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お嬢様の商談は、談話室で 2

 貴族、貴族と言われていても、その実、貴族は学園でも少数派。ほとんどは庶民だし、貴族であっても、面識のない生徒は少なからずいる。

 学園が生徒の平等を謳うのも、そういった現状があってのことだ。

 だから、庶民籍でも招いている生徒もいれば、貴族籍であっても招いていない生徒もいる。招待状にも「学園で、親しくさせていただいている方、お世話になった方をお招きして」と記載した。

 これは、学生の身分だから許される方法である。卒業したら、こうはいかない。



「わたしもハロルドも、そちらの方と親しくしてはおりませんので、お招きしておりません。それから、兄上。再三、お招きしたいお客様のリストを頂きたいと申し上げましたが、一向に下さいませんでしたので、兄上のご友人もお招きしておりません」

 愚兄が招待客リストの中にミシェルの名前を載せていたなら、招待せざるを得ないわけだが、リストそのものを貰っていない以上、結果は子供でも分かるだろう。



「は? 何だと?! そんな話は──」

「申し上げましたよ、兄上。姉上だけでなく、私も、クラリスも」

 ハロルドの声が冷ややかに響く。一人称が、僕ではなく、私になっているあたり、お怒り度の高さが伺える。愚兄の顔から、さっと血の気が引いていくのが分かった。

 後ろにいるオズワルドたちの顔色も悪くなる。「え? 俺たちも招かれてない?」「そういや、まだ招待状来てねえわ」「嘘だろ?」そんな顔をしていた。呑気なもんである。



「学園の全生徒をお招きしただなんて話をどこのどなたから伺ったのかは存じませんが、勘違いなさっておいでですわ。今、申しました通り、招待状をお送りしていない方は沢山いらっしゃいますから、そのようなお顔をなさらないで下さる?」

 人、それを被害妄想と言う。



「付け加えておきますと、殿下からは欠席する旨、お返事を頂戴しておりますわ」

 婚約者という立場上、スルーするわけにはいかなくて、招待状を送ったのだが、返って来たのは「欠席」の返事。不仲説に拍車がかかって困るのは、キアランのはずなんだけど。

 あたしとしては、小躍りしたいくらい……いえ、小躍りして喜んだ。当然ながら、ランスロット殿下には、ちゃんと報告済。お兄ちゃんは頭を抱えて唸っていたらしい。



 それは、それとして。他の花畑オーナーズとは、親しくしていないし、世話になった覚えもないので、愚兄から招待するように指示がなければ、出さない相手だ。

 ぶっちゃけると、今からでも招待状を出せなくはないのだが、そうすると、すでに欠席を表明しているキアランの立つ瀬がない。欠席をキャンセル? 出来なくもないが、嫌悪の対象でしかないあたしに、彼が頭を下げるとは思えなかった。



「では、ご理解いただけたようなので、どうぞ、ご退室を──」

 ハロルドがいっそ嫌味なくらい、優雅な仕草で部屋の外に促せば、ノートン少年も、外で待機していた警備の人に目配せをする。 

 そしてもう一手。キアランが「どうしても、と言うのなら行ってやらんでもないぞ」と言い出す前に、

「話は終わりましたわ」

 最終兵器、インドラさんを投入。



「かしこまりました。──そもそも、淑女がいると分かっている部屋にノックすらせず、入室するなど言語道断。紳士の風上にもおけぬ野蛮な行為だと理解しておいでですか? 兄? 婚約者? ハ! 言い訳にすらなりませんね」

 吹き荒れるブリザード。ホワイトアウト現象が起きそうな勢いである。寒い、寒い。にしても、「ハ!」って。美形の嘲笑は、攻撃力がパないっすわ。



「まして、ここは談話室なのですから、話し相手がいることくらい、考えるまでもないことでしょう? お相手がどなたであれ、貴方方の行動は、ご自分の評価を下げるだけでなく、家名にも傷つけると分かっておいでですか? どちらにしても、貴族としてあるまじき行いです。入学前の幼子でもあるまいし、今まで、何を学んでおられたのです?」

「ぐっ……!」

 ぐうの音もでない、とはまさにこのことではなかろうか。インドラさんが一歩前に進み出れば、オーナーズも一歩下がる。



 しかし、ここでミシェルが愚兄の背中から出て来て、

「未婚の淑女が、1人で殿方と密室で会うことだって立派なマナー違反ですよっ!」

 重箱の隅を楊枝でほじくろうとしたわけだが、

「姉の護衛である彼は元より、弟である私が同席しているのですから、マナー違反になど、なりはしません。あなたは、本当に何も学んではいらっしゃらないのですね」

 ハロルドに一刀両断。返り討ち。



 庶民であっても、貴族と関わるのであれば、貴族名鑑くらい目を通しておくのが普通である。──普通だと聞いた。ニュースソースは、あたしが、ティー・アドバイザーとして、指導した庶民籍の生徒である。

 ノートン少年と同じくらいの階層の子もいれば、もう1つ、2つ、ランクの下がる子もいるが、指導の価値ありと判断されただけあって、優秀な生徒たちばかりだ。



 彼ら、彼女たちが言うに、学園生活の中で貴族との交流は皆無に近いと分かっていても、どこの家の誰が学園に通っているのか、把握しておくのは当然のことなのだそうだ。

 理由は、社交の話題になりやすいし、しやすいから。また、貴族の家にスカウトされた時、人間関係も大まかではあるが、理解できるから。身近なところから、覚えるとっかかりを作るのは、悪くない方法である。



 まあ、何だ。言い方は悪いが、ミシェルの階級の生徒が学園でしなくてはならないのは、1に勉強、2に就活。3、4がなくて5に婚活。婚活と就活が逆のパターンも、もちろん存在する。

 それは、下級貴族でも、比較的裕福かつ3代以上続いているお家の令嬢の場合だ。ちなみに、庶民のお嬢さんであっても、財産によっては、婚活と就活の順番は入れ替わる。



「は? え? お、弟?」

 ミシェルは、目を白黒させている。何故、そんな反応なのか、理解できない。ハロルドは、ヴィクトリアスのことを「兄上」って呼んでたでしょうに。

「私自身、いまだ若輩の身ですから、このようなことは言いたくありませんが、お付き合いなさる方は選ばれた方がよろしいかと」

 ハロルドのコバルトブルーの瞳が、冷ややかに細められる。



 その先にいるのは、愚兄を始めとしたオーナーズたちだ。いつもは、初夏の青空のような爽やかな青い目だというのに、この子、こんな目もできたのね。今は真冬の海のようだわ……。

「ミスター・ノートン。申し訳ないが、このことは、内密に願えるだろうか?」

「勿論ですとも。見方を変えれば、私の恥にもなりかねませんから……」

 嘆かわしいことです、と少年が顔を左右に振り振り、ため息をついた。



「っな……!?」

 反応したのは、グレッグだ。何でお前の恥になるんだと言いたげではあったが、

「生徒会長の立場にある者として、今一度、貴族の方にはご自身の立ち居振る舞いについて、顧みて頂く必要があるのではないかと問題提起することにいたしましょう」

 生徒の行動は、学園の評価に繋がる。当然、生徒代表たる、生徒会長も同じである。

 天使様の目も冷ややかですね。あたしも、生徒会長の顔も覚えとらんのか、と問いたい。



 出て行って、と言ってるのに、出ていかないオーナーズ。あたしもいい加減、腹が立ってくる。

「はぁ~っ……。殿下、兄上? いい加減、このパターンにも飽きが来るとは思われませんか?」

「何を言っている?」

 意味が分からないと、目をすがめるキアラン。



「わたしにご不満をぶつけにいらっしゃる前に、そのご不満が正当なものであるかどうか、きちんと精査して下さいませんか? あなた方のおっしゃりようは全て、幼い子供の言いがかりとさして変わりございませんもの」

 バスティースパーティーへの招待状は、例年通りに出している。

 いつもであれば、ヴィクトリアスから、招待客のリストを出してもらっているので、今頃はオーナーズにも招待状が手元に届いているはずだし、返事をしていても良い頃だ。なのに、それに気づいていないのは、お粗末と言えるのではないだろうか。



 現に、と言っては何だが、愚兄の芸術仲間数人からはハロルドを通して、自分たちが気付かないうちに、愚兄の機嫌を損ねるような真似をしてしまったのだろうか? と、遠回しではあるものの、問い合わせが入っている。彼らには、兄が申し訳ないと謝罪し、招待状を送らせてもらった。こちらは、お詫びの招待である。



「子供の言いがかりだなんて……っ!」

 何で、アンタが口を挟むんだ、ミシェル。もう、無視していいよね。



「皆さま方、ご退室願います」

 インドラさんの否やを言わせない、断固とした声音。魔王様のお側にいるだけあって、格が違うわ、格が。キアランたちは、何かを言いたそうにしていたが、結局は何も言えず、渋々と退室していった。お馬鹿さんの相手をするのは、本当に疲れる。

ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 予想された方は多いかと思いますが、オーナーズ、ボッコボコ。反撃らしい反撃もできてません。

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