お嬢様の商談は、談話室で 1
ルドラッシュ村にある、リッテ商会の本部を訪問して、早くも一か月が過ぎようとしています。先日、学園で文化祭があったけれど……多くは語りますまい。
あたしが、また悪役にされそうになったけれど、完璧なアリバイがあったので、これまたオーナーズの評判を下げるだけに終わった。本っ当に、学習しない連中である。
「【伝染源】の影響は受けにくくなっているはずなんですが……レディのおっしゃるゲーム補正とやらのせいなのでしょうか?」
耐性を付与した制服型法具を用意したインドラさんとしては、釈然としないものがあるようだ。ただ、あたしとしては、元々ネジが緩んでいるか抜け落ちているのだから、ある意味、なるべくしてなったような気もしないではない。
それはともかく。
あたしは今、寮の談話室で商談の真っ最中だったりする。商談の相手は、ノートン少年だ。
「これは、便利ですね」
「姉上、いつの間にこのような物を? これなら、僕でも美味しいお茶を淹れられますよ」
2人が絶賛しているのは、なんてことはない。ただのティーバッグである。
驚くことなかれ。この世界には、ティーバッグがない。いや、なかった。
そこで、あたしは悪知恵を働かせてみた、というほどではないのだけれど。ティーバッグの便利さを知っているので、夏期休暇を迎える前に、ダメ元で特許申請をしてみたのである。
そうしたら……先日、無事に特許を取得できた。
いやあ、申請してたこと自体、すっかり忘れておりましたわー。
調子に乗ったあたしは、シーラーでも特許を取得できないかと目論見、ただ今、出願中。
あたし、法術は使えないけど、法術理論はちゃんと理解しているのでね、熱で封をするシーラーの法術設計もできたのよ。
設計図は書けるけど、資材がなくて試作品を作れず、仮に作れたとしても動力がないので、試すこともできない、という状態だったけど、シャクラさんという強い味方ができたので、先日、試作品が完成。試しても問題なさそうだったので、さっさと特許出願してみた。
どっちも、将来的にはお金のなる木に化けてくれるはずだと皮算用中だったりする。
さて、あちらの暦で言うと11月も半ばとなり、クリスマスシーズンがいよいよ迫ってきた。こちらにも、クリスマスの代わりとして、バスティースというものが存在している。正しくは、リュンポス生誕祭というのだけれど、バスティースという呼び方が定着していた。
はい、クリスマスなんだから、当然、パーティーやらプレゼントやらもありますよ。バスティースツリーなんて、クリスマスツリーそのまんまだしね。
そして、今現在。ティーバッグをバスティースプレゼントの中身の1つとして、使いたいから、まとまった数を用意してほしいのと、ノートン商会にお願いしている最中なのである。ノートン商会は、お茶の葉を中心にティーセットからリビング、キッチン用品まで幅広く取り扱っているので、プレゼントを用注文する先としてはピッタリだ。
あわよくば、ノートン商会の定番商品として扱ってもらえないカナー? という下心もあることをこっそり付け加えておく。
「プチギフトの中身として、こちらを用意するのは問題ありません。種類をランダムにしても面白いかも知れませんね。ただ今、ご用意できるフレーバーの種類はこちらのカタログからお選びください」
「ありがとう。そうね、ハンカチとサシェ、それにティーバッグを3つと焼き菓子の詰め合わせでいいかしら?」
「ハンカチとサシェは、言うまでもないかも知れないが、男性向けの物と女性向けの物に分けてもらいたい。リボンの色の違いで判別できるようにしてもらえるかな?」
「それはもちろん。焼き菓子もランダムにしましょうか?」
その方が面白そうだから、そうしてもらう。ティーバッグの中身になるフレーバーについては、クラリスとも相談するので、後日。
今回、ノートン商会で用意してもらうプチギフトは、学園の友人たちを招いたパーティーの物だ。学園の生徒という括りなので、公爵令嬢のベルも招くし、探偵クラブに所属している庶民の子も招く。社交界ではマナー違反になってしまうけど、そこは学生の特権である。
ただ、その分プレゼントには気を使わなければならない。簡単に言うと、庶民籍の生徒が「こんな高価な物、貰えないわ」と思わない物でなくてはいけないのである。
となれば、消え物。実用品、消耗品が便利なわけだ。ハンカチとサシェは、値段なんてピンからキリまである一方で、値段が分かりにくい物でもあるから、これまた便利。
ハンカチは男の人でも使うし、サシェも中身によっては防虫効果もあるのだから、使うだろう。そうは見えなくとも、まごうことなき、実用品である。
サシェの中身は、そこの実用部分もしっかり念押しして──笑ってくれるな、ノートン少年。パーティーの参加人数を大体で伝えたその時、談話室の外が急に騒がしくなった。
嫌な予感。ハロルドもそれを感じたのか、テーブルの上を片付け始め、ノートン少年もそれに倣う。ティーバッグや、シーラーを見えないようにテーブルの下へ隠し終えた直後、
「マリエールッ!」
「あら、お久しぶりですわね、兄上」
毎度毎度、怒鳴り込んで来るなと思いつつ、愚兄ヴィクトリアスへ視線を向ける。愚兄の横には、ヒロイン様がいるし、その後ろにはキアラン他、花畑オーナーズが揃っていた。
「あ、あの……ヴィクトリアス……いっ、いいのよ、本当に気にしないで? この間まで平民だったあたしなんかが、パーティーになんてっ……」
「ミシェル、過去の身分なんて関係ない。大事なのは、今だ。そうだろう?」
……何か良いこと言ってるつもりでいるみたいだけど……何の話してんの? ミシェルは、あたし傷ついているけど、平気よ、耐えてみせるわ、みたいなカオしてるけど。
「レディ?」
オーナーズとあたしたちの間に、さっと割って入ったのはインドラさんだ。空気だったけど、いたんですよ、実は。あたしの護衛ですからね。さらに言うと、部屋の外で待機している警備の人たちも半泣きの顔でこちらの様子を伺っていた。
これは、キアランがいる以上、相手が悪かったわね。別に咎めたりはしないわ。
「あ、あたしっ……その……パーティーへの招待状を頂けていなくて……」
誰も何も言っていないのに、ミシェルが語り始めた。インドラさんに、あたしってバ、イジメられちゃってるんですけど、ケナゲに耐えるオンナなんです、と訴えたいらしい。
彼の背中があるので、ミシェルの顔は見えないけど、今、ぽろっと涙を零して、同情を引こうとしているのは、何となく分かる。インドラさんは、半身をずらして、
「追い返しますか?」
インドラさんが半身をずらしたことでミシェルの顔が見えたけど、うん。予想通りだったわ。
「は? え?」
涙で頬が一筋濡れているけども、彼女の今の顔は鳩が豆鉄砲を食ったようというよりは、何だろう? 猿が水に溶けた麩菓子を見ているようと言いましょうか……。ゴリラのようと言われたボディービルダー体型は、今なお健在。それで、か弱い女の子を演じられてもねえ……ギャグにしか見えない。
「その方が面倒になりそうだから、話を終わらせてからにするわ。それで? パーティーの招待状がどうかなさって?」
あたしが相手をする気になったからだろうか。ハロルドとノートン少年も席を立ち、あたしの左右に控えてくれる。これって、何かあったらすぐに間に割り込めるように、っていうポジション。オーナーズとあたしの間には、インドラさん。
みんな、いい子ばっかり。あたしってば、果報者。後で、ハロルドとノートン少年を撫で繰り回してもいいだろうか。幸せすぎる。インドラさんにも、お礼を言わなくちゃ。
「とぼけるな! 我が家のバスティースパーティーの招待状のことだ! 学園の生徒は皆、招待しているというのに、何故、ミシェルだけ招待していないんだ!?」
…………はあ? 何を言ってるんだ、このバカ兄貴は。オーナーズ共、追従して批判するな。頭の悪さをアピールしてどうするんだ。
今、ノートン少年が、鼻で笑ったわよ。気付いた? ハロルドなんて、失望しかありませんって雰囲気で、額に手を当てて、頭を横に振ってるわ。見えた? 見えてるでしょう?
インドラさんは、救いようがありませんね、とばかりに肩をすくめてるし。欧米並みのオーバーリアクションだわよ。バカにした雰囲気満載で……ふははは、あたしは好きよ。
「逆にお伺いしますわ、兄上。何故、招かれると思われていらっしゃるの? 我が家で予定しているパーティーは全部で3回。その内、2回は母上が差配しておいでです。お客様を選ぶのは、母上であり、わたしではございません」
3回も開くのは、階級格差によるもので、身分の違う人を同じ席に招くのは、マナー違反だとされているからである。もちろん、その時々のパワーバランスなどで例外はあるけど。
シオン侯爵家が、ヘラン男爵をパーティーに招くことはない。一度も面識がないのだから、当然のことである。となれば、ヴィクトリアスがどんなに希望しても、ミシェルが侯爵家のパーティーに参加するのは、土台無理な話である。こっそり、忍び込ませるくらいならできるかも知れないけど、場合によっては我が家の評判に関わりかねないので、しないだろう。
「そちらは無理だと分かっている! だが、お前が主催するパーティーなら別のはずだ!」
「何故、ミシェルだけを招待しない!」
「パーティーにお招きしているのは、学園の、わたしとハロルドの友人と、お世話になった方々ですから、お招きしていない方の方が多いのですけれど?」
学園の生徒全員なんて、招待できる訳がないし、する訳がないだろう、馬鹿者。
ここまで、お読みくださりありがとうございます。
いたらいたでうっとうしいし、いなきゃいないで、何となく寂しい。そんな花畑オーナーズ、登場。
登場の仕方も、安心(?)の定番スタイルですよ