お嬢様の商談は、談話室で 3
「……見苦しいところを見せてしまって……」
あたしがため息と共に、ノートン少年へ謝罪すると、
「いえ、ご苦労が絶えないようで……心中お察しいたします」
ホントにな! 何で、あんな風になってしまったんだか。ミシェルの【伝染源】の影響を受けているにしても、あまりにも酷すぎる。常識すら欠如し始めているって、致命的よ。
「あなたが婚約破棄を真剣に検討する理由も、ランスロット殿下がそれを推奨する理由も、日に日に実感しています」
「もともと、軽薄なところがあった兄上が、1人を一途に思うようになったのは良いことだと思っていたのですが……間違いでした」
ヴィクトリアスに限らず、あまりにも視野が狭くなりすぎているものねえ。あれでは、とてもではないけれど、政治なんて任せられない。あっという間に、国の土台が腐りそうだわ。
「視野が狭いどころか、何も見えていない、と申し上げた方が正しいような気がしますね」
おっしゃる通りで、フォローのしようもありませんわ。
ただ……ゲームの通りだと言えば、ゲームの通りなので何とも言い難い。
ミシェルはどうして、律儀にゲームの通り、逆ハー王都落ちエンドに向かおうとしているのか。
あたしだったら、この選択はない。あり得ない。将来が全く想像できないからだ。
この逆ハーエンドは、みんなで仲良くキアランの赴任先へ、というもの。この、赴任先というのが、どこなのかハッキリしない。王都落ちエンドなんて別名があるくらいなのだから、将来に不安がありそうなことくらい、簡単に想像できそうなものだ。
ミシェルの中の人は、今とゲームを照らし合わせて、「どうして」「なぜ」「どうしたら」と、考えたことはないのだろうか?
ゲームにそっくりの世界ではあるけれど、この世界の何もかもがゲームの通りではない。そう思わせる情報の断片は、いくつもあったはずだ。
あたしが彼女なら、マリエールの好感度アップを優先し、2番目がモブ。攻略対象者の好感度upポイントは分かっているので、ある程度放っておいても問題ない。断言するわ。
何故ならマリエールは、ヒロインが持っていない手札を何枚も持っている。それは、学園内はもちろんのこと、卒業した後、すなわちゲームが終わった後も有効な手札ばかりだ。
特に「リュンポス神の加護」という手札は大きい。マリエールの好感度を上げて、「あなたの幸せが、わたしの幸せ」だと思わせたら、こっちのもの。
バラ色の人生、間違いなし。誰のエンドになるにせよ、人生は順風満帆。攻略対象者とも、イイ関係のまま、一生を終えられるに違いない。
というのも、騎士道には「宮廷的愛」なるものが存在している。これは、精神的な恋愛をさし、肉体的な繋がりを含まない恋愛のことらしい。
昔、ファンタジー関係のうんちく本で読んだことがあって、その上での、あたしなりの解釈である。旦那も黙認するのが、懐の広さというか、器の大きさってヤツらしい。
ぶっちゃけると、旦那も見て見ぬふりをしてくれる、キスまでならOKの不倫だ。
これが現実なら、そんな関係はあり得ない。
だって、不倫なのである。少女漫画的な展開は、最初だけ。すぐにレディコミの世界へ、いらっしゃい、となること請け合いだ。
しかし、マリエールには「リュンポス神の加護」という、とんでもない手札がある。目に見える効果は期待薄だが、それでも最強の手札だ。
少女漫画的逆ハー維持は可能だろう。ヒロインには分からないことだけども。
それでも、オープンになっている手札は「キアランの婚約者」「シオン侯爵家令嬢」「スミレのレディー」という、強力なものばかり。
1代限りの男爵令嬢が、侯爵家令嬢という強力な後ろ盾を持てるのは、社交界でどれだけ有利に働くことか! ちょっと考えれば、分かることなのである。
「──皆さま『考える』ということを、まるでなさっておられないようですね」
思考の放棄(停止だったかしら?)は、悪であるとは、よく言ったものね。うん、某ゲームキャラクターのセリフですけど、その通りだと思うわー。
「ホレイショと同意見です。父上には、兄上の謹慎を進言することにします」
ラノベなんかでは、こういう場合、すぐに「廃嫡」なんて言葉が出て来るけれども、そう簡単にはいかないのである。
だって、考えてもみてよ。今10代の長男が、爵位を継ぐのは、いつ? 息子が成人したからって、じゃあ爵位を譲ろう、なんてことにはならないはずだ。
という事は、少なくとも爵位の継承は、10年以上先の話になる。
そうすると、10代の頃の素行不良を理由に、廃嫡というのは、いささか気が早すぎるのではないか? となるわけだ。
国家の安全を脅かしたなどの重罪を犯したならともかく、そうでなければ、挽回のチャンスくらいは、与えられるのである。
「他の方々についても、すでに同様の返事を頂いております」
「そうなの?」
そうです、とハロルド。ハルデュスの祝祭の後、シオン侯爵家の名前で、オーナーズの実家へ、正式に抗議したのだそうだ。もちろん、義父が、である。
結果。
ダリウスの家は、代々続く騎士の家柄。彼の家に生まれた男子は、慣例として、学園卒業後、あるいは成人後に騎士位を与えられている。が、ダリウスには騎士位を返上させ、騎士団に入団が叶ったとしても、下っ端から始めさせることにするそうだ。
騎士の名門コーラン家の次男としては、かなり不名誉なことである。
オズワルドに関しては、すでに処分が出ていて、王都内にある教会への出入りを禁じられているそうだ。教皇様の養子が、教会の出入り禁止なんて、前代未聞のスキャンダル。当然、教会内での今後の人間関係や出世などに大きく響くのは言うまでもない。
「本人がそれを知っているのか、怪しいようですが。抗議もないらしいですし……」
「以前は、よく教会やその近くでも見かけていたのですが、最近はとんと見かけませんね」
ハロルドとノートン少年が肩をすくめる。それって、オズワルドは教会に行ってないってことだから──余計に彼の立場が悪くなるんじゃないかなあ……? 知ィーらないっと。
伯爵家長男のグレッグは、学園卒業後、領地に連れ戻して領地経営に専念させると返事があったそうだ。愚兄と同じコースである。キアランもこのコースになるだろう。
なってしまうのは、問題を起こしている人間の中に、王族と教皇サマの身内が揃っているからだ。
マリエールは、両方の組織に関係しているのでね。お互い、抗議しづらい部分もあるのである。
現時点での処分としては、妥当なものではなかろうか。
今すぐ、謹慎とか領地に連れ戻す、とならないのは、学園は卒業させてやりたい、という親心だろう。後、逆恨みされて変なちょっかいをかけてこられても困る、というこちら側の理由もある。
なんせ、彼らにとって、あたしは悪役なもんですから。周りの人間に、悪役を庇うような発言をされたら、反発するのも当然だろう。思春期と言えば、反抗期でもあるわけで。
キアランの前では、あらいらっしゃったの? と言わんばかりの素っ気ない態度。なのに、大人には、わたしが至りませんばっかりにと被害者面で涙を流している(あちら側の主観)。
反発心は、むくむくと大きくなるだろう。
ミシェルの方でも、この反発心にせっせと薪をくべてくれるみたいだし。ランスロット殿下の息がかかった人物たちが、団扇でさらにそれを煽ってるし?
「……あら? オズワルドだけ、もう処分が出ているの?」
「彼は、マザー・ケートからの指名依頼を一方的に破棄していますから」
「姉上の護衛依頼ですね」
ああ、あったわね、そんなことが。すっかり忘れていたけれど。
「マザー・ケートからの指名依頼を一方的に破棄? 信じられない!」
「ほんの少し見方を変えれば、どこかの誰かを守ることに繋がるというのに……」
目をまん丸にするノートン少年。ハロルドは、小馬鹿にするように肩をすくめた。ぽやぽや星人なのに、今日は辛辣ね、ハロルド。でも、そこも魅力だって、思うわ。
デキる男は、毒だって持ち合わせていなくちゃね。
ハロルドが言っている、どこかの誰かとは──言わずもがな、ヒロインさまである。少しでも脳みそを働かせれば、スパイとして悪役につくことくらい、考えつきそうなものなのに。
「そういえば、以前から不思議だったのですが、彼らは全員、友達以上恋人未満という関係から一向に進展しないのは何故なのでしょう?」
インドラさんが、首を傾げた。
そうねえ、あたしがミシェルを口説く立場だったなら、彼女の卒業後の進路を確かめた上で、関係をはっきりさせる。想いを通じ合わせることができたなら、卒業後はすぐに婚約者として発表できるよう、準備を進めるわ。
しっかりけん制しておかないと、横から掻っ攫われないか、心配だもの。
「抜け駆け禁止、なんてバカバカしい約束でもしているのではないかしら?」
「殿下に遠慮している、という可能性もありますね」
あり得そうだ。
ただ、ゲームのプレイヤー視点で答えるならば、攻略対象者は、選択肢を示すことはできても、選択権はない。常に、物事を決定するのはヒロインなのである。
装備や戦闘指示はもちろん、その日の予定や、食事の内容など。ヒロインがノーだと言えば、攻略対象者は残念がりこそすれ「何でダメなんだ」とは、詰め寄らない。
あ、なるほど。今、唐突に腑に落ちた。全部、ミシェルが決めてしまうのだから、何にも考えなくなるわけである。納得。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
ザマァ展開でよくある「廃嫡」でも、爵位を継ぐタイミングは、いつなんよ? と考えると、見切り付けるのが早すぎない? とも思わなくもないわけでー。とりあえず、現時点で廃嫡はナシの方向で。