までに見たことないような笑顔で私に話しかけてきている。

 うさんくさい。警戒心しかわかない。

 なんかやな感じだ。しかも今、周りにエルファの仲間以外の獣人がいない。いつの間にか囲まれていた。

 睨みつつ、逃げられないかと様子を窺う。


「やだぁ、そんなに睨まないで。今日はあなたにとって、すごく良いお話があってきたのよ」


 一瞬で詰め寄られて、腕を掴まれた。


「はなして」


 無理だ、逃げられない。最初、エルファ一人だと思っていたのが間違いだった。エルファから逃げようとする私の動きは、うまいこと人気ひとけのない方に誘導されていたようだ。

 エルファの群れの雌達が、私を逃がさないとでも言うように取り囲んでいた。


「そんなに怯えないで? まるで私がイジワルをしてるみたいじゃない。言ったでしょう? あなたにとって良いお話だって」


 いい話なら、こんな風に取り囲んで目的地へ移動させるようなまねをするはずがない。

 逃げなきゃ。

 けれど腕を掴まれ、囲まれて、身体能力に差がありすぎる私には、現状では厳しい。

 隙を探さなきゃ。隙を作らなきゃ。よく見て考えなきゃ。

 エルファたちがなにをする気なのか、まったく見当が付かない。

 怖い。

 今までこんな無理矢理な行動はなかった。


 エルファの前のリーダー達でさえ、せいぜいちょっと嫌みを言ってくる程度、かすり傷や打撲をおう程度で、ちょっと嫌な思いをする程度だった。怪我をしたときはもちろん、ガウスが報復に行っていた。おそらく私が怪我をしたのは、彼女たちには想定外だっただろう。普通のヒトなら怪我を負わない程度に小突いたのだろうから。私の予想外の貧弱さは、彼女たちにとって不幸だった。

 その程度で報復までしなくてもと思うんだけど、それが獣人のルールだと言われると、私は黙るしかなかった。実際、それを当然という獣人はいても批判する獣人はいなかったから、ガウスのやり方は正しいのだろう。

 こういう事態が起こらないようにという見せしめの意図もあったのだろうと思う。

 そして、私がガウスの威光を振りかざしやすいようにという意図も。


 なのにエルファは今、私を囲い込んでいて、これは脅すか陥れようとしているとしか思えない。

 まさかとは思うけど、もしかしてエルファは、自分が報復されるのをわかってないんだろうか……?


「こんなことして……ガウスが許すと思ってるの?」


 ガウスの威光をちらつかせてみる。

 彼女たちは、私に嫌がらせをしようとしているのだと思う。それはガウスの意向に反している行動だ。なのにガウスに対するおびえや後ろめたさが見えないのは、妙に不安をあおられる。

 エルファとその周りの雌達はおかしそうにクスクスと笑うばかりだ。


「当たり前じゃない。ガウスだって必ず喜ぶわ。これはガウスのためだし、あなたのためだもの」


 ガウスのため。

 ダメだ、やばいかもしれない。

 焦りがこみ上げてくる。エルファの言葉で、もう話が通じないことを感じていた。

 だから獣人はイヤなのよ。

 ガウスの威光は使えない。自力で逃げる道を探さなきゃ行けない。やばい。どうしたらいい?

 エルファたちは、自分の行動が「ガウスに敵対してない」と、思い込んでいる。相手の立場に立って考えることのできない獣人の単純な思考で、自分の思う正しさに酔いしれて、現実が見えなくなっている状態だ。

 たぶん、何言っても通じない。

 エルファは勝ち誇った笑みを浮かべて、私に言い聞かせるようにのたまう。


「だってこんな足手まといを、やっと安心して手放せる機会を作ってあげるのよ? この町の腰抜けどもとは違う、素敵な雄を用意してあげるわ」


 雄を用意?


 ぞっとお腹の奥が冷えるような感覚がした。

 まさか。


「……どいて」


 私は震えそうになる声を必死で堪えて、エルファを睨みつけて振り払おうとした。

 けれど、それは当然のように簡単に押さえ込まれ、どんどんと、人通りから外れて行く。


「せっかく素敵な雄を紹介してあげるんだから、待たせたら失礼よ?」

「いらない! ガウスに知られたら、どうなるかわかっているの?!」


 エルファは自分が正しいと信じ切っている笑顔で、優しげに微笑んだ。


「安心して? ……その頃には、あなたは愛される幸せを知って、ガウスも祝福してくれるわよ」

「ふざけないで!」

「ふざけてなんていないわ。ふざけてるのは、あなたの方でしょう? いつまでガウスの足を引っ張るつもりなの。役立たずのヒトのくせに」


 頬を殴られて、体がのけぞる。口の中が切れた。とっさに自分から飛んで大怪我は免れたけれど、これ以上興奮させるのは危ない。受け身をとる方法はガウスから習っているけれど、基本的には抵抗するのはダメだと言われている。

 吹っ飛びかけた私は、後ろにいた獣人の雌に抱き留められて転ばずに済む。でもそれは身体も羽交い締めにされて、逃げることができない状況ということだ。

 どうやって逃げたら良いか考えていると、頭から水をかぶせられた。

 ザパッという水音がして、突然の濡れた感触に、意味がわからなくて固まる。


「あ、ごめんなさい、濡れちゃったわね」


 わざとかぶせておいてそんなことを言うエルファに、呆然としながら目をやった。

 なんてことを……。

 私はぶるりと身体が震えるのを抑えられなかった。エルファは、わかってない。

 かけられたのはただの水だ。でも、これは私にとって命に関わることだ。濡れると匂いがわかりにくくなる。それが招く危険性に、血の気が引く。

 大丈夫。この辺りの人は大抵私がガウスの養い子だって知ってるし、顔見知りも多い。……でも、万が一がある。

 早く帰らなきゃ。……でも、どうやって?


 動揺している隙を突かれて、親切ごかして建物の中に連れ込まれてしまった。力任せの私の抵抗なんて、彼女たちにはなんの役にも立たなかった。

 そして暴れる私は押さえつけられ、口も塞がれ、問答無用で濡れた身体が拭われてゆく。

 服も剥ぎ取られ、「嫌がらせなんて、心外だわ」と着せられたのは、真新しい服。

 最悪だ。

 綺麗に洗ったわけじゃないとはいえ、これではガウスの付けた匂いはだいぶ薄くなってしまっただろう。

 この状態で運悪くガウスを知らない獣人に出会うと、追いかけられてしまう。


 獣にとっての人間は、「雌」という認識よりも「捕食対象」のような感覚が強いという。

 獣性の強い獣人は「雌」には弱いが「捕食対象」には無理矢理襲いかかる。ヒトなら獣性がそれなりにあるため「雌」認識を十分に持つことが出来る。しかし私に獣性は全くない。「捕食対象」の感覚が強くなりすぎると、性の対象にされるというのに雌扱いをされない可能性が高いと、ガウスは言っていた。獲物相手に欲を満たし、使われるだけになるかもしれない、と。獣が本能を抑えてまで、私を雌として尊重をするのは難しいだろうと。


 早く帰らないと、と思う気持ちと、彼女たちを振り切ってどうやって、という気持ちでパニックになる。もしかして、私が襲われるようにするのが彼女たちの目的だろうかと思うと、恐怖が込み上げてくる。

 なにをどうすれば良いのかわからない。

 力では敵わない。だから、必死に考えた。


「ねぇ……私を襲った獣人がどうなったか、知ってる……?」


 震える声を抑えて、彼女たちの考えを改める事はできないかと、脅しをかけてみる。


「……なによ」

「利き腕と両足は潰されて、なんとか日常生活ていどなら動くこともできるらしいけど、獣人としてはもう駄目なんだって。それで、もう私を襲うことができないように、男の機能は壊されちゃったんだって。それをわざと招こうとしているあなたたちを、ガウスは……」

「うるさい……!!」


 もし、なんかされたらそう言ってやれと言われている言葉をエルファにゆっくりと伝えた。でも、やっぱり彼女はそれに耳を貸す気はないようだった。


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