第十二話
夢をみていた。
漂う夢。ぼんやりと夢を漂う。
暗い空間の奥に光がかすかに見える。
手を伸ばすが光には届かない。
進んでいるのか止まっているのかわからない。
ただ夢だとわかる。こんな世界は夢なんだ。
声が聞こえる。
誰かの声。耳に声が入ってくる。
どこかの方向から声がかすかに聞こえる。
耳をそば立てるが聞き取れない。
喋っているのか叫んでいるのかわからない。
ただ声だとわかる。こんな世界の音なんだ。
夢に声が聞こえる。
わたしの夢の、誰かの声。
--------------------
ぱちん。武器を収める音。ふいと髪をかきあげて彼女は笑顔をこちらに向けた。
「増援なし、クリア、かな?」
『そうやな。お疲れ』
『わーいご飯行こっ。回る寿司、回る寿司!』
『回らない方にも行ってみたいわね』
特に疲れた様子もな四人が戻ってくる。
「みなさーん終わりましたー」
「はい、ご苦労様でした」
労いの言葉をかける。苦労なんてしていない表情を四人ともしていた。
「なんかありがとうございます、わざわざ皆さんで来てもらって」
さわやかに笑顔を見せる四人のリーダー。
「お疲れ様みんな!久しぶりに見たけど強くなったね!カッチョいいよカッチョ!」
わたしの親友が天真爛漫に四人を褒め称える。
「楯さんもカッチョ可愛いですよ。うらやま」
「そんなことー」
自分の頭を撫でるわたしの親友。まんざらでもなさそうだった。
「正直、もう引退してもいいくらいだよね、私達さ」
隣に立つ親友がつぶやく。
「ちょっとリセさん、そんなこと言っちゃナシですよ」
「引退しているようなものですよ。ほとんど戦闘もしていませんし」
わたし達が10年近く続けているこの国を守る戦い。一年ほど前四人と出会い彼女達が成長してから戦う彼女達を見守っているだけだ。
「みんなー、再生の欠片集め終わったよー」
「あんがとナナ」
ふわと小さい妖精が四人のリーダーの頭に乗る。
「このあと回る方の寿司予定なんですけど、皆さんどうします?」
「あっごめんねみんな!あたし家帰ってご飯作んなきゃなんだ。そこまでは送るから!」
天真爛漫な方の親友、楯はイタズラっぽく舌を出し手を合わせた。
「わたし達は、どうします?」
「お邪魔しちゃおっか」
「大歓迎、じゃ、行きます?」
「ようし、送っちゃうぞ!車に乗り込めちびっ子どもー!」
わたし達よりも年下の四人よりもちびっ子な楯が自分の車を指差し走り出した。
「リセ?」
「うん、なんでもないよ」
隣にいた方の親友、リセは首を横に振った。楯とは中学から、リセとはもう幼稚園からの付き合いになる。そうか、もう楯とだって出会ってからの人生の方が長くなるのか。大人になってしまった。
車を降り楯を送ってからお寿司屋さんへ。
「お好きなの食べてくださいね」
「あれ、これ驕りフラグ?」
「はい、どうぞ」
ハイタッチする四人。世の女子高生なら嬉しいものなんだろう。
「ありがとうございまーす」
代表して声を上げる四人のリーダー。
「鈴鹿ちゃん、今日はどうでしたか」
鈴鹿ちゃんは湯飲みをわたしの前に置いてどうぞと笑った。割と珍しいがわたしに近い、深い緑がかかった黒髪を肩まで伸ばしているさわやかで自信を含んだ顔つき。彼女達のリーダーで何事も楽しむ性格。人当たりも良く年下に言うことでもなさそうだが人生充実してそうだ。
「いつも通りっちゃいつも通りでしたね。私ん中では今日のMVPは藍かな」
「あら、嬉しい」
藍ちゃんは表情を変えないまま返事をした。少しあどけなさの残る顔に眼鏡をかけ黒髪をゆるいツインテールで結んでいる。顔に似合わず、というと失礼かもしれないが落ち着いた性格。女の子らしい喋り方はそれを後押しするが、敬語とは違う丁寧さがそこにはある。
「藍はいつだってMVPやんか。感謝感謝や」
「あらありがとうアリス。わたしのタマゴ食べていいわよ」
「遠慮しとくわ」
微笑みつつタマゴの皿を突っ返すアリスちゃん。赤茶ショートヘアーおっとりとした顔つき。出身は兵庫で高校入学のときに祖父母がいるこちらに来たということで関西弁を話す。やわらかい物腰とおおらかな性格。本人は『性格悪いんですよ』とお茶を濁すが仲間内には冗談の言い合いはあっても優しく接しているように見える。
「莉子、もらっとき」
「いいの?ありがとー!」
嬉しそうに莉子ちゃんはタマゴの皿を受け取った。ネコッ毛の黒髪、他の三人に比べいささか子供っぽい、といっても高校生相応の顔つき。ややいじられ体質な面もあるようだがそれすらも楽しそうに応える明るい性格。が、楯よりは大人に見えてしまうのはいいことだろうか悪いことだろうか。
「ナナ、何か食べる?隠れて食べてね」
「ワタシはもうおやすみの時間だよ」
ふいと鈴鹿ちゃんの髪から出てきたかと思うとナナはまた戻っていった。
「リセ、茶碗蒸し食べます?」
「うん」
「子供の頃から好きですからね、リセは」
「毎食あってもいいくらいだと思う」
「毎食作ってもいいですよ」
「呆れるでしょ、さすがに」
注文画面で茶碗蒸しを選択、6つ頼む。
「お二人は、ずっと仲良しだよね」
鈴鹿ちゃんがそう言ってサーモンを口に入れる。
「幼馴染ですからね、リセとは」
「もう20年以上だよね。うわ年とったねえ」
年寄り感を助長させる為かリセはのんびりとお茶をすすった。
「皆さんに比べたらもうおばさんですね」
「そんなこと言ったら世の30代から上はキレちゃうって。24ですよね」
24。その数字がわたし達に突き刺さる。別に断固拒絶というわけではないが。
「クリスマスケーキの例えで言うたらリーチやけど、全然そんなことあらへんもんな」
「おうっ、グサリだね」
リセは冗談気味に自分の胸を押さえた。
「クリスマスケーキの例えって何ー?」
「女性の結婚適齢期をクリスマスのケーキに例えて、23までは予約だなんだで大人気。24、イブもまだ大丈夫。25もギリギリ売れる。でも26になったら半額になってしまうでしょう?価値が下がるとかそういうのを見事にあらわしているのよ」
具体的に説明されると確かにあせる気持ちもあるかもしれない。高校や大学のクラスメイトは何人か結婚しているし。
「なるほどね!じゃあと二年で二人は半額になっちゃうの?」
「ならへんやろ。いつまでも余裕や」
「余裕、どうなんですかね」
「リセさんはどうなんですか?」
「んー、そうだねえ。相手もいないし」
「皆さんは彼氏できましたか?」
「できたら報告してるよー。もれなくフリーな四人です」
ひらひらと手を振り軽く苦い顔をする鈴鹿ちゃんだが余裕そうだ。
「早く彼氏作らないとわたし達みたいになっちゃいますよ」
「それ大歓迎ね。お二人はとっても魅力的だもの」
「わかるわそれ。こんな大人になりたい的なな」
「一人の女性としても巫女としても尊敬してますよ、先輩」
巫女。わたし達は十年前ナナにお願いされ巫女になった。辞書に載っている意味の巫女ではなくこの世界に現れる外敵種と戦う存在のようなものだ。十年前わたし達は現れた外敵種を殲滅しこの世界を救った。その五年後一度自分の世界に帰ったナナがまたこちらに戻り、別の敵が現れたことを聞く。襲来する敵を対処しながらもある理由で敵を殲滅しに行くことができなかった。その四年後、この四人と出会う。殲滅しに行くことが可能な四人を一年で育て、十分な強さを持ってもらうことができた。
「幼馴染か。みんないる?」
「わたしはおるよ。あっちに」
「いないわね。幼稚園の頃転校してきたし」
「私も小1の時こっち来てるからなぁ。あっじゃあみんなと幼馴染なのかな!」
割と転校生が多かった。
「元々家も近かったんですよ、わたし達は」
「小さい頃せっちゃんとか言われてたね、私」
懐かしい。リセと名付けたのもわたしだがせっちゃんと呼び出したのもきっとわたしだ。
「家かー。ちっちゃい頃から知ってるのはひとりいるけど家も遠いし、幼馴染ってより妹みたいなもんかも、あ、藍イクラとって」
「注文するわよ?」
「それしなしなじゃないから大丈夫」
「明日授業なんだっけ?」
「休みやで、いや莉子授業終わって喜んでたやんか。やったー金曜だーおわりだー!って」
「そっかやったー金曜だーおわりだー!」
「ウチ泊まりくる?一回帰って着替えて」
「名案ね、行くわ」
「ボードゲームしよ!トランプしよ!」
「ええけど莉子はいつもビリやからなあ」
「みんなが強すぎるんだよー!」
「ふふっ」
「あれ、変でした?」
思わず声に出して笑っていた。
「いえ、なんだか懐かしいなと思いまして。ね?」
「ん、あ、そうだねえ」
「皆さんもこんな感じだったんですか?」
「そうですね、巫女でもそうでなくても、女子高生はそんな感じですよ」
「ふーん。満喫しますよ四季さん。女子高生も巫女も」
「引退」
帰り道、運転するリセがつぶやく。
「正式に言葉にしてもいいとは思っています。あの子達も十分なレベルには達しています」
「もう戦わなくなるのかな」
「あの子達が代わって欲しいと言ってきたら戦いましょう。ご隠居ですよ」
「なんだか、物悲しいわけじゃないけど、あれ、物悲しいのかな」
言葉に出来ない虚無感は確かにある。徐々に戦わない日々になっていったので多少心の準備はしていたが。
「今更普通の人間には戻れませんね。霊力を失えば、あるいは」
沈黙。
「年齢も重ね、わたし達のやってきたことは誰にも評価されません。いえ、そんなためにやってきたことではないんですけどね」
「そうだね。うん。私もそれはない」
「後悔はしていません。貫いてきた達成感は持っています。今まで通りリセと二人で暮らして、わたしはそれで幸せなんです」
「私も今が不幸なんて思って無いよ。お世話になってるし」
「お世話しているとは思っていません。わたしが一緒に住んで欲しいんです」
「本心でそう言ってくれてるうちは、ずっと一緒にいるよ」
「結婚したくなったら、いつでも言ってくださいね」
「今はいいや」
リセは軽く笑って、それから左折した。
『はいはーい、特記戦力なさそうな感じだねー、いつも通り蹂躙しちゃうよ、みんな』
鈴鹿ちゃんが敵を前にインカムを飛ばす。わたしとリセは四人とともにナナの作った空間の中に入り、戦闘を眺めていた。
『ゴー!』
叫びと共に指を鳴らし、その手に武器を出す。鞘付き鍔無しの日本刀を一本。構えを取り一歩の跳躍で抜きながら敵陣中央に斬り込んだ。
「さすがの速さですね」
「リーダーが突っ込むことに関しては?」
「いいと思いますよ。それが最善なら」
鞘に収めまた抜き斬撃。抜刀術。
「最善ですよあれは」
鈴鹿ちゃんの素質スキルは“霊力変換:摩擦係数”。生み出した日本刀の鞘の摩擦係数を調整することにより円滑に刃を滑らせ斬る。移動にも摩擦係数を使うことにより誰よりも早い攻撃を行うことができる。その速さは神速とでも亜光速とでも表現していいほどのものだ。
『続くわ。藍、マシンガン出してな』
『オーケーよ』
後方に位置する藍ちゃんが指を動かすとアリスちゃんの両手にマシンガンが発生した。藍ちゃんの素質スキルは“霊力強化:武器生成”。霊力から武器を物質化し戦闘に使用するのは巫女全員に備わっている一般神楽だが、彼女の素質はそれを強化するというもの。彼女自身が使うのではなく仲間に渡して使わせるスタイル。戦闘はメインでは行わず武器生成や支援武器によるアシスト、鈴鹿ちゃん曰く『後衛のエキスパート』。
『行こか、動かんといてな』
アリスちゃんが足を鳴らすと周辺の敵の足が地面ごと凍り動きが止まった。アリスちゃんの素質スキルは“霊力変換:氷結”。氷を発生させ攻撃防御に使用している。藍ちゃんの武器や神楽による中距離支援から接近戦までオールマイティーにこなす。藍ちゃんの出す武器もすぐに使いこなせるようになり今もマシンガンで敵を倒していった。鈴鹿ちゃん曰く『ウチの生命線』。
『莉子、左奥や』
『あいあい!』
跳躍、それから飛んだ、莉子ちゃん。莉子ちゃんの素質スキルは“飛行”。浮遊と言った方が近い気がするそれは霊力により莉子ちゃんを自由自在に動かし飛ぶ。自ら生み出す槍で上空から敵を突き刺し、藍ちゃんにインカムを飛ばし出してもらった拳銃でまた飛びながら攻撃していく。鈴鹿ちゃん曰く『天使くらい可愛い戦い方』。
「今回も余裕そうだね」
「幹部も倒せるくらいです。雑魚戦は余裕ですよ」
個々の能力もさることながらチームワークにおいてかなりのスキルを持ち合わせている。四人いっぺんに巫女になったからなのか彼女達の性格からなのか統率が取れた戦いをしている。当時中学生だったわたし達と戦ったら、わたし達は勝てただろうか。そんな妄想のようなことを考えているうち敵の数がどんどん減っていった。
『お、来たよ大型』
ほぼ殲滅した頃、大型の敵が現れる。アリスちゃんが牽制しつつ鈴鹿ちゃんと莉子ちゃんが残る敵を倒しきった。
『アリス』
『了解や』
アリスちゃんが武器を捨て両手をかざすと大型の敵そのものを氷で包んだ。
『ショットガン頼むわ』
『出すわ』
『莉子』
「オッケー!』
アリスちゃんが足部をショットガンで、莉子ちゃんが槍で全身を多角的に攻撃する。氷がはがれ敵が大きく振りかぶった。
『落ち、や』
バランスを崩し足から倒れる敵。わたしが十年前に調べたその敵の弱点は足。それから。
『これで終わり』
鈴鹿ちゃんが跳躍しもうひとつの弱点、敵の目を切り裂く。ぱちんと納刀すると敵の体が消滅した。
『クリアだね。お疲れさー』
笑顔でこちらにやってくる。ナナが空間を解除し再生の欠片を集めにいった。
「お疲れ様でした、皆さん」
「新しい幹部こないっかな。正直ちょろいですよね」
「あらリーダー、いつか足元すくわれるわよ」
「交代制にする?四季さん達はいつも全員で戦ってたんですよね?」
「怪我病気、それから敵の総大将を倒してからは持ち回りで戦っていましたね。二人くらいで」
「おーふたり、すご!」
敵の強さも知れていますからね、と付け足す。
「ま、幹部いつか来る可能性もあるし、あれ、でもいないんだっけ?」
「姫巫女様曰くもう殲滅したか、いてもあと数1だと言ってましたね」
「んじゃ、それまでは一応四人でやろっか」
幹部戦の話をしているのに鈴鹿ちゃんは余裕そうだ。わたし達の最初の幹部戦はギリギリの勝利だったのに。実際に二度幹部と戦った四人だが多少の苦労が見えたくらいで普通に勝利を飾った。
「余裕そうやね鈴鹿。ま、退屈な気持ちも少しはわかるわ」
「ふふ、じゃ、戦いましょうか。久々に」
「お?」
「わたし達と皆さんで」
「おーいやったー!」
テンションを上げ隣の藍ちゃんとハイタッチする鈴鹿ちゃん。
「勝てなくても、がんばろな」
「うん、がんばろうね!」
「勝てなくても、か」
リセが少し目を細め笑った。
「ひょっとしたらやられるのはこちらかもしれませんね」
「そうだね」
「そうなの?いやさすがに四季さん達には勝てないっしょ。勝ちにいくけど」
「以前言った通りなんですけどね。我々も最近使える霊力が衰えてきているんです」
何が原因か、二年ほど前から徐々にではあるがわたし達の能力が低下してきている。身体能力的にはまだまだ戦える。が、霊力。扱う最大の霊力が下がっている。姫巫女様に聞いてみたら『詳しくはわからんが、巫女として覚醒する年齢から考えて後退するのもまた時期があるのかもわからんのう』だそうだ。そうなったらやはり本当に引退する必要がある。
「来週あたり、こちらも都合をつけておきます。体調整えて戦いましょう」
「よし皆練習しよ。対抗対策。ウチいく?今から」
「やろか」
「ナナー、おいでー!」
鈴鹿ちゃんが叫ぶとナナがふわふわ飛んでくる。鈴鹿ちゃんの髪に乗りのんびりとしている。
「じゃ、帰ります」
四人は歩いて帰っていった。
「わたし達も帰りますか」
「そうだね」
車に乗る。
「リセ」
「何?」
「次あの子達と戦ったら、決めようと思っています」
「そっか。私は、うん、四季に従う、ついていくよ」
何をとは言わない。それでもわかってくれるリセ。いや、普通に最近何度もその話題は出していたからわかっても当然なのか。
「なんだか少しやっぱり、寂しいね」
「わたし達も少し、練習しましょうか」
「うん」
右目を撫でる。もう見えない右目を。
「痛い?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
五年前わたしは敵幹部、“鬼”との戦いで片目を失った。片目の視力がなくても案外日常生活には困らないもので、わたしの巫女としての素質スキルも功を奏し、というのもおかしい表現だが戦闘にも支障はない。
「それでも」
黒眼帯も馴染んできたかもしれない。両親には怪我とだけ伝えたがそこまで疑われなかった。これでよかったんだ。
「右目だけで一人の犠牲も出さずに済んでよかったです」
これで。
「完全に衰える前に、強さを見せ付けてやりましょう」
「きつい戦いになるね」
「あの子達のためにも勝ってあげるんです。たとえ3対4でも」
第十二話 その時になったって遅いんだから おわり
to be continued……




